第六話 ストレート・スタンス! しなやかな強さに寄り添われて(前)
もしも婿養子になるのは嫌かと尋ねられたら、俺は嫌だと答えるだろう。
明確な理由が有る訳じゃないけど、なんか周囲に対して格好が付かない気がするからだ。
――ん、そういえば。
「キミは俺に向かってやたら花婿様と連呼してたけど、もしかして俺が婿って言葉を嫌がるかを確認する為だった、とか?」
アクアレーナに向けて尋ねると、やはりというか彼女はそれを認めた。
「はい、少しニュアンスは違いますが……。とにかく何度も耳にする事で、花婿様が婿という言葉に慣れて頂けるのではないかと思っていました……」
成程、そういう方向ね……。俺から見れば策士策に溺れるってヤツだけど。
「婿自体がどうっていうよりも、あんな状況も良く分かってない内から結婚なんて重大な事を押し付けられたらさ、俺としてはその事に拒絶反応が出てしまうよ」
実際、ウエディングドレスなんて物を着て教会前で激突してこられた時は、トラックに突っ込まれるよりもビビったからね。
「それは、でも……」
しかし彼女は歯切れの悪い返事を寄こす。
「どうしても、貴方で決めないといけなかったから……」
親が出した条件の為に、資産を相続する為にか。
「まあ、今は事情が有ってそうしたっていうのは分かるから、きつく言う気は無いよ。キミみたいな美人が、俺なんかに本気で抱きつきたかったとは思ってないし」
これは俺なりに、アクアレーナを気遣った上での言葉だった。
でも――
「ごめんなさい、貴方様の事を悪く言ったのでは無いんです!」
彼女ははっとして俺に擦り寄って来た。
「ちょっ、近いって!」
あと、怖い! 急に近くに来ないでくれってばもう!
しかしアクアレーナは俺の制止も聞かず、両腕をがしっと掴んで離さなかった。
「これは全て私の不徳の致す所なのです。だからどうか、お気を悪くしないで!」
「分かったから!」
俺の叫び声に、彼女が怯えたように肩を奮わせるのが見えた。
しまった……。とにかく謝らないと。
「ごめん……」
「……エンゲージリンク・ジュウイチレン・ガチャについて、お話ししますわ……」
「へ?」
アクアレーナの口から、なんかの呪文かっていう言葉が飛び出した。でも同時にえらく聞き覚えの有る言葉なような気もした。
「エンゲージリンク・ジュウイチレン・ガチャです」
やっぱり聞き覚えが有るぞ、それ。そしてそうだと分かったらなんか急に怖いものだっていう気がしてきた……。
とにかく、彼女の口から説明して貰おう、うん……。
「それって、何?」
恐る恐る尋ねると、アクアレーナはきゅっと口を噤んで、なんか物凄く悔しげな顔をした。でもそれは、多分俺の所為じゃあ無い、筈、だよな……?
「エンゲージリンクは、女神ファリーリー様がゼルトユニアの民にお与え下さったニホン人召喚の
ファリーリー、あのニホン被れか! いや、今はあいつの事自体を気にしても仕方が無いか。
「エンゲージリング、じゃなくて?」
「言葉は似ていますが違います」
「ああ、そうなんだ……」
「
「なんか凄いね……」
「でも世界を越える程の効果を発揮する術ですから、それに相当する膨大な魔力コストが掛かってしまうのですわ」
魔力コスト――。ニホンのゲームとかでも良く出てくる単語だから、どういうものかイメージはし易いな。
「あのさ、その後のジュウイチレン・ガチャっていうのは?」
その言葉にはアクアレーナの方も特に引っ掛かるものが有るらしく、その顔が更に険しく、泣きそうにまでなった。
うわぁ、これは触れなきゃ良かったかもしれない。
ジュウイチレン・ガチャ。この最後のガチャって単語からは、それはもう嫌な予感しかしなかったからだ。
エンゲージリンク・ジュウイチレン・ガチャ。その怖くて、だけど切ない話がアクアレーナの口から語られる。
「運命の糸などという大それた力に干渉しても、それでも当人にとって最良の相手を必ず引き当てられる訳ではありません。だからといって一回毎にコストを使用するのでは余りにも消耗が激し過ぎる……」
「う、うん……」
俺は思わず固唾を飲んでしまっていた。
「ジュウイチレン・ガチャは、敢えて一気に多大な召喚権利を得てしまう代わりに、一回辺りの膨大なコストを軽減する
アクアレーナは遂に泣き始めた。ちょっと、勘弁してよもう!
