scene57*「ゲーム」


久々に会った彼女に、とうとう本命の彼氏ができたらしい。



【57:ゲーム】



突然の報告に驚いた俺は、持ってたケータイを思わず落としそうになった。そのくらいに意外な発表だったからだ。

「そんでお前、俺なんかと会って大丈夫なわけ?」

「ぜーんぜん!だって見かけだけのカレカノごっこだもん」


ヨシノはあっけらかんと言って、手なれたように制服を脱ぐ。

彼女の答えに「ふーん」と興味なさげに呟くも、相手はどんな男なのか気になってしまう。

別に俺もヨシノの彼氏なわけじゃないのに。それこそ、都合のいいコイビトなのに。


ヨシノと会うのは1ヶ月か2ヶ月に数回程度。もちろん体だけのお友達ってやつだ。

俺が居酒屋バイトやってたときに、高校生の癖に年齢ごまかしてバイトで入ってきたのがコイツ。


そこそこ美人で色白でスタイルもよくて大人っぽいのに、話すと子供っぽい部分があるところが妙に可愛い。高校生の割には女らしい色気があって、どこか影があってほっとけない雰囲気に、普通の男ならヨシノのことみんな好きになるんだろうなって思う。結局バイトでも客から言い寄られ、同じくして当時の店長に襲われそうになってたところを、たまたま早く来た俺が助けたのがきっかけでヨシノと仲良くなった。

(もちろんヨシノはバイトも辞めて、元店長もクビになった。今はガールズバーを経営してるらしく、ヨシノに非通知でスカウトまでしてきたらしい。)


下着だけのヨシノがベッドに入ってくる。細いのにしっかりと胸はあるから、高校生のくせにエロいよなぁと毎回思ってしまう。そんな俺の下心が伝わったのかヨシノが怪訝な顔をむけてきた。


「ちょっと。顔が何かオヤジっぽい。きもい」

「まだ大学生なんだからそれはねーだろ」

「鼻の下完全伸びてた」

「だってヨシノ、高校生の癖にこの体はねぇよ。リアルグラビアかよ」

「ほら、オヤジ」


ベッドの中でクスクス笑いあって戯れる。こんなことするようになってもうすぐで半年だろうか。

それにしても彼氏ができて、見かけだけのカレカノごっこってどういうことだ?そう思い尋ねてみる。

「お前の彼氏、どんなん?っつーか見かけだけのカレカノってなんだよ。浮気オッケーってこたぁないだろ」

ヨシノは、うーん……と天井を仰ぐようにちょっと考えてから他人事のように答えた。


「それが、そうなんだよねぇ。付き合うけど私は今までどおりでいいんだって。変だよね」

「変だよねって、他人事じゃねーだろ。お互い浮気とかセフレオッケーなわけ?」

「いや、向こうは女絶ちしてる」

「は?女絶ち?馬鹿なのそいつ??」

そう言ってみると、ヨシノはブハッと笑いだした。


「あはははは!たしかに、バカなのかも。だからその見かけだけの彼氏と私はまだ清らかなまんまなんだよね」

「はぁ!!???マジで言ってんのそれ!!??てかヨシノそいつとまだシてないとか、え、ちょワケわかんねーんだけど」

「まぁまぁまぁ。それぞれカップルには色んな事情があるってことで。……それとも、まだ私が彼氏とシてなくて安心した?」


ヨシノは挑発するように俺の顔を覗き込む。

そりゃあ安心……したと言いたいけれど、二人の関係でそれを言うのは反則だ。ヨシノの自信ありげな顔を見ると俺の下心なんてとっくに見透かされていて本音すらも言えない。


年下の女の手のひらにいると思うとちょっと悔しくなり、俺はヨシノのケツを思いっきりつねってやった。ヨシノは「ちょっとぉ!つねることないじゃん!!」と高い声で抗議したけど、俺が聞きたいのはそういう声じゃない。ヨシノの頬を両手で包んで煽るように口づけると、唇はすんなりと割れて熱く絡んでいった。

