終わりと始まりと02
♢ ♢ ♢
という前世の記憶を刻んだまま私は“2度目”の生を生きることになった。
私の“現世”の最初の記憶は眩いばかりの光と私を覗き込む多くの人々の影。一瞬、助かったのかと思い声を出そうとして気が付いた。
『あうー』
言葉が出ないのだ。なぜだと自らの体を改め、そして驚いた。手足がやけに短い。手を握りしめようとしてもさして力が入らず、立とうと試みても踏ん張れない。おまけに籠のようなものの中に入れられている。どういうことだと思考が一瞬停止しそうになったけれども、その原因はすぐにわかった。
『目と眉の形がアイリーンによく似ているね』
『髪の色と瞳はリヒトと同じですわ』
つまり、私はこの母アイリーンと父リヒトの間に生まれたばかりの赤子に転生……要するに生まれ変わり、見た目は赤子、中身は、ただの『アラサー』になっていたのである。
父と黄金色の髪と瑠璃色の瞳、母とよく似た二重瞼と整えられた眉を受け継いだ私は、『エレナ』と名付けられた。『エレナ・クレメンス』、これが現世の私の名前だ。我がクレメンス家は貴族という肩書がありながら代々医学を専門とする家系で、父と母は共に医学の第一人者である。つまり、ありたいていの言葉で表すのならば私は令嬢という身分に属することになる。大きな屋敷の敷地内には大きな病院もあり、薬剤の匂いが酷く懐かしかった。
また、驚くべきことに私が転生した世界は、それまで私が生きていた世界とは全く違っていた。そう……、前世の言葉で例えるならば、『ファンタジー世界』というべきか。
この世界はいくつかの小国があり、その小国を王家が治めており、その国の一つに私の住んでいる『カトレア』という国がある。その『カトレア』を治めるのは『ガルシア』王室だ。確かガルシア王家には、3人の王子がいるんだったか。で、その3人目の王子がちょうど18歳だそうで、その第三王子の婚約者に立候補する令嬢が続出だそうだ。何でも非常に見目麗しい王子らしい。
つい先日、この国の王を補佐する宰相の一人娘が婚約者に名乗り出たらしいが、婚約したという話は聞いていないので、今回も婚約はしなかったのだろう。どんなに美しい器量のよい娘が名乗り出ても意にも介さないらしかった。
まぁ、そんな世俗的な話は置いておくと、この世界は前世の国でいう中世ヨーロッパのような世界観である。けれども、ただ一つだけ前世の世界では考えられない不思議な力があった。
その力をこれまた前世の言葉で例えるならば『魔法』。
そんな世界に転生した前世の記憶を持つという私は特別な力を持っているのではと胸が高鳴ったのだか、大それた大きな魔法を使えるわけもなく、どうやらそうでもなかったらしいことはすぐに理解した。
『エレナは同世代の子どもに比べて大人びているね』
『エレナはもっと我がままを言ってもいいのよ?』
4歳の頃になると父と母からよく言われた言葉だ。
それもそのはずだ。だって中身は齢27のアラサーだ。大人びているも何も中身は立派な大人である。だから他の子どものように我がままをいって泣き叫ぶなんて芸当、できようはずもない。
まぁ、前世ではできなかった平々凡々に暮らしていくのもありかななんて思いながらこの世界で過ごして
「エレナ様は今年で本日で27。あんなに小さかったエレナ様が今やこのように凛としているなんて、長年エレナ様に付き添わせていただいた身としては本当に感慨深いものがあります」
月日はあっという間に経ち、気が付けば前世と同じ歳月を生きてしまっていた。
「エレナ様の発案で怪我に対する処置や患者へのケアの方法、さまざまものが確立されて、この『クレメンス医院』は大きく発展しました。これもすべてエレナ様のおかげです」
そういって私を大げさに湛えてくれるのはメアリー・バレット。御年45。赤髪を後ろで束ねている彼女は私が赤ん坊だった頃、忙しい父と母の代わりに18の頃から私の世話をしてくれている。そして、今日で27を迎えた私の髪を綺麗に結わいでくれている。このあとの誕生日パーティーのためだ。
前世の記憶が役に立ったことといえば、私自身看護師として働いていたためある程度医療知識があり、その中でこの世界でなかった医療方法を両親に提示したことだ。一応は令嬢の身分ではあるが、時折病院に出入りしていた。本音を言えば私自身病院で働いてもよかったのだが、クレメンスの病院の跡取りは5つ下の我が弟がいる。名前をルーカスという。私と同じ黄金色の髪に、瞳は母と同じ薄紫色。我が弟ながら整った容姿をしていると思う。
前世で兄弟がいなかった私は、ルーカスが生まれてからそれはそれは可愛がった。だが、その反面か少々甘えん坊に育ってしまい、何かにつけて私を頼ってきたりするのだが。まぁ、頼られるのは嬉しいのでやぶさかでないけれども。
何はともあれ可愛い弟と優しい両親に囲まれて育った2度目の人生。順風満帆といっても過言ではない。ただ、ある一点を除いては。
「あとはエレナ様の“王子様”にお会いできるのが楽しみです」
「ははは……」
曖昧に笑いながら、メアリーの言葉に私は思わず目をそらした。
この世界の令嬢の結婚は早い。大抵の令嬢たちは二十歳にならず結婚を決めていく。
つまり、27の私は言わば前世風に言ってしまえば、売れ残りという部類に入ってしまうわけで……。
立派なアラサーの私は、どうやら今回も婚期を逃してしまったらしい。
このままではいけないと思い、何度か見合いをしようと“試みた”のだが、一向に運命の相手というべき相手を見つけることができなかった。これでは私に魅力がないだけだと思うだろう。けれども、一つだけ訂正させてもらいたい。見合いは“試みる”だけだ。一度は会う約束を取り付けたとしても、なぜだか当日になると断られる。いわゆるドタキャンだ。理由を尋ねても、なぜだか言えないの一点張りだ。
ならば、現世風に言う合コンだと意気込んで友人の……年下の令嬢たちと共にパーティーを開こうと画策した。なぜ年下なのかは察してほしい。まぁ、それはともかくとしてパーティーを開こうとするも何故だか私の名前を出すと男性陣が尻込みするらしい。で、結局、いつも実現しない。
全くもって不可思議なことだ。普通に淑女らしく振舞っていたつもりなのに、クレメンス家の令嬢はゴリラか何かと勘違いされているのだろうか。
パーティーで出会った素敵な男性と交流を深めようとも、何故だか連絡が取れなくなったりする。
かといって通った学校は令嬢育成学校、いわゆる女子学校に入ったため男性と知り合う機会もない。
つまりは男性と出会う機会、そして交流を深める機会が極めてないのだ。父も母も何故だか早く結婚しろとは言わないし、このままでもいいかななどと思っていたのがついさっき。
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