七
「あー痛かった。シートベルトしてなかったから思いきり頭ぶつけちゃったよ。もう」
麗那先輩の美しいその顔から足元にかけて、赤い
しかしそんな、どう見ても軽傷とは言いがたい状態でも、彼女はどこか面白そうに、力強く、あの
「さすがの私も、あんな無茶苦茶なことされたら、無事じゃ済まないなあー。よくもやってくれたねえ。お礼にたっぷりかわいがってあげるよ」
「麗那……先輩……?」
突然の
なぜ、この人が、ここにいる?
しかもよりにもよって、青龍学院の校長の護衛の車なんかに?
麗那先輩はいつもの白虎学園のブレザー姿ではなかった。順当に行けば三月で学園を卒業しているはずなのだからそれ自体は不思議ではないが、問題は彼女が、青龍学院の制服である
「あら、縁人くん?」
軍用車の陰から覗くぼくの顔を見て、麗那先輩はぼくの存在に気づいた。
「ひさしぶりだね。元気にしてた? 白虎学園を追いだされてからぜんぜん音沙汰ないから、帝のお坊ちゃんの兵隊に殺されたんじゃないかって心配だったよ。でも、こうしてまた会えて、よかったわ」
「ぼくはできれば、もう
そうなればきっと、あなたと殺しあうことになるだろうから。
麗那先輩は露骨に驚いたような顔をしてみせて、言った。
「えー。縁人くん、私のこと嫌いになっちゃったの? 私がなんか縁人くんに嫌われるようなこと、したかな?」
「好きだからこそ、
言っちゃった。我ながら
「おい、縁人」
乾さんが低い声でぼくに釘を刺した。彼の視線と表情だけで、言わんとしていることはわかった。これぞ以心伝心、
わかってますよ、乾さん。今は彼女はぼくたちの敵で、ぼくは彼女を殺さなければならない。そうしなければ、ぼくたちが死ぬのだから。
初めて味わう、麗那先輩のむき出しの殺気。
それは例えるなら、高熱を帯びた暴風のような、ものすごい〈
今まで何度か手合わせしたことはあったが、実戦でこうしてじかに
こっちは機関銃とサブマシンガンで武装しているというのに、そんな火力差を前にまったく退かず、むしろその逆境を
麗那先輩は、ひっくり返った校長の車を指さして言った。
「おいでよ、縁人くん。校長の車は防弾仕様だから、マシンガンぐらいじゃ殺せないよ。もし校長を殺しに行くんなら、こっちにおいで。私たちを倒してから行きなさい」
どこかのアニメの悪役が吐くようなセリフを言ってから、麗那先輩は愛用の大薙刀をひゅんひゅんと振りまわし、いつかあの〈殺し屋〉をしとめたときのように、大上段に構えた。
その構えを見た瞬間、ぼくの体がびくっと硬直した。
蘇る
麗那先輩の、本気モード。
あのときは速すぎてよく見えなかったが、あの大上段の構えからネコ科の猛獣のような瞬発力で急速に間合いを詰め、敵を串刺しにする、というよりは〈
「乾さん。霧崎さん。あの一撃を受けないでくださいね。死にます」
「見りゃわかる」
彼女のやばさは乾さんも霧崎もわかっているようで、あくまで接近はせずにこのまま火力で押しきるつもりのようだった。
「私たちを忘れていただいては困りますね」
変形した護衛のベンツから、もうひとり、学ラン姿の男子生徒が出てきた。長髪で背が高く、背中にたすき状に背負っていた一対の剣を、抜いた。日本刀というよりは西洋の片手剣で、あくまで日本の伝統と格調を重んじる青龍学院の生徒としては珍しく、構えも日本の剣術のそれではなく、西洋の、フェンシングを思わせるものだった。何だか品のよさそうな、どちらかと言えば白虎学園の上層だか特権階級にいるお坊ちゃん風の男だった。
「ミー、トゥー」
さらにもうひとり、セーラー服姿の背の低い金髪の女子生徒が出てきて、腰に差した二
「…………」
そして最後に、どこかの野球少年の姉のようにベンツの影からこちらをちらりと伺っている、背の低い刈りあげ髪の小男がいた。姿がよく見えないので武器や能力は不明だが、おそらく飛び道具の使い手だろう。先ほどのライフルと思われる銃撃は、こいつの仕業かもしれない。
ぼくは彼らのことは白虎学園の〈ブラックリスト〉で知っていた。長髪の男が板垣、金髪の女が町田、刈りあげの小男が
「全員
「あまりお近づきにはなりたくないね。ふたつの意味で」
乾さんも霧崎も彼らの実力は肌で感じて理解しているようだった。そう、うまく言葉には言い表せないが、歴戦の戦士は
「最後のお別れになるかもしれないので、白状します。麗那先輩。あなたのことがずっと好きでした」
あまりに意味不明のできごとを前にして思考を停止した人間というのは、こういう顔をするのかもしれない。
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