異世界転移した先で、キミとウエディング・ベルを鳴らそう

神代零児

いつか最高に最強と知られる青年の、長き転移初日の章

第零話 トラブル・チェイン! 振られた矢先に異世界転移(前)

 今のこの比較的平和な国ニホンでは、心の底から勇気を出さなきゃいけない場面なんて実際そんなに来るもんじゃない。


 まあ俺の子供ガキの頃を思い返す限りでも大抵親や学校の先生から理不尽な叱られ方をした後に、何かを言い返してやる時位だったかな。命に関わるなんて事はまず無いと言って良い。


 で、いつの間にか言い返すんじゃなく上手い事やり過ごす技を身に付けるようになると、もう仕事で上司に無茶ぶりされたからって正面から勇気を出す感じでも無くなっててさ。


 人間ってのは基本、良きにつけ悪しきにつけ環境に適応していく生き物じゃん? 慣れてしまえばそれ以後はって感じでもなんとか出来ちゃうんだよな。


 だけどそんな風になったって、好きな女に愛の告白をする時はいつだってビビり倒して、物凄い勇気を出さなきゃまともに喋れもしなくなるんだから俺って本当にダサいよなって思う。


 今年で二十六歳になるこの俺、加々美カガミレンは自分が大事にしたいと思えた女に対してはグッとひた向き。


 加々美が名字で憐が名前。女みたいな名前とたまに言われるけど、れっきとした男だよ。


 標準的な体格にほんのり茶色に染めた髪。眉毛はあんまり弄ってない、手入れが面倒臭いからね。


 そんな心構えだから決して普段から周囲の女にモテたりとかっていうそこまでの良い男では無いんだけど、女にモテたい訳じゃなくて俺が好きになった女を大事に出来れば良いって考えだからそこは気にしてない。


 気の良い同僚がセッティングした男女の出会いの場なんかでも初対面の女相手に、男は見た目より中身で勝負するものだからとか結構普通に言っちゃう。

 勿論くそ真面目にそう言ってる訳じゃなくあくまでネタ的にね。


 ネタでもそんな事言うと女達はしらけるだけだろって、そう思うのはいささか早計というものでさ。

 これが俺自身の好感度はともかく場の空気としては寧ろそこそこ温まるんだよね。


 男女間でのお付き合いってやつは、やっぱり理屈だけじゃ測れないもんでさ。気の利いた言葉ばかり言えば良いってもんでも無い。


 先ず最初の方で言ったように、俺は普段から上司のいびりや無茶ぶりに対して、良い感じの妥協点を提示したりと上手くやり過ごしてる訳ね。

 結果的に職場の空気が荒れるのを防ぐ事にもなってさ。仲間内ではそうした俺の中身への、きちんとした実績と評価が有る。


 だから俺が『中身で勝負』とか言っても、それを知ってる男連中はちゃんと笑って許してくれる。


 でもって、女だって出逢いを求めてそういう場に来てるんだから、男連中が皆わいわいしてれば『ああ、この発言はここではアリなのね』と空気を読むんだ。


 基本的には女の方が男より駆け引きが上手いらしいんだから、盛り上がってる男達なら掌で転がしちゃえって、そんな風にノッて見せるのなんてきっと簡単で。寧ろ色々話が早くなってく。


 男の方でも調子の良いヤツなんかは俺の発言をボケに見立てて上手くツッコミ決めて、そんな女達の好感度を上げに行ったりするんだから逞しいってもんだよ。

 そのままそいつが誰か女をゲットしたなら、俺もアシスト役として役に立ったなって良い気になれるし。


 言ってみれば、これは男女のお付き合いの妙。


 皆が自分にとっての良い展開を望んで取った行動が、結果的に全員にとっての良い展開へと繋がっていってくのってさ、冗談抜きに凄いと思うんだ。

 その凄さは男と女の関係ならではだし、その凄さを経た男女の事は尊重してやりたい。


『リア充爆発しろ』とを付ける気には俺はなれない。この考えに関しては流石に皆『レンはおかしい』って言って来るし、まあそれも分からなくは無いけどさ。


 ……俺自身は別に、本当に女から俺の中身を見て貰えるなんて事は思ってないよ。逆にそういうの自分で気にしてたら中身が曇るし。


 大体の女は「そうだよね、肝心なのは中身だよ」と返してくれたけど、それが社交儀礼なのはお察しというやつで俺も本気には取らない。


「そういうの自分で言うの逆にきもいよ」と、俺に勝ち誇ったような顔で有り難い助言をくれる馬鹿正直な女も居たけど、そういうのは逆に可愛いものだと思うかな。


 だって馬鹿が付く正直さなんだから、少なくともそういう女は普段の言動に於いて信用は出来るって事だろう? 恋愛対象にはならないし、向こうも俺なんかよりもっと見た目に分かり易いモテるタイプを選ぶから深く関わる事は無いけれど。


