第2話 規制無視のツインズ

   プロローグ




 俺、辻井つじい悟志さとしは私立深岬みさき学園の入学当日に貴崎きさき巳和みよりと出会った。

 貴崎は前例と名前の無い道の病に命を侵されている天才だった。

 高校生にして医師の資格を持つ彼女は自らの病を治すために、いや、治せなくても、次に現れるかもしれない病への治療法、対抗策を研究している。

 素晴らしいと言えばそうなのかもしれないが、貴崎にはある欠点があった。

 思考回路が他とは違う、常識がないというよりはズレている、という点だ。

 致命的な欠点だが、今まで人と関わる事が少なかった彼女からすればそれほど問題視するものでもなければ、気付く事すらないものだったというのが悪かった。

 そのズレに気付くこと以前にそれが当たり前だと思っているのが恐ろしい。

 一応、度々に俺がそのズレに対して口を出すことにしているが驚いたり、納得していなかったりと新しいものを一々見ることができる。

 それも一興、なんて思いながら今日も過ごしている。

 ちなみにそんなことを考えている俺といえば、別に天才などではなく、普通を字で行くような過不足ない人間だ。

 強いて何か他の人と違う面があるのならば、一部の記憶、生活に必要な動作やら、言語、計算能力の記憶以外は去年の春から抜け落ちていることくらいだろうか。

 奇しくも、その抜け落ちた記憶には貴崎との出会いのこともある。

 だが、俺はソレを貴崎を含めた外部の人間に伝えていない。

 知っているのはごく少数。

 そんな貴崎と比べれば軽めな秘密を持ちながら、俺と貴崎の日常は続く。




   一章 いつもの日常といきなりの異常



 夏に差し掛かった五月。

 梅雨という梅雨は今年も異常気象とやらで気づかぬ間にそそくさと終わってしまったらしく、梅雨の居座っていた場所を占領するかのように茹だるような暑さが今日も昨日も我が物顔で世を包んでいた。


 「…あっつい」


 俺は教室の窓際の席にいながらも燦々と輝く日光に苛立ちを覚え、小さな声で愚痴った。

 本日五限目、古典。

 担当教師は氏元うじもと

 趣味は筋トレのいわゆるゴリラである。

 古典の教師の癖に何故か季節感無視のジャージの上に白衣を着ている見た目からして暑苦しい服装と筋骨粒々の体躯と熱血な指導法と性格から、シルバージャージゴリラ、略して、シジャラとインド神話に出てきそうなあだ名がついている。

 冬ならまだしも、夏の暑さとシジャラの熱さが凶悪な超高温を発していた。

 最前列に座る最高に喧しすぎる男子連中もさすがにこのコンボには耐え難かったらしく、机に伏しながら、受講していた。

 見る熱帯、感じる熱帯、聞く熱帯。

 この地獄はあと何分続くのだろうか。

 そんな考えが頭を巡回しているとき、


 「じゃあ、辻井つじい、ここ読んでくれ」


 シジャラが俺を指名した。


 「え、あ、はい」


 返事だけ一応しておいて完全にマークをはずしていた教科書を黒板と照らし合わせて探し始めた。

 焦り焦り、とバタバタしていると


 「…五十六ページの五行目…」


 隣の席に座る女子からありがたい指摘をもらい、即座に音読して、ことなくして着席した。


 「…ありがとう、まい」


 隣の救いの主である仁都ひととまいに俺は感謝を示すと、


 「礼を言わなきゃ良いものを…、あとで缶ジュースおごりね」


 まいはにやっと笑って、親指と人差し指の先を付け、金のハンドサインをした。

 俺はやっぱりいいやつじゃないなと思いつつも苦笑いを浮かべながら頷いた。




 授業が終わり、帰りのHRホームルームを乗り越え、いざ研究室へ、というところで、


 「へい、あんちゃん」


 どこで覚えたのやらよくわからない呼び止めかたをされ、俺は足を止めた。


 「踏み倒しはダメか?」


 俺は振り返り、声の主であるまいの方を見る。


 「そうなると十一といちになるけど」


 元値がないのに十一とは…?

 そんな質問を口から出かけるが、恩は恩だ。


 「なら自販機行くか」


 俺はそう言って、恩を返すべく行動することにした。




 階段を降り、一回の食堂入り口にある自動販売機の前についた。


 「できればエナドリだけは勘弁で」


 一応、自動販売機の中で最高額二百円のエナジードリンクだけは除外することにして、まいがものを選ぶまで待つことにした。

 十秒ほど待って、


 「わたしはコーラかな」


 「私もコーラ」


 返事が返ってきた。

 俺はコーラの値段を確認し、三百二十円をいれた…、ところで俺は動きを止めた。

 そして、コーラの値段といれた金額を見て、まいの方を見ると、


 ピッ、ピッ。


 電子音を自動販売機のボタンを押してならす姿が二人。

 どっちもまいだったと言う不思議エピソードならまだ笑えなくもないが、それは違った。


「めい、そのコーラを俺に返しなさい」


 俺はまい、ではなく、その隣にいつからか立っていたまいによく似た少女に言った。

 彼女は仁都めい。

 仁都まいの双子の片割れである。

 そして、仁都ツインズが完成すると一つ、多大な問題があった。

 それは『とにかく何を言うかわからない』と言うものだった。

 下ネタしかり、悪口やら、デリカシーとか、モラルが消失したような発言が飛び交い始める。


 「嫌だよー、流れで買った悟志さとしが悪いんだよー」


 腹立たしい言い方でめいが反論らしき正当化を謀る言葉を吐いた。


 「いつもセットだから珍しい単体プレゼントになれてねぇだけだよ」


 それに俺は言い返すと、


 「「!!」」


 言葉の瞬発力が最高速を迎えていると思うほどの早さで論点がズレつつもズレていない突っ込みをめいとまいは同時に返した。

 そして、口喧嘩のような、言い合いのような、何かが始まり、最終的にはヘラヘラ笑う。

 そんないつもと同じことを俺たちは繰り返す。




 仁都めい、仁都まい。

 双子の女子と言う若干珍しい位置にいる普通の人間だ。

 顔は二人して作りや幼げなところまでほとんど一緒で体格も一緒のスレンダーな低身長。

 彼女たちなりに分かりやすくしているのだろう色違いの髪留め以外、見分けがほぼと言って良いほどつかない。

 一応、出てきた順を姉妹に当てはめるとまいは姉、めいは妹らしい。

 だが、それら以上に恐らく彼女達の親族と俺くらいしか知らない見分け方がある。

 それは目元だった。

 少し目尻が垂れているのがめい、つり上がっているのがまいと言う判別法だ。

 彼女たちとはこの学校に入学して、もっと言えば記憶をなくしてすぐからだが、それなりに仲良くしている内に彼女達の方から教えてもらっている。

 そして、唯一、誰もが外見以外で見分けがつくことが一つ。

 めいが奥手な性格でまいが積極的な性格と言うことだ。

 めいもめいでそれなりに仲良くなれば割とぐいぐい来る方だが、断然、まいの方が積極的だった。

 だが、ひとまとめにするととても相性がよく、元々、頭の良いめいが発案、手先が器用で行動派のまいが実行と言う構図が出来上がり、とてつもなくめんどくさいことになる。

 そんなめんどくさい二人と別れた俺はいま、研究室にいた。

 ギィ…、と金属同士がゆっくりと擦れ合う音を響かせて椅子を傾かせた貴崎きさきが俺の顔を覗くように見て、


 「なんか、悟志くん疲れてる?」


 素朴な質問を投げ掛けた。

 俺は数分前のことを思い出し、座っているソファの背凭れにさらに体を預けて、


 「…まぁ、体力配分は完璧だったんだけど、予想外の事態がね…」


 かなり大雑把な言い方で返すと、


 「珍しいってことはないけど、なんか、そういうのを見ると心配するんだよ」


 何気ない様子ではあったが少し不安げな声色で貴崎は言った。


 「別に心配しなくても良いよ」


 俺はそこまで気にすんな、みたいなニュアンスでそう言うと、


 「友達なんだ、気にして当たり前のことだし、悪いことはないだろ?…それに私のことに疲れて嫌ってるんじゃないかってことも気になるんだ…」


 と、後半は小声かつ早口のせいで何も聞き取れなかったが、とりあえず、俺のことを気にしてくれていることにうれしさを感じた。


 「…そうだなぁ、気にするのは当たり前といえば、当たり前か」


 繰り返すようにそう言って、彼女の考えに賛同し、大きく背伸びをした。

 背骨が何本かボキボキと音を立て、その音にちょっとした爽快感を得る。

 そして、俺はふと仁都姉妹を思い出しながら、貴崎を見た。


 「なぁ、貴崎、双子ってどのくらいの確率で産まれるの?」


 そして、素朴な疑問を投げた。

 それに貴崎は顎に手を当て、


 「確か、日本では双生児自体の出生率が1%で、遺伝子が同じの一卵性双生児がその中で0.4%くらいだったかな」


 と、教えてくれた。

 俺はその答えにさらに素朴な疑問を重ねる。


 「一卵性双生児って?」


 「あぁ、一卵性双生児っていうのはな、簡単に言うと、偶然、受精卵が二つに分裂して、二人になって、そのまま生まれた子供なんだよ。だから、基本的な遺伝情報は突然変異でも起こらない限り同じなんだ。…そういえば、私たちと同じ学校に、それも君のクラスにその片割れがいたはずだよ。えっと、なんて名前だったかな、たしか…」


 「仁都めいとまい。俺と同じクラスにいるのはまいの方だな」


 と、教えてくれた貴崎にすぐさま名前を提示した。


 「そうだった、そんな名前だったね。にしても、すぐに二人の名前が出たって言う事は友好関係を気付いていたりしてるのかい?」


 俺の反応から何かを察したのか、貴崎はそんな疑問を投げかけた。


 「ん、まぁ、確かに関係はないと言う訳ではないけど、友人とは言いたくはないな」


 実際、友好関係はあるが友人と自分から外へと発信するほどの仲とは言いたくはないし、なぜか今日は二倍の額をセットで奢らされたから、尚更言いたくはなかった。


 「そうか…、ならいいさ」


 俺の返答に短く貴崎は答え、ギィ…と再び椅子が金属がこすれ合う音をならしながら、貴崎は元の姿勢に戻って、


 「コルシカの兄弟って知ってるかい?」


 貴崎は突然の質問を投げ、


 「あー、たしか、感覚を共有できる双子の兄弟の話だっけ」


 それに答える貴崎は顎にてを当てて考える仕草を店五秒ほど沈黙を経て、口を開いた。


 「同じ境遇に合う双子の話というのが正解だけどね。私はそんな双子の片割れに麻酔掛けたら、もう片方も麻酔に掛かったって錯覚するのかの実験、ありだなぁって…」


 なんて、狂気的なことを呟き、カタカタとキーボードを再び打ち始めた。

 俺はその呟きに、いくらネタだとしても、犯罪だよ、なんて、心の中でツッコミを入れた。




 時間が過ぎ、その帰り。

 俺はいつものように帰路を貴崎と共についていた。

 他愛のない話をしたり、しなかったりと適当な会話なんだかそうじゃないんだかをしながら歩いていると、時間を置いての噂をするとは何とやらなのか、伏線の回収と言うべきなのか。


 「ん、おっす、悟志」


 「今日はわたしに助けられた悟志、おっす」


 奇跡的に、ばったりと、仁都姉妹に出会った。

 俺はその瞬間、フリーズした。

 その理由は簡単で、貴崎だった。

 仁都姉妹には貴崎のことは伏せており、二人は貴崎の存在すらも知らない。

 そんな二人が、俺と貴崎と共にいる姿を見れば、味が無くなるまで噛み続けるだろう。

 小学生みたいな心配の仕方だが、仁都姉妹の沸点が小学生以下だから仕方がない。

 そしてその心配はすぐに現実になる。


 「というか、悟志、その女の人誰?」


 「甲斐性あったけ、今日わたしに助けられた悟志?」


 仁都姉妹は見るや否や、貴崎に指をさし言及を始めた。

 指を刺された瞬間、貴崎は「ひっ」、と小さな悲鳴を上げ、ほんの少し後ろに引いた。

 というか、まいはいつまで、今日の昼のことを引き摺るんだ。


 「めい、まい、あのな、この人は俺の友達だ。甲斐性なんて関係ない」


 俺は取り敢えず、謎の言いがかりを弁明した。

 そして、なぜか、貴崎は友達と言われて嬉しそうな顔をしているのだが、触れないでおこう。


 「悟志、そんなかわいい女友達いるんだったらめいにも紹介しろ」


 「そうだ、わたしに助けられた分際でなんで私たちにそんなかわいいめすを可愛がらせてくれないんだ」


 しかし、めいとまいの勢いは止まらず、もう少し行けば恐らく、ここからの会話を亡きものにしなければならないような内容になりそうだった。

 だから、俺は言い返すことにした。


 「お前ら、どうせ無茶ぶりしかしないんだからやめとけ。っていうか、二人はなんでこんな時間に制服姿でいるんだ?今七時過ぎだぞ、直帰組」


 いつもは大して放課後は残ることが無い、むしろ直帰することに定評があるとまで言っても過言ではない二人が制服で外を出回っているのか、あってすぐ感じていた疑問をぶつけた。

 それに、二人はコンビネーションを組みながら、答えた。


 「私はちょっとほしいパーツがあってさ」


 「わたしは作図用のシャーペンを新調するために」


 「「買い物してた」」


 最後は二人同時に。

 仲がいい、というか、息の合った双子だ。

 そう思って、何か返そうとしたとき、


 「で、この俺君のおダチちゃん、もとい悟志の友達ちゃん、私たちとスケベしようや」


 「悟志の友達ちゃん、おっぱい大きいねぇ…。小さなわたしたちに一房ずつ分けておくれよ」


 どんな高速移動を使ったのか、二人は答え終わった瞬間に俺の後ろに回り、貴崎を挟み込むように腕を抑え、肩を触ったり太ももに手を当てたり、完全に成人誌の画にほど近い状況を双子は作り出していた。


