第37話 大成、四人の先生と話をする

「「「失礼しまーす」」」


 俺たち三人が職員室へ入って蘭先生のところへ行ったら、そこにはらん先生以外に女性教師が一人、男性教師が二人の合計四人がコーヒーを片手に談笑している最中であった。

「蘭せんせー、生徒会室の鍵を持ってきましたー」

 青葉あおばがそう言って鍵を蘭先生に渡した。

「あら?珍しいわね。今日は早仕舞いなの?」

「はい、そうですよ。今日くらいはノンビリしようっていう事になって」

「・・・串内くしないさん、顔に書いてあるわよ。今日は脱力感でやる気が湧かないんでしょ?」

「「「・・・・・ (・_・;) 」」」

「ま、今日の出来事が予想出来てたから鬼鹿おにしか先生に頼んでおいたのよねー」

 そう言うと蘭先生はニコッとして鬼鹿先生の方を向いた。

 鬼鹿おにしか呼人よびと先生は今年の3年6組担任だけど去年は広内金ひろうちがね先輩と恵比島えびしま先輩の担任だった人だ。同時に剣道部の顧問でもある。

「あれー、鬼鹿先生、東室ひがしむろ先生の頼み事は聞いてくれるんですかあ?だったら柔道部顧問として頼みたい事が沢山あるんだけど全部東室先生経由でお願いしてもいいかなあ?」

 そう言ってもう一人の男性教師がニヤニヤしながら話に割り込んできた。この先生の名前は鬼峠おにとうげ太平たいへい美利河ぴりかさんのクラスである2年7組担任であり、同時に男子柔道部の顧問だ。俺たち2年生男子の体育も担当している。

「鬼峠先生、今回は例外ですよ!いっつもいっつも東室先生の頼み事を聞いてたらオレだって困りますよ」

「本当ですかあ?」

「そういう鬼峠先生こそ、いっつもいっつも東室先生にお願い事ばかりしてませんかあ?風紀委員会副顧問としての力量が問われますよお?」

「鬼鹿先生こそ先輩なのに結構だらしないですよ」

「まあまあ、鬼峠先生も鬼鹿先生もそのくらいにしてください。野花のばな先生の前ですから、先輩教師としての見本にならないと駄目ですよ」

「あー、そう言えば野花先生の前でしたね、失礼しましたー」

「オレもちょっと大人気なかったな。すみません」

「あー、いやー、わたしも逆にこういう時になんて言っていいのか分からないからー、同じ大学の大先輩にあたる先生方から頭を下げられると逆に恐縮しちゃいますよー」

「野花先生、生徒の前ですから語尾は伸ばさない方がいいですよ」

「あ、そうでしたね。東室先生、失礼しました」

「まあ、そのうち慣れますよ」

「はあ、気をつけます・・・ m(__)m 」

 そう、もう一人の女性教師は2年3組の担任で野花のばなみなみ先生、今年が教師1年目という数学教師だ。始業式の時に紹介されたけど、2年2組の蕨岱わらびたい先生と4組の雄信内おのっぷない先生が190センチ近くあるのに二人の間に挟まれた野花先生はかなり背が低くて思わず笑っちゃうくらいだった。今だって美利河さんの横にいるけど、ほぼ同じくらいの身長だから150センチくらいといったところだ。それに申し訳ないが胸の大きさは美利河ぴりかさんはともかく青葉にも負けている(さすがに広内金先輩よりはあるけどね)。でも、ゴツイ蕨岱先生や雄信内先生とは対照的な綺麗な先生として、早くもクラスの男子から注目されている教師でもある。はま天塩てしおさんなんかは早速「みなみ先生」とか呼んでる始末だ。明日の2時間目の数学の授業は何となく一悶着ありそうな予感がするぞ。

「あのー、蘭先生。鬼鹿先生に頼んだって、どういう意味なんですか?」

 青葉が意味不明といった顔をして蘭先生に話し掛けたけど、蘭先生は答えず、代わって鬼鹿先生が話し出した。

「串内、美留和びるわの奴が生徒会に結構難問を持ち込んだってのは東室先生から聞いたぞ。オレも美留和の心情を分かってるつもりだが、それと剣道部の問題は別だ。それに女子剣道部が男子剣道部と合併した最大の原因が美留和にあるのはオレも東室先生も承知してるからなあ。その問題を棚上げにして生徒会や校則の問題にすり替えられるのはどうかと思っているぞ。そのあたりは柔道部も同じ問題を過去に抱えていたのは鬼峠先生から何度か聞いてたから、昨日のうちに美留和本人に『生徒会や職員会議、あるいは校則に触れる発言は一切してはならぬ』と固く言い聞かせたんだ」

