四
放課後。学生寮に戻ったぼくらは、合同授業で意気投合した忍ちゃんと一緒に食堂で夕食をとることにした。
十階建てにもなる巨大な居住施設の一階部分はまるまる大食堂となっており、朝、昼、夜と生徒たちが集中し、賑わっている。
カウンター以外の席がぜんぶ埋まってしまっていたため、ぼくらは座席に四人並んで座った。
ぼくは厨房のおばちゃんに、一日一回は食べないと発狂してしまうぼくの大好物〈ワイヤーラーメン〉を注文した。〈針金〉以上の硬さと太さを誇る学食の名物珍味で、読んで字のごとくワイヤーを思わせるような麺類と思えぬその歯ごたえは、食せば食すほど味わいを増す神秘の味である。ごく一部の生徒にしか需要がない(ぼくを含め四人と聞いている。〈ワイヤー四天王〉などと陰でささやかれているとのこと)ということで廃止になるという噂もあるが、そんなことになればぼくは学内でクーデターを起こすであろう。大衆迎合はマイナー殺しである。ただでは死なぬ。
「おーし、今日は鈴子のおごりだし、特上ステーキ定食の特盛セットでも注文するかなあ」寿は上機嫌そうに笑って言った。
「あ? ナイフ当たってたろ。実戦だったら今ごろお
「試合に負けた方が飯をおごるって話だっただろうが。約束も守れねーの?」
「お、落ちついてください。二人とも。私も半分出しますので……」
「忍ちゃあん」
ぐすんぐすんと鈴子はふざけて嘘泣きし、忍ちゃんに抱きついた。
「あー! なんだよ、おれが悪者みてーじゃねえか。わかったよ、もう。いいよ。チャラにしといてやるよ。しょうがねえから」寿は不満げにそう言った。白虎学園は今日も平和だった。
ぼすっ。どしゃっ。ばららら。
ふいに何かが落下したような音がした。
振り向くと、細身の七三分けの男子生徒が、カウンター席に置いてあったらしい鈴子の
男子生徒には見憶えがあった。たしか、昼休みに下北沢と一緒にぼくを校舎裏で脅迫した東陽夢葉親衛隊のひとりだ。名前は……
「てめえ」
鈴子が立ちあがり、田代を
「こんなところに荷物を置くなよ。邪魔だ」
田代は汚物でも見るような眼で鈴子を見下し、吐き捨てるように言った。
鈴子は反論した。
「はあ? 邪魔なら口でそう言やいいだろうが。いいからさっさと片づけろよ。てめーがばらまいたんだから」
「知らないね」
田代は無視して鈴子の隣の席に座ろうとした。混雑しているとはいえ、わざわざ隣の席に座るとは太い野郎である。
ぼこ。
「ぶっ」
鈴子のくり出した裏拳が、田代の鼻を正確にとらえていた。田代は鼻を押さえながら
「てめーなめてんのか。こら。誰が座っていいっつったよ。殺すぞ」
鈴子は低い声で田代を威圧した。田代の鼻から真っ赤な鮮血が
「ちょっとまっ……」
いきなり不意打ちをくらった田代は
「むかつくんだよ、てめーら。いつも偉そうに人を見下しやがってよお」
そう言って鈴子は地面に転がった田代のわき腹を蹴とばした。田代が「ぐえっ」と呻いた。
「おら! なんかねーんかよ! なんとか言えや!」
さすがにやりすぎだと思い、ぼくは止めようと思った。田代は個人的に憎たらしいが、このままだと戦争になりかねないので。
「やめてください!」という、女生徒の叫び声がした。ぼくよりも先に動いた者がいた。
「あー? 外野の出る幕はねーぞ? おじょーちゃん」
鈴子は田代を踏みつけながら、ゆっくり女生徒を振りかえった。
「と、東陽……さん……」
田代が
泣く子も黙る〈要組〉の狂犬・亜蓮鈴子を制止したのは、意外や意外、学園一のお嬢様こと
「あ、あの……ぼ、暴力はよくない、と、思います」
明らかに夢葉の足は震えていた。
「に、逃げてください……東陽さん。この女は気ちがいです。な、何をするかわかりま」
鈴子がふたたび田代の腹を蹴りあげ、彼は
「やめてください! 痛がってるじゃないですか」
「やめねえっつったら、どうすんだよ。あー?」
鈴子は意地悪そうに笑って夢葉に顔を近づけた。
「おい、鈴子。もういいだろ。その辺に」寿が鈴子に近づいた。
ぼこ。
「ぶっ」
止めに入った寿の鼻に、鈴子の裏拳がめりこんだ。彼は田代と同じく滝のような鼻血を噴射した。
「おい、縁人。なんとかしてください」
手で鼻を必死に押さえながら、寿はぼくに哀願した。
鈴子は完全に頭に血がのぼっている。ああなった鈴子は〈狂犬〉の異名の通り、敵味方の区別なく暴れだすからたちが悪い。
しかし、夢葉は同じ作家の小説を愛読する友人だし、放ってはおけない。親衛隊連中に貸しを作るチャンスでもある。
「まあ、落ちつけよ。鈴子。ほら、彼女も
ぐしゃ。
ぼくの股間に、ハンマーで殴られたような、すさまじい衝撃が走った。
目の前がまっ白になり、ぼくの時間が静止した。
意識が八割がた途切れ、そのまま床に
「てめー! どっちの味方なんだよ!」
鈴子が
だめだ。怒りで我を忘れている。鎮めなきゃ……
「だ、大丈夫ですか?」
忍ちゃんの心配そうな声が聞こえていた。どうやらぼくはここまでのようだ……。忍ちゃん。君の力でどうか鈴子を止めてください。
ぼくは
何が起きたのか。
寿の顔が青くなっている。
忍ちゃんも、田代も眼を見開いている。
夢葉が、鈴子の
戦を知らない温室育ちのお嬢様と油断していたのか、鈴子は一瞬
かっと眼を見開き、鈴子のこめかみには血管が浮きだしていた。
まずい。
鈴子は拳を思い切り振りかぶり……
夢葉の顔面に、
……と思いきや、鈴子の拳は夢葉の顔面数センチ手前で止まっていた。
次の瞬間、鈴子の体は宙を舞った。彼女の拳を止めた何者かが、彼女の脚をひっかけ
鈴子はそのままバランスを保てず、ぼくの目の前に倒れ、
突然の不意打ちに彼女は驚いたようだったが、すぐに襲撃者をきっと睨みつけた。敵を
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