 「んっ…、ちょっ…、やめ、ぃやぁ…んぅ、あん…」


 到底、普通とは思えない手つきに貴崎は顔を赤くし、嫌悪と、羞恥と何かで変な声を上げた。

 本当にこのままだとレーティングが変わってしまう。

 どこからかのそんな危惧が俺伝わり、二人の脳天にチョップを打ち込んだ。


 「「いでっ」」


 「やめんか」


 そして一言。

 二人は頭をさすりながら、うめいて、しゃがんだ。

 割と強めにやってるんだ、痛くて当たり前だ。

 しゃがんだ二人に呆れた目線をおくって、貴崎を普通の目で、何か変なものをつけられてないかとパッと見れる部分だけでも確認して、


 「大丈夫か?」


 一言だけ聞くと、貴崎は恥ずかしそうに、


 「う、うん、大丈夫だよ。なんか、変な声出してゴメン」


 必死に無事アピールをした。

 さっきの画を踏まえ、察した俺はそれ以上は何も訊くまいと貴崎への言及はしないことにした。

 そして、当然のことではあるが、俺の会話の、というかこれからするのは説経ではあるが、とりあえず、会話の矛先は当然、双子に向いた。


 「まい、めい、お前ら二人とも、初対面の人に名乗ったりしないでセクハラすんな」


 「ごめんなさーい」


 「いあさんねもG」


 「まい、なんで逆再生すんのさ」


 「てかなんで悟志はわたしが逆再生で言ってるってわかったんだよ」


 「そうだよ。ていうか、悟志、でっかいおっぱいがあったら触りたくならない?」


 「まぁ、確かにその理屈は男としては頷きたいのはあるけど、実際にするのはアウトだよ」


 「でも、でけぇのが悪い!」


 「スケベしたくなる美少女が悪いよ!」


 「いくら、デカくても、美少女でも、セクハラは犯罪です。というか初手、ボディタッチって、距離感バグってんだろうが」


 「距離感…」


 「ディスタンス…」


 何が響いたのか、その単語をくりかえしながら、二人はシュンとした。

 そして、貴崎に二人は向いて、


 「「距離感デバックします」」


 と、深々と、謝罪の角度で、こうべを垂れた。

 ちなみに首を垂れる行為こと、お辞儀は一般的に三種類の角度と名称などがあり、会釈は角度は15度、敬礼は角度は30度、最敬礼は角度は45~90度となっていて、謝罪は三種類の内、最も深く頭を下げる最敬礼に当たるとされている。

 ちなみに、二人の角度は見た感じ、九十度くらい。

 めっちゃ深々と謝罪してるといったところだ。

 言葉は謝罪という方向からは完全に遠いし、何を規準にデバックするのかは不明ではあるが。

 だが、謝っている、という事だけは伝わったらしく、また、俺の背中に隠れるように逃げ、二人をしばらく観察した後、


 「で、デバックどうこうはわからないけど、こういう真似は以後禁止でで頼むっ!」


 貴崎にしては強い口調で二人に言った。

 どうやら、反省して二度とやらないならいいらしい。

 それなりの付き合いの時間の長さから、二度と会いたくないとかではなく、会ってもいいけど、苦手な部類に分類された奴に対する視線をむけているのを見て、二人はあれだけやられても警戒対象程度で止めていることに俺は気づき、貴崎の優しさというか、甘さに少し心配になった。

 ちなみに貴崎の自己紹介はその後、何とはなしに行ったのだった。




 その後、なんやかんやで、双子と別れ、貴崎を送り、帰宅した。

 夕飯屋良、風呂もすまし、ベッドの上で、ゴロゴロしていたころ、wireワイアーに巳和から一件の通知が届いた。

 俺は慣れた手つきでアプリを開き、仰向けになって、トークチャットを見る。


 『今日の帰りはなんか変な声とか出して、話し難くしてごめん』


 どうやら、俺が気を使ったのを悪く思っていたらしい。


 『気にしなくて、いいよ』


 俺は思っていることを隠さずに答えると、直ぐにレスが飛んできた。


 『ありがとう』

 『で、あのさ、胸の話とか、私がその美少女だとか、そんな自覚は私は全くないんだけども。でも、そんなことを思って私のこと見てたのかなって、気になったんだけど』


 飛んできたものが、まさかぶち込まれる奴だとは思わず、俺は顔面に携帯を落としてしまった。

 顔面の痛さと伝え辛さの衝撃が同じくらいで現状ある意味ダブルショックではあるが、答えないと何か悪いことになりそうだと考え、返しを模索する。

 胸の話は、まぁ、伏せるとして。

 美少女という面では否定せずそう思っていたという事は伝えつつ、友人としての付き合いを主張したほうが得策だろう。

 いやだが、しかしだ。

 『そんなことを思って私のこと見てたのか』という問い。

 思っていることだけを端的に伝えればいいだけの回答でいいような気もする。

 だが、そういう欲望的な目線で見てたのかというある意味、尋問的な聴き方であれば、初めに考えた答え方で正解な筈だ。

 男女経験消失バグに絶賛遭遇中な俺はこの瞬間に変な二択に迫られていた。

 文面から読み取れる、というか文面だからそう感じてしまうのか、謎の重圧を俺はぶつけられているような気がした。

 そして、思いついた。

 文面で読むからそう思うのではないのか、と。

 話せばいいじゃん、と。

 という事で、wireの無料通話機能を使い、通話することにした。

 呼び出し音が二回ほどなった後、すこし安っぽい音声で貴崎の声が響いた。


 『え、あ、も、もしもし…?珍しいな、なんか。これまでの付き合いで君から掛けて来るなんてさ』


 少し驚いているのか、貴崎の口調はもの珍しそうな感じだった。


 「まぁ、そうだな。で、さっ、さっきのチャットのことなんだけど」


 俺はさっそく切り出した。

 だが、その先を続けようとした時、貴崎は遮るようにして訊いてきた。


 『もしかしてだとは思うだけど、チャットの訊き方、悪かったかな・・・?』


 どうやら心当たりはあったらしい。

 だが、俺の理解力の問題というものもある。

 だから、オブラートに包んで、対応することにする。


 「なんていうか、聞き方が悪かったというか、返答の手打ちが面倒だったからさ」


 それらしい理屈を立てた言葉に貴崎は安堵したように、返してくれた。


 『それならよかったよ。…で、その、自分から急ぐようでなんか変な気がするんだけどね、その、チャットの答えって…?』


 そして、おどおどしている声で、貴崎はこの通話の趣旨に触れた。

 触れてしまえば、この内容の薄さだと簡単に答えにたどり着いてしまう。

 というわけで、俺は答えた。


 「確かにそれは否めないし、貴崎ってどんなやつって聞かれたら上げることがあるかもしれないくらいって感じなんだけど、それ以前に友達だからデリカシーが欠けたこと考えられるっていうか…」


 でも、ドンドン何を言っているんだかわからなくなって言って、なんかトンデモないミスをしてるんじゃないかと思えてきて、尻窄みになっていった。


 『・・っぷ、あははは』


 だが、それを不振がる事はなく、貴崎は逆に笑ってくれた。


 『あはは、なんかすっごい変になってるよ』


 やっぱり、そうだったか。

 自分では思ていたことを言われて、すこし俺は凹んでしまう。

 凹んでしまったが、彼女の笑い声で恐れていた凹み方はしなくてよかったと思った。

 その証拠に、貴崎は言う。


 『なんか、よかった。変な目で見てるんじゃないかって疑った。でも、そんあばかなことしなきゃよかったって、今は後悔してる。だって、いつも私と目をあわせて付き合ってくれているんだ。まぁ、思っていることは年齢相応のものとして聞かなかったことにするよ』


 過去に彼女の主治医を勤めていた現山田玩具店店主、ひのえ大介だいすけさんがひそかに教えてくれた貴崎のことを思い出し、俺はその言葉の表面から少し深い意味を汲み取って、言った。


 「聞かなかったことにしてくれるなら、いっそ忘れて欲しいところだけど、俺への何かが晴れたなら良かった。俺はいつでも友達でいたいからな」


 『あははは、そうだね。友達、それも一年以上は付き合があるんだ。大体の性格はわかってないと』


 「そうだな」


 俺はそんな貴崎の言葉を一年という深さを実感しながら、こんなものなのかなと思いながらも、電話越しの見えない笑顔を作った。

 一通り、すっきりした気分になり、


 「なんか、遅くにごめんな」


 一言だけ謝ると、


 「いいよ、友達なんだ。好きな時にかけて欲しい。じゃあ、悟志君、お休み」


 「あぁ、おやすみ」


 彼女の温かい言葉を返さされ、会話を〆た。

 通話を終え、貴崎から、『お休み、また明日』というチャットに『おやすみ』と一言だけ返し、俺は眠りにつくことにした。




 翌日が今朝になり、今日も学校の出席と授業のため、支度を終え、家を出た。

 家を出ると、仁都ツインズが家の前にいた。

 取り立て屋なのだろうか。

 よろしくないものを二人に重ねつつ、


 「おはよう。俺は朝っぱらから脂っこいもの食った気分なんだけど、どうしてくれるんだ?」


 挨拶と文句をぶつけた。


 「おはよう。油というか私たちはローション的なぬめぬめ感で表せるでしょ」


 「おはよう。わたしたちでローション人間ボーリングをして、いやな先公どもをストライクしちまいましょうぜ」


 めいとまいはそれぞれに文句の返しをコンビネーションではじき返してくれた。

 というか、ローションみたいな関係の奴ってすごく気持ち悪くないか?

 潤滑油的な扱いだとしてもそのまま言えばいいはずだから、多分、得体のしれない関係性に当たる存在の様な気がする。

 いや、マジで怖いよ。

 そう思いながら、俺は朝の殴り合いを一発づつで済ますために、訊くことにした。


 「で、朝から二人そろって俺に何の用?」


 どの質問に、待っていたと言わんばかりの勢いで、


 「今週の休日、デートしよう!」


 グイっと、押し寄せるように、提案してきた。

 いや、デートって、そんな、ねぇ…。


 「は、デート!?」


 デートっていうのは恋愛関係、それかそれに近しい関係がするものではないだろうか。

 いつもの仁都ツインズの関係性であれば、買い物付き合え的な言い方で連行されるはずだ。

 だが、今回は提案という段階を踏んで、デートと言うのは妙だ。

 一瞬、好意をむけてきて段階をぶっ飛ばしてきてんのかと思春期男子特有の馬鹿みたいな想像をしてしまったが、俺は勘違い君ではない、いいところでも平凡君なのだ。

 それに、好意を持ってたとしても俺は以前から持ち続けている答えを突き付けるだけだ。

 だが、デートと言う言い方と、アポイントを取るという段階を踏んだ誘い方をして来ているというのを怪しんだほうが良い。

 ならば、慎重に返答すべきだ。


 「・・・何をしたいのかは知らないけど、とりあえず、歩きながら細かい話を聞かせてくれよ」


 という事で、登校しつつ、聞くことにした。


 「で、なんでそう言う提案に至ったの?」


 まずは言動の原動力となった理由を聞いた。


 「どこから話そうかな・・・、うん、まぁ、とりあえず、今回は私たちがいつも悟志にやってる捕獲、連行はなしにしようっていう話から始まって」


 「なんかやかんやで、わたしたち、一人づつをよく知ってもらうってことになって」


 「で、明日は土曜日で、明後日が日曜日だったよねってなって」


 「それじゃ、土曜と日曜の二日に分けて、一人づつ遊ぼうってなって」


 「お互いにどこ行きたいかとかいろいろ話したら」


 「なんか遊ぶというか楽しむって感じの希望になってたから」


 「「デートみたいだなって」」


 いつものコンビネーションをフル活用し、提案という段階を踏んで、デートとなった経緯を話した。

 …割と怪しい要素はなく、怪しんだ俺が悪者みたいな気分になった。


 「まぁ、経緯はわかったよ。で、俺は一日一人と遊ぶって感じみたいだけど」


 俺は確認するようにそう訊くと二人は同時にこくりと頷いて、


 「土曜日は私、めいと」


 「日曜日はわたし、まいと」


 「「デートします」」


 どうやら、順番自体はもともと決まっていたらしい。


 「なるほどな、でも、俺、いつも二人に引っ張られてばっかだから、受け身だけど良いの?」


 一応といったように俺はその日の予定を俺が決めるのはできない、と遠回しに言ってみる。


 「「大丈夫、どこ行くかはちゃんと決まってる」」


 しかし、その心配は無用だったらしく、同時に返答された。

 それにしても、今回はいつも行き当たりばったりでやってる二人にしては用意が良かった。

 なんというか、それなりに前から練っていたことの様な気がするのは、気のせいだろうか。

 そんなことを思いつつ、俺はそれでも何となく不信感を抱き、


 「別にいいけど、片方一緒に遊んでいるところにもう片方も突入するようなトラップを企んでいるんだったら、その時点で俺は帰るぞ」


 宣言してみた。

 すると、二人は本当に不服そうに頬を膨らまし、言う。


 「これは本当に二人っきりっていう状況にするんだよ、私はそんなことしない」


 「それに、わたしもめいもお互いどんなことをしたのかとかは全部秘密って約束してるし」


 そんな二人を見て、どうやら、そんなことはしないようだと、どうしてか確信できた。

 俺はそんな二人に頷いて、


 「わかった。今週の土日ってことだから、明日と明後日でいいんだな」


 とりあえず、日付の確認をしてみると、二人はあまり見たことのないような目の輝きを見せ、


 「「忘れんなよ!」」


 と、二人は突然、俺の横腹に左右同時にストレートを打ち込んだ。


 「うごっ・・・」


 変な悲鳴を挙げ、その後、一限目まで痛みが引かなかったのは、ここだけの話だ。




 放課後、俺はいつも通り研究室に向かい、珍しく空室となっている誰もいない教室を見て、貴崎がたまたま開けているだけだと早々と合点をつけ、いつものようにソファに荷物を置き、その隣に座った。

