scene17*「木の実 」
どんでん返しな真相を聞くとは思いもしませんでした。
【17:木の実 】
私はこの名前がキライだ。
「このみ」
「なに」
「倫理の先生が呼んでたよ。放課後、職員室に来いだって。あんた、何かしたの?」
「……べつに」
「うっわ!エリカ様だよ、コイツ」
「違うし。うざいし」
ケラケラ笑う友達に対して、あたしは不機嫌。
なぜなら、先生に呼ばれた理由をちゃんと分かってるからだ。
あぁ、いやだ。いやだ。
放課後とか、ほんと面倒な事この上なくて、あー嫌だ。
「おい、アサダ。お前、あのレポートは何なんだ」
先生は会うなり私を問いただしては、少し困ったようにため息をついた。
レポートって言えるほどのレポートじゃないじゃん。
ただのB5に「感想文」みたいなもんじゃん。
そう言いたいのを我慢してふてぶてしく答える。
「何なんだも何も、ないですよ。ああいうことです」
「ああいうことって……。もうちょっと、自分の事を大事にしなさい」
「大事にしてますよ、充分」
「俺はお前の名前、良い名前だと思うんだけどなぁ」
「でもアタシはそうは思わないってだけです。ホント変えたいし」
そう。 倫理のレポートで書かされたテーマはこうだ。
『Q,自分の名前をどう思うか。思ったこと何でも良いので、レポートにまとめなさい』
そして私が導き出したのは
『A,キライです。なぜなら私のセンスとは趣向が違う名前なので、出来るなら自分の好きな名前にしたいです。』
この答えに、どこに非の打ち所がある?
「この実」なんて中途半端な名前、冗談じゃない。
お姉ちゃんは「穂なみ」だし、うちの親のセンスは一体どうなってんだと思う。
「アサダ。いいから、一回自分の名前の由来を親御さんに聞いてきなさい」
「えーー!なんでよ!」
「聞いて、由来をちゃんと書いた上で、レポート書き直し!」
「はぁ!?それ超横暴なんだけど」
「お前はちょっと、自分のルーツやアイデンティティをもう一度考えるのが必要!提出期限は明日の昼までだからな」
ジーザス!!!!!!
今月ただでさえバイト代少なくて、親にたかってちょっと顔合わせづらいのに、聞くとかほんとないし!
だけれど倫理の先生は根に持つことで有名なので、残りの高校生活ですれ違う度にネチネチ言われるのも嫌だ。それに比べたら、背に腹は変えられない。
あたしは家に帰ると、居間のソファで寛ぎつつ、台所にいる母親にそれとなく聞くことにした。
そのほうが顔をあまり見ないで済むからだ。
ポイントなのはあくまで「何となく思い立った風に聞くこと」だ。
「ねぇ、おかーさん。何となく聞きたい事あんだけど」
「なーに、このちゃん。」
このちゃん。昔っからそう呼ばれている。
だけど姉の穂なみは「ほなみちゃん」なのだから、本当によくわからない。
このちゃんとか、どこまで中途半端な呼び方なんだか。
「何であたし、この名前になったの?」
「えー?急にどしたの」
「いや、特に何があったわけじゃないんだけど、何となくだよ」
「パパの好みだからよ」
うげ!なんだその回答は!芸人だったらハッ倒されてるよ!
「それってマジで?」
「冗談よー。おねーちゃんが、穂なみだからね。姉妹にしたいじゃない?」
「えっ!!なにそれ!?じゃあアタシそんなオマケっぽい理由でこれになったの!?」
ソファに寝そべってたけど、思わず起き上がる。
キッチンカウンタ越しに見える母は、なんでもない顔をして料理をしている。
「まー、失礼ねーこのちゃん。オマケなんかじゃないわよー」
「オマケじゃん!あたし、この名前変えるから!」
「ちょっと最後まで聞きなさいってば。ちゃーんと意味もあるんだから」
「<穂なみ>と<この実>で姉妹になるように、でしょ?」
「秋がね、好きなの。私も、パパも」
なんだって。その話は初耳だ。私は黙って聞くことにした。
「秋の匂いってすごく好きなのよ。暑い季節が終わって落ち着いて。収穫の季節だし、人生に実りあるようにって意味があるの。穂なみちゃんは、初めての子だからスクスクまっすぐ伸びて育つようにって<稲穂>からとったのよ。 若々しい緑から美しい金色になるのも素敵だったしね。
このちゃんはね、勿論「実りある」って意味もあるんだけど、実はこのちゃんがお腹にいた時に、穂なみちゃんがそう呼んだのよ」
「え!?お姉が!?」
「このちゃんが生まれる3ヶ月前くらいに、穂なみちゃんとお散歩してたの。……やっぱり秋でね、幼稚園で教わった色んな事おしゃべりしてて。そうしたら、穂なみちゃんがこう言ったの。『イチョウがきれいだね。早くこのみちゃんに見せたいね』って」
私は心底驚いた。
ま、まさか4つ上の、性格が私よりもキツイ姉につけられてたとは!!
目を真ん丸くして驚いた私の顔を見て、母親は愉快そうに続けた。
「それでね、私聞いたの。穂なみちゃん、妹の名前、このみちゃんって言うの?って。するとね、穂なみちゃんってばこう言ったのよ。『うん。だってこのみちゃんがそう教えてくれたんだもん。』って」
「私、それにビックリしちゃって。だってお腹にいる子とお話できるなんて、思わないじゃない?だから、おしゃべりできるの?って聞いたら 『いっつもおしゃべりしてるよ。ね、このちゃん。』って穂なみちゃんが言ったの。そしたらお腹にいたこのちゃんが、お返事するみたいにポコポコ動いたのよ。
だからこのちゃんは「この実」なわけ。
さ、野菜炒めできたしゴハンにしましょ」
あたしは口をポカーンとしてたに違いない。
なぜなら、ダサいダサい、何だこのセンスは!と思っていた自分の名前は……自身が自己申告した名前だったとは夢にも思わなかったからだ。
あたしはもう引きつり笑いするしかなく、食事の支度を手伝うのに立ち上がるも、思わずよろめいたくらいだ。
聞いてよかったような……
聞かないほうが良かったような……。
とりあえず、あたしの中で新たに導き出された答えは決まったも同然だった。
あぁ、それにしても何て書きにくい答えなんだか。
正直明日なんか来なきゃ良いのにと思いながら、ゴハンをよそうのだった。
( 『A,好きにならざるを得ませんでした。』 )
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