嶋田双葉さんに関するいくつかの事柄

千住白

嶋田双葉

 小説JUNEで1988年から92年まで書かれていた作家さんで、現在は活動していない方です。

 入手できる本はJUNE全集の第七巻か、小説JUNEのバックナンバーのみで、いずれも品切れです。埋もれてしまうにはあまりにも惜しい方なので取り上げてみました。


 小説道場の二巻から三巻にすべての作品が取り上げられていますが、本を読みながら一番実物を読んでみたいと思ったのが嶋田さんの作品でした。『十一階のロビンソン』、『二重夏時間』、『冬服の姫』など、題名がすごく好きだったので。どうしてこんなに繊細で透明感のある題名が思いつくんだろうと思っていたのです。

 嶋田さんの小説はものすごく世界やまわりの人を許して慈しもうとする反面、切り捨てている存在(親などの、愛する存在、とでもいうか)にたいしては、峻烈で怖いところがあります。それを栗本氏は自閉的であるがゆえに美しい世界だと言います。


 物書きが嘘を書くというのはけっこうありふれた現象だと思います。この場合の『嘘』というのは、自分の小説にとっての嘘で、小説自体が架空の嘘だということを指しているのではありません。

 嶋田さんの小説には、その『嘘』を書いている感じがしないのです。それが世間一般では間違っていることでも、作者がそのことに確信を持っていれば、それは正しいことだし読者にもそれが伝わるのだと思います。あくまでも『小説』のなかでの話ですが。

 

 次に、嶋田さんの閉じられている部分――小説に出てくる『親』の話に移ります。

 愛されなかった子どもが互いに身を寄せ合う哀しさが、嶋田さんの小説ではよく書かれています。そして、主人公は置いていった親を憎むよりも、最初から存在しないものとして無視していることのほうが多い。それは親を憎むよりも峻烈に親を拒絶しているように見えます。

 が、栗本氏も言っていますが、嶋田さんは世界を許し受け入れる感覚を強く持っている作家さんです。

 そして嶋田さんの小説のキャラクターは、ボーイズラブの小説でよくあるように、ふたりでカプセルに入ってまわりを見なくなるわけではありません。

 『冬服の姫』の花は自分を否定するかあさんにハッピーエンドをあげたいといい、『二重夏時間』のヒロトは自分をいらないと言った母親を刺しながらも、「母さんを刺したのは間違っていた」という。

 

 自分を否定する親を好きになろうとするけなげさといっしょに、等価値で置かれている『天秤木馬』の父の死が、私にはひどく印象に残りました。

 『天秤木馬』のなかに、父といっしょに灯台へ住んでいたころの亮太と野枝の話があります。亮太はある日、父が野枝を犯しているのを目撃する。その次の日、父は姉弟の目の前で自殺を図る。

 亮太は本当に父さんが死んでよかったと思っている。父さんが生きていたら、晋作には二度と会えなかったから。亮太と野枝は父親の死後、カメラマンの晋作に引き取られるのですが、晋作が灯台を訪れたときから、姉弟は晋作のことが好きだったのです。

 野枝と亮太は目の前で父親を見殺しにして、それが『正しかった』と思っているわけです。

 野枝は父を殺したことと、晋作を好きになったことで精神のバランスを崩して狂っていくのですが、私にとって不思議だったのは、この行為が残酷でも歪んでもいない、本当にこの小説においては正しいことだと感じられることでした。

 創作の必要性にかられて父親を殺したのであれば、なんらかの違和感があると思うのですが、この小説ではそういう感じがしなかった。

 この小説は『閉じている』。それが正解だと思えることが、私には不思議だったのです。


 嶋田さんの小説に出てくる子供を拒絶する親の像は、『冬服の姫』のかあさん以外は主人公を否定するための記号のように見えます。『彼の日のソネット』の一穂の母親が廣明の父親に身体を売ったわけも、『BIRDS』の敦弘が父親を拒絶したわけも、明確にはわからない。子供を愛さない大人の事情を嶋田さんは書いておらず、その否定する存在がはじめて実像になったのが『冬服の姫』のかあさんでした。だから私はこの人は面白い人だなあと思って見ていました。

 『冬服の姫』のかあさんを、娘の花と養女の真穂は恐れながらも愛そうとします。そして真穂は同時に、かあさんを愛しつづけていくと、からだも心ももたなくなるのではないか、といいます。かあさんは人を愛することができない人だからです。それでも花は「かあさんにハッピーエンドをあげたい」という。自分が真穂やとうさんに愛されている。そして、間違った方法でも、かあさんが自分を愛しているのがわかっているからでしょう。その愛情のけなげさとやるせなさが私はとても好きです。

 

 『天秤木馬』の父親が死ぬことは、正しいことなのか?

 たぶん野枝は父親を選ばなかった自分に罪悪感を感じながら、晋作を選んだのでしょう。『愛情には順位がある』、その残酷さが本質的には正しいから、『天秤木馬』の父親は子供に見捨てられて死ぬべきだったのでしょう。そして、主人公が切り捨てた不条理や苦痛を、閉じた世界から出ていくときにいずれ背負っていくのだろうと思います。

 そのときに嶋田さん小説の世界がどう変化するのか、 私は面白いなと思って見ています。『冬服の姫』の花や真穂のような子が増えてくるのかなと思って、その小説はどれだけ綺麗で愛おしいものだろうと思ってずっと嶋田さんの作品を待っています。

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