 やる事もなく、スマートフォンゲームでポチポチ、カタカタと画面を弾いたりして、貴崎を待った。

 そうしてしばらくすると、ガラガラと教室の扉が開かれ、貴崎が大きな段ボールを抱えて教室に入って来た。

 どうやら、引き戸は器用に足で開けたらしく、その成果、普通以上によろめきながら歩いてきた。


 「なぁ、貴崎、手伝おうか?」


 そんな彼女が少し心配に成り、訊いてみるが、


 「いや、大丈夫、私一人で、もって、行けるから…」


 めっちゃ辛そうな声で、拒否られた。

 そんなことを言っていても、声色含め、見た感じ、大丈夫な感じはせず、俺は静かに立ちあがり、後ろから、段ボールを持ち上げた。


 「うぉ」


 貴崎は驚いた声を上げ、後ろに立っとれを見て、すぐそこから俺の横に移動し、


 「いいの?」


 そう訊いた。

 たしかに貴崎の体格とかを加味すれば大変だろうが、俺からすれば少し重いが、苦に感じるほどの重さじゃなかった。

 だから、


 「いいよ。無理すんなよ」


 そう言って笑って見せた。


 「わかった」


 貴崎も笑い返し、短く答えた。

 そして、貴崎の指示で箱を置いて、箱を開封する貴崎の横に立ち、何が入っているかを見た。

 箱の中には大の様な何かと、それに取り付けるであろうか後の様なものが数個、そして、電源コード。

 見たことのないモノを見て俺は聞く。


 「これ何?」


 「遠心分離機」


 即答だった。

 そして、貴崎は即答に説明をつけるかのように教えてくれた。


 「この機械で血液を血漿けっしょう血餅けっぺいに分けるんだ。血餅っていうのはおおざっぱに言えば赤血球とか血を赤く見せているやつで、それ以外は血漿って覚えてくれればいいと思う。で、そのどちらも研究で使うわけだ」


 その説明で何となく、彼女自身が血を抜いて、研究をしている光景が頭に浮かんだ。

 まったく何をしているかわからず、どう気を掛ければいいかもわからず、何から何まで、わからない。

 だから無言で、その光景を見たり見なかったり。

 最低限、彼女の体調の変動がないか、見える範囲で観察するくらいと、「無理するな」と声をかけるくらい。

 だけど、俺は現状それしかできない。

 新たな研究機材が増えて、おそらく研究に没頭していくだろう。

 自らの死もいとわない、だれでも助かるような手を刺しのべる為に。

 そんな彼女のを見て、どうしても何も言う気に成れず、見つめ続ける気に成れず。


 「そういう機械なのか」


 そう言って、自分の中で無関心に分類しようとするのだった。




 時間は過ぎ、担任の矢作やはぎたけし先生が研究室に顔出し、「七時になるから帰りなさい」とのお達しをいただき、俺と貴崎はすぐさま帰路についた。

 帰り道は天才の面影はどこへやら、やっぱり少し変なだけの女子に貴崎は変わる。


 「そうか、それは難しそうだな」


 笑いながらクラスの状況とか、委員会とかそういう話をして、感想を貴崎は言った。

 難しそうと思っていないというか、そういう難しさがあるを羨みながら笑うような、そんな笑顔だった。

 そんな話を一通りして、ふと、今朝のことを思い出し、誰にもい言うなといわれてないことを確認し、ここだけの話として貴崎に話すことにした。


 「そういえば、昨日会った仁都の双子覚えてるか?」


 「え、あ、うん」


 「今朝そいつらが明日と明後日で一人づつデートしてくれって言われた」


 「へぇ」


 俺の確認に答え、今朝のことを聴かせた貴崎の反応は思ったよりも薄かった。


 「・・・はぁ!?」


 前言撤回。

 聞いたことをさらりと受け止めすぎて、異物に気付けなかったらしく、しばらくして、反応が出た。

 表情豊かだな。

 そんな呑気なことを思っている俺に貴崎は訊いた。


 「悟志君、君はまず、双子といっぺんに付き合っているという強欲な人間だったりするのか?」


 「いや、さすがにそういう甲斐性はないし、そもそも、仁都ツインズをそういう目で見れない」


 第一の疑問を即座に返す。


 「なら、少し安心したんだけど、なんで、よりによってデート?」


 「あー、それについては、俺も深くは知らなくてさ。あいつら言うにはツインズ一人ずつで俺と遊ぶ予定を立てたらデートっぽくなったからそういう名目にしたらしい」


 第二の質問は少し説明しながら返す。


 「じゃあ、気になるからさ、私も隠れて付いて行っていいか?」


 「別にいいけど…。…って、ん?」


 第三の質問に聞き返した。

 今なんて言った?


 「付いて行くって、マジ?」


 「うん、マジ」


 聞き返せば即答だった。

 少しデートと言う名目であるためか、そういうのは引けるが、聞き返しに頷いた貴崎の目の輝きは止めても止まらないときにすごく近い。

 要は何言ってもほぼ無駄の状態だった。

 一応、絶対にばれないという絶対条件があるのなら、ツインズから何も言われてないし良いかな?

 そんな感じで、もう完全に諦めモードで、


 「絶対にバレない自信があるなら集合時間と場所だけ横流しする」


 割と俺自身にクズだなぁ、と自己嫌悪しながら了承したのだった。




   二章 ひとまとめにはできないココロ

Day:1



 デート当日。

 土曜日、一日目は仁都ひととめい、奥手でたれ目気味のほうだ。

 いつもこういう順番は積極的なまいの後にめいが並んでいるものなのだが、今回は珍しくめいが先だった。

 午前十時、俺は待ち合わせである学校近くの図書館の入り口近くで待ちぼうけしていると、すこし離れた位置で、こそこそと動いている影を見つける。

 何かと思いその影を見てみると、すっごい地味な服装で隠れているのかいないのか、そわそわしている貴崎がいた。

 俺はそのそわそわ具合に不安を感じ、何気なくwireワイアーで、


 『服装とかは良いんだけど、そわそわしすぎ』


 と送ると、貴崎は俺の方を向いて、ペコペコと頭を下げ、謝るモーションを展開していた。

 …本当に心配だ。

 そう思いながら、適当に視線をそらした時、


 「ごめん、待った?」


 理想的なセリフとともに、目の前にめいが現れた。

 落ち着いた色で抑えた私服姿のめいは申し訳なさそうに笑っていた。

 なんだかんだで二人の私服を見たことが無い俺は、そんな彼女の服装に思わず息を飲んだ。

 結構雑に扱ってたけど、仁都ツインズは個々で可愛いんじゃ…?

 目の前のまいに対して、感想を思い浮かべながら、


 「待ってないよ」


 笑い返して、彼女に答えた。




 少し移動して、俺たちは今、最近できた大型デパートにいた。


 「ねぇ、悟志は女性の服装にこだわりというか、性癖というか、好みってやつ?そういうのある?」


 適当に店内を歩いていると不意に、まいが訊いてきた。

 それに少し考え、


 「好みっていうのは大してないなぁ。でも、その人に合ってる服装は良いと思う」


 普通に自分の考えを口にすると、


 「じゃ、じゃあ、私の服装って、どう、かな・・・?」


 少し顔を赤らめ恥ずかしがるようにめいは訊いた。

 恥ずかしがる目を隠すように、前髪をつまんで引っ張る仕草を見て、改めて、一対一は奥手な人間なんだなと認知しながら、


 「結構似合ってると思う。もともと、二人そろってる時以外は大人しいしさ、性格に合うっていうか」


 思ったことをまた答えた。

 すると、めいの顔がさらに赤くなり、まるでトマトか、リンゴの様な紅潮具合。

 俺は少しそんなに照れるものだったのだろうか。

 もしや、地雷を踏んで怒らせたのだろうか。

 なんて思っていたが、それは違ったらしく、めいは俺にくっつく様に隣り合っていた距離を縮め、うつむいた状態で、


 「…えへへ、ありがと…」


 喜んでくれた。

 その表情は俺の目から見えなかったが、たぶん笑っていた、そんな気がする。

 そんな見えない笑顔に対し、くっついてきた彼女と触れ合った部分に伝わる体温に少し心拍を上げながらも、客観的に見る現状に恥ずかしくなりながらも、苦笑いをした。

 そんな状況のまま、


 「ここ、ちょっと見たいんだ」


 そう言って、俺の腕を引っ張り、着いた場所は女性服をメインに展開している有名な店の前だった。

 どうやら、この店がずの目当ての場所のようだ。

 俺がめいにつれられるように店内に入ると、その空気に内心、圧倒された。

 テナント内は女性客がほぼで、多少、男性もちらつくが大体はカップルや夫婦の連ればかり。

 ただの付き添いとなんら変わらない俺が入るにはテナント内の空気が抵抗となり、摩擦で燃えるんじゃないかというくらいに居難いづらい。

 だが、入ってすぐ服を見始めためいの面前で抵抗に反発するスーパーボールになるわけにもいかず、内心でその摩擦熱に耐えることにした。

 摩擦熱に耐えている中、めいが服を見ているのを目ざとく見つけたのだろう店員が、


 「お洋服をお選びですか?」


 と、話しかけてきた。

 それにめいは、肩をびくっと揺らし、見るからに驚きと緊張している様子で、


 「え、あ、ひゃ、ひゃい…」


 ダメになっていた。

 店員に話しかけるようなたぐいがめいは苦手なのを知ってる俺はさすが可哀そうに思い、


 「あの、今一緒に決めてる途中なんです。すみません」


 できだけ、店員さんに嫌な気分をさせないように、断った。

 すると、俺とめいの並びを見た店員は、


 「あ、さんとでしたか。失礼いたしました」


 と、爆弾を落として、店員さんはそそくさと去って行った。

 俺は空気の摩擦熱に加え、恥ずかしさのオーバーヒートも喰らい、耳が熱くなったのを感じ、一応とめいに目を向けるも、俺よりも高いレベルで顔を紅潮させていた。

 めいについてはもう湯気が出てもおかしくない気がする位だった。

 そして、そんな彼女を見て、ちょっとだけ思った。

 そう奴なんだもんな、と。

 そう思うと、赤くなる思いをしていた頭がすっきりして、青空のように青くなって、スーッとして。


 「あの店員、人見知りの奴に話しかけるのは運がねぇな」


 俺は笑いながら少し毒っぽく言葉を吐いて、場をまっさらに溶かそうとしてみた。

 できるだけ麻痺毒にはならないような感じでできる限り笑える程度で。

 めいはそれに返す。


 「えへへ、そうだよ。こういうの苦手な人だっているんだもんね」


 そして、しばらく、店員が寄って来たときに困ったことやら、そういう事は止してほしいとか、文句やら何やらがたらたらと、水のように流れた。

 ある意味、彼女自身の悩み、というか、失敗談だから、自分の傷をえぐるという意味では出血毒の様な感じではあるが、そう話す彼女は自傷ネタの割には楽しそうに笑っていた。

 そんな表情の彼女を見ながら、俺は彼女とのこの場所での時間をひとまず過ごすことを決めた。

 決めたのだが。


 「ねぇ、悟志、どっちがいいと思う?」


 何気ない割にめっちゃくちゃ悩む質問を突き付けられていた。

 その質問をしているめいの手には二着の洋服。

 トップスとか、そういうオシャレ用語やら、服の種類に疎い俺にはとりあえず上に着る服程度にしか見えず、どれが何に合うとか、どれがどういう感じに違うというのも見た感じくらいしかわからない。

 それにめいなら、両方どう来ても似合うイメージしか湧かない。

 だって、顔がいいんだもん。

 中身はヤバイ奴の中でも比較的マシだけども。

 どの道、ヤバいのは変わらないんだけど、それを差し引いても顔がいいんだもん。

 だから迷う。

 ちなみに、ない知識から彼女が持っている服を説明すると、両手に持っているうちの右側は白を基調にした半袖のボタンが胸元すこし上くらいまでしかない、ドレスシャツ、というもの近いような服で、左側は同じくシャツではあるがワイシャツというわけでもなく、襟元が大きく空いた淡い水色を基調としたものだった。

 どっちにせよこういう服の名称って何なんだろうなという感じではあるのだが。

 どっちがいいと聞かれてしまえば、どちらも彼女に似合うとしか言いようがない。

 だがしかしだ。

 この質問にどっちも似合うと答えていい場合と、そうでない場合がある。

 どっちも似合うと応えていい場合は、出題者の自己肯定感の共有が主である。

 逆にそうでない場合は出題者が相手の好みを知りたい場合や、普通にどっちかで迷っているときである。

 さて、女性とのこういう付き合いの経験が皆無の推理タイムだ。

 今回はめい彼女の性格を加味しながら考える。

 彼女の性格は奥手、その上、人見知り持ちで、まとめれば全体的に消極的な人間だといえる。

 そして、現在、恥ずかしがるようなそぶりもなく、むしろ何気なくといった感じで質問をしている。

 自己主張をするとき、まいがいなければ、かなり小さめの主張をする。

 そこから考えるに、自己肯定感の共有という線はかなり薄くなった。

 ならば、片方を選ぶという事になる。

 選択肢を絞れたのは良いが、ここで一つ疑問が浮かんだ。

 もし、どっちか決められず俺に選ばせているにしても、だ。

 それはある意味、俺のセンスと好みが出てくるわけであり、店員レベルではない限り、正解にほぼ近い総合的かつ平等な判断が難しいという事になる。

 ではどの道、好みを訊いている事には変わりは例はないのだろうか。

 俺ってそんなこと問われるような仲だっけ。

 もうお分かりだろうが、ここで記憶喪失の弊害が起こっていた。

 経験皆無ゆえに深く考えてしまう。

 だがこの間、現実時間では二秒も経っていない。

 脳内フルスロットルなのである。

 だが少し考えて思った。

 両方選ぶという線が無くなったのなら、どうでもよくないか?

