七
ひどい有様だった。
酉野先生が連れてきた男子生徒はぼくと同じG組の谷口という男で両腕の肘から先が切断され、肋骨も何本も折れていた。本来なら軍病院で手術が必要な大けがのはずだが、向こうは彼よりもさらに重傷の患者で手一杯らしい。酉野先生いわく江口先生はむかし軍で外科手術をやった経験があり、今回のように重傷患者で病院がパンクした非常時にかぎり応急的な手術を許可されているという。
江口先生は両腕を失った谷口の手術で手が離せなかったので夢葉も彼らの応急手当にとりかかり、医療班の学生にも緊急招集をかけた。彼らは軍医としては半人前だったが、けが人が多数出て治療が追いつかないときのみ特例で緊急召集されることになっている。大部分の生徒がすでに軍病院へ呼ばれており、増援は四人だけだった。
人手が絶対的に不足していたので、ぼくと秋月も江口先生の指揮下で雑用をやった。
「円藤くん。そこのガーゼとって」
江口先生の表情は、普段の
「先生……痛え……おれ、まだ死にたくねえよお……」
谷口は泣きながら江口先生に助けを求めていた。
「大丈夫よ。私が絶対なんとかしてあげるから」
力強い言葉だった。死の淵に立たされた生徒にとって、彼女の言葉は何よりも心の支えとなるだろう。保健室の白衣の天使は学園の守護天使だとぼくは思った。
手術は数時間にもおよび、ぼくらも健闘した甲斐あって保健室での死者はゼロだった。両腕を失った谷口だけは軍病院が空きしだい搬送されるだろうが、とりあえず一命はとりとめたようだった。
やることがなくなり、ぼくは保健室の外のベンチに座って休んでいた。すっかり日も暮れ、窓の外ではまん丸のお月様が雲間から顔をのぞかせていた。大食堂戦争が終わって保健室にきたのが夕方五時ぐらいだったので、今は八時くらいだろうか。
突如、ひゅっという風切り音と共に何かが飛んできた。
ぼくは左手で飛んできたそれを受け止めた。……缶ジュースだ。ぼくの好きなアセロラジュースだった(一日分のビタミンC、血のようにまっ赤な果汁百パーセント!)。
「お疲れさん。よく頑張ったな」
「酉野先生」
投げたのは、ぼくの属する二年G組担任の酉野先生だった。任務で負傷したのか左腕に包帯が巻かれている。彼女はよっこらしょ、と、おっさんくさい仕草でぼくの隣に腰を下ろした。
「いったい何があったんですか」
「ちょっとな。反乱軍の連中の待ちぶせに
酉野先生は静かな声でそう言った。彼女の話によると
赤鳳隊。最近勢力を拡大しつつある、反乱軍とはまた別のテロ組織。
現在この日本帝国は事実上アメリカをはじめとする西側諸国の属国となっている。第二次世界大戦後、日本はアメリカや西側諸国の経済支援、軍事援助によって豊かさを手に入れた。言いかえれば、豊かさと引きかえに己の意志で決定し歩むことをやめてしまった。西側の文化、主義思想、社会システムなどを次々と受け入れていった結果、日本古来の文化や風習は徐々に失われ、義務教育では他国の言語の履修を強要されている状態だ(一方で若年者の日本語能力は右肩下がりだ)。政治家は西側諸国の意向には逆らえず、要求があれば首を縦に振ることしかできない。逆らえば、どんな制裁が待ち受けているかわからないからだ。
反乱軍はそんな対外隷属の政府に反旗を
なんでもいい、早くこの戦争を終わらせてくれ。……それが、おそらくこの国の大多数の願いだろう。
赤鳳隊は、この国の内戦を終わらせるために結成された、政府軍にも反乱軍にも
「あのタイミングであの兵力。最初から反乱軍の連中に踊らされていたとしか思えない。何人か死人も出た。私がもっと早く撤退を指示していれば。くそ」
酉野先生は、手に持っていたコーヒー缶を紙くずのように握りつぶした。いつも自信満々で陽気な彼女が、初めて見せた顔。ぼくは何も言えなかった。
「……すまん。見苦しいところを見せたな」
「いえ」
「おそらく近いうちに大規模な掃討作戦が始まるだろう。お前にもお達しがくるかもしれん。心の準備だけはしておけ」
酉野先生は立ちあがり、くしゃくしゃにつぶれた空き缶を背後にあったくずかごに放り投げた。空き缶は正確にくずかごに吸いこまれていった。さらに、「気をつけろよ。〈赤〉は反乱軍とつながっている可能性がある」とだけ言って去っていった。
お達しというのは、いわゆる〈赤紙〉だ。この白虎学園ではこなした任務の難度に応じた〈貢献点数制度〉というものがあり、座学と実技の成績がよくても軍に対する貢献度の点数が低いと留年になったり場合によっては退学もあり得る。一部の特権階級をのぞき、白虎学園では公平を期するためにほぼ全員に任務が回ってくるよう上が調整しているが、優秀な生徒は高リスク高配点の任務に配属されることが多い。また、上からの命令以外でも任務によっては志願兵を募る場合もある。貢献度をたくさん稼いで卒業すると正規軍人となる際に初めから上の階級でスタートとなるので、点数ほしさに参加する生徒もいる。だが、掃討作戦などのハイリスクの任務ともなると志願制にしても定員割れを起こすことも少なくない。
ぼくは自分がいつ死ぬかもわからない世界にいるのだ、ということを改めて認識させられた。
寮に戻り布団に入ったがなかなか眠れなかった。家に帰りたいと久しぶりに思った。
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