こっちが押し倒したって挑発するような表情なんだから、ヨシノはとんでもない女子高生だ。

そのまんま、唇だけじゃなくどこもかしこも熱く絡んでヨシノとひとつになった。




ことを終えた彼女がいつものように帰り支度をする。

ヨシノが部屋に長居することなんか滅多になく、一緒に時間を過ごしたら「夕飯作んなきゃだから」とすぐ帰ってしまう。

もうちょっとくらいここにいても平気なのにと思うけれど、ヨシノのほうが「恋人じゃないから」と線引きをしている。

女々しいのは承知で、それでも本命彼氏を作ってこなかったヨシノに彼氏が出来たっつーんだから気にならないわけがない。純粋に知りたかったので化粧を直すヨシノに彼氏の事を聞いてみた。


「彼氏とは付き合ってどんくらい?てか同い年?」

「えー?まだ2ヶ月ちょいかな。いつまで続くかわかんないけど。そ、同じ学校の同じ学年」

「同級生かよ!しかも同じ学校って……で、マジでヤッてねーの?」

「するもなにも、キスだって1回しかしてないっつの。それもアクシデントみたいなもんだし」

「……お前、それで何で付き合ってんの」

「まぁ色々、私も相手の事が知りたくなったから。何となく」

「この関係続けてもオッケーなんてよっぽどだろうけど、お前ホントに続けて大丈夫なの?つーか男オレだけじゃないっしょ?」

「……まぁ、私の話聞いてみんな爆笑だよね。大人なのか馬鹿なのか」

「ぶははははは!!!!ウケんなそれ!!!!」

「タカも笑うと思った!もぉ、だから余計な事は喋りたくないのに。そんな親切、本命彼女にしてあげなよ」

「ハイハイ。彼女とはおかげさまで順調っすよ。今んとこは」

「タカは女たらしだから結局フラれるけどね」

「まーそしたら慰めてよ、ヨシノちゃん」

「まーそしたら私と彼氏の清らかな交際も見守っててよ、タカちゃん」


ほんっと食えない女だ。

サイテ―な事だって分かってても、俺は昔っからこんな感じだし。そりゃあ本命彼女も健気で可愛いけど、抱いててしっくり加減がヨシノと違うんだよなぁ。ただヨシノは意外に気持ちのガードが固くて、俺のほうが本命にしてもらえない。

両親の離婚を見て真実の愛なんてあるわけがない、本命は作らないって言ってたのに、易々と本命彼氏が名ばかりでできるって……俺はある事を思いついた。

ヨシノがメイクポーチの口を閉じたのを見計らって持ちかけてみた。


「ヨシノ、ゲームしねぇ?」

「は?何の?もう帰るけど」

「ただのゲームじゃねーって。賭けだよ、賭け」

「それって私と彼氏が別れるか別れないかとかでしょ」

「ご明察☆」

「タカちゃん、それクズすぎだから……」

「だってお前が清らかなままのカレカノごっこって言うほうが信じられねーもん」

「それなら賭けなくても分かるでしょ。いつかは終わるもんなんだから、私がめんどくさくなったら別れるに決まってるし」


ヨシノはバカバカしいとでも言うように呆れながら言った。そんなバカバカしいことでも賭けるから面白いんだって。俺は意地悪な笑みを浮かべて宣言した。


「じゃあお前が自分でそう言うなら何だかんだで別れないに賭けるね」

「で、タカは負けたら私に何してくれるわけ?」

「パーッとディズニー連れてってやるよ」

「え、それなら私別れようかな」

「ばっか、それじゃ賭けなんねーだろ」

「はいはい、お好きにどうぞ。でもほんと賭けになんないってそれ」

「ヨシノが負けた場合はー……まぁそんとき考えるか」

「超テキトーじゃん!」

「超テキトーだからセフレなんだろうが」

「それ全然誇れないから」


いつもすました大人顔のヨシノが屈託なく笑った瞬間がちょっと好きで、つい笑わせてやりたくなってしまう。ほっとけない妹に元気だしてほしくてピエロやっちゃう兄貴みたいな気持ち。だからこのちょっとした焼きもちなんかは、本物なんかじゃなくて錯覚なのだ。

