第四話 ファンキー・ヴィーナス! ニホン被れなファリーリー

 アクアレーナの住むフレイラ家の屋敷に着いた。


 扉の前には何人かの人が立っている。さっきのリサベルさん達とは違って、俺達を出迎えているって感じだ。メイド風の衣装を着ているのは、きっとこの屋敷のメイドなのだろう。


 メイドが出迎えをしているという事は、やはりアクアレーナはこの屋敷のお嬢様なんだね。


 馬車から下りた彼女へと、一人の――他のメイドとは段違いに色っぽく、また風格の有るメイドが声を掛けてきた。


「お帰りなさいませ。その……そちらの方が花婿様で?」

「違いま――」

「私の花婿様はこの世界に参られたばかりで、大変お疲れです。決して粗相の無いように」


 俺の言葉に被せるように言い放ったアクアレーナの言葉は柔らかさと鋭さが混在していて、その風格有るメイドがはっとして一礼する程だった。

 威厳、ってやつかな。アクアレーナにはそうした一面も有るらしい。


 ただ、俺の『花婿じゃない』という否定をことごとく遮るのだけは勘弁して欲しいんだけどね……。

 そんなアクアレーナが後ろの俺に振り返って微笑んだ。


「さあ花婿様。先ずはお食事になさいますか、お風呂になさいますか? それとも――」

「いやちょっと待って」

 本当は物凄く待って欲しい位の待って欲しさ加減だったんだけど、俺はそれだけ言うのがやっとだった。


「はい?」

 アクアレーナがきょとんとした顔で小首を傾げた動作は本当に子供っぽい。さっきメイドに見せた威厳は何処へ行ったんだよ……。


「いや、その、とにかくその先は言わないで」

「はい……」

 彼女の眉根がほんのちょっぴり下がっていた。残念ですわ、と言わんばかりに。


 やっぱり、アクアレーナはいじらしい。良く分からないけれども、だ。


『食事にするか、お風呂にするか、それとも――』

 この話の際どい流れを断つのなら、シンプルに、食事かお風呂かの二択で選んでしまえば良い。


「色んな事が有ったから……正直に言って、疲れてるかな。だから、どっちかというとお風呂が良い」

 今日出逢ったばかりの良い所のお嬢様に屋敷へと招かれて、いきなりお風呂っていうのもどうなんだと思いはしたさ。だからこんな遠慮がちな言い方になってるんだ。


「まあ、そうでしたか。ではこちらのトライザに案内させましょう」

 アクアレーナは手をぽんと叩いてから風格有るメイドの、トライザさんを指名した。


「トライザと申します。さあこちらに」

 何処までも礼儀正しいこのトライザさん。即座にアクアレーナの命令を実行しているのだと分かって、なんというかとても仕事の出来る人らしいなと思える。


「それでは花婿様。私も母に挨拶してから、夕食の席ではご一緒させて頂きますわね」

 アクアレーナがうやうやしく頭を下げて、案内される俺を見送ってくれていた。


 母か。……父さんは、居ないのかな?


 ※


 流石にお屋敷の中の風呂場ともなるとそこそこの広さが有って、大理石っぽくて、俺は真っ直ぐ足を伸ばしてもまだ余裕のある湯船の中で――リラックス出来ていた。


「あー……生き返るなぁ……」

 この世界ではどういう原理でお湯を沸かしてるのか知らないけど、そんなのはこの心地良さの前ではどうでも良くなってしまう。それは仕方の無い事だとそう思う。


 そんな事よりも、俺はこうしてゆっくりしてる時に限って不意に元彼女との別れを思い出してしまう事を、なんとかしたいから。本当の意味で心を落ち着けたいから。


 今居る世界の仕組みよりも、自分の心の方が気にすべき問題さ。


「俺は、生きてる。分からない事が多くったって、今この世界にちゃんと生きてる――」

 体に熱が籠っていく。風呂を出た後もまだこのゼルトユニアで過ごす事になるかもしれないっていうなら、今はしっかり活力を付けてやるんだ。


「――?」

 ゆったり気分で宙を見つめていると、なんか急に空気が張り詰めたような感じがしてきた。


「カガミ・レン……」

 誰も居ないのに突然声が響いた。風呂場だからかななんて、そんな呑気では居られないか。


「誰だ!」

 取り敢えず声を張って問い質した。どうか怖い人が相手じゃありませんように――!


「良かった、やっと見つけたー!」

 さっきより声の質が鮮明になった感じがして、それがどうやら人間の女っぽい声であるらしいと気付く。


「だから、誰ですかー?」

 優しめのトーンに切り替えて再度尋ねてみる。女だからって油断はしないけど。ってか女だからこそ俺はもう油断しない。


「私は、このゼルトユニアの女神です」

 言うに事欠いて女神だって?


