第二話 ゼルトユニア! 異世界とニホンは割りと仲が良い
アクアレーナはどうやら良いとこの家柄であるらしい。彼女が言っていた馬車とは正に彼女の自家用の馬車で、そして今はその馬車に俺を乗せて屋敷に連れ帰ろうとしていたんだ。
ふとスマートフォンを手に取ると充電が残り一%だった。この状態になってからが意外と保つんだけど、それでも電波の方がこの世界に来てからずっと零だったから、どうしようもない。
「花婿様」
「違うよ」
「飴、お食べになられますか?」
アクアレーナが俺の言葉を華麗に
「……頂くよ」
「ニホンに在られては、ゼルトユニアの事はお知りで無かったのでしょうか?」
――外では御者が馬を操り、馬車の中は俺とアクアレーナの二人きり。
カタカタと音を立てながら備え付けの窓に映った動く景色が目に入って、それは俺に落ち着きという感情をくれていた。多分ニホンの、電車に揺られてるみたいな心境と重なったんだと思う。
その動く景色を背にウエディングドレス姿のままのアクアレーナが、変わらずゆったりとした佇まいでそう尋ねてきた。
「……逆に、ゼルトユニアの人はニホンをなんで知ってるの?」
また質問に質問で返してしまって、すぐさま心の中で反省した。飴玉を頬張って、包み紙を急ぎめに備え付けの
こういう話し方は相手にこちらとの距離を感じさせてしまいがちで、あまり良くないから。
「……次元を超えて幾つもの世界が存在しているという事実は、少なくともゼルトユニアでは常識として知られています」
アクアレーナは溜息混じりにそう答えた。俺が嫌な気にさせたから溜息を吐いたのかと思ってしまって、少し心が痛い。
「あー、そうなんだ……」
でも飴玉は甘くてその分は心が落ち着いたし、そして彼女は、そこから更に丁寧な教え方をしてくれた。
「それぞれの世界は多岐に渡る繋がり方で結ばれていて、中にはとても強く深い繋がり方をした世界同士というものも在る」
この丁寧さは彼女の、俺への配慮なんだって気付く。
この世には異世界が存在していた――という事について、まだ知り始めたばかりの俺のレベルに合わせてくれてる。より噛み砕いた説明をしてくれているっていう事だ。
さっきの溜息はその説明の流れを考える為のものだったと分かって、尚更すまない気持ちになった。よくよく考えたら、彼女も自分の屋敷から俺の所まで急いで来て、疲れてる筈だとも思い至る。
「ニホンとゼルトユニアがそうだっていう事?」
俺がこの話の理解に前向きになったのは、何も世界の繋がりなんていう大層なものへの興味が湧いたという訳じゃない。彼女の配慮にきちんと応えなきゃという気持ちからさ。
でも俺が態度を柔らかくした事に対して、アクアレーナは途端に嬉しそうに微笑んできた。それを見て、正直やってしまったな俺ってそう思った。
「流石は花婿様っ」
「だから違うよって!」
「ゼルトユニアにニホン人が召喚されるのは、それ程珍しい事でも無いんですよっ」
我が意を得たりという感じの顔にも見えてさ。なんというかとても分かり易い女なんだ、彼女は。
それにこいつめ。俺との会話に真摯でありながら、花婿じゃないという言葉だけはとことん
そんな彼女に図らずも良い餌をあげてしまった事が、ちょっと悔しくなるじゃないか。
「……俺もその珍しくない内の一人って事か」
「はい。でも勿論、私にとっては花婿様は唯一無二の御人ですけれど」
こういうのをしっかり挟んでくる所が、なんか男の喜ぶツボ知ってるなって思うんだ。――嫌いじゃあ、ないけどね。
「ニホンとゼルトユニアは仲の良い世界同士なんだね」
「ふふっ、そうですね。でもそれは、どちらかといえばニホンの特殊性に依るものなのです」
「そ、そうなの?」
「そもそもニホンという世界は、何故か特別なまでに多くの異世界と干渉する性質を持つらしいのですわ」
「へえ……?」
ニホンって、そんな大層な所だったかな?