帰り支度を終え、玄関ドア前に立つヨシノの背中に声をかけた。


「彼氏と楽しく付き合えよ。高校生のお遊びは高校生の時しかできないかんな」


ヨシノはあきれ笑いをしながら振り向く。

「それこそオヤジ発言なんだけど」

「こら、そこは先輩と呼べ」

「はぁい」


そうしてクスクス笑いながら部屋から出て行った。

俺は一人きりになったベッドに寝転がり、伸びをしながら考える。

しっかりしてそうに見えても、どこか放っておけなくて手を伸ばしたくなってしまう。

次に会うのはいつだろうか。すぐに会う時もあれば、1ヶ月以上連絡がない時もある。


それにしても、名ばかりとはいえ本命彼氏ができるとは。つまり公式みたいなもんだろ?俺みたいな非公式とは違うわけだろ??

むしろヨシノから彼氏っていう言葉初めて聞いた気がする。


もちろん俺だって最初のほうこそ女子高生だし美人で華があるヨシノと付き合えたらって口説いたけど、見事にバッサリ却下されたから今になって本命とはショックもひとしおだ。

「男を好きにならないし、私恋愛しないから。信じるとかもムリだしそういうメンドクサイのはしないから」って。

それじゃあって思って拒否されなかったから流れでそのまんま寝て、そこでも口説いてみたけどそうしてみてもダメだった。

だけど話してみれば男にトラウマがあるとかでもなく、かといって男がものすごく好きってわけでもないので未だに掴めなかったりする。

掴もうとすればするするとかわされて、こっちがムキになれば微笑んで自由気ままで縛られず、まるで気まぐれなネコみたいだ。

多分初めて寝た時から、俺はヨシノの手の平なのかもしれないなぁ。


そんなふうに暢気に思っていると、ケータイにメッセージが入ったのかランプがついた。

誰かと思ったら彼女だった。

『さっきサークル終わってこれから電車乗るよ~。今からそっち行ってもいい?(> <)ヤスちんにDVD借りたから一緒に見よ♪(^▽^)』

ってことは今日は泊まりか。彼女が着くまでだいたい40分。俺は軽く部屋を片付けようと思い服に着替えた。


今の彼女とは4ヶ月くらいになるからそこそこ続いてるほうだ。早いと1ヶ月しないで別れる時もある。

自分は容姿で言えば並みのほうなのだけれど、会話も遊びもスポーツも好きだから友達も昔からできやすく、それが候を奏してか彼女と別れてもすぐに彼女ができることが多かった。

高校時代も学校行事にしゃしゃり出てイベント実行委員とかやってたタイプだし、そのノリで東京の大学に進学して友達もたくさんできたから大学生活もそれなりにエンジョイしてるほうだと思う。

だからヨシノに女たらし扱いされてもその通りだからヘラヘラできてしまうのだ。実際に女たらしだし。


それにしたって何にもしない本命彼氏って……謎すぎだろどう考えても!俺だったら何もしないなんて考えられない。

けれど、あのヨシノがたった一人の本命を承諾したんだからと思い、敢えて別れないに賭けたわけだけど……。と、考えたところで肝心な事に気付いた。

賭けの期限を忘れてしまっていたではないか。

別れたらそれでおしまいになるゲームだけれど、付き合うに賭けたわけだからその終わりは……


……そっか。あいつから、もう会わないって本音が出る時なのか……


そんなの当たり前のことなのに今いちピンとこなくて、もちろんそのほうが絶対ヨシノにとっても良い事には違いないのに、心に妙な空洞が出来るのをおぼえた。


“ピンポーン”


タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど来訪者を知らせる音が鳴った。何にせよヨシノの事を考えるのはここでタイムアップだ。

俺は玄関に行きドアを開ける。目の前にはいつも見慣れたニコニコと元気いっぱいな無邪気な笑顔。手には近くのコンビニで買ったのか、俺の好きなプリンが下がっていた。

「タカの好きなもの買ってきたよ~」

ご機嫌な彼女に笑顔を作った瞬間、もうヨシノのことは頭の隅へと消えていた。






ヨシノの恋人できた宣言から何だかんだ半年以上も過ぎ春になった。

ヨシノは高校3年生になって、俺も大学3年生になった。もちろん俺たちの関係も相変わらず。

ヨシノは例の彼氏とは続いていて、俺は2クール終わる前に別れてしまった。あの賭けの事は最初のほうこそ覚えていたもののだんだんと忘れてしまい、お互いあまり口に出すことはなかった。

お互いの彼氏彼女のことも聞いたり聞かなかったり、聞いてもいつもと何も変わらずといった感じで、俺の方が別れただのフラれただの報告が多いくらいだ。


ある日、ヨシノから見たい映画があるから次の休みに付き合ってほしいとメッセージがきた。先週封切りになった映画で俺もすごく好きなシリーズだったからもちろん一つ返事だ。

俺の部屋で過ごす時もあるけど普段からヨシノとは妙に気が合うので、俺に彼女がいない時なんかはフツーに飯とかカラオケとか映画行ったりする事も珍しくない。

そん時ばかりはバイトの先輩と後輩の無邪気な関係みたいなもんで、傍から見れば他のカップルとは何ら変わりはないかもしれない。

違うとしたら本人たちの気持ちだけだ。


約束の日になり11時半くらいに渋谷で待ち合わせて昼を食べ、映画の時間までまだ少しあるので服とか本屋とかゲーセンをまわったりしながら時間を潰していた。

ヨシノは私服を着ていると高校生というよりも大学生となんら変わりなく、普段は制服でかろうじて高校生に見えるんだなと私服で会うたびに思う。だけどゲームやってるときとか、雑貨の可愛いものを見て楽しそうな表情になる瞬間はやっぱり子供っぽくて妹みたいだ。

こうしてると普通に何の問題もない女の子に見えるのに、何もしない彼氏と付き合い続けていて、本当にヨシノは納得しているんだろうかと一緒にいながら何となく疑問に感じていた。


さっきも昼を食べながら冗談交じりに「彼氏の事は好きになってんのかよ」と聞いてみたところヨシノは一瞬固まって、

「冗談。そんなんじゃないから。……それに私、ほんとに好きとか相変わらず信じてないから好きにもなんない」と、どこか拗ねたような口ぶりになり、それ以上話そうともしなかった。

今みたいに繋いでいる指先に、大した気持ちが込められていないのは俺だって知ってる。だけど好きという気持ちを信じてないんだとしたら、「そんなんじゃないから」って言った時、なんで一瞬寂しそうにしたんだよ。


