第44話 大成、ますます憂鬱になる

 だが、俺と青葉あおばが財布を仕舞った瞬間、俺のスマホから着信音がした。しかもこの音はメールだ。

 俺は左手でコートからスマホを取り出したが、それを青葉が奪い取るようにして自分の手に持って素早くクリックしてメールを開いた。そのまま俺と青葉は恐る恐るといった感じでスマホの画面を覗き込んだ。


『明日の午前10時、札幌駅南口にあるスナバの前に来てください💛 華苗穂かなほより』


「はあ?ちょっと待て!あの先輩、何で今日に限って『華苗穂』などと名前で言ってるんだ?しかもこのハートマークはどういう意味だあ!?」

「たしかに華苗穂先輩にしてはぶっ飛んでるわねー。罰ゲームだからちょっと悪ふざけしてるんじゃあないの?」

「勘弁してくれよなあ」

「でもさあ、土曜日のこの時間にこの場所だと目立つ事この上ないよ。華苗穂先輩はわざと見せびらかすつもりかしら?」

「そっちも勘弁してくれよお。誰かに見られて噂話にでもなったらどうするんだ?下手をしたらはま天塩てしおさんあたりが『青葉を裏切って広内金ひろうちがね先輩に乗り換えた』とか騒ぎ出すぞ」

「それならそれでいいんじゃあないの?どうせあんたは彼女いないんでしょ?」

「広内金先輩と付き合うくらいなら、美利河ぴりかさんと付き合う方がマシだあ!」

「あらー、大成たいせいって巨乳好きだったの?それともロリコン?」

「お前さあ」

「あー、それは冗談よ。本気にしないでね」

「はー・・・」

「でも華苗穂先輩の事だから制服以外にスカートなんか持ってないんじゃあないの?だいたい普段から『女だからスカートを履かなければならないというのは間違っている!それなら男もスカートを履け』とか平然と言ってる人だよ。下手をしたら男同士でつるんでるようにしか見えないかもねー」

「それなら助かるけど、だからと言って、変な意味での男同士だと勘違いされるのも嫌だぞ」

「まあ、そこは適当に頑張ってねー」

「あおばー、何を頑張ればいいんだ?」

「華苗穂先輩から『お前とは二度と付き合わない!』とか言われるように頑張ってねー。なんなら最後に特大のビンタ一発でも喰らってみればー」

「お前さあ、さっきの顔、本気で期待してる顔だな」

「だってさあ、罰ゲームなんだからそういう展開も面白いわよねー」

「勘弁してくれよお」

 おいおい、広内金先輩も広内金先輩だけど、青葉も青葉だよなあ。こりゃあ、間違いなく罰ゲームを悪ふざけとしか捉えてないぞ。明日の俺はどうすればいいんだあ?マジで明日の事を考えたら頭が痛くなってきた。


 で、まさか罰ゲームとはいえデートの待ち合わせ連絡をしてきた広内金先輩にガン無視という訳にもいかず、かと言って俺には気の利いた返信をするような度胸も根性もない。

 当然だが俺がため息をついたから青葉がノリノリ(?)で返信を打ち始め、出来上がると俺に確認をとる事もなく勝手に送信した。

「たいせー、華苗穂先輩へ返信しておいたからねー」

「ん?どれどれ」

 俺は青葉が見せた画面を覗き込んだが・・・それを見た俺は血の気が引いた思いがした。

 その返信内容とは・・・


「りょーかいであります。必ず約束の時間に間に合うように行きます。


 あのー・・・個人的希望で申し訳ないのですが、先輩と素敵なデートをしたいので、できれば青葉も真っ青になるくらいの女の子らしい可愛いお姿で登場してくれる事を期待しています。


 明日は素敵な一日でありますように」


 これを読んだ瞬間、俺はますます頭が痛くなってきた。

 ほぼ間違いなく、これを読んだ広内金先輩は激怒しているはずだ。あの先輩が一番気にしている事、それは・・・青葉は2年生、3年生からは男女問わず『校内一の美少女』として圧倒的な人気があるけど、広内金先輩はあの言動と全然ない胸(?)が原因で2年生、3年生の男子生徒全員から『校内一、女らしくない女』『残念系美少女ナンバー1』『彼女にしたくない女ナンバー1』とまで酷評されている。同じ生徒会メンバーなのに、ここまで両極端な会長と副会長(兼風紀委員長)はいないだろう。1年生の評価までは分からないが、上級生の男子の百パーセントがここまで酷評している女子と付き合いたいなどという度胸がある奴がいるとは思えない。

 だからさっきの俺と青葉の会話ではないが、広内金先輩は入学以来、先輩と付き合ってみたいなどという酔狂(?)な男子が現れない事で有名なのだ。その先輩に向かって「青葉も真っ青になるくらいの女の子らしいお姿」などという表現を使っているのだから、明らかに喧嘩を売ってるとしか思えない!

「お前さあ、完全に悪ふざけしてるだろー」

「あらー、私はただ単に華苗穂先輩が大成と二度とデートしたくないって思えるようにお膳立てしてあげただけだよー」

「だからと言って、週明けに俺の立場が悪くなるような事になったらどうするつもりなんだ?」

「まあまあ、そこはらん先生に仲介してもらって、同じ生徒会メンバーとしてこれからも頑張って行きましょうとか言ってお終いにしてあげるからさあ」

「はー・・・結局は青葉は罰ゲームの延長で考えてるな」

「当たり前です!罰ゲームから本当の恋が始まるなどという、ラブコメ小説のような展開がリアルであったら苦労しません!」

「お前さあ、この小説のジャンルはラブコメ小説なんだけど・・・」

「たいせー、『この小説』って何?」

「うっ!そ、それは・・・と、とにかく、青葉は当事者じゃあないからほとんど高見の見物だろ?実際に罰ゲームをやらされる俺の気苦労も少しは考えてくれよー」

「でもさあ、かえでちゃんとみどりちゃんが大成の罰ゲームの現場でバッタリ鉢合わせにならないよう協力してあげるんだからさあ、私だって間接的に罰ゲームさせられているのと同じだよー」

「まあ、そうとも解釈できるなー。だからと言って実際の罰ゲームをやらされるのは俺だぞ。俺が一番乗り気でないんだからさあ」

「まあまあ、見事に華苗穂先輩との罰ゲームをクリアできたら、次の時の小遣いは半分ではなく4分の3にしてあげるから元気だしなさいよ」

「結局はお前が俺のバイト代をピンハネする事には違いないだろ?」

「バイト代ではありません!これは小遣いです。何度も言いますが大成はバイト禁止です」

「はいはい、そういう事にしておきますから」

「あー、なんか投げやりー」

「お前さあ、さっきは結構焦りまくってたのに、今は一番ノリノリじゃあないか」

「そりゃあそうでしょ?別れるのが分かり切っているデートなんて滅多にお目に掛かれないわよ。これほど面白そうな展開はないからねー」

「はああ・・・」

 結局、青葉は俺と別れるまでニコニコ顔だったが、俺は逆にますます憂鬱になって足取りがさっき以上に重くなった。

 マジで明日という日が来て欲しくないなあ。出来れば今日という日が永遠に続いて欲しいと俺は心底願っている。

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