「ゼルトユニアからニホン人が来訪されるのは、こちらからの召喚に依ってのみなのですが、別の異世界ではニホン人の方から魂の摂理さえ超えて、転生や転移をしてきてしまう事もあるとかなんとか……」
「そうなんだ……。異世界の人達から見てニホン人が凄く特殊っぽいのは分かったけど、でも自分じゃイマイチ実感は無いかな……」
でも待てよ? 確かに例えば身近な話でいえば、ニホンの職場で或る日突然誰かが
もしかしたら何人かは俺みたいに、異世界転移をしちゃってたのかも知れないね。全員が全員ゼルトユニアっていうんじゃなくて、きっと行く先の世界は様々でさ。
これ自体は馬鹿みたいな話だと自分でも勿論そう思う。でもそれ以上にヤバい気がしたのは、俺も含めてニホン人って或る日突然他人が居なくなっても、それが自分にとって大切な人でも無い限り、意外とすぐ気にしなくなっちゃう所があるよなって思った事だ。
なんていうか俺は聖人君子じゃないし、自分の人生生きるだけでも真剣なんだから、そういう意味じゃ全然仕方無い事だとも思うけどさ。逆に言えば、だからこそせめて自分が大切だと思えた人の事は、一生懸命支えよう、守ろうってなる訳で……。
ふと、何気無しに自分のニホンでの人生を思い返そうとしてみる。俺の人生の中で大切にしたかった人といえば、やっぱり――
――すぐにあの元カノとの別れを思い出して、泣きたくなって焦った。
なんで強引に吹っ切れたのに、わざわざ自分から思い出そうとするんだよ俺は!
いけない、やめようこの話は!
「あの、お顔の表情が優れない様子ですが――」
「あー、えっとぉ! でも他の異世界の事は多分、今の俺には関係の無い話かなー。今は、今はあくまでこのゼルトユニアに関する事だけを話そうか、あはは!」
突然パニクったようにテンションが上がった俺に、アクアレーナが一瞬ぎょっとしたのが本当に心が痛いしごめんなさいだった。
「そ、そうですよね! 花婿さまは私の花婿様としてこのゼルトユニアに来て下さったのですから、これからは二人の未来についてだけ一緒に考えましょうね!」
うわっ。こいつどさくさ紛れに、なんか話をめっちゃ自分にとって都合の良い方向に持っていってる!? さっきのごめんなさいは取り消しだ取り消し!
「ちょっ! ていうか、俺が召喚されてこのゼルトユニアに来たっていうなら、その召喚したのってもしかして――」
「あ、屋敷はもうすぐそこですよ!」
「アクアレーナ、キミなんじゃ……って窓の外ばかり見てないでこっち向いて! それと話を聞いてくれー!」
このアクアレーナは肝心な事になると、ていうか自分にとって都合の悪そうな事になると、すぐにはぐらかしてくるから油断が出来ない。
けど……今いきなり馬車が止まってしまった事については、彼女にとっても想定外だったようだった。
「――一体何が? 外に出て確かめますので、花婿様はここでお待ちくださいませ」
「いや、俺も一緒に出るよ。あと俺は花婿じゃ――って降りるの早っ!?」
花婿の最初の『は』を言った途端、凄く動きが早くなったぞ彼女。なんとしてもその先を聞くまいという決意に溢れていたって分かる。
俺は出る前にスマートフォンを手に取って、充電が遂に切れて電源がオフになってる事を確認だけすると、
※
馬車の前には、なんか剣を腰に下げた如何にもごろつきという言葉が似合う男達が居た、んだけど……。
なんだ? 俺達に立ち塞がるようにしてるそいつ達の先頭で、若干背の低めな女の子が偉そうな感じで腕組みしてるぞ。
ごつい体格の男達と比較したら尚更ちんまり感が際立つその女の子に、しかしアクアレーナはぎょっとしながら口を開いた。