……ヨシノは本当の気持ちがどこかにあるかもしれないのに、本当に何も気付いていないんだろうか。見ていないんだろうか。


さっきのヨシノの言葉と表情の違和感について考えていると、ヨシノが俺の袖を引っ張った。

「そろそろ映画館向かっておこうよ。私、映画見る時は絶対にコーラとポップコーンって決めてんの。早めに買いに行きたいかも」


「ヨシノ」


「何?」


「お前さ、……」


いつもはネコみたいな無邪気な瞳に促されてしまうのに、今度ばかりはどうしてもさっきのヨシノが離れなかった。

しかし、言いかけてヨシノの「?」が浮かんでいる顔を見たら、ここで言うべきか迷ってしまい、迷ったらもう何も言葉が出てこなくなってしまった。


「タカ?どうしたの」

「……いや……あのさ、映画の席どこだったっけ」

「えー!タカが選んだんじゃん!一番後ろの真ん中より左あたりだし。もぉ~。今日のタカなんか変なんだけど」

「悪りぃ悪りぃ!じゃ、行くか」


情けない笑顔を作ってみせるとヨシノはいつも俺に見せる、ちょっと呆れたような笑顔を向けてくれた。

俺はヨシノのこの表情が一番好きなはずなのに、何でだろう。……初めて、寂しいと感じた。

そしてそれをどこかで誤魔化したくてしょうがないとも。


俺は何となく違う会話がしたくなって、進路の事を聞いた。

高校3年生ってことはもう面談がはじまったり、早い奴は2年の途中から予備校に既に通い始めている。

ヨシノからの勉強の相談はたまにあって、本人が困ってれば見てやったりもしてたので、少しだけ気になっていた。


「そういやお前、進路どうすんの?大学?」

するとヨシノは迷うことなく答えた。


「服飾の学校行こうと思ってる。それもあって最近は父親ともちょっと仲良くしとこうかなって」

「お前あんだけオヤジのことスル―してたのにゲンキンだな」

「幼馴染のマーちゃんにもちゃんと仲良くしとけって言われたし……他にもちょっと考えてさ」

「幼馴染のマーちゃんって隣に住んでるやつだっけ?」

「うん。いいかげん子供みたいに父親と距離置いてないで、将来の事ちゃんと考えろって。たしかにそうだし、父親には私しかいないし……自分なりに一応行動してみようかなと」


あれだけ家の事とか聞いてもツンケンしてたのに、今では父親とコミュニケーションを取るようになったなんてそれは驚いた。

たしかにヨシノは前よりも雰囲気が何となく柔らかくなってきたようにも感じていた。それはこいつなりに変わろうとしていたことでもあったのか。


「へぇ。なんか、ヨシノも大人になったな」

素直にそう言うと、ヨシノは恥ずかしかったのかちょっと怒って言い訳してきた。


「……もーいいでしょ!まぁそんなわけで、服とか元々好きだし、将来はアパレルに就きたいなってのはずっと思ってたし」

「ヨシノなら似合ってるし良いと思うよ。いいじゃん。頑張れよ」

「……急に褒めないでよ、やだな」

「おっ、照れた照れた。デレ頂きました~」

「もぉ、そう言うとこがホントにチャラい。だからフラれるんだっての」

「キビシーなぁ、ヨシノせんせーは」


笑いながら二人じゃれあうようにして歩いて、アクセサリー店の前を通り過ぎると、ヨシノがふいに足を止めた。

どうしたのかと思いきやヨシノは店頭に出ていたピアスの売り場を見始めた。

気になった物があるのかと思って俺も後ろから覗き込んだら、ヨシノは鉤爪にオニキスの石がついた小ぶりのピアスを手に取っていた。


綺麗にネイルされた指先で持っているせいか、やけに女の子らしくないカッコイイものを選ぶなと感じていたら「カナタ好きそうだな……」と独り言のように小さく呟いた。



「彼氏に?」


何気なく聞いただけなのに、ヨシノは自分でもびっくりしてるような顔で見上げてきた。

そして気まずそうに小さく頷いてから「なんかファッションとか好きみたいで、アクセも好きなんだよね」と言ってその石から目を離さなかった。


ピアスを見つめるヨシノは……まるで叶わない片想いをしているみたいな、昼に見せた寂しそうな表情をしていた。それを見ながら俺は胸の詰まりをまた感じていた。


「彼氏にお土産買ってかねーの」


何となく歯がゆくて促すと、ヨシノはちょっと考えてからピアスを売り場に戻した。

台紙につけられた黒い石が煌く。これが似合う男なんて俺にはちっともピンとこない。俺なんかは似合わないだろうなと思っていると、ヨシノは困ったように笑いながら見上げる。


