悪魔との対話

最終章

TYPE-6

 我が同胞に捧ぐ。

 私は、ここにいる。

 だから、あなたもそこにいてほしい。

 


 死にたいが口癖のあなたは、間違いなく我が同胞である。

 生きたいと足掻くあなたは、間違いなく我が同胞である。

 世の中の仕組みに翻弄され、

 世の中の理不尽を嘆き、

 世の中の無差別な憎悪に憤るあなたは、

 それでも、世の中ではなく、自らを責めてしまうあなたは、

 どうしようもなく我が同胞である。

 

 あなたの敵を、私はよく知っている。

 その怖さも、その醜さも、その狂おしさも。

 まるで影のようにあなたの背後に憑き、

 まるで悪魔のようにあなたに囁きかける。

 その言葉は、時にあなたを唆し、

 時には貶し、

 時には惑わし、

 時にはその目を晦まし、

 時にはその身すらを縛り付け、

 そして、いずれはあなたを殺すだろう。


 詐欺師のように目的を持ちはしない。

 悪魔のように優美ではない。

 殺人鬼のように快楽を得たりはしない。

 その実態は何もなく、しかし、世界のすべてともいえる。

 目的もなく、あなたを殺し、

 美醜に捕らわれず、あなたを殺し、

 快楽もなく、あなたを殺す。

 あなたを殺す最大の敵は、あなたの一部。

 たった一つの小さな、あなたの一部。


 臆病者と人は笑うかもしれない。

 けれども、奴らは私達の最大の敵だ。

 決して無視できないどす黒く渦巻く底の見えない闇が、

 私達の手足を縛り、肩にのしかかり、目の奥を焼くのだ。

 身動きがとれなくなった私達の、

 心の膿を呑み込んで、

 奴らはどんどんと肥大化していく。

 その巨大さがあなたの想像を超えたとき、

 あなたはついに死ぬだろう。


 どうか、勝とうと思わないでほしい。

 あなたは、決して勝つことなどできないのだから。

 奴らが消えることはなく、

 私達の心の内から止め処なく溢れ、

 その濁流を止める術はない。

 不治の病、もしくは呪い

 払おうが、焼こうが、打ちのめそうが、

 みるみる内に膨らみ、あなたの視界を覆うだろう。


 どうか、嘆かないでほしい。

 あなたは決してわるくない。

 これは呪いだ。

 あなたが生まれ落ちたその瞬間から、傍らにいたもう一人のあなた。

 まだ起こりもしない惨事に怯え、

 在りもしない敵を探し、

 過去の過ちを亡霊のごとく招き、

 楽しむことさえ恐れてしまう。

 生きることが、苦しくて、

 死んだ方がましだと思えてならないような、

 涙にくれて、倒れ伏した、

 一人の夜でさえも、

 どうか嘆かないでほしい。

 

 嘆くのではなく、戦うのだ。


 闘い続ける。

 闘い続けなければならない。

 勝つのではない。

 逃げるのでもない。

 怖くとも目を背けず、

 挫けても立ち上がり、

 歯を食いしばって一本の槍を突き立てる

 勝てるわけではない。

 ただ、ほんの少しだけ怯ませるだけの蟻の一噛み。

 それでも闘うことだけが、私達に生きる道を示す。

 不安で霞んだ視界の先が、ほんの少しだけ開かれる。

 

 辛いだろう。

 どうして自分だけが、と泣きたくなろうだろう。

 闘わなくては前に進めない、

 そんな呪いをあなたは嘆くだろう。

 足を止めたくなるだろう。

 休んでしまいたくなるだろう。

 なんとか解放されようと無理をするだろう。

 けれども、あなたの呪いは永久に解けない。

 闘い続ける。

 それだけが、私達に与えられた一縷の望み。


 これは決して諦めの詩ではない。

 呪いに蝕まれて動けなくなったあなたに、

 もう一度立ち上がってほしいと、

 そう願いを込めた、

 応援の詩だ。


 途方もなく大きな敵に絶望したあなたに、

 がんばれとは言わない。

 その言葉があなたの敵をさらに大きくすることを知っているから。

 暗闇の中で立ちすくみ、ついには膝を屈してしまったあなたに、

 立ち上がれとは言わない。

 その言葉があなたの重荷になることを知っているから。


 私は、ただ、ここにいることを知らせよう。

 ここで、あなたと同じように、

 どこにもいない親愛なる影と闘い続けていると、

 ずっと闘い続けていると、あなたに伝えよう。

 それはさながら風車に立ち向かうドン・キホーテ。

 笑いたい奴には笑わせておけ。

 決して私は笑わないから。

 だから、

 だからこそ、無謀な闘いに挑み続ける、

 誇り高き、

 愚かな我が同胞に捧ぐ。


 私は、ここにいる。

 だから、あなたもそこにいてほしい。


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