ファリーリーのやつ、なんてものをニホンの文化からこの世界に持ち込んでくれたんだよ!
「それってあれだろ? 普通は十回分だけど一括でコストを消費して購入すれば更にほんの一回だけ無料で回せますよっていう、親切なようで使用者の足元を見てる商法だよね?」
「いえ、五回分のコストで六回無料です!」
うっわ、無料分の方が多いのか!
「さ、流石は女神だね……」
ごめんファリーリー、もしかしたらお前はとても優しかったのかもしれない――!?
い、いや……。それでも一回分がどれだけのコストかでまた印象が変わってくるって気付いたけどさ、なんかもうそれを聞けるような雰囲気じゃあ無くなってしまってるのが辛い……。
「ていうかリサベルさんが言ってた借金って、そのコストを払う為にしたんじゃないよね?」
「――っ! 一つを聞いただけでその他の事までお分かりになるなんて、花婿様はやはり聡明で居られますわ!」
いやいやいやいや、褒めた所で俺は誤魔化されないぞ……。
「ニホン人と結婚出来ても、土地が無くなるんじゃダメージの方が大きいだろう!」
「そうでは無いのです!」
「何が!」
「名家の資産を受け継ぐというのは、そこに有る物だけに限らず、その家の名の力で近隣の職人達との仕事上での有利な取引が可能になる、という事も含まれているのです!」
あー。そういうの、なんかニホンでも馴染みが有る……。
「……その取引で得た収益なら、借金も普通に返せる筈だったっていう訳か」
アクアレーナはただこくりと頷いただけだったけど、瞳が訴え掛けてくる力は物凄く強かった。……ごめん、それは確かに有り得る事だったね。
だからって、ただキミを助ける為に結婚は出来ないけれどさ。
「……私にニホン人の婿を取れと言い付けた両親の事ですが、実は父は既に他界しております」
……またヘビーな事を言って、もう。トライザさんから聞いてるけど、ここはキミの顔を立ててあげるよ。
「そうなんだ」
男と女の会話なら、こういう知らない振りは普通にアリ。相手の口から初めて聞いたっていう風にする方が、親密さが上がるからね。
でもこの場合はアクアレーナと仲良くなりたいからっていう事じゃない。俺が俺の考えを彼女に言い易くする為だ。
「病に伏せての事でしたが、母や私、家の者に看取られての臨終でしたので往生であったと思っています」
アクアレーナ本人からそういう風に言って貰えるなら、俺も変に気遣わなくて済む。彼女位の女なら、それを見越して言ってくれたのだとも思うけどね。
「ただ……。父が最後に残した言葉がそのニホン人の婿の事だったのが、母にとっては良くありませんでした」
「もっと自分の事を省みて欲しかった、とか?」
しかしアクアレーナは首を横に振る。
「その逆なのです。母は父が見届けられなかった私とニホン人との結婚を、父の為にもなんとしても成し遂げると心に固く誓われたのです」
あー、それは……それはガチでヘビーなやつだ。
「父と母はそれは仲睦まじくて、父の願いは自分の願いであると、そう母を奮起させるに至りました」
「うーん、それは、そこまで思う事が出来るのは、とても素晴らしい事だと思う、かな……」
他の人間にとっては重荷にしかならない、という点に目を
「母は私にエンゲージリンク・ジュウイチレンガチャを強く勧めてきました。お前のように器量の良い娘なら相手のニホン人は皆婿に来る事を快諾するだろう、お前はその中で一番気に入った者を一人選べば良いだけなのだ、と」
なんだよその救いようの無い親バカは――!
「幾らなんでもそれは重荷が過ぎるよ!」
しまった、言っちゃったじゃんか……!
