第85話 愚かなる血の石を探せ!⑯

「あ め ん ぼ あ か い な ア イ ウ エ オ」

 喉の調子は? オーケーグッド! さぁ、ミュージカルの開演かいえんだ!




【緊急速報】

「……番組の途中ですが、、、、――速報が入りましたのでお伝えします――横浜市中区山下町の簡易宿舎二階において、刃物を持った男が人質を取り立て籠もっている模様です。場所は中華街として有名な一角の…………なお人質の女性は……」



「ヒロユキ! なんてことしやがる!」「降りてこい!」「どした?」「笨蛋ベンダン!」「考え直せ!」「なになに?」「ったく、売春婦に惚れたのか?」「籠城だとさ」「怖っ!」「相手ってヤン・クイかよ……死ぬ気かヒロユキ」「なにしとんねん」「祭り?」「……風俗で一発抜いて冷静になれや」「クレイジーな」「よし~ やっちまえ!」「今ならムショでただ飯食うだけで済むぞぉ~」「白痴バイチーね」「これだけの人間に囲まれて逃げ切れるか、ぼけ」「なんかやると思ってた」「アホまぬけ」「我日你ウォリーニー。女を人質にするなんて卑怯」「どうしちまった……」「自分のポコ○ンみたいなちっちゃいナイフ振り回してなにしとんねん!?」



「うるせぇぇぇぇぇえ!!!」ありったけの大声で、聴衆に向けて叫ぶ。

 


 好き勝手に言いやがって……バラックだけでなく、周辺の住人や観光客も集まり、ワラワラと騒いでる。この御時世ごじせいだ。もれなく、スマートフォンでムービーを撮っている。精々、迫真の映像を残してくれよ……


 そして、羅森ラシンが手配した大手マスコミらしきカメラが、歩道から見上げるように、バラックの二階の俺を真正面から撮影している。その映像は直接、お茶の間に届けられているはず……出来るだけイケメンに撮ってちょうだいねっ!


「う・うぅ~ん」俺の足下で、ヤン・クイの吐息が漏れる。


 姉さんに意識はない。事情を説明しようかとも思ったが『あぁれ~たすけてぇ~』なぁんて、大根芝居で台無しになりそうだったので眠ってもらった。眠り姫ちゃん。

 



 リアリティーこそ、この喜劇の必須条件。


 ストーカーが、女を人質にした挙げ句、殺害してしまう。犯人の男は華人とは一切関わりを持たない現場バラック住みの日雇い労働者であり、後追い記事で、被害者が娼婦であったことが報道される。イカれた日本人と売春婦の色恋沙汰。世間はそんな風に納得し、それ以上の騒ぎにはならない。そして同時に【かごの鳥】という爆弾を思わぬ形のハプニングで処理され、マフィアの抗争は終結する。イデオロギーによる闘争目的を失い、自然消滅するのだ。


 ……これが、事態の矮小化わいしょうかを狙った、一芳イーファンのシナリオ。

 ……それを筋書きどおり、名優ばりに演じきり忠実に再現する。ここまではなっ!


 


 なので、信じさせなきゃならない。これが真実であると錯覚させねばならない。


 ……その為に歩きまわった。この2ヶ月の間、朝から晩まで、来る日も来る日も、

 このチャイナタウンの狭いエリアをくまなく、だから、歩きまわった!



 事件を起こす前から俺は、まごうことなき不審人物。実際、商店街の不審者リストにも載っている。あれだけ、隅から隅まで歩いたのだ。この街に暮らす住民の大半が俺の姿を見たことだろう。そのときは何も思わなくとも、事件が起こった後ならば『そういえば』と、口々に噂する。


 バラックの人間が何の理由もなく彷徨っていた不可解を、後付けで言い立てる。


 奇怪な行動『あぁ、あいつならやりかねない』そうだ。これがリアリティーだ!


 



 改めて、ヤン・クイを見た。チャイナタウンの美しいルビー。ふっ、これなら男が狂ったとしてもなんら不思議はない。幸か不幸か、俺が姉さんに惚れているって話はどうやら万人の知るところ……不本意だけど……周知の事実らしい。


――――――――――――――――――――――――――――――


 おまえの行動には理解不能な部分がある。そこまでの間柄ではないはずだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ……いやまあ、そうなんだよね。危険物取扱者でもないのに、爆弾処理するなんて大それたことしちゃって。少なくとも姉さんにはジャンさんの野郎より恩義はあるが、だとしてもおっしゃる通り、なんでここまでしてるんだろうなぁと、自分でも思う。

 明日になれば俺は犯罪者だ。幸いなことにマリアは仕事に、雪香シュエシャンは店の定休日で孫と二人どこかへ出かけてる。そのことだけが、唯一の救い。だとしても……


 楽しかった春節の思い出も、それは汚れたものになる。

 自分の存在がこの世から消えることより……そのことが悲しかった。

 だけど、本当のからくりを、誰かに話すわけにはいかない。知れば、危険が及ぶ。


 ええぃ! ままよっ!


 どの道、星降るような天啓と記憶した覚えのない記憶。スローモーションと相手の嘘が見えちゃう失望に、俺はあふれかえっておぼれそうなんだ。


 誰かのためじゃない。これは自暴自棄? 近いっ! かなり近いっ! 

 けどやろうとしてることは我ながら恥ずかしい。推理小説なら読者が電車の窓から文庫本投げるレベルの陳腐なトリック……当然、その為に死体を用意したわけで……





【ヒロユキ! なにグズグズしてるっ! 早くバラックに火をつけろ!】


 うるせぇ! 鼓膜破る気かっ! わかってっつうの! 


【生中継されてるんだぞ。警察のスナイパーが配置されたら終わりだ!】


 主役がこねぇんだよ! っったく!!! ちゃんと段取りしたのか!  







「ضربوا حتى الموت」突然、何かを切り裂くような絶叫ぜっきょう木霊こだまする。




 ふぅ~~。やっと王子様の登場か…………おせえんだよっ!

 







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