3話

「……よし、カンペキ!」

「うわぁ、すごいよ、仁美ちゃん! 仁美ちゃん着付けも出来るんだね。女子力高いね、大和撫子!」

 涼やかな柄の落ち着いた浴衣はまるで自分の一部になったかのように馴染んでいた。

「えっへん! あ、そろそろ時間じゃない? 本当についていかなくて平気?」

「うん。私、頑張る。頑張って臼井くんに告白する!」

 仁美ちゃんは私をぎゅっと抱き締めた。

 蒸し暑い夏だが、体温のあたたかさは心地いい。

 まるで、仁美ちゃんのパワーを分けてもらってるみたいで。

「頑張れ、うさぎ」

「ありがとう」

 私たちにはそれ以上の言葉はいらなかった。


「はあ、はあ、ご、ごめん。臼井くん」

 早めに出発したけど、履き慣れない下駄と人混みでだいぶ時間がかかってしまった。

 到着は待ち時間から十五分くらい過ぎていた。

「ううん、ちょっと心配しちゃったけど、何ともなくてよかった。……浴衣、すごく似合ってるよ」

「えっ……あ、ありがとう」

「じゃあ、行こうか」

「……うん」

 それから私たちは楽しい時間を過ごした。

 出店をまわり、わたあめを食べたり、射的をしたり、たわいないことを話したり。

「そろそろ花火があるらしいけど、どこで見る?」

「あ、私、いい場所知ってるんだ。行こ」

 事前に仁美ちゃんから教えてもらった場所。

 竹藪たけやぶの奥にある神社の境内けいだい

 そこからは、背の高い竹が生えている中で、ぽっかり空いた窓のように空が見えた。

 一見、見晴らしの悪いここは穴場中の穴場らしく、私たち以外に誰もいない。

「あ、始まった」

 上昇する音、一瞬の空白、弾ける音。

 音と共に咲く光の花はとても綺麗で、消えた後の余韻よいんさえ、美しく感じた。

「きれいだね」

「……え、あっ、う、うん。そうだね」

 考える必要もないくらいに、その言葉は花火へ向けられたものだとわかるはずなのに。

 それなのに、どきどきしてしまう。

「ホントに擬人化できてよかった。臼の頃だったらこうして花火を一緒に見ることも出来なかったんだから」

「あはは、そうだね。私も擬人化できて良かった」

 無数の数秒間のきらめきを見つめ、同じ思いを共有している。

 私の好きな人と。

 たまらなく嬉しくて、少し恥ずかしくて、死ぬほど幸せ。

「そういえばさ、俺たち昔のことは話したことなかったよね?」

 たしかに、自分の杵時代の話はしたことがなかった。

 まあ、ほとんどおぼろ気ではっきりと覚えてないからでもあるんだけど。

「私は、結構大切にされた杵だったかな。お餅とかたくさんついてた。でも、その後大きな蔵にしまわれていて……そんな感じかな」

「俺も餅つきに使われたな。それで大切にされてた。うん。でもさ、ある日、相方がどっかに行っちゃってさ。はっきり覚えてる」

 ん? 臼井くんの相方ってことは杵のことだよね?

 いつも優しい雰囲気の臼井くんが、険しい表情を浮かべている。

「その村では珍しい風習があってさ、嫁入り道具に杵を持っていくらしいんだ。丈夫さとか、豊穣の象徴だって」

「へぇ」

「でもさ、時代と共に餅つきとかされなくなってさ、俺も使われなくなったんだよね」

「そうなんだ」

「うん、それから運よく擬人化出来てさ。俺、探したんだ」

「……その杵を?」

「ああ。でも、ようやく手掛かりを見つけて探し出したと思ったけど、そこにはなかった」


 一際、大きな音と光が広がった。


 打ち上げの終わりを知らせる号砲のようだった。

 なんとなく、そこで会話が途切れてしまい、途端に話しづらくなってしまった。

 風が竹を揺らす音や虫や鳥の鳴き声が夜の闇に響く。

「「あの――」」

 目と目が合う。

「あっ、ごめん。俺から、続き喋ってもいい?」

「うん」

「俺は探してたんだけど、見つけられなくて。そしたら驚いたよ。俺の探してる杵もって聞いてさ」

「えっ?」


「……杵渕うさぎ。君が俺の探していた杵だったんだ。

 ――愛している。昔から、今も、そしてこれからも」


 ほほを伝う涙の感触に気が付く。

 胸の奥から感情が込み上げてくる。

「嬉しい、大好きな人と昔から一緒だったなんて。……私も、臼井カイ、あなたのことを心から愛してる」


 ひゅるるるぅ~、ぱん、と夜空に小さな花が咲く。


 打ち上げ忘れていたのか、それとも元々その予定だったのかわからないけれど、まるで私たちを祝福してくれているように感じた。






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