 行き着いた先は途中放棄だった。

 ならばと、何となくで選ぶことにした。


 「それじゃ、これで」


 感覚的に俺は左手に持っている淡い水色の服を指した。

 めいは右手に持っていた服をハンガーラックにかけ、俺が選んだ服を見て、一言。


 「なるほどね」


 え、何が?

 俺からすれば意味が分からない言葉が放たれ、なぜか恐怖を感じた。

 だが、そんなことを知らないめいはその後もやけに楽しそうに買い物をつづけた。




 時間は少し過ぎて、昼食をハンバーガをメインに展開しているチェーン店で取り終え、一日の後半戦こと、午後にめいが行きたいという事で映画館に来ていた。

 めい曰く、ドラマシリーズから見ている恋愛映画があるからそれを見たいとのこと。

 てっきり、仁都ツインズは二人そろって、外国の爆薬大量な映画を見るものだとイメージ的に思っていたのだが、とりあえず、めいはそうではないらしい。

 普通に女の子だった。

 基本的に双子でいるから気付かないような個人としての個性に俺は感心しながら、二人分の当日券を俺は少し格好を付けるために何気なく一人で払い、一枚、彼女に渡した。


 「…悟志、良いの?」


 「気にすんな。これくらい格好付けせてくれよ」


 「うん、格好付いてるから、わかった」


 「茶化すなって」


 思いもしなかった消しに俺は少し照れた。

 そこから間もなく入場時間が訪れ、二人は薄暗い会場の座席に隣り合って座った。

 ちなみにずっと目の端に移り続けているのを無視している貴崎もおれたちに一列あけて真後ろの椅子に座っていた。

 徹底してんな。

 そんなことを思いながら、入場前に買ったコーラを一口。

 それを見ためいは同様に買ったメロンソーダを飲んで、


 「そういえば、まいと同じで悟志君はコーラ派だったよね」


 ありふれた話題を振って来た。

 人によっては緑茶派などの少数勢力に属する、なんだかんだで主張の押し合いが続く『映画見ながら飲むものは何派問題』についての話は映画館で話す内容にしては無難なもので、俺はコーラ派の中でも他派閥の意見も認める中立穏健派という事があり、その話に乗ることにした。


 「そうだな。確かにいつもコーラのんでる」


 「私、メロンソーダ他派閥間協力主義党たはばつかんきょうりょくしゅぎとうの穏健派の一員なんだよね」


 メロンソーダ派閥は一国か何かなのだろうか。

 穏健派だけでいいのに、何、他派閥間協力主義党って。

 他に党がいくつかあるってことになるじゃん。

 こっわ。

 メロンソーダ派の謎の派閥内での分轄に言い表すことができない恐怖を覚えながら俺は話は続けた。


 「へぇ、何党とかはちょっとあれだけど、メロンソーダもいいのかもなぁ」


 「そうだね。でも私も、コーラもいいかもなぁって」


 「なんだかんだで、炭酸なんだけどな」


 「あはは、そうだね」


 そんな流れで、俺はふと思いついて、提案した。


 「一口、交換してみる?」


 「ん、そうする?…、ん?え、って、え?」


 提案をして、彼女がそれを受理したのかと思えば、挙動不審になった。

 そして、薄暗い館内でもよくわかるくらいに顔を真っ赤にしていた。

 俺はどうしてだろう、なんて単純に思いながら、


 「大丈夫?」


 と一言聞いてみた。

 それに、めいは首をヘッドバンギング宜しく激しく何度も縦に振り、


 「だっ、大丈夫!心配ない!だから、交換もオッケー、ノットクーリングオフ!」


 何をその場の熱で買って、冷静になってから払い戻すのだろうか。

 そんな疑問があるもどうやら大丈夫そうなので、


 「じゃ、もらうわ」


 そう言って、俺のコーラを差し出しながら、めいのメロンソーダを一口。

 めいもワンテンポ遅れてコーラを一口。

 お互いに飲んだことを確認して、俺は元に戻すと、


 「映画見てないのに、なんでこうさせるんだよ」


 と、めいに肩をつつかれた。


 何か怒らせるようなことをしたのかなぁ、なんて思うと、彼女は顔をスクリーンに向けて、


 「…でも、コーラも悪く無いかも」


 小さめな声でそう言って、上映開始のブザーがタイミングよく鳴った。

 なんだか、今日は変だな、なんて思いながら俺もスクリーンに目を向けた。




 およそ二時間半後。

 映画は終幕。

 館内から出た俺とめいは歩きながら感想会を開いていた。


 「ドラマをずっと見てたけど、やっぱり映画も面白かったね」


 「あぁ、映画から見た俺でも楽しめたよ」


 「やっぱ、あの屋上のシーン良かったよね」


 「空から落下して、屋上に着地するシーン?確かにあれは恋愛映画の枠を飛び越えてたよ」


 「そうそう、で主任がすっごい活躍するんだもんね」


 「その弟があんなにサイコなやつだとは思わなかった…」


 なんて、感想を言いあいながら歩くと、ふと、めいが言う。


 「そうだ、ゲーセン寄って行こうよ」


 このデパートには確かにゲームセンターは存在するのだが、


 「いつもの行きつけじゃなくて、ここの?」


 「うん、ここでいいんだ」


 いつもツインズたちと遊ぶゲーセンじゃなくいいらしく、俺の質問に即答だった。

 それにちょっと、めいは楽しそうな様子だ。

 まぁ、別にいいのか、なんて、適当に思い、俺はめいに付いて行く。

 めいはそんあ俺を急かすように、手をつなぎ、引っ張って、歩みを進めて行った。




 着いた場所はプリントシール機だった。

 一回五百円というゲーセンでは破格の文字であるモノの写真撮影とその加工を同時にできるという点を見れば安い方なのかもと思えてしまう、あの機械の中に俺とめいはいた。

 いつもガンシューティングゲームや格闘ゲームやらを中心にまれにパンチ力測定ゲームをしたりしているアクティブな利用をゲーセンでしている俺からすると初体験にキャラじゃない場所にいることに困惑を少し覚えてた。


 「いいの?俺なんかと一緒で。まいとか、他の奴と取ったほうが楽しくない?」


 こういうものの楽しみ方やら、盛り上がり方をしらない俺は少し気を利かせるつもりで、遠慮の意思をしました見たが、


 「そういうのが場を下げちゃう原因になるんだから、言わないっ!」


 なんて言って、めいは俺の腕に抱きついた。

 ふに。

 女の子の柔らかな感触が彼女の接点から温かな温度とともに、伝わってくる。

 見た感じは胸がないのに、むしろ全身痩せている感じで、見た感じ感触堅そうなのに。

 やわらかかった。

 思ったより、胸があった。

 ふにって、直ぐ、硬い骨に腕が当たるけど、その上にクッションがあって、それ以外もなんか、女の子って柔らかいんだなって、男としては普通なのだが、状況としてはいけない感想が頭かんで。

 もう、なんか、俺、だめかもしれない。

 なんて。

 そう思ってしまうような感じで、俺は混乱していた。

 そして、どうしてか、ここから逃げ出して、心を整えなければと思い、そうしようとめいに話し掛けた。


 「え、あ、あの、めい?」


 「どうしたの?」


 「なんでくっつくの?」


 「逃げないようにだよ」


 「逃げないけど」


 「でも、そういう遠慮してるときの悟志って逃げるって相場が決まってるんだもん」


 という事で、大失敗だった。

 というか、いろいろ当たっていることの自覚がめいにはないらしいことが分かり、こうなっていることなんて、考えていないことも分かった。

 死んだよ、俺。

 たぶん、明日は持たないかもしれない。

 そう思うも、時すでに遅し。

 抱きつきながらも高速でめいはセッティングしてくれていたらしく、容赦ないシャッターがおりるまでカウントダウンが始まった。


 『3、2、1』


 そして、パシャリ。

 おおよそ四秒の猶予があるか、ないか。

 一瞬、フラッシュが瞬き、


 『打ち上げ花火だー』


 なんだそのコメントは。

 突っ込コメントが脳裏に流れ、すぐさま、


 『3、2、1』


 カウントウント、その後にフラッシュ。


 『楽しいお茶会だね』


 だからなんだそのコメントは。

 なんて突っ込みを何度か交わしてるうちに、


 『落書らくしょターイム』


 突然、1603年から1867年の時代に戻ったのだろうか。

 そんな、しっかりと突っ込ませてくれる機械に恐れを抱きつつも、撮影が終わり、プリントシール機の醍醐味である撮影した写真の加工のタイミングになり、ようやく、めいの抱きつきからも解放された。

 一安心としたことも束の間。

 とられた写真を見てみると、俺の目がすべて閉じられていた。

 唯一、最後に撮られた写真だけ半目でギリギリ開けている判定ができるものがあるのはあるのだが、やはり、閉じ気味なものであった。

 それに撮影中のアレのせいで、難しい表情に若干の顔面の紅潮という、鼻の長さと顔面の赤さを下方修正ナーフした天狗の面の様な表情を浮かべていた。


 「あははっははははは!悟志の顔っ!!あはははは」


 めいはその表情がツボに入ったようで爆笑してしまう始末。

 俺と共に移っためいはあんなにかわいらしい笑顔を浮かべているというのに。

 めいは操作が早かったし、しっかり表情も作ってるし、おそらく、こういう撮影慣れをしてるのだろうか。

 玄人くろうとになにかしらの教えを請っておけばよかった。

 そんな感じで後悔しつつも、ビギナーズラックでうまくいくことはないなとも実感し、笑われている現状を受け入れることにした。




 時間が過ぎるのは早いもので、気づけば、終わりの時間で。

 一応、めいを家の近くまで送り、俺は帰路についていた。

 携帯には、何も通知はなく、ただただ携帯という感じで、知らないうちに見失った貴崎の行方を気にしながらも、いつもの公園を通り過ぎようとした時、いつものベンチに座った貴崎の姿を見つける。


 「よ」


 俺は彼女の隣に据わり、声を掛けた。


 「…予想の時間、くらいかな」


 貴崎は腕時計を見て、そう言う。

 かっこつけてんな、なんて、今日、格好が全くつかなかった俺は思った。


 「どうだった、悟志君」


 端的に問われた空欄。


 「どうなんだろうな」


 無限にあるはずの答えだが、あえて俺はそれを釈然としない答えを殴り書いた。


 「どうしてだい?」


 まるで国語の文章から読みといった身上の原因を尋ねる問題を彷彿させる文章に少し笑って、俺は応える。


 「もう一人いるから」


 また、短い返答。

 だが、これが答えだった。

 双子ふたりで一つ、そう思っていた彼女達カノジョを一人ずつみる、その機会なのだ。

 そんな機会なのに、一人だけ見て、それだけで、全部をしった気になれないし、仁都ツインズどういう気なのかは知らないが、少なくとも俺個人の考え的にも、二日あるのに、感想は言いたくなかった。

 感想は全部終わったとにクレームと一緒に投げ入れるのが友人としてのセオリーだろう。

 終わってもいないのに、知った気になっちゃいけないんだから。


 「なるほどね」


 短く答え、貴崎は首を縦に振った。

 答案用紙の多大な空欄に反逆的な短い答え。

 中間テストが今ならば、期末テストの点数に期待しているのだろうか。

 貴崎はその流れの話には一切口は出さなかった。

 だが、


 「で、だ。映画館で自分から間接キスを要求したのはすごいと思うよ」


 すごい言いながらも、まったく尊敬の目を向けていない貴崎が言葉を投下した。

 一列挟んで後ろに座っていたはずなのに、会話の流れまでも聞かれているのはどうして?

 耳、良いな、まじで。

 言われた内容放棄で、貴崎の耳の良さに感嘆してしまう。

 しかし、貴崎はそういうのは好きではないのは知っている。

 感嘆しつつも返すべきだ、そう判断し、いつぞやの言葉をそのまま返してみる。


「いや、そんくらいやったところで死なねーし」


 それに貴崎は返す。


 「私の目が菱穴じゃ無ければ、仁都の片割れは興奮状態に達してたよ」


 それは知っていた。

 怒らしたかもと思いつつ、映画を見て、思い返して、なるほどと。

 おそらくの予想を立てていた。

 それにしても、目、いいな。

 聴力、視力ともにSSダブルエスランクかよ。

 内心、突っ込みを入れる入れると貴崎は、

 

 「よく君はそういうことを恥ずかしげもなくするけどさ、唾液収集家というマイノリティーの住民ではないんだろう?ならさ――――、」


 そういって次の言葉を放つ寸前に、俺は貴崎の言葉を予想し、言った。


 「親しき中にも礼儀あり、って言葉の存在意義が疑われちゃうよ、だろ?」


 過去に、いや、こういう時に何度も言われる文言だった。

 そう言うのに礼儀が含まれるかははたまた謎ではあるが。


 「ほんと、わかってるんだか、いないんだか」


 やれやれといった様子で、貴崎はベンチから立ち、目のまえに立つと、缶コーヒーを一缶差し出した。


 「ありがと」


 俺は短く返すと、


 「明日は悟志君の番だ」


 切り返されて、俺は受けて立つという替わりに、ベンチから立ちあがりり、缶を受け取って、リングプルを引いた。




Day:2




 翌日、仁都タイマンデート、二日目。

 先日と同じく午前十時、学校近くの図書館の入り口近くでまいを待っていた。

 超絶地味な服装を纏った貴崎もすこし離れた位置で、こそこそと動いている。

 昨日と完全に一致している光景だった。

 そんな光景に安心しながら、wireワイアーで、


 『今日もそわそわしすぎないでくれよ。』

 