 じゃあお前はどんな女が好きなんだって言われたら答えには困るけど、でも居る事は居る。


 ……俺が『男は中身で勝負するもの』って言った時、『ふぅん』と短く返してきた女にだけは、俺はとしてしまっていた。


 だってこの『ふぅん』は、その女の様々な思惑がぎゅうっと凝縮された『ふぅん』だったから。

 言いながら頭の中で相手の男である俺が、どんなポテンシャルを持ってるのかとかどんな考えで居るヤツなのかとか、そんな事を彼女は探ってきていたんだ。


 だから外側の反応は逆に鈍い感じでさ。そんな彼女を他の連中はノリの悪い女だなって風に一瞬見遣っただけだったけど、俺にはすぐ分かった。

 確かに彼女は、姿勢を低くして獲物を狙う女豹のような眼光の鋭さを俺に向けて来てたんだ。


 実際、それでもあの場で何をされてそうなったのか俺は全く分かってなくて。

 ベッドで上になられた時にようやくハッとしてガチで焦った位だった。


 俺が惚れたのは、その女豹さ。


 女豹だから惚れたのかって言われたら、まあそれも有るとも思うんだけど。それ以上に何であれ、彼女というギラギラした強い女が、俺という男を見込んでくれた事が嬉しいと思ったからだ。それ以上はもう上手く説明も出来ないしする気も無い。


 彼女の方はあくまで狩りをしたかっただけで、俺に惚れた訳では無かったのだとその時には気が付かなかった。多分、少なくともその瞬間にはそれはどうでも良い事だったから。


 だって自分の心が『この女に惚れた!』とそう言って来てるんだから、それ以外は全部どうでも良い事だろ? 星の数居る女の中で、その時たった一人自分が惚れてしまった女なんだから。


 告白したんだ、ベッドの上で。シチュエーションとしても、俺のテンションも、きっとおかしな感じだったかもしれないけど。それでも子供ガキの頃からいざという時には勇気を出して来たから、そこでも勇気を出してみせただけなのさ。


 鼓動がめっちゃ早かったし、女豹の眼のまま彼女が一瞬呆気に取られた後に、すぅっと微笑んで来た時は人生で一番ビビりまくって死ぬかと思ったよ。それでも自分は彼女に相応しい男になれるし、絶対になると信じてた。


 そんな女豹のような眼をした……付き合って二年になる恋人、望月モチヅキシュウがさっき言った言葉は、俺に一発で心臓が破裂する程の衝撃を与えた。


「ごめん。レンとは結婚は出来ない」

「え……?」


 今日は仕事はオフの日、昼間にこのレストランを予約したのは酒が入ってない状態でプロポーズをしたかったからだ。


 空調のしっかり効いた店内のテーブルに腰掛けながら、正面に座っているシュウが目を細めるのを見た。


 彼女のその動作だけで、寒気がしたんだ。こんなに空調が効いているのに。 

 テーブルの上に伸ばした婚約エンゲージ指輪リングが入った小箱を持つ手なんて、震えてしまってる。


 ……おいおい、マジか!?


「だから、レンとは結婚出来ない」

「……何言ってんだよ?」

「言った通りの事よ」

「それじゃ分かんないから聞いてんだよ!」


 雰囲気ムード重視の場所だ、大声出しちゃいけないのは分かってる。俺だってもう二十六なんだ。

 だから声のトーンは抑えた。抑えたけど、そりゃあ張り詰めた声色だったし、眼つきだってかなりギラついてるかもしれない。


「落ち着いてよ」

「……もう、とっくに落ち着いてるさ」

 嘘じゃない。周りの人の視線が痛いと感じる程度には冷静さが残ってたから落ち着いた。


 いやそこは嘘だ、自白する。他の人間の視線なんてのは別にどうだっていい。

 何よりも、今シュウに俺が怒り任せに場の雰囲気ムードを壊すような格好悪い男だと思われるのが嫌だったから、我慢してるんだ。


 今ここでシュウに、俺が自分より格下な男みたいに思われるのが癪だった。シュウのような女と二年付き合う内に触れ合う内に、俺の心の強さだって磨かれたんだよ。


「……そう」

 シュウが俺の気持ちを分かってる、みたいな返事をした。シュウは俺の事を、なんでもお見通しな女だから。


 そんな風な分かり方をしてくれる女なんて、そんなに出逢えるもんじゃない。だから俺はこの女豹みたいな女を絶対守って、幸せにしようと誓ってたんだ。


 だからさ、だから……。シュウがどんな思いでも、他の誰でも無い俺が向き合ってやらなくちゃいけないんだ……。


「……シュウ、俺達はお互い子供ガキじゃない自立した大人なんだからさ。ちゃんと理由を言えよ、俺もちゃんと聞くから」

「こんな時にもそういう真っ直ぐな言い方するの、レンらしいよね。テンションがさ、真っ直ぐ過ぎて、おかしい位で……」


 シュウが、不意に微笑んだ。慈しみがあって、だから俺は全然ビビらなかった。

 それは強い女だった彼女が俺と付き合う事で次第に向けてくれるようになった微笑みで、正直見慣れていたからというのもあった。寧ろ、今は心が痛む。


「……レンと私は、住むべき世界が違ってたんだよ。一緒になっても、私は幸せになれないって、気付いたの……」


 眼に涙を溜めて、それでもシュウは泣かなかった。それは彼女の責任の取り方だったんだ。

 それが分かってしまったから俺は、彼女との別れを受け入れる他に無かった。


 他にも分かった事は有った。俺はこの二年で自分の強さを磨いたんじゃなくて、きっと彼女に慈しんで貰うのと同時にその強さも奪って、自分の物にしてしまっていたのだという事だ。

 だからそんな俺とはシュウは、幸せになれないんだ。


 男女間の付き合いの妙は、決して理屈なんかじゃ測れないのさ……。愛し合って心が繋がり合って、でも何処かでその繋がり方が間違っていたんだ……。


 ――後半へ続く――

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