scene63*「仲良し」
それは仲直りの合言葉
【63:仲良し 】
彼とのケンカで、一つだけルールを作った事がある。
それは仲直りの言葉だ。
だけど今、私はそれを言うことができない。
「仲良し、」
彼が何気なく言葉を発す。その続きは私が言うことになっている。
「…………」
勿論私の答えは“NO!”だ。
だって毎回そう簡単に許していたんじゃ、せっかく怒っている私の気持ちが可哀想だ。
私は不機嫌な顔で無視し続けながら雑誌を読んでいる。
そんな私を見て、彼はやれやれといったようにため息をついた。
それさえも重要なミステイク。
そのため息でさらに私の不機嫌が続く事に彼は気づいていない。やれやれってため息をつきたいのは私のほうだ。
私が不機嫌になっているきっかけは、彼にどんなに聞いても「それもいいんじゃない」と答え続けるからだ。
そりゃあ興味がない事は分からなくもないけれど2人の協同作業みたいなものだし、他の事はどんどん決まってゆくのに肝心のメインが決まらない。
結婚式を控えた花嫁がドレス選びで花婿とケンカ、なんて冗談だと思ってた。
けれどどうして他人事だと私は笑っていたのだろう。
彼が服やオシャレに興味がないなんて、どうして私は忘れていたんだろう。
少し思い出せば分かることではないか。私はきっとマリッジハイになっていたに違いない。
招待状も出して返事も集まり始め、席次表を作り始めながらアレルギー表も確認して食事内容をプランナーさんと相談もして、その中でも未だ決められないのは花嫁のメインのドレスだ。
お色直しのドレスならともかく、メインのウェディングドレスも決まっていない。
ドレスも決まらないからアクセサリーもブーケも決まらない。
経験者の友人から「とにかく色んなの着まくってカメラにおさめて客観的に決めるべし!」とアドバイスをもらった。
本当は母親や女友達に同行してもらうのが一番だけれど、母は遠い実家だし、見立てが上手そうな友人は仕事で忙しかったり、または子育てで手一杯だったりとなかなか頼めない。
そうなると打ち合わせの予定も含めて協力者は旦那さんである彼しかいないのだ。
ちなみに彼の衣装はとうに決まっていて、比較的どのドレスにも合いそうなものだ。
さっきも打ち合わせをしてきてドレスも何着か着たけれど、彼の感想はいつも一緒。
私もたくさん着るのが仇になりすぎて逆に決められなくなっている。
もはやどれが似合うか分からなくなってくるなんて、洋服選びでさえあまりなかった事なのに。
いくら彼に感想を求めても
「それもいいんじゃない。似合ってる」
「それもいいじゃん。可愛いよ」
「その色もいいね。さっきのもいいけど」
そんなのが続くものだから私はプランナーさんが隣にいる事を忘れて思わず怒ってしまったのだ。
「もぉ!どうして同じコメントなの!私だって分かんないよ!」って。
我ながら大人げなかったと思うし、私も少し疲れていたのかもしれない。
彼はびっくりして、プランナーさんはよくある光景なのかすぐに取り成してくれ、一旦休憩をはさみましょうと、私が着替え終わるとにこやかにティールームに案内してくれた。あぁ、なんていう女神対応。
彼のほうは怒った私を見ていつものようによろしく、触らぬ神に祟りなしといったように静かなままだった。
打ち合わせが終わってランチを食べても私の機嫌はなかなか治らず、そのまま家に帰って来ても無言だった。
せっかく彼も休みなのに腹を立ててしまうなんて、私だって嫌だ。
だけど、今までのコメントが溜まり溜まって私の不満もキャパオーバーだったのか、自分でも機嫌が直らなかった。
「なぁ~。俺が悪かったって」
「…………」
「このとおり!」
「…………」
たしかに適当に言いすぎたと彼も自覚があるのか、本当に反省していそうだった。だけどその姿を私は見ないようにした。
だって見てしまえば絶対にすぐに許しちゃいそうなのが分かっているから。
毎回それでは示しがつかないじゃないか。
「仲良し、」
「…………」
絶対に見るもんか。絶対に言うもんか。
白々しく雑誌をめくるも、自分の動きがぎこちないのは分かっている。
そして何より悔しいのは、そんな私の意地っ張りを彼は見抜いているってことだ。
彼はそぉっと私の隣に座る。そして座りながら私に尻アタックをしはじめた。
何だいきなり!?と心で突っ込むも、それを認めたら笑ってしまいそうなので、グッとこらえて無表情を貫く。
押す力はだんだん強くなるけど、こんな尻相撲に負けていられない。
動いてなるものかと意地で脚を踏ん張った。
そのとき、いきなりお腹の肉をつままれて、思わずびっくりして「うひゃぁっ!!」と間抜けな声をあげてしまった。
しまったと思い彼を見ると、してやったりとニヤリ顔。
それを見て私はあんまりにもくだらなさすぎて、ついにふき出してしまった。
「おいおい、俺の顔見てふきだすとか失礼だろ」
「だって、尻相撲してドヤ顔なんて、かっこつかなさすぎて」
「尻相撲に勝ったんだからドヤ顔したって良いだろ」
「何それ、変だってば」
「あはははは。なぁ、ノン」
「今度は何よ」
「仲良し、」
私の愛称を優しく呼んだところでのそれはなんてずるいんだ。
ひとしきりに笑ってしまった後でこんなの……許しちゃうに決まってる。
もちろん彼も分かっててのこれなのだから、結局敵わないのは私のほうだ。
私は迷ったふりをしながらも、とうとう白旗を掲げた。
「こよし!」
本当はもっとちゃんと怒っていたいのに、これじゃ肩なしじゃない!
心の中でそう抗議しながら、私は思いっきり彼に抱きついた。
( だってどのドレスも本当に似合うし可愛いから、それ以外の言葉が見つからないんだってば )
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