 と送ると、貴崎は俺の方を向いて、ペコペコと頭を下げ、理解の意を示していた。

 まぁ、なんだかんだで前回はばれている感じではなかったからどうにかなるだろう。

 そう思いながら、適当に視線をそらした時、


 「うおりゃあああああっ!」


 正義のヒーローよろしく、かっこよくも綺麗なフォームの飛び蹴りが俺にとんできた。


 「うぉ!?」


 俺はそれに驚きながらもギリギリで避けた。

 目のまえをきれいな飛び蹴りで通過した人影に目を向けると予想通り、その人影の正体はまいだった。


 「辻井悟志!絶対に許さねぇ!」


 「いや、避けたからって理由でキレられるのはかんに障るわ」


 あいさつ代わりの漫才風味のコメントを口にすると、


 「元気よーし!じゃあ、悟志、わたしの服装を褒めろ!」


 何を基準で元気を確認されたのかはわからないが、まいは腰に手を当て、まるで前へならえの先頭のポーズを仁王立ちで取り、課題をぶつけてきた。

 俺は言われるまま、まずの観察を始めた。

 前日のめいの落ち着いた服装とは違い、今日のめいはラフ、というかは活発な印象かつ、動きやすい服を条件にチョイスしているようで、ゆったりとしたトップスにボトムスはホットパンツでシューズはスニーカーという、今日はサッカーか野球でもしてから帰るのかと思うような服装であっても、かわいいと印象をもたせる服装だった。

 正直、前日のめいとの買い物でいろいろと服についての知識を得た所為か、めいの服装よりも感想が湧いてくる。

 正直、昨日の時点で少し知識をつけていれば服装に付いて褒めることができたのかもしれないと思うと、めいに申し訳なくなってくる。

 が、今は懺悔タイムではなく、まいを褒める時間なのだ、マホメルタイムと外国人ボクサーっぽい名前に略せる時間なのだ。

 というわけで、総評。


 「そうだな、すごく元気そうにみえて可愛いと思う」

 

 思ったことをドストレートに伝えた俺にまいは嬉しそうに笑い、


 「ナイス童貞野郎!」


 サムズアップをくれた。


 「やかましいわ」


 そのお返しに俺はサムズダウンを返した。




 なんやかんやを経て、集合場所から出発した俺たちはまいに引き連れられるまま、移動していた。

 手をつながれ引っ張られている俺とまいの光景はさながら、背の高い小学生とその保護者の姿だろうか。

 だが、その実、同年代という恐怖が通行人の目と俺たちの認知の差で生まれると思うとどうしてか、面白く感じてしまうのは貴崎に触れているからなのか、俺の元からある狂気なのか。

 どうしてか思い浮かべてしまったそんなことをしまい込むように手を引いてくれるまい見る。

 どこかうれしそうな横顔。

 俺にはどこに向かっているのかの検討は皆目つかないが、彼女の眼にはそれが移っているのだろうと思うと、昨日のめいとはまた違う存在なのだと改めて感じた。

 そんな迷いも逡巡もなく、無邪気なコンパスが導いたのは近所の水族館だった。

 学校からほど近い位置にあるこの水族館は位置的なこともあり、学生カップルであふれていることで有名な場所だった。

 そんなところにどうしてなのか。

 友人同士の男女がカップルの密集地帯に行けば、憎悪の肉塊が二つ出来上がるだけなのに。

 疑問を浮かべるも、質問せずとも、まいは答えてくれた。


 「わたしさ、メンダコすきなんだ」


 メンダコ、確か深海200メートルから1000メートルの海底にすむ、ひれを立てた姿が猫耳のヘルメットに見えなくもないタコだったか。

 見た目が女子受けしているというのは聞いたことはあったが、実例を初めて見た。


 「へぇ」


 だから短く返すと、


 「今日は悟志にもメンダコを好きになってもらおうと思う!」


 宣言が返って来た。

 どうやら、俺は今日メンダコに詳しくなるようだ。

 その宣言のまま、入館手続きを流れ作業で終え、いざ入館。

 エントランスから踏み入れた世界はほとんど暗闇がなく、足元からてらされるぼんやりとした証明と数メートル先にある水槽のうっすらとした明かりだけ。

 それに昼前の時間はそれほど込まないのか、二人で歩く道には通り過ぎる人もいない。

 だからなのか、どうなのか、まいは入館手続きの時に一回放した手を、また繋ぎ、さっきのふつうのつなぎ方と違う、指の間に指を絡ませる、恋人繋ぎとやらのつなぎ方になった。

 まいは暗いところ苦手だったかな、なんて思いながら彼女を見るも、暗くてあまり、表情はわからない。

 だが、どうしてか、この手は放したくない、そんな意思を少し感じた。

 そんな中、ようやく展示コーナーにたどり着き、明るくなった視界に9移ったのはトンネル型にアクリルが張られた壮観な水槽だった。

 さまざまな魚やイソギンチャクの様な無脊椎動物が作り出す人口の生態系が広がっていた。


 「うへぇ…、すごいね」


 光景にまいは口から漏らすように言いながら目を輝かせた。

 俺もそれに何も言わずに頷く。

 小さい頃に何度かここに来たことはあったらしいが、中学生当たりの時期に改装したらしく改装後から一度もここに足を運んだことが無かった。

 それにそもそも、記憶を無くしてから一度も水族館という場所へ行こうと思えなかった。

 だから、初めて来た、ではあるのだが、こんなにも力を入れた内装になっているとは思わなかった。

 俺はまいとともに、道の端により、アクリルの壁越しの世界を眺める。

 だが、俺はそれよりも、貴崎の動向が気になり、目だけ入口側に向けると、貴崎も貴崎で水族館で楽しんでいた。

 めっちゃキラキラしてんじゃん。

 一人エンジョイ出来てるじゃん。

 正直、気にしなくても大丈夫だなと思い、俺はまいと見る景色に目を向けることにした。

 まいはその目に水槽の光景を映し、輝かせている。

 楽しそうにしている、そんな言葉が当てはまる彼女に俺は微笑ましい感情を抱き、また水槽に目を移した。

 そして、数分間そのトンネルを歩き、


 「次のコーナー行こう!」


 まいはそう言うとまた俺の手を引く。

 引かれ、手を離さぬようについてゆき、そこからコーナーを転々とし始めることになった。

 クラゲの特設コーナー、深海魚コーナー、サメコーナー。

 三つをループして見て、まいは飽きもせずにはしゃいで自由に泳ぐ生き物たちを見て、俺は飽き始めてはしゃぐまいを眺めていた。

 もはや、ここに向かうときに思った感覚がほぼ現実と化していた。

 そのうち、お父さんとか言い間違えられそう。

 たぶんそんことはあり得ないんだけど。

 あっちこっちへと引き連れて回るまいは全く疲れている様子はなく、楽しい時間は疲れを感じないというよくある事を客観的に感じていた。

 だけど、飽きているけれど、なんだかんだで俺も、楽しいと感じていた。

 どうしてなのか、その理由はわからないけど、ただ、こう過ごす時間も楽しいと思った。

 元が空っぽからだ、そう感じるのは当たり前といえば、そうなのだろう。

 だから、俺はまいに聞いた。


 「楽しい?」


 ただそう訊くと嫌味の様な一言だが、仁都しかり、貴崎しかり、辻井悟志という人間を知っている者たちは嫌味で聞いているわけじゃないと知っているように、昨日、貴崎に言われかけた、礼儀というのも、こういうことも含まれるのではないかと思いながら、訊いてみた。


 「うん、すごい楽しい。でも、やっぱ、楽しいって言いきりたいからメインディッシュに行きたいね」


 まいは小さい子供のように笑うとまた手を引いた。

 その背中には一応、めいの姉として何とはなしに引っ張って来たんだぞ、みたいなそんな積極性の根源を何となく感じた。

 ついでに余計なことだが、まいの本日の目的メインディッシュである、メンダコは不味く、食べれるものではないらしい。

 そしてなんだかんだで、いくつか道中のコーナーを挟み、メインのメンダココーナーに行きついた俺はまいからメンダコ講座を受けていた。


 「悟志、メンダコっていうのは軟体動物門なんたいどうぶつもん頭足類とうそくるい八腕形類はちわんけいるいヒゲダコ亜目メンダコ科メンダコ族に属するそのなの通りタコの仲間なんだけど、メンダコ君は海中を遊泳するように生きてる普通のタコと違って、海底でゆっくりうごきながら生きてるんだよ。それでね、なんで足が短くなったというと…」


 すっごく目を爛々と輝かせて俺に解説していくれるのはとてもうれしいし、男の中の男の子的な部分が動物の生態に大変な興味を発揮させているのだが、まいがめちゃくちゃに早口な上に量があって紙とペンが欲しい。

 ちらっと周囲を見回すと、貴崎もまいの解説を聞いているらしく、ノートとボールペンで内容をまとめていた。

 ボールペンは百歩譲って、なんでメモ帳とかの小型の物じゃなくてA4サイズのノート持ってるの、貴崎さん。

 はなはだ疑問でしかないが、俺はとりあえず、まいと遊んでいるのだ。

 まいの解説に目を傾けなければ。

 シジャラの授業の様な激熱解説をしてくれているのだが、仁都姉妹が普通に美少女に当てはまるルックスをしているせいか、それが清涼剤になって何となく話は聞けた。

 ほんと見た目は大切なんだな、と世の中の闇に触れ、お世辞でも良いとは言えない自分のルックスにどうでもいいところで、コンプレックスが刺激、自爆とコンボが決まり、内心、病みかけてしまうが、


 「って、感じなんだけど。…どう?メンダコ好きになってくれた?」


 笑顔で一通りの説明を終えたまいが訊いてくれたことで、病みはとりあえず引っ込み、感想として、


 「それなりには良いと思えそうだよ」


 無難な感想を答えた。

 それにさらに満面の笑みで、


 「それはよかったよ!」


 俺の肩を少し背伸びしながらバンバン叩いた。

 なんとなくで無難なことを言ってみたが、俺としては内容の七割程度しか入ってこない上に、さっき教えられた分を範囲としたテストを出されたとしても30点以上はいけない気がするが、一通り説明して満足したのか、俺のある意味万能な返答に突っ込むことはせず、そのまま、メンダコに釘付けになっていた。




 そこから二時間ほど経ち、お昼どき。

 俺は昼食を食べに行くといわれ、たどり着いた場所で、意外性からの衝撃を受けた。

 そこにはカップル限定メニュー欄がやけに充実していることを示す簡易的なメニュー表兼、宣伝看板が掲げられたやけにオシャレな店だった。

 俺はてっきりまいと同じ店か、それに近しいファミレスの様な気軽に入れるような場所に行くのかと思っていた。

 だが、そんな想定と違うからなのか、こんやけにオシャレな店に連れていかれるなんて思ってもなく、驚きが隠せなかった。


 「…まい、いつもこういう店来るの?」


 「来たり、そうじゃなかったりなんだけど、普段は行かないよ」


 「では、なぜ?」


 「男女二人、一日デート何も起こらないはずもなく…」


 「起こそうとしてんの…?」


 「ハリケーンなら」


 「起きたら起きたで尋常じゃない被害まき散らすじゃん」


 「でも、悟志の未来はハゲ散らかすんでしょ?」


 「おいバカやめろ」


 そんな取り合えず漫才をくり広げるも、やはり驚きは治らない。

 店の窓から失礼ながら店内の光景を一瞥しても、カップル連れ、もしくは女性同士の客しか見受けることができず、それこそ、今から入る俺たちが関係性的に場違いと感じてしまうような、店の空気管が起こす圧力に慄いていた。

 だが、それはあくまで俺個人の思想や感覚であって、まいは何げなく俺を引っ張って店内に入った。

 まいはそのあとも普通に店員と言葉を交わし、案内されるがままに吐いた椅子に俺と向き合うようにして一言。


 「悟志、童貞かつこういう雰囲気の店は苦手そうだから選んで正解だったわ」


 ニヤニヤして言ってくれたその発言に俺は若干の苛立ちを感じながらも、負けを認め、すこし不貞腐れたように、


 「むかつくわ…」


 直球でコメントを残した。

 それにまいはにやにやと腹立たしい笑顔のまま、


 「でも、入ってみたかった感は?」


 「ある」


 訊いてきた質問に俺は即答し、まんまとやられた気分でいっぱいになったのだった。

 そして、その直後、店員が根ニューを持ってきて、まいが速攻で、


 「カップル専用メニューのビッグスイーツパフェお願いします!」


 と、カードゲームで効果を割り込みで入れるかのような速度で、注文してくれた。


 「かしこまりました。では、お飲み物などはお決まりでしょうか」


 こういう最速攻撃系のそれなりに面倒な客に慣れているべテラン店員だったのか、臨機応変にメニュー表のドリンクのページを開き、俺たちに見せてくれた。

 そんな店員に申しわけないと俺は思いながら、


 「アールグレイティーのアイスを一つお願いします」


 速攻を仕掛けたまいは何とも思っていない様子で、


 「アイスココア一つお願いします!」


 それぞれ注文した。


 「承りました。お飲み物は食前でよろしいですか?」


 その質問には、


 「「はい」」


 同時に答え、


 「では、ごゆっくり」


 店員さんはそう恐らくマニュアル通りであろう言葉を残し、このテーブルをあとにした。

 そして、俺は思った。

 台風ハリケーンのような客でごめんなさい、と。

 懺悔の念でいっぱいになりながらも、なんとなく続くまいとの会話でそれなりに時間は潰せたようで、


 「お待たせいたしました。カップル専用メニュー、ビッグスイーツパフェです」


 体感時間『あっと言う間』でテーブルの中心置かれたそれは一言でいうと小さな砂糖のエベレストだった。

 まず目に入るクリームの量。

 たとえるなら、雪国で見る除雪車で道から路肩ろかたに高々と積まれた山を見るような気分にさせられる。

 そして、つぎに目に付くのが、パフェを彩るために刺された棒状のクッキーにチョコがつけられたお菓子やら、薄くのばしたクッキー生地を巻いたお菓子などの大量の装飾物だ。

 それを例えるなら戦後時代を舞台にした戦争映画の戦地のなれの果て、剣や矢などが至る所に刺さった嵐の後の様なおぞましい光景だ。

 それからそれからと上げていくと例えが尽きて仕舞いそうな巨大な山が俺たちのテーブルに届いた。


 「では、ごゆっくりお過ごしください」


 にっこりと優しい営業スマイルを浮かべ店員さんは去るも、ここにきて二度目の衝撃。

 一応、まいが頼んだ瞬間、嫌な予感がして、自分の注文をしなくてよかったと思いながら、俺は先に届いていた紅茶を一口のに、小さく息を吐いて、一言。


 「でか」


 単純な感想に対面で座るまいはパフェに顔が半分ほど隠れている状態でもわかるほどの満面に笑みで、


 「うまいはでかいで、でかいはうまいだ」


 ぶっちぎりにキマった理論を口にしたのだった。

 …、……。

 そんなこんな時間は過ぎて、俺たちは移動している、わけではなく。

 トンデモパフェ攻略をまだ続けていた。

 俺達の一つ挟んで隣の席でゆっくりとコーヒーを飲む貴崎もそれなりに心配した目で、俺をちらちらと見てくる。

 同情するなら手伝ってほしいのだが、それは今回はできない。

 という事で、仲良し二人組のまいと俺でお送りするフードファイト企画の成り損ないの現状は全体の三割を残しながら、お互いの限界をどうカバーするかという局面に入っていた。

