第三十七話「秘密」
縦四メートル、横二十メートルという巨大な窓の外の壮大な南アルプスと、その上空で
フロアに整然と設置されたソファの一番奥で、
「美しい星空だね。宮美」
ようやくぼくの存在に気づいた宮美が、読んでいた雑誌をぱたりと閉じた。週刊
「ヒデル、さん」
「だが、君の方がもっと美しい」
ぼくは懐から取りだした一輪の
「初めてお会いした時のことを思い出しますね」
差しだされた薔薇を受けとった宮美は、それを両手で包むように大切に持っていた。彼女自身の清楚な美貌と相まってとても絵になる組みあわせで、まるで映画のワンシーンのようだった。なお、薔薇には色や本数における花言葉が存在し、紅色は「情熱」「熱烈な恋」、一輪の薔薇には「君に一目惚れ」という意味がこめられている。ぼくが初めて宮美に会った時もこうして、彼女に一輪のスムースベルベットを渡したものだった。あれからもう三年。彼女も去年成人し、現在白金大学の二年生。故・
以前は見られた良家のお嬢様としてのあどけなさも成人してからはなくなり、知的で落ちついた物腰の大人の女性になりつつある宮美の、その可愛らしいというより美しく端正な顔には、どことなく影というか、
「君のような美しい女性に、そんな表情は似合わない。女性は笑顔が一番だよ」
既視感のあるセリフを吐き、ぼくは宮美の肩に手を置いた。
「何か悩みごとでもあるのかな。ぼくで良ければ相談に乗るよ。君は何でもひとりで背負いこもうとするところがある。君の力になりたい」
宮美はしばらく押し黙っていたが、やがて何かを決心したように、先ほどまで読んでいた雑誌・週刊清朝を手に取り、ぱらぱらとページをめくりだした。
「この記事を」
宮美が開き、ぼくに見せたそのページには、大きく派手な見出し付きで、こんなことが記されていた。
『〈白金グループ、北朝鮮の核ミサイル開発に関与か〉。韓国に亡命した元北朝鮮兵士の証言によると、白金重工、白金エレクトロニクス、フェニックスなどといった白金グループの企業が北朝鮮のミサイル開発に関わっているという。北朝鮮の首都・
胸糞悪くなったぼくは、雑誌を閉じた。ぼくの不快感が伝わったのか、宮美が一瞬びくりと身体を
「私は……ヒデルさんや、ヒヅルさんに、感謝しています。父が死んでから、私だけではなく母や弟の生活の面倒をみていただいていること、学費を援助していただいていること、そしてまだ見習いですが、
その前置きからは、自分を養っている恩人である姉さんに対する遠慮が伺えた。今までも〈我々〉の活動に関して言いたいことはあれど、真面目で義理堅い宮美のこと、自分にそんなことを言う資格があるのかと口を
ぼくは首を横に振り、宮美の言葉を遮るようにして言った。
「それは君が〈支援〉に値する将来性を持っているからだよ。宮美。ヒヅル姉さんは、目先の利益ばかり追っていた
ぼくの言葉を聞いて少し安心したのか、宮美の顔が
「私は、ヒデルさんやヒヅルさんを、信じたい。だから、この記事が嘘だと言うのなら、ヒデルさん、あなたの口からはっきりそう
宮美は、ぼくの眼をまっすぐに見て、そう言った。先ほどまで頬を赤くして眼を背けていた彼女とは、別人のようだった。
ぼくは爽やかな笑みを浮かべ、宮美の手を握って言った。
「ゴシップ誌のデマを真に受けちゃいけないな、宮美。我々は世界平和を願う人たちの集まりだ。あんな、人道に反した危険な独裁者の、まして核開発を支援しているだなんて、そんなわけないじゃないか」
「本当なんですね。信じてもいいんですね」
このことでだいぶ悩んだのか、宮美はいささか疲れた様子で、救いを求めるように、ぼくに確認した。
「もちろんさ。ぼくたちの願いは、この世界から核兵器みたいな野蛮な代物をなくすことだ。増やすことじゃない」
ぼくは宮美の眼をまっすぐ見つめて、そう断言した。
「なら、いいんです。疑うようなことを言ってごめんなさい」
ぼくの言葉を聞いて安心したのか、宮美は力なく微笑み、それから心底申し訳なさそうに深々と
ぼくの方こそ、ごめんなさい。
ぼくは、君に嘘をついた。
君は清廉潔白で、自分の良心に忠実な善意の人間だ。ぼくは君のそんなところが好きだし、尊敬すらしている。
でも、ヒヅル姉さんからこのことについては誰にも、特に宮美には口外するな、と強く釘を刺されている。
北朝鮮の独裁者、
たとえ敵がどんなに強大であれ、君は自分が正しいと思ったことは実行する、勇敢な女性だ。だから実の父である鷹条総理の罪を暴こうとした。
もし君がぼくたちの重要機密を世界に公表すれば、姉さんは君を決して許さないだろう。
その時は……ぼくが君を、殺すことになるかもしれない。
そんな未来は、絶対に避けなければならない。
「わかってくれればいい」
ぼくはふたたび爽やかな笑みを浮かべると、宮美を抱きしめ、その頭を撫でた。
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