「私も、今はそう思います。でもその時はあまりの母の熱意につい心動かされてしまって――!」
アクアレーナは額に痣の有る左手を当ててうな垂れてしまった。
「私は、私は――! そこまでの両親の思いを受けた末にジュウイチレン・ガチャに臨んでおき、ながらっ! その内十人の花婿候補の御方とのご縁をぉ――!」
うわぁ……。いけない、これはいけないやつだ。理屈抜きで俺には分かってしまうぞ、このガチャの話は悲劇そのものなんだって。
「お、落ち着いてアクアレーナ」
「――に、逃がしてしまったんですー!」
「分かった。もう分かったから」
「もっと言えば、私との縁を捨てて逃げ去られてしまいましたぁ!」
「わざわざ言い直さなくて良いから!」
闇が深過ぎる……。婚活をガチャで回して、その上爆死だなんて、余りにも、余りにも悲惨過ぎるよそれ……。
「母は心労が元で、父に続いて病に倒れてしまいました。母の嘆きを思うと、もう今更ニホン人との結婚を諦めてゼルトユニア人と添い遂げる訳にもいきません……」
うん、まあ、それはね……。
「過去十回のエンゲージリンクで来訪された方の中には、良い所まで仲を深める事が出来た御方も居たんです。でもさっきも言いましたように、いざ正式に婿養子になって欲しいというお話まで来たら、そんな方達も途端に渋いお顔をなさって――!」
いや、そんないつかは来ると分かってる話に渋い顔する、なんていうのはさ……。
それ、その男達が怖気づいたのか、もしくは最初から遊び半分だったんじゃないのか? これこそ、言わぬが花だと思うけど……。
言わぬが花っていうのは、『言わない方が荒れずに済む』みたいな意味の言葉で、ニホンではこれを実行するのが中々難しいとされてたなぁ。
――うわぁ、どうしたもんかな。俺の立場的には、下手に彼女に同情する訳にもいかないんだよ、ここはさ。同情したら、彼女との結婚に前向きという事になってしまうから……。
「まあ、考え方は人それぞれだからさ」
自分で言うのもなんだけど、これはフォローとして物凄くダサいと思う……。
「でも、良い所まで行ったっていう事は、キミ自身の良さはきっと受け入れられてたんじゃないかな? そこは自信持って良いと思うけどなぁ」
俺は今、心にも無い事を言ってはいる。だけどさ、それでも沈黙してるよりはマシだと思ったんだよ。
「……十回目の召喚で、女性の御方がお越しになった時には、流石に乾いた笑いが出ました……」
フォローを
「女って……欲しかったのは花婿だったんだろう?」
「はい……。とはいえ運命の糸とはとても人の認知の及ばないもの。運命が私に、今こそ性別の壁を打ち破れと言って来ているのかなと、その時はそんな考えが頭によぎってしまったのです……」
「いや、それはそれまでの九回分の
「はい! ですから打ち破っていません、なんとか踏み止まりました!」
アクアレーナが必死の形相で俺に訴え掛けてくる。
「分かったよ、変な事言ってごめん……」
「その方自身は同性愛者で、私を気に入ってくれたのです……。とても気品有る女性で、召喚しておきながら結婚を断った罪深い私に対して、これからも貴女は僕の大切な友人だとさえ言って下さって……」
男装が似合う麗人、みたいな女だったのかもしれない。きっと人格者だったんだろうな、とも思えるけど……。
……でもさ、それちょっと待って。
同性愛者だとか異性愛者だとか、そういうの関係無しに、その女の気持ちは分かる気がする。
「少なからず運命が通じていると感じた相手の事なら、例え拒否されたとしても、相手の真意を受け入れようって思ったんじゃないかな……?」
「花婿様……」
違うけど、俺は花婿じゃないけど、誰かが愛で受けた傷の事は、人間共通の事として考えなきゃいけないって気がするから。
なんとなく、だけど。でも間違ってる気はしなかった。
「えっと。難しい話なんだけどさ、拒否する心も、その人の真心なんだよな。元々上辺だけを見ていた付き合いなんじゃなくて、お互いが真剣に向き合って、その果てに出た結論だったら……それは紛れも無い真心なんだ」
今、俺は元恋人の、シュウの事を思い出している。思い出して、その思い出が何故かほんの少しだけど、昇華されていくような感触を得ていた。
「……っ!」
アクアレーナが声にならない嗚咽を漏らしながら、それでも俯く事無く俺の顔を見続けていた。
――後半へ続く――
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