 ――いや、待てよ俺。これだけ変な出来事が立て続けに起きたんだから、下手に常識で考えて判断するのは良くないよな。


「……本当ですか?」

「はい!」

「神様が、俺に何の用ですか?」

「待って、今姿を見せますから」


 神が人間に姿を見せるのかよ!? 流石にびっくりして吹き出しそうになっちゃったじゃないか!


 しかし風呂場の何も無かった中空からと光が出初めて、そこから本当に女が現れて来た。

 ――って、ちょっと待って。


「その格好……?」

 現れた女は真っ金色をしたソバージュヘアで、顔つきも彫りが深い感じの力強さを兼ね備えた美人で、神々しいって感じも確かにしたけどもさ……。

 でもその着てる服装はなんだ? にニホン的な白地のブラウスに、細身のタイトスカート姿だぞ!?


 女教師かOL風のコスプレをした外国人にしか見えない!

 ていうか、そんな恰好で風呂場になんか出て来るんじゃあない! なんかエロいから!


「初めましてレン、私は女神ファリーリーです! 今回は貴方がこの世界に転移した事についてお話に来ましたー」

 まつげの長い目を目一杯に開きながら、満面の笑みで名乗った女神ファリーリー。彼女は率直に言って胡散臭さの塊だった。


 ――ツッコミを入れる。俺は今から、この女の格好にツッコミを入れるぞ!


「いや、どう見てもニホン被れの外国人でしょう!」

「ニホンに被れているのは合ってるけれど、外国人ではなく私は女神です!」

「女神がなんでニホンに被れるんだよ!?」

「私女神ですよ? 次元の繋がりが濃い世界同士なら、次元の通り道を自由に行き来するなんてお茶の子さいさいですからっ」


 お茶の子さいさいって……『簡単に出来るよ』みたいな意味の言葉だったな。そんな言葉、今時じゃニホンでも言わないぞ。ていうか、そもそも全然答えになってない!


「もしかしてキミさ、結構昔からニホンに入り込んでる?」

 少なくともお茶の子さいさいがまだ日常で使われていた頃から来ていたのは間違い無い筈だ。


「私の事はどうでも良いんです! 今は貴方の事が問題なんです、レン!」

 なんだこいつ、出鱈目な位に凄くテンションがおかしいぞ……! ニホンのファッションをする位、どっぷりとあっち側に浸かってる癖に。

 駄目だ、なんか段々イラついてきた。


「どうでも良いってなんだ! 人と会話するなら相手に不信感を持たれないようにするのは当たり前だろ!」

 俺は思わず湯船から立ち上がって文句を言い放った。飛沫が掛かった所のブラウス生地がちょっと透ける。


「あーそのいきなりテンション上がっておかしくなっちゃう感じ! だから貴方、ゼルトユニアに転移してしまったんですね!」

 ファリーリーは俺の裸を見てもブラウス生地がちょっと透けてもそれは別に意に介さずに言い返してきた。


 俺がテンションおかしいってなんだ、俺は普通の事を普通に大事に考えてるだけだぞ。

「テンションがおかしいのは、キミだってそうだからな!」


「うるさい、その立派なオチンチンを隠しなさい!」

 ああ、注意はするのか。割とガン見してたのを俺は見逃してないけど。


「薄いグリーンのブラ透けてるぞ」

「人間相手に羞恥するなんて、そんなの女神としてダサいでしょ!」


 だから、ダサいってニホン的な言葉を思い切り使ってるんじゃあない。

 なんか女神としての意地が有るらしいけどさ。


「分かったよ。二人共もうこのままの姿勢で居よう」

 俺にも男としての意地が有るからね。


 ファリーリーも静かに頷いてみせた。そして改まった感じでこう問い質してくる。


「貴方は異世界転移、又は異世界転生というものについて、どれだけ知っていますか?」

「ええと、なんかニホン人は異世界転移・転生をし易い特殊さを持ってて……。でもこのゼルトユニアへは、こっち側の誰かから召喚を受けないと転移出来ないんだったかな……?」


「正解」

 ファリーリーは短く言って、なんか『私は元々知ってますけどね』みたいなドヤ顔をしながらと拍手してきた。俺に対して友達相手なのか、と思う程の馴れ馴れしさを速攻で向けて来てるのが分かる。


「貴方は本当ならあの時ニホンでトラックに轢かれた後、違う異世界に転生をする筈だったんです」

「へ、へえ……」

「しかしその直前に、あのアクアレーナが貴方をゼルトユニアへと召喚してしまった」


 やっぱり、俺を召喚したのは彼女だったのか。


「直前っていうか、少なくともトラックと接触はしてたけどね」

「ええ。だから違う異世界の方の女神はてっきり貴方がそっちに行くものと思って、次元の狭間で出迎えようとまでしてたんですよ」

「女神がわざわざ出迎えって……」


「異世界転移・転生では、そんなに珍しい事じゃありません」

 ふうん。結構、事が起きてからのケアっていうのがちゃんとしてるっぽいんだな。

 ――ん、あれ?


