666 ~不吉で不屈の魔王さま~

宮本星光

プロローグ

転生

 昏い夜、白い包みを抱えたメイド服の少女が森を駆けている。

 整った顔立ちは蒼白で、絹糸きぬいとの如く流れる髪は脂汗ではりつき乱れていた。後には点々と血痕が続き、継ぐ息は異様に荒い。


 ────少女の走る木立の合間に、天高く紅蓮が燃え盛る。


 少女の瞳には覚悟があった。

 もはや、一歩を動くのも難しいほどの重傷を負っている。

 されど彼女は、既に数キロ────ありえない距離を走行していた。

 それでも少女が想う最後までは、走り切ることはできなかったが。


 精神では補いきれない、肉体的な絶対限界が訪れる。


 突如糸が切れたように彼女は倒れ、その腕に抱かれた白い何かが地に転がった。


「……様、……し訳、ありませ……」


 まるで墓標────彼女の背には深く矢が突き刺さり、天を仰いでいる。

 倒れながらも続いていた荒い息も、やがて静かになって……消えた。


 やがて、倒れる拍子に彼女の手から放りだされた白い何かがと動く。


「アー」


 それは白い布で丁寧に包まれた……無力な人間の赤子。


 更には運悪くも、赤子の傍に、忍び寄る足音があった────獣だ。

 それは無力な赤子の命が、あと幾ばくも無いことを示している……


(……ああ、こうして赤子は無慈悲にも食われちまうんだな。

 なんて悲劇!……とか、他人事ぶれたらどんなに良かったのかなぁ)


 そう……産後一時間。


 なのにいきなり非業の死を遂げそうなこの赤子こそが。何を隠そう、異世界転生をキメてしまった俺……如月きさらぎ綾人あやとなのだった。

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