第五十一話「起死回生」
「
全身の骨を砕かれ、心臓をひと突きにされ、もはや確実に生命活動を停止しているであろう彼女に、届かぬとわかっていながらも、ぼくは叫ばずにはいられなかった。知りあってまだ十日ほどとは言え、寝食を共にし、背中を預けて一緒に戦った仲間の死に、烈火の如き怒りと
「ちょっと。あなた。私とセックスしようって時に、他の女の名前を叫ぶなんて。どういう神経しているのかしら。ぷんぷん」
ぼくを地面に押し倒し、拘束しながら首筋を犬のようにべろべろと舐め回していた淫乱
「いけない子ね。ちょっとおしおきが必要かしら」
ぐしゃ。
ゴリラのような握力。地獄の激痛。
「あら。あなた、玉がないじゃない。女の子だったの?」
ぴいー。
耳鳴りのような、人類の可聴域ぎりぎりの高周波音が大気中に
「う」
だが完全に
ぼくはすかさずワルサーPPKを拾いあげ、数発発射した。が、彼女は素早く木の影に逃げこみ、被弾を免れた。
「くそ。言わんこっちゃねえ。あの女忍者はもうだめだ。
「逃げたければ、逃げればいい。ぼくは最後まで諦めずに戦う」
「はあ? 何言ってんだ。お前」
聞く耳を持たぬぼくの態度に真茶はさらに激昂し、
「ぼくは死んでやるつもりはないし、万一ここで命を落としても、ヒヅル姉さんは必ず他の手を打つだろう。白金機関には優秀なエージェントがたくさんいる。〈
「そういう問題じゃねえんだよ。私の最重要任務はお前の護衛だ。ヒヅル様は、お前の身に危険が及んだ場合、お前を気絶させて任務を中断してでも連れ帰れ、と、私に命令したんだよ。わがままぬかしてると、ぶん殴って日本へ送り返すぞ」
「見え透いた嘘をつくんじゃない。あの公正な姉さんが、ぼくにだけそんな
ぼくが挑発するように厭味ったらしい笑みを浮かべるも、真茶はあくまで落ち着き払った様子でぼくに鋭い視線を送り続けていた。
「あいつらは後でひとりひとりどんな手を使ってでも始末してやる。いいから今は黙って私に従え。これはヒヅル様の意志だぜ。総帥の命令に逆らうのか、てめーは」
「そんな話は聞いてない。君のでっちあげだろう」
「あらあら。痴話喧嘩かしら」
ぼくたちの口論を遠くから面白そうにただ見守っていた
ぼくは、
「
ぼくが決め顔でそう言うと、
「ああっ。素晴らしいわ。何て勇敢な人なの。あっ。子宮が
清々しいほど性欲を剥き出しにした
「断固拒否する」
ぼくはこっそり弾を再装填しておいたワルサーPPKを
「ぼくは清楚な女性が好きなんだ」
家畜を見る眼で
「ふたり任せていいかい。真茶。どのみち彼らは簡単に逃してはくれないだろう」
「ち。いっちょ前の口を利きやがって」
真茶はぼくの説得に失敗して
「OH! ジャパニーズ・ニンジャ!」
初めて攻撃を避けられ、
「さっきは不意打ちくらったけどな。化物みてーな動きするとわかってりゃ、どうにかなる」
真茶が得意げに笑い、今度は横から矢のように飛んでくる
「
「
かくなる上は、と、ぼくは彼らふたりと交戦しながら徐々に移動し、忍美の死体の傍に落ちていた八九式小銃を、そして
戦闘は火力、という言葉があるが、実に的を射ていて、一秒で人間を蜂の巣にする八九式小銃にぼくの〈全能反射〉が加われば鬼に金棒。いくら〈超人種〉が人間離れしていようと、先ほどの
一方で、
「真茶。プレゼントだ」
ぱん、という乾いた炸裂音とともに、辺り一面を煙が覆う。先ほど忍美の死体から
さて、〈超人種〉たちは、視界の効かない煙の中で戦った経験はあるだろうか。身体能力で劣るぼくと真茶が、改造人間たちに唯一勝っている部分があるとすれば、それは経験である。ぼくは白金機関に入ってからこの六年間で、数え切れないほどの訓練、戦場を経験してきた。その舞台は、必ずしも視界のよい平地ばかりではなかった。火の中、水の中、森の中、雪の中、嵐の中、コンクリートジャングルの中、銃弾砲弾爆弾の雨の中……。手脚を拘束された状態での脱走訓練、眼隠しをされた状態での戦闘や逃走の訓練……ありとあらゆる状況を想定した訓練は、まさに地獄の日々であった。真茶に同じような経験があるかはわからないが、
「うぼお」
「ぐええ」
状況は一変した。
視界を奪われた改造人間たちは、一方的に真茶の
「
煙が晴れた頃には、そこに真茶の姿はなく、血塗れになった
「あの緑頭はどこに」
煙に紛れて姿を
「くっ」
生命の危機を感じた
ぼくも八九式小銃で真茶に加勢する。
が、ここで思わぬ横槍が入った。
「待ちたまえ」
その細い身体からは想像もできぬ、雷鳴のように激しいナサニエルの叫声が、夜空に
「この勝負、君たちの勝ちとしよう。もう充分に〈超人種〉の性能はわかった。彼らは大切な我が社の商品である。彼らをここまで追いつめた君たちに心から敬意を表し、人質を解放するとしよう。どうかそれで我々を見逃してはくれまいか。
「翻訳は要らない。
ナサニエルの言葉を遮り、ぼくは英語でそう返した。本音を言うと、彼ら〈愛情戦隊〉とやらのひとりでも日本へ連れ帰り、専門機関で解体、分析させたいところだが、それを彼らは許すまい。まだ
ナサニエルの取引に応じておくべきだ。
本音を言えば、仲間である忍美を殺したこいつらを、殺してやりたい。
しかし個人的な感情に
「ふふふ。冷静だな。君が合理的判断のできる人間でよかったよ。
「仰せのままに」
ナサニエルが命じると、
「大丈夫かい。もう安心だよ」
ぼくが優しく手を差し伸べると、
「君とはまた会えそうな気がするな。若き指揮官よ。差し支えなければ、名前を教えてくれないかい」
「
「
胸の中で号泣する
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