第25話 覚醒中

【Type αアルファ


『夜回りみたいなちんけな仕事よりましさ』  そう答えた。




 あれからなんの進展もない。二度ほど新宿と窟を行き来したが、羅森ラシンはまだなにもわからないの一点張りで、動きようがない。金と暇の両方あって目的のない暮らしは精神衛生上よろしくなく、バラックの連中と会話はほとんどない。地元のニュースにも疎いはずだ。独り寂しくねぐらに引きこもり、携帯ゲームに興じながらハンモックに揺られて、今夜も眠りについたのだった……



 

「起きろヒロユキ。大変だ。火事だっ! 起きろっ!」

 深い眠りから一気に引きずりだされた。火事? どこだ?

 俺は表に飛び出した。炎はバラックから目と鼻の先で燃え上がっている。


 あの店は!? 全速力で駆け寄ったが、熱気で火元に近づけない。


「ばあちゃんは? 孫も一緒に住んでるはずだ!」

 俺は近くにいた仲間の肩を思い切り掴んだ。


「全身火傷で男がさっき運ばれた。雪香シュエシャンはあの中だ。もう助からない」


「…………そんな」

 俺は呆然とその場に立ち尽くしたのだった。










【Type βベータ


『仕方ねえじゃん! やることやらないと生きていけないだろ?』 そう答えた。



 

 あれからなんの進展もない。二度ほど新宿と窟を行き来したが、羅森ラシンはまだなにもわからないの一点張りでそれでは動きようがない。独り寂しくハンモックに揺られ、今夜も眠りについた……


 なに? 夜中にさわさわと騒がしい。片目を開ければ仲間が集まってる。なに? 盤ゲーム? ひさびさに仲間に入れてっ! 俺は、のそのそと起きだした。


 だがそれは恒例の盤ゲーム大会で人が集まっているわけではなかった。

「表を見てみろ」

 誰かが俺の肩甲骨をつっつく。促されるまま戸口の隙間から覗くと……え?


 あっちに一人、そっちに一人、男が倒れ込んでいる。その丁度中ほどに腕から血を流したひも野郎が立っている。息が荒い。闘志むき出しで、真っ直ぐに正面を睨んでいる。その視線の先は暗くてよく見えない。


 俺はバラックから飛び出した。


「ヒロユキ、来るんじゃねぇ。おまえじゃ役に立たない」

 ひも野郎が叫ぶ。


 戦闘シーン? そりゃ俺は役に立たないけど、役立たずっていきなり言われるほど役立たずじゃないぞっ! カチーンときた俺は普段なら足が竦んで動けないところをなにを思ったか懐からあるものを取り出し火を付けた。そしてそれを暗闇に向かって投げつける。



 バンッ! ババンッ! ババババッ! バババ! バババババッバンッ!



 爆音とともにチラチラと瞬く明かりが暗闇をコマ送りのように照らす。

 そこにはナイフを持った男達がいた。



 シューヒュルヒュルヒューーーッ・パンッ!! 


 男達が驚いている隙に、今度は頭上にロケット花火を打ち上げる。



「はぁ? なにやってんだヒロユキっ! 頭おかしくなったのか? 逃げろっ!」



 あれ? 俺はなにをやってんだ??? それより爆竹とかロケット花火とかなんで俺が持ってんだ? 



 爆音と閃光で暫し狼狽えていた男達が、暗闇からゾロゾロと出てきた。ニヤニヤと笑ってはいるがそれは猛烈な怒りを表している。完全に標的は俺になった。ゆっくりとゆっくりと近づいてくる。そりゃごもっとも……今頃になって足が震える。


「なんだぁ? こいつ」

「蛇の目の下っ端の下っ端じゃね?」

「いや、頭のいかれた奴だろ。花火って……阿呆じゃないのか」

 男達が口々に理解できない言葉を話す。


「まあいいだろ……今夜は放火はやめにして、こいつら切り刻んで終わりにしよう。嫌がらせの警告ならそれでオーケーだ」

 ナイフを手に、男が俺の前に歩み寄ってきた。まるでスローモーションだ。


 俺の人生は左胸にこのちっぽけなナイフを差し込まれて終わる。そう思った。

 スローモーションが解けて、俺のいない世界の時間が、通常どおり動き出す。



 グチャリ。

 だがその前に、男の顔が潰れた。そして弾かれたように後ろにすっ飛んでいく。


「……ここでもめ事は困る」

 俺の背後にはこの街の守護神がいた。


「ロンジョイっ!?」

 男達が口々に叫ぶ。そして今までがおふざけであったかのように素早く動き、一気に陣形を作った。


「春節でもないのに爆竹の音で来てみれば、小火ボヤはおまえ達の仕業か?」


「どうする? やっちまうか?」

「いや逃げよう。直接やりあう必要はない……だけど置き土産だっ! 」

 男の一人が手をあげた。


 はっ!? 俺は反射的に視線を横手に向けた……青竜刀!?


