第四章「捲土重来」
一
永遠とも思えるような時間が過ぎ去り、昼も夜も日付も季節もなんだかよくわからなくなった頃になってようやく、ぼくは解放された。スパイ容疑が晴れたのか、それとももうそんなことはどうでもよくなったのか、何の説明もなく、看守はただ「出ろ、釈放だ」と告げるのみだった。
もっとも、ぼくが白虎学園の人間であることだけはわかったようで、いつまでも青龍学院の学ランを着ているわけにもいかないから、どこの誰のものかもわからない白いブレザー(おそらく死んだ生徒の遺品だろう)を、看守に強引に着せられた。
そしてぼくはただ歩く死人のように、無言で力なく、ふらふらと、校内をさまよった。
すっかり変わり果てた
まずは
大和と赤月は、どうなったのか。青龍学院を抜けたと言っても司令部が信じるとは思えないし、情報を吐かせるだけ吐かせたら、生かしておく意味もない。よくて強制労働、下手をすれば死刑か。しかし彼らとは一時的に共闘したとは言っても元々は敵同士だし、特に赤月瑠璃は寿と酉野先生を殺した張本人で、別にどうなろうと知ったことではない。そんなことよりも、今は母の行方を知ることの方が先決だ。
「おい」
ふいに背後からソプラノ、というよりはアルト寄りの、低めの女性の声が聞こえ、ぼくが振り返ると同時に……いきなり、右頬を、強烈な衝撃が、襲った。
「ぶほっ」という短いうめき声とともに、ぼくの体はバレエのピルエットを敢行した。
そして間髪入れず、今度は左頬に反対側の拳がめりこむ。
声の主は、鈴子だった。
「ちょ、鈴子、や、やめ」
「うるせえ、このバカ! 心配させやがって! この、この、アホが!」
興奮してろれつも回らなくなり、それがまた彼女をさらなる興奮の高みへと誘い、彼女の暴力を加速させる。でも、彼女のくり出すパンチはどこか弱々しく、温かみがあった。不器用な彼女なりの、「おかえりなさい」だったのかもしれない。
「もうだめかと思ってたんだぞ……バカ野郎」
彼女はぼくの胸に額を当て、静かにそう言った。
眼の奥からこみあげてくる熱い何かを抑えこみ、ぼくは彼女の頭をなでた。
「ごめんね。心配かけた」
文字にしてみるとまともにしゃべっているような印象を受けるが、こうして誰かと話すことはしばらくなかったので、何だかうまく口が回らなかった。しゃべり方を忘れてしまった。そんな感じ。
そのままぼくは鈴子の部屋で整容を行い、彼女がいつか約束した、ワイヤーラーメン特盛チャーシューフルセットをおごってもらうことになった。
久しぶりに会ったせいか、食堂が混みあっているにもかかわらず長々と話しこんでしまい、気づいたら日も暮れていた。ふと食堂のカレンダーを見てみると、今日は十一月二日。ぼくが任務で青龍学院に出向いたのが十月半ばごろで、青龍学院に捕まっていたのがだいたい十日くらいだったから、だいたい一週間くらいぼくは拘置所にいたことになる。感覚としては数ヶ月程度は経過しているように感じられたが、それだけ苦痛だったということだろう。
その間に起きたことは、鈴子からすべて聞いた。予想どおり、ぼくと夢葉は学園では死んだ扱いになっていたらしい。あの第二次夢葉奪還作戦の後、麗那先輩も鈴子も、ぼくが戦死したと司令部に報告していたそうで、死んだところは見ていないが、「重傷を負って崖から落ちたので確実に死んでいるだろう」と、べたな嘘でごまかした、と彼女は言った。それをあっさり
夢葉が助かったことを鈴子に告げると、あの傷で生きていたことに彼女は驚いたが、それ以上に安心したようだった。夢葉は鈴子の友達ではないけれど、やはり自分が
……そういえば、夢葉はどうなったんだろう?
大和十三の話によると、彼女はもともと青龍学院の〈停戦派〉の停戦プロジェクトの中核として厚遇されていた。もし〈停戦派〉によって夢葉が保護されていたのだとしたら、クーデターに失敗し、〈停戦派〉の要である大和十三と赤月瑠璃が不在となった以上、彼女が青龍学院に手荒な扱いを受けていたとしてもおかしくはない。情報を引きだすための拷問や、作戦で人質として使われ、危険にさらされる可能性は決して低くない。
何とかして夢葉を助けだしたい、と、ぼくは思ったが、鈴子いわく、学園では夢葉は反乱軍にひどい拷問にあって殺された悲劇のヒロインのように扱われていて、
「そういえばさ」
唐突に、鈴子が話題を変えてきた。
「あたしの腕をぶった切ったあのクソガキが、どっかでヘマやらかして、今うちの独房にぶちこまれてるんだと。ちょっくら見物に行ってやろうぜ。暇だしさ」
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