第70話 愚かなる血の石を探せ!①

「ふぬ~~~~ん」


「ちょっとヒロユキ君。ロスすごくない?」

 打ちひしがれてる俺をマリアが心配してくれる。


「ふぬぅ~~~~~~~~~~~ん」

 返事のかわり。大理石のテーブルに顔面をいっそう深く沈みこませた。


 そうなのだ。ロスなのだ。完全なる春節ロス。デイビスのようにイベントに向けて努力したわけでも高校生のようにトレーニングしたわけでもないのに春節を過ぎると俺には壮大なる ”ロス” が襲ってきたのだった。


 二週間遊び惚けた。好きなモノ食って好きなコトした。なぜか外で立ち食いするとひと味もふた味も違うような気がした。すべてを捨てた俺には予定もなかった。新宿にも池袋にも行かず。出勤するマリアとボスに変身するジャンさんを尻目に、自分だけは遊び惚けた。電飾が灯り光る獅子舞が見たくて、夜も酒を飲みながら遊び歩いた。

 金のある春節は初めてだった。祭りの興奮が二週間も続けば人間はおかしくなる。



 コト、コトっ! 見かねた雪香シュエシャンの孫が、シーズン・ラストの上海蟹シャンハイガニをサービスしてくれた。紹興酒は別料金だと、笑いながら厨房に帰ってゆく。

 「ふぬぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」



 まだ記憶の中の春節を脳内が再生している。あの迫力と躍動感。上海蟹うまっ!



「ヒロユキ君。よっぽどすごい大穴当てたのね? でも競馬のあぶく銭なんかすぐになくなっちゃうぞ? ジャンさんなんか真面目に日雇い行ってるのに!」

「お説教ですかぁ」

「親の小言となんとかよ。くふっ」

「マリアちゃんなんか機嫌いいよね?」

「てへっ。写真褒められちゃった。来年の春節紹介号で何枚か使ってくれるって!」

 そう言って、マリアがタブレット画面に映し出された写真を見せてくる。


 ・華やかな皇帝衣装隊が練り歩く祝舞遊行。俺は楊枝ようじを差して、ジューシーで旨味たっぷりのシューマイを食べている。飲み物はウーロン茶。


 ・獅子舞が飛び上がった瞬間! candyキャンディーが、驚いている。この後で頭を囓られ泣きべそをかく。それから江さんがマジックハンドで叩かれて、俺はと言えばクレープ状の北京ダックを頬張っている。飲み物は匂いの強い白酒ばいちゅうで、あまりに臭いんで次の写真で通りすがりの観光客のおじさんに叱られている。


 ・春節カウントダウン。関帝廟かんていびょう媽祖廟まそびょうの両廟でカウントダウンがあったので、マリアはその両方を行き来した。慌てたのかどちらもぶれぶれだ。ま、これが最初の写真だからしょうがない。このときは何も食ってない。


 ・中国舞踊と中国雑技。綺麗なお姉さんの優雅で美しい舞い。筋肉むきむきで椅子の上で逆立ちする、息を呑む演技。このあたりになると、俺は酒しか飲んでない。



 ・採青ツァイチンの幕開け。

  黄金ふかひれスープ・おこげ入り350円(税込)。汁物なので飲み物なし。


 ・変面! だけど連写機能でさえその秘密をカメラは捕らえてない。流石は中国の国家機密だ。ごま団子と老舗タピオカ屋のタピオカミルクティー。


 ・龍舞。高校生や女性だけ、小さな子供の龍舞も素晴らしかったが、やっぱ禿げたおっさん達の龍舞は凄かった。場の空気さえ圧倒する、張りのある妙技に心が躍り、食い物どころじゃなくなった。そのあと紹興酒の小瓶を一気飲み。





「あれ? これ、ほとんど俺が写り込んでない? こんなの雑誌に載せられるの?」

「そんなわけないじゃない。ちゃんと入らないように絞って使うわよ」



 なんだか時系列と写真の順序がバラバラで、脳が混乱を起こしそうだった。



「あっ! この男の写真は消した方がいい。ジャパニーズ・ヤクザだ」

「えっ? どれどれ? ほんとう? だってヒロユキ君この人に話しかけられてたんじゃなかったっけ?」

「日雇いの現場に来る奴で、ちょっと声かけられただけだよ。消去消去」




 一度だけ鉄玉がやって来て、下らないお喋りをしていった。

 高校の時、彼女がここの住人で結婚しようと卒業後、料理の修業を始めた。

 だけどいろいろとあって上手くはいかなかった。けれど後悔はしていない。

 彼女は様々なことを話してくれた。いい思い出……知らんがな!!!



 池袋は一芳イーファン主導で着々と地固めされていた。呂雉リョチが経済界との橋渡しをして、赤怒羅魂レッドドラゴンとジャンファミリーは友好とは言い難くとも棲み分けができた。ロンジョイの縄張りが完成しつつある。

 だがロンジョイの配下は数が少なく、そこには鉄玉の子分、新宿華僑のはぐれ者、現状を打破したいバラックからも数名。そして新規に訪日する人間の受け入れ体勢が整えられていた。


 つまり、抗争の首謀者である呂雉リョチを、蛇の目からひた隠しにすることを、すべてのグループが了承したのである。


 

 鉄玉はその礼も兼ねて、ここ中華街まで足を運んだ。

 そろそろ池袋に拠点を構え一緒にやろうと誘われた。





 けれどそんなものに興味はなかった。


 だけどやることもなくなった。

 呪いもなんだか掛かったまま。


 暇なので仕様が無いので俺はこの街で……




 愚かなる 血の石ブラッドストーン を探すことにする。



 









 

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