第78話 愚かなる血の石を探せ!⑨

「それではジャンファミリー定例会議を始める」一芳イーファンの声が響く。



 昼間は調度品の粗が目立つ場末のホストクラブの配置換えをしただけの会議室ではあったが、なかなか様になっている。60人ほどの悪党がそこにつどっていた。



《食べ物の (pie)》 → 《円グラフ の(pie chart)》 → 《pie (share) の奪い合い》

 きゅきゅと音をたて、オフィス用ホワイトボードに黒いフェルトペンが走る。


「今までの概念はここで終わっていた。だが、我々の方針は違う。奪い合わない! 

池袋を華僑の首都とする。ここからの情報発信は全国に波及する。地方の利益もまたここに環流し、その資本を地方の同胞が有意義に活動するための計画的な投資としてリターンさせる。身のこなし器用な組織を作る。パイを奪い合うような愚かなことはしない。パイを圧倒的に膨らませる」一芳イーファンがモコモコした絵を描いている。


「活動は秘密裏に。特に日本の暴力団とのトラブルは避ける。あくまでも中国人同士の内輪の問題として距離を保ち、またくれぐれも政府機関に睨まれること無く……」

 知らない男だ。


 男の言葉に頷き、唯一の女性幹部である呂雉リョチが続けた。「合法的な企業活動に関しては現在順調に推移しておりますが、規模が拡大すれば様々な圧力、妨害が懸念されます。我々は中国本国からの大規模な資本投下とは一線を画す方針でありますので、そのまえに日本の国家権力との友好的な関係の構築が急務であり、また新たな入国者の受け入れ体勢の強化……」





 組織図としては、


○特一級  ロンジョイ


○特二級  呂雉リョチ  一芳イーファン  ジャン連奴レノ(偽名。形だけの名誉職・窟所属扱い)


○特三級  新宿華僑代表  鎌倉英二=鉄玉  羅森ラシン美紫メイズ死亡による格上げ)



○一級   赤怒羅魂レッドドラゴン代表者(仮)

○二級

○三級

○四級

○五級   それぞれの配下及び新規入国者、移民はここからスタート。


 赤怒羅魂レッドドラゴンに関しては組織が定まっていないことを踏まえて、今回のペナルティーが解けたのち、正式な代表者を立て特三級に昇格予定。





「まあ、それはそうなんだが」鉄玉が手をあげた。


 ゆっくりと全員を見回し「壮大な計画、長期的な展望はさておき、まずは目前の

下準備を徹底しよう。オリンピックがやって来る。祭りで、人間は浮かれるものだ。ハメを外しつい心緩みがちになる。公務員も大企業の真面目なサラリーマンも賄賂に手を伸ばし少々の違法行為は雰囲気でやっちまう。それらの証拠をつぶさに収集し、落ち着いた頃合いに脅しのネタにする。弱みに付け込み利用して長く利益を得られるようあらゆる組織に介入するための布石を打っておく」鉄玉が演説した。


 

 羅森ラシンが引き継ぎ「それに関しては料金表をすでにお渡ししてある通り窟を活用して頂きたい。この計画を立案した立場ではありますが、名誉職のジャン連奴レノを組織上の神輿として、我々はあくまで組織の中核としてではなく、下請けとして実利に基づき活動を支援させて頂きたいと考えております」ターバンを新調している。



 ………………なんちゅう内容の会議だ!?




 話を着地させようと知らない男が「え~当面といたしましては、三年後の入植者の本格的な受け入れのまえに、組織図の用件の確立と体制の洗練された成熟を目指し、それまでは各自、本来の業務を推進、利潤追求をむねとし、お互いの関係性を秘匿。どこの組織にも属さない謎の男、ジャン連奴レノが立ち上げた集団としての幻想の威力を背景に鋭意、奮闘すると言うことで……」だからあなた誰?


 短期的な都市部での利益追求と長期的な過疎地域における華人増加を目論む意見が組織立ち上げ段階で、すでに対立しているようである。……まあ、勝手にしてくれ。




 ゾロゾロゾロゾロゾロゾロゾロ。 



 やる気のない文化祭の実行委員会が終わったかのように、会議は散会した。

 だがそれぞれが理想と煮えたぎる欲望を抱えているのだけは間違いがない。

 



「ヒロユキ」鉄玉に呼び止められた。


 今回の組織図では、鉄玉は芋を引いた形になる。そのかわり、本来は罪人の呂雉リョチをその素性にふさわしいランクに押し上げた。恩を売ったのだ。弱小組織しか持たないからこその立ち回り。相変わらす食えない男である。


「どうしておまえはどこにも所属しない?」

「俺は今回でお役御免。話をつないだ美紫メイズとの約束を見届けに来ただけだよ」


「金が欲しくないのか?」

「……」そりゃ欲しいさ誰だって。わかりきった質問だ。欲しくないのは変わり者。


「どうしてバラックに帰る? 悲惨な人間の中で暮らしていると安心する変態か? 優越感か? 俺達の世代は多かった。貧困地域をバックパッカーで旅して自分探し。スラムやガンジス川で死体見てわかったような気になって、てっきり自由な生き方を選択するのかと思えば、清潔で豊かな日本をやっと実感するだけの……」


 どうした鉄玉? この男の感情に触れるのは初めてのような気がする。落ちた氷を洗うみたいにどこかで人生を脱ぎ捨てた男。計算高さと残虐性を併せ持ち……なのになんだそのやけに青臭いご高説は? 【蝶の目】を使う必要もない。焦りと恐怖?






 組織図をいくら弄っても、ロンジョイが蛇の目を継承しなければ、絵に描いた餅。


 皆、優秀なだけに、それぞれのパイプで、ようやくこれが危ない橋だと気づいた。


 蛇の目は巨大で動けばここに参加した人間は皆殺し。その片鱗をやっと体感した。





 そりゃぁ怖いですよね~(笑)


 






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