「オトコといるのに彼氏のお土産買うなんてよっぽどのバカ女でしょ」

「お前、相変わらず彼氏と何にもねぇの?」


しつこいようだけど、ヨシノの表情を見たらやっぱり気になるのでまた聞いてしまう。

ヨシノは目を伏せるようにして、またピアスのほうを見つめてぽつりと言った。


「……シないよ。カナタは私とはシないから付き合ってるんだもん」

「え?」

「言ったでしょ。カップルには色々事情あんの」

「でもヨシノ、それじゃ」

「もぉこの話はやめ。いいでしょ」

「よくねーだろ。お前のそんな顔見て心配しないわけないだろうが。だったら何で彼氏の話になると寂しそうな顔してんだよ」

「……っ……!してないし!やめてよ」

「いーや、お前ハッキリ顔に書いてあるよ」


ほんとは好きなんだって。


言おうとしたら


「言わないでっ……!!」



今までにない荒げた声は完全なる遮断だった。

ヨシノは顔を赤くさせながら……今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。

それを見て俺は言葉が止まり何も言えないでいると、ヨシノは俯いて頼りない声で呟いた。


「お願い……もうそれ以上、言わないで。……いいから、もう……」


震えまじりの声を聞いたら、名前すら呼べなかった。


……本当はどこかで気付きたくなかった。

けれど俺は、もう気付いてしまった。

ヨシノが自分自身で否定すればするほど確信に変わってしまう。



……ばかだなぁ。


どんなに違うって言っても、もう変わってきてるじゃん。

雰囲気が変わってきたのも、父親とのことだって。変わろうとしているのだって、きっと彼氏がきっかけになってるんだろう。そしたらもう答えは出てるじゃんか。


早く気付いちゃえばいいのに。

気付けば楽になれるんだろうに。

……とっくにちゃんと恋になってんのに。


けれど、気付いて認めちゃえば楽になれるって事をこいつは多分知らないんだろう。

気持ちなんて抑えても止めても、動き出してるもんなのに、それを必死に止めてるなんて無駄なのに。

見て見ぬふりしてるなんて、できるわけがないのにな。


ほんとにばかだなぁ。


俺も。



そんな石のピアス似合う男に、なれるわけない。



「俺の勝ち」

「え?」

ヨシノは不安そうに顔をあげて俺を見た。目が合うと俺はニヤリと笑って見せた。


「いや、ゲーム」

「……さっきのゲーセンなら私のほうが勝ったじゃん」

「まぁ、負けてはいたけど実は俺のが勝ってたってやつだよ」

「何それ」

「ヨシノ。 好きだよ」

「……今度はどうしたの。……何か今日のタカおかしいんだけど」

「ははっ。だから、お前のそーゆーとこが可愛くて好きだなって言っただけだって。……ほら、もうそろそろ映画、はじまるぞ」

ぽかんとするヨシノの鼻をデコピンしてやる。ヨシノはそれにびっくりし子供みたいに目をギュッとつぶった。

それを見て、もうヨシノにキスはできない、しちゃいけないんだって俺は自分に言い聞かせた。



ほんとにどっかで、ちゃんと好きだった。

こんなだったけど、多分これもしっかり恋だったんだ。


じゃなきゃ、ヨシノの幸せを願うはずなのに、こんなに胸が詰まるみたいだなんて……あるわけがない。自分でも予想だにしていなかった胸の痛みを再確認する。

俺は黒く煌めくピアスを最後に一目だけ見てから、今日のデートが終わったらもう言ってしまおうと決めた。


「賭けはお前の負けだから、もう俺と会うのはやめて、自分の気持ちと彼氏に素直に向き合ってみろよ」ってな。




( これも恋と呼んでも許されるだろうか )

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