「俺はこっちに来る時、なんかにされてたけど!?」

「だから貴方がゼルトユニアに転移したのは言わば想定外で、私だってプライベートを切り上げてずっと貴方の存在を探知すべく動き回ってたんですからね! 今日、オフの日だったのに!」


 なんか物凄く逆切れされてる気がするぞ……。

 オフか。……それは悪かったよ、オフは大事だもんね。


「俺も今日ニホンではオフで、物凄く大事な用を済ませる筈だったんだ……」

「あーっ、なんか急にヘコんだー!? そのテンション上がり下がりの激しさ加減ったらもー本当にゼルトユニア向き! そりゃあ異世界転生の予定をひっくり返してこっちに来ちゃいますよねー!」


 うるさいなぁ。だからお前が俺のテンションについてあれこれ言うなってば。

「テンションがこの世界への転移と何か関係が有るっていうのか?」


 でもファリーリーはここで、とんでもない事を言ってくる。


「関係有るも何も、テンションのおかしさこそがゼルトユニアへの転移の引き金トリガーですから! テンションおかしなニホン人から発する精神エネルギーの波長は次元を越えてゼルトユニアまで到達し、ゼルトユニアの人間が波長を感知出来てこそ初めてそのニホン人を召喚する事が成るんです」


 はあっ!? なんだよその条件は!


『テンションがさ、真っ直ぐ過ぎて、おかしい位で……。レンと私は、住むべき世界が違ってたんだよ』


 ――くそっ、また思い出したじゃないか! しかも、今本当に世界が違ってしまってる!


「テンション重視の世界……そんなの、世界ごとおかしいだろっ!」

 弾みで、この世界そのものに対して八つ当たりしてしまって、情けないと思うけど、でも――!


「でしょー!」

 ファリーリーは、何処までもとことんテンションがおかしかった。


「……褒めてないってー!」

 俺も反射的にテンションおかしくツッコミを入れてしまってて、でもそんなふとした切っ掛けですぐ熱くなる自分が凄く自分らしくて、なんていうか、なんていうかさ――。

 

「レン。女神として私が言ってあげられるのは、ゼルトユニアでは貴方の精神が個性パーソナリティーとして持つそのテンションをきっと、世界として許してあげられるという事です」


 ファリーリーが、またテンションをすぐに戻してそんな事を言ってきた。

 でもそれは確かに、慈愛の象徴としてもニホンで描かれる事の有る女神らしい言葉だったとそう思う。


「どうあれ俺は、行ける所まで行くしか出来ない……」

 理屈抜きにそう理解が走った気がした。


 ファリーリーが優しく微笑む。

「とにかく。その右手に出来た痣が、貴方のこの世界での人生の軸の役目を担うでしょう。それを忘れないで下さいね」


「この手の、痣――」

 そうだ、これも謎だった。アクアレーナの左手にも痣が有ったんだ。


「じゃあ私はこれで、ニホンに戻りますね。本当はもっと色々伝えてあげたいけど、今日観にいこうと思っていた映画、レイトショーならギリギリ間に合うんですよー」

 ファリーリーが言ったそんな言葉に、でも俺もなんか微笑んでた。


「そっか、オフの日だったらしいもんね。――良いよ、行ってきなよ。ただブラ透けてるままなのは止めた方が良いぞ」

「女神の力ですぐ乾かすから大丈夫です!」

「凄いな、女神」


「私は貴方みたいに他人、いや他神のプライベートを尊重してくれる人は好きですよー。また何か有れば私の名を呼んでみて下さい。行けたら行きますからー」

 そう言ってファリーリーはここから消え去った。アクティブって、言って良いのかどうか……。


「それ、大体来ないヤツじゃん」

 そういう所までニホン被れでなくて良いっての。


「世界の隔たり、とか……馬鹿みたいに思えてくるよな……」

 大きく息を吐いてから、俺はゆっくりと湯船から出た。


 ――第四話 完――

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