 先日の関節が同行のくだりをデカさで忘れさせるほどのバケモノ。

 攻略は食すことだけ。

 このバケモノに言葉と声をあたえれば、『…シテ、ショクシテ…、ショクシテェ…』といっているであろう、それを食しきるのは果たして俺たちにできるのだろうか。

 この後の予定などを気にすることもなくただ、どう食べるかを模索している中、


 「…これカップルサイズじゃなくね…?」


 まいは真理に行き着いたらしく、サイズの異常さ、というよりは店のカップルが食べきれるであろうハードルの基準を疑い始めた。

 実際、俺もそう思う。

 片方は普通で、もう片方は本職のフードファイターくらいじゃなければ普通に食べきれないと思う分量だし、何よりも甘さがしつこくて、胃袋が壊れそうになる。


 「でも、出されたからにはなぁ…」


 「そうだよねぇ…」


 そんな俺の困り果てた言葉にまいは頷いた。

 俺とまいのいい共通点として出された食べ物はとりあえず全部食べる、というフードロス防止の精神にはもってこいな良い子ちゃん倫理が存在していることである。

 逆に言えば、無茶苦茶パフェ目の前のこれや、食べるという概念的に適さない不味い何かを出されてもアレルギーやその他もろもろのどうしてもを除いて、絶対に食べなければならないという枷を持っているという事になるのだが。

 現在、それが枷として発動していた。

 だが、正直、まいの顔色は青くなり始めていて、これ以上は体の機能で自動自己防衛オートリバースしてしまうだろう。

 残るは俺一人という事になる。

 …明日の学校、一、二限目までサボって、昼から行こう。

 あまりよろしいとは言えない、考えを発動し、


 「…まいは休んでな」


 ぎりぎり出た言葉で、格好をつけると、俺はパフェに一人立ち向かうのであった。




 パフェに辛くも勝利しした俺はまともに動ける気がなく、すこし休むという事で、公園というには大きいが名称的には一応、公園となっている場所で休憩していた。

 木陰のベンチに隣り合って座り、珍しく誰もいない目の前の広場を遠い目で眺めながら、俺たちは何もせずにいた。

 お互いに満腹からのオーバーフローで言語が発せなくなっているだけなのだが。

 それでも静かな時間は此処に流れていた。

 ある意味、嵐のような時間を過ごし、この空間。

 まるで嵐の後の空白の様な時間。

 そんな時間の中、ようやく落ち着いて、話せるようになって、バケモノパフェの感想会が始まった。


 「…悟志、最後絶対かっこつけたでしょ」


 「ついてないだろうけどな」


 「付いてるわけないじゃん。でも、あれはあれで、面白いものを見せてもらいました」


 「見せもんちゃうぞ」


 「でも、あのパフェは?」


 「それはバケモン」


 「デカくてうまかったけど、その理論も限度があったとは」


 「大人になる前に知れてよかったじゃん」


 「馬鹿にしたな。悟志、今、私を馬鹿にしたな」


 「馬鹿にしたよ。超理論提唱者は馬鹿にするね」


 「なんだこの選民主義者め。ユニバーサルデザインの名の元にひれ伏せ」


 「くっ、別に差別的思想は持っていない相手だとしても、すべてに対して眩い虎の威を借るな」


 「だが、行き過ぎた平等化は偽善でもある」


 「まい、いつかお前、マジで怒られるぞ」


 「悪性の人間はマジで嫌いだけど、善性の人間が満ち溢れる世界よりはいいのかなぁって」


 「まいの心の中にある世界に対する反旗を今すぐへし折って燃やすんだ」


 「人には、一本槍があるんだよ…」


 「自決用だろ」


 まいの放って置けば無限に続くであろうボケを一周して、小さくため息を吐く。

 こんな会話もめいとは違う。

 めいは共感と同調が話していると感じるものだったのに対し、まいは主張と反抗を感じる。

 だからこそ、二人揃うと噛み合うのかな、なんて考えた。

 なんともない空間に感じたことはどこか記憶には残る事はなさそうなのに、印象に残る。

 深い印象を抱いたまま、俺はまたため息を吐く。

 そんな俺を見て、まいは言う。


 「ため息多い」


 その通りではあるのだが、まいは続けて、


 「もしかして女性向けASMR配信者目指してんの?」


 畳み掛けてきた。


 「そんなことやんねぇよ」


 突っ込みを返し、まいはまた漫才を繰り広げるのだろう、そう思った矢先、


 「…こういうの、男の子はスキなんだよね」


 耳元から数ミリの隙間を経て、彼女は自身の唇を近づけ、ふぅ、と吐息を吹きかけるように囁いた。


 「うふぁあ!?」


 突然の艶めかしい感覚に変な声を上げて、その場から立ちあがった俺を見て、まいは言った。


 「男の子というか、雄的に好きって方向なのね」


 なんか、分析されていた。

 たしかに、まぁ、そうはそうとはいえることもあるけど、やっぱり、こんなイジられる形で理解されたくはなく。


 「人を翻弄して遊ぼうとするのやめろ」


 少し嫌そうにそう言ってみると、


 「あははは、やっぱり童貞じゃん!」


 笑われたう上に煽られた。

 ここでお前も似たようなもんじゃん、と言ったところで、完全にセクハラとして取られる可能性も十二分以上にあるし、もしそう取られなくても、そうじゃないといわれたときにどういう返しをすればいいかわからないという、童貞臭さを超えた、単純なキャパシティー不足に直面してしまう。

 なんだかんだで、まいのその煽りはズルかった。

 だからまた、こんな短時間で三回目を吐いた。

 それにまいは言う。


 「やっぱり、なんだかんだで、ため息ついてたほうが仁都のツインズ的にも、わたし的にも、安心するな」


 肯定なんだが、毒なんだか、どうとでも取れることを言って、まいはベンチから立ち、


 「なんか動けるようになったし、ちょっと体軽く動かしたいな」


 そんな提案。

 俺もそれには賛同し、


 「何する?」


 大雑把に聞くと、


 「そうだ、最近行きたいとこあるから、そこに行こう」


 すぐ答えてくれた。

 やっぱ、行動はやってくれるなと、感心しながら、今度は俺からとまいの手を握ってみた。

 まいはそれに、


 「わたしはちっこいからな、そうやって握っておくといいことあったりなかったりするぞ」


 笑顔で言う。

 俺はほんの腰だけ口角を緩め、言う。


 「いいことはなさそうだけどな」


 毒、というかは皮肉った褒め言葉。

 まだこの一日は飽きることができないらしい。




 たどり着いたのは、ゲームセンターだった。

 それも、仁都ツインズwith Meでよく訪れる、オーバーに言って、実家の様な安心感のある場所。

 そこでまいはまた俺を引っ張り、


「一戦、やろう」


 そういって、着いたのはエアホッケーだった。

 仁都ツインズと俺の間で、エアホッケーに勝てば、敗者に何か一つ頼みを聞かせることができる。

 聞かせるだけではなく、結果も効くのは言うまでもないが。

 だから、


 「条件は?」


 短く聞くと、


 「勝ってから」


 短く買えさえされて、俺と舞いで百円づつ、コイン投入口にいれて、ゲームは始まった。

 二十五点先取の一本勝負。

 負けてもいいが、できれば勝ちたい。

 そんな思いで挑んだ。

 挑んで、やって、終って。

 結果は25対24。

 まいの勝ちだ。

 大接戦で惜しくも負けてしまった俺にまいは、


 「じゃあ、願いを聞いてもらうよ」


 悪そうな顔で言った。

 本当に悪そうな、実は悪徳商売してるんじゃないか、なんて思うくらいには悪そうな顔だった。

 そんな、まいは俺に願いを言った。


 「・・・めいからズルって言われるかもしれないけど、ここだけ。ねぇ、悟志、めいとわたし、どっちがいいと思った?」


 それは質問だった。

 願いというのはその質問に絶対答えろ、という事なんだろう。

 俺はゲームセンターの壁掛け時計を見て、この二日を思い出して、まとめた。

 そして、対比して、わかりきった答えを出して、口にした。


 「よかったていうか、どっちがどっちって比較対象になんないわ」


 それにまいは少し驚いたような表情をして、何とも言えない表情になって、笑った。


 「そっか。でも、悟志として正解だと思うよ」


 まいはその笑顔のまま、


 「じゃあ、今度はどっちかって決めれるようになんなきゃね」


 そんなことを言った。

 そんなことを言って、悔しそうな顔を一瞬見せて、また笑って。

 いつもの様なやかましさで、


 「よし、本日のデートは終了!送れ、悟志!」


 命令をしてきた。

 彼女の表情たちが何を意味していて、どんな思いがあったのか全く分からないが、いつものようにしているその振る舞いに、


 「図々しいな、お前」


 いつものように突っ込んでやることにした。




 帰りも漫才をして、昨日のめいと同じように、まいを彼女の家の近くまで送って、いつもの公園のベンチに先回りして座っていた貴崎を見つけ、彼女の隣に据わり、ここに来るまでの道中の自販機で買ったアイスコーヒーの缶を渡すと、


 「予想通りの時間だ。あと、お返し、ありがとう」


 なんて言われながら、受け取ってくれた。

 座って、ほんの少し静寂を挟んで、貴崎は話し始めた。


 「どうだった?今日で終了ってことだから、感想くらいは聞きたいな」


 茶化すような言い方。

 それ俺は笑いながら答えた。


 「とりあえず、楽しかったよ」


 そして、それに続けた。


 「仁都ツインズでいるときはあんなにやかましくて、積極性の塊なのに、めいだけになれば、静かな時間を過ごせたり、まいだけになれば、嵐のように畳み掛けるけど、常にハイテンションってわけじゃない。二人なりに性質やら性格があって、それが二人合わさって一つになってるだけなんだなって。あたりまえだけど、そう思ったよ」