「リサベルさん、こんな所にまで!?」
女の子、リサベルさん――が御世辞にも有るとは言えない胸を張り、ふんぞり返って返答する。
色々足りてない感はある彼女だったけど、その切れ長でラインの整った目つきには、将来良い女になるという予感がしなくもない。
きっとその暁には、その他と比べて段違いにド派手な銀の髪もビシッと決まる事だろう。
「待っていたぞアクアレーナ。今日こそ借金の代替えとして、フレイラ家が持つ土地の権利を頂くからな!」
「ですから再三、まだ期日には間に合うと伝えているではありませんか!」
おいおいまたいきなりヘビーっぽい内容だな……。
これは穏やかじゃない話だと分かって、口を挟まずには居られなかった。
「アクアレーナ、キミ借金してるの?」
彼女は一瞬決まり悪そうな顔をしたが、しかしちゃんと話してくれた。
「はい……。ですがちゃんと後日返せる当てが有っての借り入れですし、それにあの人達は返済期日の前だというのに、強引に返済を迫って来ているんです!」
「あー……」
しっかりとした口調でそう言った彼女が、また申し訳無さそうな表情になって俺を見る。
「変な事に巻き込んでしまって申し訳有りません……」
「……いや、良いよ」
これは俺の本音さ。
「花婿様……」
「もう既に異世界への転移、なんてハイレベルなトンデモ現象に巻き込まれてるからね。それに比べたらこんなのは別に軽いって」
寧ろ、なんかちょっと親近感があるって感じるよ。こういう如何にもな展開、ニホンの漫画やドラマではよく有ったし、さ。
ごろつきその一が俺にも凄んでくる。
「おいそこの変な格好したヤツ。さっきから何ニヤついてるんだ!」
「えっ、俺今笑ってた?」
自覚が無かったから素直に尋ねただけだったんだけど、向こうは俺が舐めてると感じたみたいで余計にいきり立ってくる。
「お前俺達の事を馬鹿にしてるだろ!」
「おやめ下さいませ!」
突然アクアレーナが俺とごろつきその一の間に入って叫んできて、驚いた。俺を庇うようにしてくれたからだ。彼女、結構芯が強いんだね。
「そうだぞ、このリサベル様とアクアレーナの会話の邪魔をするな」
リサベルさんの方も俺達の
だけどこの子の場合は俺の身を案じてくれた訳では無いようで、自分の活躍を邪魔されるのを嫌がったという感じだ。
「すいやせん、姉御」
ごろつきその一がぺこりと謝っていた。そっちに比べたらちんまりなのに姉御って――と思ったけど、いや見た目で人を判断しちゃあいけないか。
そう探る視線で見ていたら、そのリサベルさんと目が合った。
「おい、お前ニホン人だろ」
俺のニホン風ファッションを舐め回して言ってくる。
「つい二時間位前まではね」
これは俺がゼルトユニアに転移してからの時間だ。今はもうあくまで大体の予測で言ってるだけだけど、俺は元々時間の経過を時計を見ずに当てる事には自信が有る。
何故かアクアレーナが俺の言葉に食い付いてきた。
「花婿様。そのような言い方をなさるという事は、もう既にこのゼルトユニアの民として私と共に生きて下さるとお決め下さったという事ですね!」
「違うから!」
感動で目に涙を溜めるまでしている彼女に、否定という名前の一刀両断を決めるけど――。
「私嬉しさの余り涙で前が見えませんし、声も聞き取り難いですわ!」
いやいや、嘘を言うんじゃあない!
「いや絶対聞こえてるって! 絶対に!」
でもアクアレーナのこの喜怒哀楽がころころ変わる感じ……。なんか放っておけないんだよね、俺としてはさ。
――第二話 完――
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