第二章「陥穽」
一
夢葉救出作戦の決行は、翌日金曜日の夜に決まった。スパイがいる可能性も考慮したのか、ぼくのもとに
作戦内容は、以下の通りである。青龍学院に送りこんだ
酉野先生は、相変わらず顔色が悪かった。学園教師としての業務と度重なる任務、神楽先輩への大量輸血などなど、本来ならとっくに休養が必要な状態だろう。この白虎学園は、いや、政府軍全体に言えることだが、任務に失敗した部隊長、
作戦を大雑把に説明すると、まずぼくらが青龍学院の地下にある水路を使って夢葉のいる学生寮に接近する。この地下水路は百年近く前に行われた中華帝国との戦争時に作られたもので、迷路のように複雑に入り組んでおり、その全容を知る者はごくひと握りの政府軍関係者のみだという。潜入班が学生寮直下まで迫ったら、陽動班が青龍学院の周辺に仕込んだ爆薬を爆破して敵の注意を
ぼくらは学園を出発した。陽動班の車とは途中で別れ、平和町の外れにある
「いいか。初めに言っておくぞ。我々の任務は、東陽の救出だ。これを何としても全うしなければならない」
酉野先生は青白い顔で、しかし真剣な面持ちでそう告げた。続けた。
「敵の本拠地への潜入だ。おまえたちにとって、恐らく今までで最も危険な任務になるだろう。だが、どんなことがあっても、最後まで絶対にあきらめるな。東陽は必ず助け出す。が、我々も全員で必ず、生きて帰るんだ。くれぐれも、東陽のために死のうなんて考えるなよ」
「はい」ぼくらは全員、頷いた。
地下水路内にはところどころに白熱灯が灯されていた。これは、家すらも持てない平和町の地下水路暮らしのホームレスたちが街中から盗んできたものだろう。彼らは独自のネットワークを持っており政府軍を嫌っているものの、特に反乱軍の味方というわけでもない。彼らの居場所を奪ったのは政府軍でもあり、反乱軍でもあるからだ。強いていうなら赤鳳隊の味方と言えるが、政府軍を見れば彼らは基本的には逃げるし、今ぼくらは青龍学院の制服に身を包んでいる。
しばらく進むと、途中で道が別れていた。ここが恐らく分岐点だろう。この地下水路は青龍学院の敷地内に通じているが、出口は狭いし、長い
「足だけは引っぱってくれるなよ」ぼくの前を歩いていた下北沢は、振り向きざま横目でぼくを睨みつけ、高圧的な声で言った。
ぼくは反論した。「その言葉、そっくりお返ししますよ」
「なんだと」
前は五対一だったので下手なことは言えなかったが、今は彼ひとりなので別段怖くも何ともなかった。もともとぼくは、おとなしそうな外見に反してはっきりとものを言う性分なのだ。下北沢への不満もあってか、やや挑発的な口調でぼくは続けた。
「正直意外でしたよ。親衛隊の連中は群れて
今回の任務の志願者は水無月飛鳥、下北沢、羽柴の三人だ。ぼくと忍ちゃんは強制参加。まあ、強制ではなくてもぼくは志願したが。
「貴様」
激昂した下北沢はぼくの顔面に向けて蹴りを放った。ぼくはとっさに反応し、右腕でそれを受けた。重く鋭い蹴りだったが、要玄人の〈交通事故キック〉に比べたら全然ぬるい。
「言葉を
「友達を名前で呼んで何が悪いんですかね」
「仲悪いのー。忍ちゃんと交代した方がええんちゃうか」水無月飛鳥が呆れ顔で言った。
それで下北沢も、今は任務を優先するべきと判断したのか、矛を収めた。
「ふん。まあいい。貴様の処遇は帰ってからじっくり考えるとしよう。まずは東陽さんの救出が最優先だ」
「それもそうですね」
ぼくたちは、再び青龍学院に向けて歩を進めた。ただ黙々と歩いているのもなんだか気まずかったので、ぼくは前から思っていた疑問を水無月先輩にぶつけてみることにした。
「水無月先輩は……」
「飛鳥でええよ。縁人くん」朗らかな笑みを浮かべて、飛鳥先輩は言った。
「じゃあ、飛鳥先輩。神楽先輩とはどういう関係なんですか?」
「ほ?」虚を突かれたのか、飛鳥先輩は意外そうに眼を見開いた。
「
「えっ」
今度はぼくの方が虚を突かれ、
「恋人以上って、それもうほとんど許嫁ですよね。なるほど。神楽先輩に今度聞いてみます」
飛鳥先輩はげらげら笑いながら、「堪忍してぇ」と言った。関西人とコミュニケーションをとるのは初めてだが、向こう特有の文化である『ボケとツッコミ』というのはこんな感じでいいのだろうか。よくわからない。
彼らは本当は、どういった関係なのだろう。昨日病室で神楽先輩を
「お兄ちゃんら、見かけない顔だなあ。青龍学院の生徒かい」
それからさらに数分ほど歩いていると、ぼろ切れを身にまとった六、七人のホームレスに、ぼくたちは囲まれた。風呂なんかには当然入ってないのだろう、すさまじい悪臭が鼻をつき、ぼくらは全員顔を歪めた。
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