 一通り俺の感想を聞いた貴崎は何度か静かに頷くと、何か感じることができたのだろうか。


 「そうだね。初対面と比較して、私の第三者目線から見てもそう思う」


 納得したような表情で言ったのは、単なる共感だった。

 だが、貴崎らしく、それだけじゃ折れないようで、最後にといわんばかりに、付け足した。


 「まぁ、すべてにおいてほぼ素人の私が言うのもなんだけど、あの二人、たぶん、君のことを好いてるよ」


 本当に余計なことを言ってくれた。

 だけど、俺はそのことについては驚くわけでも、戸惑うわけでも、どうするわけでもなく、一年間ぽっちの空っぽに等しい記憶の中で古めのアーカイブから答えた。


 「そうか」


 その反応に貴崎もやっぱりなと言うな表情で、


 「やっぱり、リアクション、薄いな」


 応えた。

 こんな少しの会話で一度、話し合いは止まり、貴崎は俺と一人分空いた距離を詰めて、すぐ隣に寄った。

 寄って、貴崎は言う。


 「一応、逃げないようにこの距離を詰めた訳だけども。して、君は気付いてはいたのかい?」


 すぐそれに短く俺は返した。


 「気付かなかった」


 そして、更に貴崎は聞く。


 「じゃあ、今回でそういう収穫は?」


 それに俺はしばらく考えて、返した。


 「ない、な。俺と仁都ツインズアイツらはどうやっても友達だ」


 その答えに貴崎は呆れたような表情とともに溜息を一つ。


 「・・・悟志君、私みたいなやつが言うのはだいぶ違うかもしれないけどさ、君はいつまで怖がっているんだい?」


 そして、言ってくれた。

 言ってくれやがった。

 俺の男女間の感性の苦手部分を。

 今まで構築した関係を嫌がる癖を。

 ついてくれた。


 「やっぱ、貴崎は俺の親友だよ」


 だから、俺は乾いた目と笑いで言う。

 あてもなく、解決法はあっただろうが、どうすればいいかわからない、空っぽな自分が嫌になる。

 だが、過去は今を裏切れない。

 生きているうちはその通りだ。

 どんなに通じ合おうと、どんなに隠蔽しようも、過去は必ず足をつかむ。

 そんな『当り前さ』にそうなった。

 そんな俺に貴崎は何か思いついたように言った。


 「そうだ、君の弱点をなくすとまでは言わなくても、ある程度は強化できるかもしれないな」


 そんな思い付きに突き動かされた貴崎を見て、俺は悟った。

 衝動が収まるまで止まらないな、と。

 そして、案の定ではあったが貴崎は俺に提案した。


 「人間関係は名前の呼び方で距離感のあるなしが多少なりともわかるというのをひのえ先生から聞いたことがある。では、こうしよう」


 貴崎はズイッと顔を近づけ、目を爛々と輝かせ、


 「貴崎という苗字で呼ぶ距離から、『巳和みよりという名前で呼ぶ距離』にランクアップしようではないか!」


 提案を突き立てた。

 貴崎の言う理屈は何となくわかる。

 親友やら友達を名字で呼ぶ、なんてことは余程その呼び方で定着していない限り、あまりないことではあるのだろう。

 だが、割と俺の中では定着している貴崎呼び。

 あまり手放したくない感があるし、その上、なんというか、若干、気恥ずかしさがある。

 男女間の意識なんて野暮やぼったいものではなく、本当にただの不慣れからくる恥ずかしさ。

 それに俺は逡巡し、戸惑った。

 しかし、貴崎は止まらない。

 迷う間もグイグイ来る。


 「さぁ、言うんだ!私を巳和というんだ!『さん』とか、『ちゃん』とかそういうのはいらない!呼び捨てにしてくれよ!さぁ!」


 なんだか、バトル漫画でたまに見る『俺に構わず、俺ごと撃て』的な迫力を感じてきてしまった。

 ただ、メインターゲットが人物の呼びかたなのが最高にダサい。

 だが、しかし。

 俺が無視して話を変えようとしても、こうなった貴崎は止まらないのを経験則から知っている。

 では、どうするべきか。

 それは簡単で貴崎を満足させればいいのである。

 では、今回はどのように満足させるべきか。

 今回は俺が従うしかないのである。

 では、結論はどうなる。

 結論は俺が言いなりになる。

 結論が出てしまった。

 三コマ即オチなど面白くないが、この場合は仕方ない。

 別に関係が変わるわけでもないし、名前予備くらいなら俺が慣れていけばいい、そう諦めて、俺はため息を一つ吐き、従うことにした。


 「・・・巳和、これからはこう呼べばいんだよな」


 巳和呼びに落ちた俺に貴崎、改め巳和は目をさらに爛々と輝かせて、リクエストを始めた。


 「もう一回」


 「巳和」


 「もう一回」


 「…、巳和」


 そして、二回目で俺は恥ずかしさから目をそらすと、


 「Look at me目をそらさないCall my name againもう一回!」


 今度はやけに発音のいい英語で命令してくれた。

 いきなりの英語に驚き目を合わせてしまった俺はさらにおどろいた。

 顔が近すぎる。

 あと数ミリで鼻と鼻が触れ合うのではないかというくらいの距離。

 好奇心は猫をも殺す、なんていうが、この場合は好奇心は羞恥心をも殺す、と言ったところだろうか。

 もし、普通の俺が故意じゃなく何かの事故で同じ状態になれば羞恥心大爆発で鳩尾みぞおちに一発叩き込んでくるくらいにはそういうのが苦手な巳和なのだが。

 本当に脳内麻薬が分泌されているのだろう。

 緊張と羞恥心に悶えそうな俺はそのことを理解したうえで、


 「・・・、巳和」


 名前を呼んであげた。

 そうすると、貴崎は最高潮に嬉々とした表情を浮かべ、俺の肩をバシバシと叩き、


 「そう!そうそうそう!これからずっと、その呼びかた固定だよ!忘れないでね!日誌ちゃんとつけてあげるからね!」


 呼びかたをやめるな、というある意味の命令と今後の方針を教えてくれた。

 日誌、付けられるのか…。

 いやだなぁ。

 そう思いながら俺はまた新しい何かを手にしたのだった。




   三章 二人はひとりではなく




 仁都ひととツインズとの一人ずつデートが終わり、翌日、月曜日。

 俺はいつもの通り、登校のために通学路を歩いていた。

 そんな何事もない一日の始まりの時間。

 だったはずなのだが。


 「おい、悟志さとし


 「コラ、悟志」


 「「そこを止まりなさい」」


 聞き慣れたコンビネーション。

 それに俺はとりあえず立ち止まった。

 そして、やっぱりか、仁都ツインズが目の前に現れる。

 先日の性格は何処へやら、いつも通りの面倒な二人で一つだった。


 「悟志、今日は生物のテストだけど、予習は出来てる?」


 「テストが終ったら、まいと一緒にその次の時間に受けることになる私に情報を送るんだ」


 「俺はどうでもいいけど、めい、それはずるくない?」


 「めいは私と今回のテストの点数で勝負することになっているから、そういうずるはだめだよ」


 「わっ!?まいが敵に寝返った」


 「寝返るも何も争う相手じゃなかったのか?」


 「そうだ、悟志の言うとおりだ」


 「そういう時だけ悟志をいいように使うのは禁止!」


 「・・・お前たちの掛け合いって、小学生レベルじゃないか?」


 「「もっと高次元だよ!」」


 漫才にまじめな突っ込みを入れるとめいとまいに同時に言い返された。

 どうやらそれなりの小芝居は楽しかったらしく、二人は矛先を俺に向けてきた。


 「デートできたからっていい気になるな!」


 「デートで何かわかったような口をきくな!」


 「それお前らから誘って来たっていう事を忘れんなよ」


 「めいの理解者になったつもりだろう?」


 「まいなら頼めば、抱かせてくれそうと思っただろう?」


 「「残念!それは淡い幻想!」」


 「そっくりそのままお返ししてやるよ」


 「めいとわたしが幻想?」


 「まいと私がファンタジー?」


 「自分の実体だけは見失うなよ。それにお前ら、抱き合わせのセットで今は生き残れたとしても、個別売りできなければ社会じゃ生きていけないぞ」


 「「誰が抱き合わせじゃ」」


 「こちら二点、ひとまとめで割引です」


 「「ひとまとめにすんなっ!」」


 いつもの流れで、いつものセリフを聞いて、俺は安心する。

 そして、安心と同時に思った。

 仁都ツインズは一人ずつの弱いところをお互いに隠して、自分の踏み出せないものに対し、お互いに背中を押し続ける。

 だから、振り切っていける。

 自分の規制を踏み越えて、行ける。

 双子だから規制を無視できる。

 なんだかんだでやっぱり、おもしろい奴らだ。

 そう思って、三人で通学を歩いた。




 時間は矢のように過ぎ、放課後。

 俺はいつものように研究室へと向かった。

 向かって、気付いた。

 それは研究室のドア前で、だ。

 やけににドアの先、研究室の中が賑やかだ。

 たまに巳和がハイテンションを突き抜け、とんでもないテンションと音量のツマミの捻り方を忘れた独り言を発していることがあるのだが、今回はそうじゃない。

 賑やかというよりは騒がしい。

 ドア越しで何を言っているのかはよくわからないが、ギャーギャー言っているのは何となくわかったし、研究室に巳和だけではない声も聞こえた。

 それは女性、それも聞き覚えがあるような。

 少なくとも、学校という機関の敷地内、不審者は入ってこないはずだ。

 ならば、何だろうか。

 疑問に思いながらも、巳和の心配もと、マルチタスクな感情の持ち方をして、戸を開けた。

 そして、その先には何かの本を武器にして構える巳和とヒーローものでよく見る戦闘員じみた構えをして指を気持ち悪くわちゃわちゃと動かす仁都ツインズ。

 …、なんで仁都ツインズがいるんだ。

 即座位に行き着いた疑問に口が速攻を仕掛けた。


 「めい、まい、お前ら何してんだ」


 それに二人は俺のほうへ振り向き、巳和を指差して同時に口を開いた。


 「「おい、ロリ巨乳をはべらしてる悟志がお越しになってんじゃん!」」


 喧嘩を売っているのだろうか。

 ケンカではなく喧嘩を売っていると見ていいのだろうか。

 友達を侍らしてるって、主従関係のついた友達と同義になるし、友人間での上下関係ってなんだよ。

 そして、一方、その発言を聞いた巳和は、


 「ロリ、ロリきょ、巨乳…?ロリっていうと、俗的に言う女児のことで、きょ、巨乳って、え…?」


 そういう俗物的な単語には無知だったらしく、普通に考えて奇々怪々、アンバランスで珍妙な俗物複合語を顔を赤くしながらも理解しようと困惑していた。

 実際、よく考えてみれば通常では考えられない状況の単語ではある。

 漫画とか、そういう空想に近い存在としてカテゴライズされた巳和に若干の憐みに似た感情を抱きつつも、仁都ツインズが設定したカテゴライズに納得した。

 たしかに、童顔でかなりの低身長という二点を言えばロリと俗物的基準からすれば言えるし、普通に巨乳だ。

 本当に何も間違っていないから困るのだが、そういわれるのが苦手な人だっていることを四日前に教えたはずだろう。

 そう思って、売られた喧嘩は買わず、できるだけ怒らないように突っ込みを入れることにした。


 「二人ともデバックした距離感はどうしたんだ」


 それにまいは答えた。


 「巳和ちゃんのデカ乳にやられちまった」


 「お前は小学生か」


 俺はすぐに突っ込みを入れる。

 そして、めいはそれに言う。


 「巨大なる双丘の前では皆、わっぱ同然なのだ」


 「そんなみんな嫌だよ」


 めいの狂気じみた発想をきっぱりと切り捨てる。

 そして、その中に巳和が一言。


 「なんで私のフォローがないの」


 巳和?

 まさかの敵の出現に俺は心の中で彼女の名前を呼んでしまった。

 だが、とりあえず、巳和に背中を向けるように割り込んでしまった自分の役目的にはそういうのもあるのかもしれないと、とっさの判断でよくある謎理論で巳和をフォローすることにした。


