恋する杵と臼

井久路瑞希

1話

 古くから八百万やおよろずの神や付喪神つくもがみなど、この国では『物』に『魂』が宿ると信じられてきた。

 時代とともにその現象も認知され、『擬人化』として世間に浸透していった。

 そんな、私も擬人化した元なのです。

 杵渕きねぶちうさぎ。

 元・きねです。お餅とかをつくアレです。

 私は女子高生をしているのですが、今日驚くことがありました。


 「臼井うすいカイといいます。元・うすでした。餅とかつくアレです。よろしくお願いします」


 転入生の臼井くん。彼はなんと臼が擬人化した人だというのです。

 「ねぇねぇ、うさぎ。臼井くんって臼だったらしいじゃん。くっついちゃいなよー」

 ニヤニヤと私をひじでつつく友達の仁美ひとみちゃん。放課後の帰り道ではそんな話で盛り上がっていた。

 「ちょっ、やめてよ。私、杵だけど臼だったらなんでもいいわけじゃないんだからっ!」

 「そんなこと言っちゃってー。臼井くん、なかなかカッコよかったじゃん。うさぎが別にいいなら私が狙っちゃおうかなぁ~」

「えっ!? べ、別にいいんじゃあ……ない?」

 思わずドキッとしてしまった。

 たしかに臼井くんは臼であるということを抜きにしてもカッコいいのは間違いない。

 それに加えて臼なんだから杵の私が気にならないははずがない。

「うそうそ、じょーだんだよ。あはは、ゴメンって」

「もう。私、臼井くんのこと何とも思ってないんだからねっ」

「俺がどうかした?」

 後ろから声がした。顔が熱くなるのを感じた。

 鏡を見なくても私がポストみたいに真っ赤になってるのがわかった。私、杵だけど。

「あっ、臼井くん。やっほー。今ね、ちょうどうさぎと臼井くんのこと――んぐっ」

 私は急いで仁美ちゃんの口を手で塞いで必死に誤魔化す言葉を探る。

「なっ、何でもないから。あ、あはは……」

「えっと……杵渕さん……だっけ?」

「ひぇっ!? う、うん」

 変な声が出てしまった。顔が更に熱くなる。

 幸い夕暮れ時なので、赤くなっているのはバレてないと信じたい。

「杵渕さん、杵だったんだって?」

「はい、そうです」

「そっか、なんか運命感じるなぁ」

「!?」

 胸が破れそうなくらいに心臓が鼓動する。

 それこそ杵で打ちつけられたかのように痛いほど。私自身が杵だから、二倍痛そう。

「だからさ……?」

「……はい」

「良かったー。じゃあ連絡先交換しようよ」

 そうして連絡先を交換して、臼井くんは爽やかな笑顔と共に去っていった。

「良かったじゃん、うさぎ」

 ポン、と私の肩に手を置く仁美ちゃん。

「どどどどうしよう!? 臼井くんと連絡先交換しちゃった! はぁ~」

「ふふ、可愛いヤツめ。男の子と連絡先交換しただけでその反応とは、さては恋愛したことが無いな?」

「……そ、そうだよ。悪い? だって、私、杵だったし……」

 お餅をつくくらいしか能がない存在でしたから。

「まあ、私も応援するからさ。頑張れって、うさぎ」

 サムズアップしてウインクする仁美ちゃんは何だか心強い。

 しかし、ちゃっかり自分も連絡先を交換しているところは友人として尊敬する。

 そこで私はある疑問を懐いた。

「ところで仁美ちゃん」

「ん?」

「仁美ちゃんは恋愛経験が豊富そうだけど、何人とお付き合いしたことがあるの?」

「……そんなことより、作戦会議だ! いつもの駅前のファミレスでいいな?」

「あれ? 一瞬変な間がなかった?」

 まあ、人の恋愛事情を根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だろう。それに私は杵だから、掘るのは得意じゃないし。

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