第一章「極楽地獄」
一
赤鳳隊及び反乱軍掃討作戦当日。
ところどころ崩落した林の中の
町の方へと向かった二号車には、
ぼくの乗っている一号車は、さらに
運転席にはハンドルをにぎる酉野先生の後ろ姿が見えた。彼女が今掃討作戦部隊の隊長だ。こないだあれだけのことがあったというのに、早くも次の任務(しかも今度は掃討作戦だ)を指揮せねばならないというのはいささか酷ではないかとぼくは思った。昨今は軍も人手不足のせいか、作戦失敗したリーダーには懲罰的な連続出撃を強要する向きがあるらしい。
車内は、まるで嵐の前の静けさ然と静まりかえっていた。スモークのかかった窓の下には二つのロングシート、
鈴子は向かい側に座っている夢葉や神楽先輩、田代とにらみあっていた。隣にいた寿が「何かあったのか?」と聞いてきたが、ぼくは
夢葉が今回の掃討作戦に参加すると言い出したとき、正直ぼくは司令部が夢葉の参戦なんて認めやしないだろうと高をくくっていた。が、司令部は何を考えているのか、あっさりと夢葉の参戦を認めた。彼女の身に何かあったら東陽家が黙ってないだろうに、ぼくにはそれが不思議でならなかった。夢葉が何か根回しでもしたのだろうか?
出発前、酉野先生はこっそりと夢葉以外の全員を集め、「任務よりも東陽の護衛を優先しろ」と言い出した。おそらく上から、隊員の命に代えてでも東陽夢葉を守れとか何とか、無茶を言われたのだろう(その後、酉野先生は「東陽のために死ねとは言わん。だが気にかけておいてくれ」とも付け加えた。先生も大変だ)。
今回の任務の志願者は三人。麗那先輩、夢葉、そして神楽先輩だ。あとは全員赤紙による徴集である。どうやら夢葉が神楽先輩に掃討作戦に参加することを話したらしく、神楽先輩は夢葉を守るために志願したらしい。親衛隊の田代は、どうやら赤紙で徴集されたようだった。夢葉は親衛隊の連中に今回の参戦のことを話していないのか。
鈴子は薄ら笑いを浮かべ、夢葉に言った。
「逃げずにちゃんと来れたか」
「当たり前です。昨日の発言、すべて取り消していただきますから」
「ぼくが東陽さんをお守りしますよ。ご安心ください」と、田代が言った。
夢葉は優しく微笑み、「ありがとうございます。田代さん。でも、決して無茶はなさらないでくださいね。まずはご自身の命を大切にしてください」と言った。
「東陽さん……もったいないお言葉……ありがたき幸せ……!」
感極まったのか、田代は大粒の涙をぼろぼろ流しながら号泣しはじめた。
「おーんおん。あふっ、うわあああ」
親衛隊の連中って、みんなこんな感じなのだろうか?
「さーすが、東陽のお姫さまには頼もしいナイトがいてうらやましいな」鈴子が肩をすくめ、
神楽先輩が鈴子を鋭い眼でにらみ、「
鈴子は意地悪そうに笑って返した。「人聞きの悪いこと言うなよ。あたしはこいつに任務に参加しろなんてひとっ言も言ってねーぜ」
「あなたが
鈴子も負けじと叫んだ。「うるせーんだよババア!」
「ばっ……失礼な! 私はまだ
「あたしより三歳もババアじゃねーか!」
「なにをこの……」
運転席の酉野先生が、仕切りの窓ガラス(防弾仕様)を乱暴にがつんと一撃した。
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
車内は静まり返った。
「まあまあ神楽先輩。ぼくはどちらかといえば、大人のお姉さんの方が好みですよ」
そう言ってぼくは、神楽先輩にウインクしてみせた。神楽先輩は反応に困ったように「はあ」とだけつぶやき、席に座った。
ぼくの横にいた寿が、「おまえそんなキャラだったっけ」という突っこみを入れた。自分でも自分がよくわからなくなった。
夢葉が取り澄ました顔で言った。
「神楽さん。いいんです。任務に志願したのは私の意志です。元はと言えば、私がみんなと同じように実戦訓練を受けてこなかったのが悪いのですから」
彼女の、この妙な落ち着きぶりはどこからくるのだろう。死が怖くないのだろうか。それとも単に、戦を知らないだけなのか。
「はっ。たいした余裕じゃねーか。戦場で地獄見ても同じことが言えたらほめてやるよ。ま、生きて帰れればの話だがな」
そう言って鈴子がげらげらと大声で下品に笑い、神楽先輩と田代が
田代が低い声で言った。「調子に乗るなよ、アバズレ女。この任務が終わったら東陽さんを侮辱した罪、身をもって償わせてやる。先日の礼も兼ねてな」
「手も足も出なかったくせに、威勢だけは一丁前だな。
「あの時は油断しただけだ」
「戦場だったらお
「なんだと!」
田代が
がつん、と酉野先生がまた窓を叩き、夢葉の制止もあって田代は怒りを鎮め、着席した。
車内にふたたび沈黙が戻った。
運転席側の窓を覗くと、薄暗い曇り空の下、ところどころ崩壊した
「つかまれ!」
山路の出口に差しかかったとき、酉野先生が突然叫び、急にハンドルを切った。
車内が大きく揺れた。
ぼくは天井についていたグリップを掴んだ。
ばあん!
次の瞬間、すさまじい衝撃音が響きわたった。
同時に強い衝撃が加わると、装甲車はそのまま大きく横に傾き、横転した。
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