 「・・・巳和、たしかに見た目はそうなるかもしれない。だけど、中身はちゃんと年相応だから、安心してくれ、ぶふぁ!?」


 言い終わる前に巳和が持っていた本を俺に投げ、顔面直撃を果たした。

 わかっていた。

 そうなるのは何となくわかっていたが、俺には今、おこなった方法以外とっさに思いつくことができなかった。

 だって、シンキングタイムなかったんだもの。

 まぁ、それは理屈には過ぎないが。

 そして、行動直後に巳和は、


 「全然フォローになってないじゃないか!!」


 と全うな突っ込みを入れてくれた。

 だが、その一方、俺はそれなりの重さの本が顔面強打し、その勢いのまま、普通に地面に倒れた。

 倒れて、普通に尻餅をついて、床に頭を打ち付ける。

 めっちゃ痛いが、まだそれは予想範疇ではあった。

 後頭部に走る激痛を脳が感覚として信号した瞬間投げられた本が目の前に降って来た。

 どうやら顔面強打した瞬間、俺の顔が上を向き、本が上昇、進行方向はそのまま再び、弧を描き、時間差落下を果たしたのだ。

 すごい奇跡的な状況に最悪な点がひとつ。

 お判りの通り、落下点が俺の顔であることだ。

 そして、目の前に迫った本はその角を俺の人中を穿ちトゥワイス顔面強打を俺に見舞い、意識をガッツリ刈り取った。




 「…………く…、……君、…し……君!悟志君!」


 何度も呼ぶ名前で俺は目を覚ました。

 どうやら、気絶したらしい。

 やられた瞬間に分かってはいたが、こうも実体験になると自分が置かれていた状況が分からなくなるものだ。

 どうやら、巳和たちが俺をソファの上まで運んでくれたらしい。

 目を開けた俺に対し、


 「悟志君、君は今どこにいるかわかるかい?」


 質問をして、それに俺は視覚から得られる範囲で答える。


 「学校、研究室」


 それに巳和は頷いて、もう一つ質問をした。


 「ちなみに私が誰かわかるかい?」


 稚拙な質問だが、おそらく何かの確認だろう、そう思って、俺も真面目に答える。


 「貴崎巳和」


 そして、一通りの質問を終えたのだろうか、巳和は少し強めに俺の胸をバシッと叩いた。


 「いてっ」


 それに普通に反応し、巳和はほっと安心した表情になり、話し始めた。


 「よかった、意識清明だ。ジャパン・コーマ・スケールっていう、簡単に言えば意識がはっきりと保ってるかを確認するテストをしてみたんだ」


 聞いたこともないが、意識がはっきりとしてるかさっきの質問やらで確認してくれたらしい。


 「…どうも」


 なんでかよくわからないがとりあえず感謝の言葉を俺は口にし、気付いた。


 「…巳和、今俺どうなってんの?」


 そんな大雑把な質問に巳和は不思議そうな表情を浮かべ、


 「えっと、ソファに寝かされてるね。あと、呼吸困難になったときに高さが欲しいから、とりあえずちょうどいい高さだからって理由で膝枕してるね」


 丁寧に答えてくれた。

 やけに暖かくて柔らかい、そんな後頭部から伝わる感触の答えが出たところで、


 「え、膝枕?」


 誰もが一瞬は夢見てしまう憧れシチュエーションに俺は驚いて、聞き返す。

 聞き返して跳ね起きようとするも、


 「起きない」


 そう巳和に額に手を強めに押し当てられ制止される。

 そして、巳和は自身の腕時計を見て、


 「そうだね、あと三十分はできるだけ起きないでね。鼻血出てるんだし」


 ストップと期限を言い渡した。

 それにいわれて、鼻にガーゼが詰められていることに気付き、どんなダメージの喰らい方をしたのか改めて、恐ろしくなった。

 だがこれも理不尽な進みではあったものの俺のフォロー力不足位だということにして、反省することにした。

 したのだが、


 「本当にごめん」


 一言だけ、巳和に謝られた。

 謝られて、あえて俺は、


 「いいよ、気にすんな」


 それだけ言って、首を少し傾けて、横を見るとそこに仁都ツインズがいた。

 二人は俺と巳和の現状を見て、じっと何かを言いたそうにしている。

 いやな予感しかないが、とりあえず、聞いてみることにした。


 「何を言いたいんだ」


 ざっくりとした疑問でも二人はすぐ答えた。


 「やけにいちゃいちゃしてんねぇ、と」


 「わたし、ダダ甘空間により爆薬大量馬鹿映画を見たくなってきた」


 という事で俺は一度、巳和に顔を向けると、彼女もおれの顔を見て、一言。


 「割と真面目なんだけどね、私」


 困った顔なんだか恥ずかしい顔なんだか、顔を赤くして、苦笑いを浮かべていた。

 そして、俺はほんの少しの悪乗りを思いつき結構する。


 「巳和は真面目って言ってるけど、俺もまいの意見には同意だよ。火薬大量馬鹿映画見たいね!」


 そう言ってまいにサムズアップを贈ると案外乗ってくれなかったらしく、親指を下に向けたハンドサイン罵倒を笑顔のまいから送られた。

 なんでこういうタイミングで乗ってくれなしんだと思いながらも、


 「…めい、今の俺が悪い?」


 リング外にいためいを引っ張りだしてみることにすると


 「悪い、悪くないの判断は全体からみると難しいけど、同感するチョイスはプレイミスかな」


 判決が下った。


 「プレミ野郎、お前が爆発しな」


 そして、まいからの追撃。

 どうやら、個人撮影のZ級の爆発映画を所望しているようだ。

 そんな喜劇にもならないしょうもないネタをやってられるか、なんて突っ込みながら、ただただ、不満そうな目を二人に送るのだった。




 三十分後、ガーゼは鼻から抜け出し、ごみ箱という終着点へとなげこまれ、俺は元気に体を起こしていた。

 目を覚まして十分くらいから巳和は安全と判断したらしくパソコンの前へと座り、画面とのにらめっこを始めた。

 そんな時間で立ち続けているのも飽きたのか仁都ツインズは俺の隣にちょこんと座った。

 そして、巳和のそんな風景を俺はいつものように、仁都ツインズはもの珍しそうに眺めていた。


「悟志、巳和ちゃんはこんな部屋で一人、キーボードカタカタ打ち込んでるんだ?」


 まいは素朴な疑問を俺に投げた。


 「あぁ、俺はよくわからんけど巳和が天才だってことで学校が特別に許可して自由にさせてるんだってさ。一応、巳和の居場所はここだけ、俺たちだけの秘密ってことにしろよ」


 「ん、わかった。それにしても天才かぁ。ロリ巨乳すごいな」


 まいに俺はもろもろのことは知らないということにして、教えた。

 ついでに変に広まって、事情を理解しない連中に変な標的にされないようにと約束を取り付けると、一言多いものの、それを二つ返事で承諾してくれた。

 少なくとも、仁都ツインズは口が堅い。

 それに約束事であれば、二人は信用できる。

 だから、承諾したときに、俺は一安心した。

 そんな中、


 「学校にこんな部屋あったって全く知らなかった」


 めいはこの部屋を見回していった。

 それに俺は思い出したかのように訊いた。


 「そういえば、二人ともよくこんな影薄くて見つけにくい教室を見つけることが出来たな。一体、どうやって?」


 そんな疑問にめいは率先して答えた。


 「今日の帰りのホームルームが終わってから、トイレから出てきた巳和ちゃんを発見して、尾行した」


 どうやら割とオーソドックスな見つけ方だったらしい。

 正直知っている人間に案内されない限りここは俺も見つけられる場所ではないと思う。

 それにしても、運がいいのやら悪いのやら、学校内でよく巳和と遭遇で来たな俺は変な関心をしてしまった。

 そして、また一つ素朴な疑問を思い出すようにして浮かび、その勢いのまま、訊いてみた。


 「尾行云々はあんまりやるなよって感じなんだけど、なんで俺が来たときにあの状態だったんだ?」


 見たときにはセクハラを連想するセリフを言っていたわけでもなく、俺が入って来てすぐに身寄りから矛先を変えたせいで、発端の予想がつかない。

 それはそれで気になる、そんな純粋な気持ちで聞いてみると、仁都ツインズのコンビネーションで答えてくれた。


 「それはね、一応距離感のデバックをしてみて、アップデートした距離感でこの部屋にわたしたちが突撃したところから始まるのさ」


 「突撃、突貫、殴り込みって勢いで部屋に入ってみると、巳和ちゃんがすっごくびっくりしててさ」


 「だから、めいが『おじゃましまーす』って言って、わたしが『何してるのー』って聞いたら、部屋の端に本を盾にして逃げちゃってさ」


 「だから、そういう遊びなのかなぉあって思って、構えたんだ」


 「「そしたら、悟志が来た」」


 一部始終を話してくれて、最後にはいつものように気持ちよくハモって言ってくれたのだが、まずがおかしい。


 「お前ら、本当にデバックできたのか?」


 「「できたと思ってる」」


 俺の質問に勢いよく二人同時に首を縦に振って、答えた。

 自信を持って即答で答えてくれるのは大いに結構なのだが、


 「第三者の意見で言わせてもらえば、何を基準でデバックしたのかはよくわからないけど、少なくともデバックはミスしてるし、その自信の湧き場所をしっかり調べたうえで湧き潰しをして自信を枯らしたいまである」


 「なんと!?」


 「デバック失敗!?」


 めいとまいは各々反応を仕手はくれたのだが、目に余るしくじり方を指定て、その反応をするための体力、時間、機能をデバックの基準の再確認とデバック以前に参照するものの調査に裂いてほしいと思ってしまうのはさすがに友人として呆れながら怒っているからだろうか。

 そうなんだけど。


 「・・・とりあえずデバック以前に、距離感というものを学習しなおしてくれ」


 俺はとりあえず二人に必要なことを言い渡した。

 それに各々は刻々と頷くだけうなずいて、お互いにスマホを取り出して、何か弄り始めた。

 何をやりだしているのか、そう思って、失礼と思いながらも二人の画面をのぞくと、距離感について調べ始めていた。

 そういうところは偉いんだけどなぁ、なんて思いつつ、俺はそんな空間を眺めながら楽しむことにした。




 時間は思ったより早く経ち、


 「巳和、時間だぞ」


 俺のそんな一声でにらめっこしていた彼女がふと、空間に戻って来たように時計を見始め、


 「あぁ、もうそんな時間かぁ」


 なんて、物惜しそうに言って、帰る準備を始めた。


 「・・・そういえば、仁都の双子は・・・って、おっと、失礼した」


 巳和が仁都ツインズが静かになっていることに気付き、そんな疑問を投げかける途中で、俺たちの座るソファを見て、納得したように声の音量を下げた。

 理由は俺の隣、仁都ツインズはお互いに寄り添うようにして、静かに寝息を立てていたからだ。

 さすがに二人運ぶってこともできないし、そもそも二人はそんなことをしてやる年齢ではない。

 だから、


 「鍵取ってくるから、二人を起こしてくれるか?」


 俺は巳和に訊くと、


 「あぁ、できるだけ優しく起こしたほうが良いか?」


 すぐに乗ってくれた。

 そして、巳和の質問に、


 「どういうタイプで起こしたらいいのかは知らないけど、そっちのほうが良いかも」


 それなりに返して、巳和は二人の目覚ましに、俺は何時もの通りに職員室に向かい、研究室のカギを取りに、という事で行動を開始した。


 「ほら、二人とも起きて」


 そうやって優しく二人の肩をポンポンと叩く巳和の姿を尻目に俺は職員室へ向かう事にした。




 職員室からカギを取って、戻ってくると、


 「んぅ・・・」


 「うぁ・・・」


 寝ぼけ眼を擦っている仁都ツインズと、


 「めいちゃん、カバン持って。ほら、まいちゃんも」


 母親みたいにカバンも持たずに研究室からでようとしている仁都ツインズを呼び止めていた。

 …何だこの空間。

 入っていきなり、いや、空気的な予兆は職員室に向かう前からあったはあったのだが、こんな突っ込むことも弄る事も出来ない空間が広がっているとは思わなかった。

 どんな反応をすればいいんだ?

 だが、目のまえで戸惑っていてもどうしようもない。

 という事で、何気なくやり過ごすという選択意を幾多の中から選んだ。


 「一応、二人とも起きてるけど、大丈夫なのか?」


 とりあえずと、そう訊いてみると、声で初めて俺が戻ってきたことに気付いたらしい巳和は、


 「あ、悟志君、戻って来たんだ。…まぁ、一応、目は覚ましたんだけどね」


 そう言って、苦笑いをした。


 「まぁ、あとは俺に任せて、帰る準備したらいいよ」


 そんな彼女にそう言って、変わると、俺は二人に言った。


 「二人とも、しっかりしろ、学校からもう出ないとヤバい時刻だからな」


 それにめいは、


 「・・・、そうだった。恥ずかしいところを・・・」


 ハッと意識明朗になって恥ずかしがった。

 まいはそれでも、


 「・・・帰れば、いいの?」


 眠い中、若干ある意識をフルに使って言い返すくらいだった。


 「え、えっと、まい、自分の荷物持って!あー、スカートに皺が変についてる…。ほらしっかりしてよ!」


 バシバシとめいはまいを乱暴に肩を叩きながら、文字通りの叩きおこしを決行し、ようやく完全覚醒を果たしたまいは周囲をきょろきょろ見回して一言。


 「なんで家じゃないのいさ」


 それにめいはため息。

 巳和は噴き出して、笑いを堪えるの必死に。

 俺はまいに冷ややかな視線を送ったのだった。




 嵐もとい、仁都ツインズと別れ、二人だけの帰路。

 俺は今さらになって思い出したことを訊いてみた。


 「巳和、土日のデート見た感想を聞いてなかったけど、どうだった?」


 それに巳和は『あぁ』なんて言うように口をあけて、そのまま答える。


 「とりあえず、悟志君はひどい奴だと思ったよ」


 いたずらを楽しむ子供の様な笑いを浮かべた巳和に、


 「ヒデー奴だ」


 なんて棒読みで返し、巳よりは楽しそうに笑う。

 そして巳和は問いに対しての答えを話し始める。


 「初対面と今日の研究室くらいしか彼女たちと接線はなかったけど、彼女たちは二人でいるときは本当に一人の人間の意志で二つのスピーカーから話してるような、そんな感じだった。だけど、君と、個々の存在としての造りは似て非なるモノだった。以前、私がやってみたいと思っていたコルシカの兄弟の様な双子を使った実験なんて、できやしないものなんだなって、改めて思ったよ。一応、作り物と現実の判別は出来てるつもりなんだが、そんなもしを見ると、やりたくなって仕方がない。そんな私の性分だが、あんな仁都の双子の様な実例を見ると、私の思考は単なる押し付けの概念を前提としたものなんだって思っちゃったよ」


 そして、巳和は珍しく、小さくため息を吐いて、


 「私もマジョリティの思考を捨てきれないのかな」


 そんな、ため息交じりの言葉に俺は返す。


 「常識だけは捨てるなよ。…でも、押し付けの概念かぁ、俺もそれは捨てないとな」


 同調とか同意ではなく、単なる肯定と戒めだ。

 だけど、ほんの少し、申し訳なさも入っている。

 巳和や、仁都ツインズとかを除いて、俺の学校生活は押し付けの受け売りばかりの世界で満ちている。

 それは欺瞞や偽善の世界ではなく、未知であるからこその既知の電波がはびこっている世界なのだ。

 その伝播したモノを前提とし、偽善、欺瞞が生まれてくる。

 そして、そのうえで、理想やきれいごとがある。

 そんな世界で「こうだろ」と決めつけていた行いを、何となく見つめなおして生まれたのがほんのちょっとの『それ』だった。



 「ふふっ、悟志君はやっぱり純粋だな。純粋に良い人だよ」


 そんな思考を読んだのか、否か、巳よりは俺をそう評価した。


 「そうか、ありがと」


 正直に感謝を述べるが、知ったような口をきいて、どんな出会い方をしたのかもわからない、虚構にまみれた空っぽの汚れ物にそんな評価は勿体ない。

 毎日、必死に楽しんで生きている巳和のほうが、ずっとすごいんだ。

 そう思うだけ思ってもそれが口から出せるわけでもなく。

 ただただ、自然な笑みに等しいほど偽造された苦笑いが俺の顔に生えるだけだった。

 人の善意を養分に根を広げる忌々しい笑顔に、俺は、自分に嫌気がさした。




   エピローグ




 『人間というのは構成物の大体が同じでもほんの少しの誤差や違いで別物に変動する。

 また、ほぼ同一の物でも、環境の差で変わる事もあり、さらに言えば、同一の環境下で過ごしていても性質、性格の変動や相違は必ず見ることができる。

 二人で一つがあっても、一人にはなりえない。』

 仁都ツインズの研究室来襲の翌日の放課後、そんな結果をノートの一部に落書きするように書いた巳和みよりは俺にそれを見せつつ、言った。


 「悟志君の個性っていうのは私の、個人的見解からすれば、普通だと思うけど、私がそれがうらやましいよ」


 なんてことを言った。

 それに俺は羨ましがっていいのだろうかなんてことを考えているうちに、話は変わり、俺がどうこう言う事はなかった。

 その時、俺はふと思った。

 『俺の幼少期を見てきた、両親の様な第二社ではなく、関わったというだけの第三者として知っている人間はいるのだろうか』、と。

 友人ではなくもっと密接な、兄弟、というか幼馴染の様なそんな人間がいればいろいろ聞けるのだろう。

 そう思った。

 アイデンティティ、なんてたいそうなものではなく、単なる比較対象。

 今の自分と見比べて、その先に何をしたいのかは自分でもわからないが、そういうものが欲しい、そう思い始めた。

 そこから一週間後、母親からこんなことを言われた。


 「みやちゃんが大学に通うために来月から冬が終わるまでここに居候するから」


 みやちゃん?

 それに居候という単語。

 聞きなじまないものばかりで、聞いてみた。


 「母さん、みやちゃんって誰?それにに居候って」


 それに母親は思い出したような表情をして、


 「そうよね。えっと、みやちゃんっていうのは三年前に家の隣に住んでた八目さんの二歳上のお姉ちゃんよ。『雅姉ちゃん、雅姉ちゃん』ってあなた昔よく言ってたんだけどね」


 なんとなくを教えてくれた。

 そこからさらに話を聞くと、三年前に家族の用事で引っ越した、幼馴染の姉に当たる存在らしい。

 八目雅さんは現在、大学生活一年目であり、実家から自転車で通える距離にあるものの冬になると徒歩しか通学の手段がなく、電車は逆に厳しく、車の免許を持っていなかったという事で、俺の家で一定期間、大学の通い易さのためだけに居候するとのこと。

 俺は知らないが、昔から家族ぐるみで深い関係があり、俺の両親はノリノリで許可をしたらしい。

 そんな話を聞き終え、自室に戻って、思わぬ遭遇に感情が高ぶった。

 こんなタイミングで欲しいものが手に入るかもしれない。

 そんな期待が俺の胸を高鳴らせていたのだ。

 そして、俺は知ることになる。

 俺の実態を。

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