十四
蒼天音と麗那先輩の戦いは、ほぼ互角だった。
くり返される蒼天音の正確無比かつ高速の斬撃、それを超人的な反射神経で
だがもちろん、そのまま黙って斬られる麗那先輩ではない。
麗那先輩に一度めの告白したとき、ぼくは彼女に戦いを挑まれたが、まったく相手にならなかった。戦ってみてわかったのは、彼女は相手の技を〈無視〉して動いているということ。多くの武術家は相手のわずかな動作や視線、表情などの情報から、次に相手がどういう攻撃をしかけてくるのかを予想して動く。この先読みの技術は、数多くの試合や実戦経験でのみ磨きあげられる。ぼくは八木師匠のもとで死ぬほど組手を行ってきたせいか、そこそこ相手の次の動作は読めるようになっていた。しかし、それでも麗那先輩には惨敗した。
麗那先輩は、敵の攻撃を先読みせず、〈見て確認〉してから動いている。
普通はそれでは間にあわないのだけれど、彼女はいつも敵の攻撃が来る前に事を済ませてしまう。
まるで、ぼくらとは時間の流れるスピードが違うかのように。どこかのカンフー映画のごとく、早送りで動いているかのような錯覚さえ覚える。後出しのはずなのに、なぜかこちらより先に攻撃がくるのだ。
あの要玄人までもが〈化物〉と呼ぶほどに、彼女は生物としての根本的なスペックが違う。彼女と戦ったときは人の皮をかぶった猛獣か何かを相手にしている気分だった。武道家としての常識や戦術がまったく通用せず、マシンガンを使ってさえ、勝てる気がしなかった。
「何をぶつぶつと。戦いの最中にずいぶん余裕ですね」
頸動脈を狙ってやってきた赤月瑠璃の両切刀の刃を、ぼくは紙一重のところでよけた。
こちらの戦いも互角……とはいかないまでも、ぼくと鈴子の二人がかりで〈首刈り〉相手にようやく殺されずに済んでいる、という状態だった。
鈴子は義手とは思えないほど自由自在にナイフを操り、以前にも増して機敏な動きで、赤月瑠璃の両切刀による無数の斬撃を凌いでいた。とても病みあがりだとは思えない。さっき言っていた切り札というのも気になる。
「その脚では、今までのように機敏な動きはできないだろう」
蒼天音の冷淡な声が聞こえてきた。
向こうでは、いつの間に斬られたのか、麗那先輩の右脚から赤い花火が噴き出していた。麗那先輩はしばらくそれをぼんやりと見つめていたが、何を血迷ったのか、平手で傷口をぱんと一撃した。するとどういうわけか出血が止まった。漫画か何かでよくある、筋肉で出血をむりやり止めるというあれだろうか。
「あはっ。やるじゃなーい、天音ちゃん」
形勢不利だというのに、麗那先輩は心底楽しそうに、しかしどこか邪悪さを感じさせる笑みを、浮かべた。
「いいねえ、いいねえ。血が騒ぐ。久しぶりに本気でも出しちゃおうかな」
どこのラスボスですか、貴女は。
麗那先輩は腰を深く落とすと、大薙刀を頭上に構えた。大上段の構えにしているけれど、麗那先輩はより深く腰を落として得物の高さがほとんど中段に来ていた。しかし、そんな細かいことはどうでもいい。
あの麗那先輩が、初めて〈構え〉をとった。
麗那先輩の戦いを何度も見てきたぼくだからこそ、感じる違和感。
彼女はいつも構えなんてとることなく、ただ自然体で、おおよそ人類の動きとは思えない獣のような動きで、二メートルを超える大薙刀を
だが、そうではなかった。
今までの戦いは、麗那先輩にとっては〈技〉を使うまでもない、単なるお遊びに過ぎなかったというのだろうか?
蒼天音もその違和感に気づいたようで、先ほどまでの猛襲とは打って変わって慎重に間合を詰めていく。
蒼天音が麗那先輩の間合のぎりぎり外と思われるところまで迫り、いったんその足を止めた。そして……
交差する刃と刃。
「麗那先輩!」
ぼくが叫んだときには、すでに手遅れだった。
蒼天音の刀が、麗那先輩の胸に突き刺さっていた。
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