「そうだったんですか・・・ありがとうございます」

 そう言うと青葉は鬼鹿先生に頭を下げた。同時に俺も美利河さんも頭を下げた。

「ただなあ、美留和本人が言ってたけど、会長が『私に任せないさい』的な発言をしてたって本当か?だとしたら生徒会が尻ぬぐいを引き受けたに等しいぞ。もしこれで美留和が望んだ結果にならなかった場合、会長はどうするつもりなんだ?」

「その話はオレも鬼鹿先生から聞いたぞ。まさかとは思うが恵比島えびしま副会長のつもりじゃあないだろうな?」

 二人の男性教師、まあ、いわゆる『鬼鬼コンビ』が揃って青葉に険しい表情をして逆質問してきたけど、青葉は澄ました顔で

「あー、その件ですね。とりあえず今日の呼び掛けで剣道部に女子部員が集まれば万々歳ですけど、もし集まらなかったとしても先輩を納得させる方策があるから心配しないで下さい」

「串内さん、それは本当ですか?生徒会顧問としても少々心配事だったのですが、本当に会長一任で大丈夫なんですか?」

「大丈夫です、任せて下さい。あー、でも、鬼鹿先生や蘭先生にちょっと手伝って貰うかもしれませんけど、先生方を頼るような事はしませんので大丈夫ですよ」

「それなら会長に任せるぞ。オレも当面は顧問として推移を見守る事にする」

「任せて下さい!」

 青葉は最後まで自信満々の態度を崩さなかったけど、俺は何を根拠にして青葉が自信満々なのか分からない。先生方だけでなく恵比島先輩や広内金先輩も青葉が自信満々でいる理由が分からないのだからなあ。

「あのー、そう言えば南先生、あ、失礼しました、野花先生。鬼峠先生や鬼鹿先生と同じ大学の出身だったんですか?」

赤井川あかいがわさん、別にわたしは『南先生』でも構いませんよ。実際、今日もクラスの大半は『南先生』って呼んでますから。それに東室先生だって生徒からは『蘭先生』って名前で呼ばれてますよね。わたしはそれでいいと思ってますし東室先生もいいと仰ってますよ」

「そうですか、じゃあ遠慮なく言わせてもらいますよ」

「はい、構いませんよ。それとさっきの質問の返答ですけど、鬼鹿先生は大学の11年、鬼峠先生は8年先輩にあたる人なんですよ。それに東室先生は同じ高校の9年先輩・・・」

「野花先生!」

「あーっ!すみません、年齢の事は・・・」

「勘弁してくださいよ。わたしが一番気にしてる事なんですから」

「ホントにすみませんでした」

「まあ、生徒の大半が知ってるから今更とやかく言っても仕方ないですけどね」

 そう言うと蘭先生は「はー・・・」とため息をついた。鬼峠先生と鬼鹿先生の二人は「やれやれ」といった表情をしている。

 そう、蘭先生は未だに独身だから自分の年齢を極端に気にしているのだ。そして、何故鬼峠先生と鬼鹿先生が蘭先生と親しく話をしているのか、その理由も簡単、二人共独身なのだから。しかも二人とも蘭先生を狙っているというのは校内の2年生、3年生で知らない生徒はいない。

 蘭先生は結構美形で、それでいて茶道部の顧問だから女子からは『大和やまと撫子なでしこの鏡』とまで呼ばれている人気の先生だ。それに、校内の独身女性教師は蘭先生と今年から教師になった南先生しかいないのだ。

 当然だが、鬼鹿先生は蘭先生を狙うライバルともいうべき後輩の鬼峠先生が同じ2年生なのは気に食わないはずだ。でも、一昨年は鬼鹿先生と蘭先生は隣り合わせの3年6組と7組の担任、去年は蘭先生と鬼峠先生が隣り合わせの1年3組と4組の担任だったのだから、そこで二人とも落とせなかったのだからダラシナイの一言だ。まあ、正しくはお互いに足の引っ張り合いをしているから蘭先生が気付かないのだが・・・。

 蘭先生も、中学の先輩である高砂たかさご先生が独身のうちはノホホンと構えていたのだが、去年の夏休み明け初日に『北浜きたはま先生』として姿を現したから当然だが校内中に激震が走った。一番大騒ぎだったのが生徒ではなく蘭先生だったのだが、その時になって慌てても遅いんだけどね。逆にいえば、いつの間にか鬼峠先生と鬼鹿先生の足の引っ張り合いを見ても、自分を巡っての足の引っ張り合いだというのに気付かなくなったというべきかもしれないなあ。

 

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