 少し離れた場所に立っているひも野郎の後ろに男がいる。そして……


 プシューーー。青竜刀が振り下ろされ、ひも野郎の首から血が吹き上がる。

 

 







【Type σシグマ



 携帯のゲームに興じながらハンモックに揺られ、今夜も眠りについた。……だが、眠れなかった。二時間ほど頑張ったが駄目だった。諦めてみんなを起こさないよう、そっとハンモックから地面に着地する。


 ちょっと散歩することにした。冷たい夜気が肌を刺す。

『うるせぇな。俺が持ってないもん、全部持ってるくせに……』あれじゃまるで俺が羨ましがってるみたいだ。今までの憎まれ口すべて嫉妬でした、宣言だ。どうせなら

『夜回りみたいなちんけな仕事よりましさ』とでも、蔑んでやりゃよかった。


『流した情報がどんな使われ方をしているか、おまえはわかってやっているのか?』

 仰るとおりだが、糞みたいな現実をまともに受けいれて生きてられるか? 片目を無くした喪失感と一緒くたに、罪悪感も見ないようにしているだけだ。おまえだってそうだろう? おまえとヤン・クイとのことだってそうだろうが……


 気持ちが収まらず苛ついていたら、なにやら空き地の暗闇でガサゴソ音がする。

 誰よ? こんな夜中になにやってんだ。


「あぶないっ!」

 いきなり声がして俺は吹っ飛んだ。その拍子にサングラスがはじけ飛ぶ。


 なんだ!? 目から火花が出た。それが消えたら暗闇だ。

 目が慣れるてようやく隣にいるのがひも野郎だとわかる。……額から血!?


「面倒くせぇな、こいつら一般人?」

「一般人なら一般人で都合がいい。ちまちま放火なんかしてないで今夜はこいつ等を切り刻もうぜ」

 さらに目が慣れてきた。口々に喋ってるのは10人ほどの男達だ……青竜刀!?


 はぁ? 確かにここはチャイナタウンだ。模造刀なら売ってる所も沢山ある……が、本物? 現実感がない。アニメの世界かよ。


「ヒロユキっ! 逃げろ」

 ひも野郎が俺を引っ張るが足がこわばって動けない。なんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃカチッカチッカチッ!


 シューヒュルヒュルヒューーーッ・パンッ!! 


 はぁ? なにをやってるんだ? 俺!



「……阿呆かこいつ。春節にはまだ早いぞ。まあそれまで生きていられないけどな」

「刀を突き刺して、そのまま体に残しておけ。そのほうがインパクトがある」

 喋ってる言葉は理解できないが、意味していることは十分に判る。


 俺に向かって……



 ぎゅん。だが突然、俺の鼻先の空間に回転する黒い塊が現れた。

 そこから足が飛び出し、刀を振り上げガラ空きになった男の胸部を激しく突く。


「ぐはっ」

 男が吹っ飛んだ。その場に残ったのは密集する柔らかな筋肉、羅森ラシンだった。まるで俺とひも野郎をかばうように静かに両手を広げる。



「……はぁ? おまえ、紫の婆の手下だよな。いつから蛇の目の味方になった?」

 暫しあっけにとられていた男達の内、一人が口を開く。


「スネークアイは関係ない。わたしはわたしの主人の言い付けを守っている」

「窟かよ? おいやべぇんじゃないの? いったん引こうぜ」

「関係ないね。元から全面戦争の予定だ」

「福建なまりだな?」

 羅森ラシンの声だけがどこか冷ややかだ。


「体術が少々得意ってだけのゴキブリが……俺たちが刀だけ持ってきたとでも?」

「おまえ達も迂闊だな。さっきのがなんの意味もないと思っているのか?」

「!?」

 羅森ラシンの最後の言葉に、男達の動揺が見える。


 不思議なことが起こった。距離が離れている。いつのまにか距離が離れている。

 男達は動いていないのに、対峙する俺たちとの距離が遠のいている。

 そして気づけば、男達は四方八方に飛び散っていった。


 

 



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