第7話 野菜炒めと読み聞かせと買い物

 朝は、ご飯とひきわり納豆、海苔のり、最後の温泉卵、昨日の野菜スープというラインナップだ。


咲子はスープを作るために持ち手が外れて、冷蔵庫に残りを保管できるタイプの鍋を買った。値段は高かったが、シリコンの蓋も付いているので、独り暮らしで作り置きせざるを得ない人間には大変重宝する代物になっている。


今も朝ご飯と昼のお弁当のスープになるべく、昨夜の野菜スープはその鍋で温めなおされている。


朝ご飯が手間いらずだったので、昼のお弁当用に固い所ばかりが残ったキャベツとピーマンを一個、ザクザクと刻んで、ひき肉のしぐれ煮の残りと一緒に、野菜炒めをすることにした。

野菜炒めのポイントは最後に味付けをすることだ。そうしないと野菜から水分が出てベチャベチャになってしまう。

ひき肉に濃い味が付いているので、味の素はたっぷりかけたが、塩コショウは控えめにした。

携帯ボトルに焼き肉のたれを入れておく。


食べる前にこれを少し振りかけると美味しいんだよね。


最後にレモンハーブで風味づけされたソーセージを二本焼いて、野菜炒めに添えた。お弁当のご飯の側には塩昆布ときゅうりの漬物を添える。


今日のお弁当は脂っこいので、口直しに黄桃の缶詰をあけて、小さめのタッパーに二切れ入れて、デザートに持っていくことにした。



ふーむ、野菜室には千両ナスが二本とピーマンが一個か。

今夜は天ぷらにしようかな。


ナスの天ぷらは咲子の大好物だ。

だし醤油をかけて食べると美味しいんだよね~。




◇◇◇




 今日は北側の道に出ることにした。


咲子の家の周りの田んぼも、綺麗に稲の苗が並んでいる。田植え作業の最盛期は過ぎたようだ。


田んぼの水を調整するために、農業用水路に沈めたポンプを、自転車に乗った農家の人が時折、見回りをしている。


北側の道に出る手前で車を一旦停止した時に、ちょうど中西さんが自転車でやって来た。


一瞬だったが、お互いに「おはようございます。」と頭を下げて挨拶をした。


今日も野球帽をかぶってたわね。

中西さんは野球ファンなのかしら?


左に曲がって西の方にしばらく行くと、道沿いに家を建てている所がある。


やっぱり形からして普通の住宅じゃなさそうね。

お店なのかしら?

雑貨屋か本屋ができるといいんだけどな。


咲子は岸蔵きしくらの中心街にある中央図書館が職場なので、近くには洒落たお店がたくさんある。

大抵の買い物は職場の帰りに済ませられるが、休みの日や年老いて退職した後のことを考えると、自転車で買い物に行けるぐらいの所に店が出来たら嬉しい。


小学校やホームセンターを過ぎて、JRの線路を渡ると、咲子の車は土手の県道へ合流する道をのぼっていった。




◇◇◇




 出勤すると、秋月主任にホッとした顔をされた。


「穂村さん、お休みじゃなくて良かった。さっき今日の本読みボランティアの人から風邪で休むと連絡があったのよ。幼児の読み聞かせを頼める?」


「いいですよ。今日は『がらがらどん』と『わたしのワンピース』でしたっけ?」


「そう。そっちはいいんだけど、紙芝居をボランティアの人が持って帰られてるのよ。何か適当なのを選んどいてくれる?」


「わかりました。」



読み聞かせは好きなので問題はない。

ただ下読みをしていないので、暇を見つけて読んでおく必要がありそうだ。


咲子は貸し出しや返却の業務の手が空いた時に、書庫整理をパートの上村さんに代わってもらって、紙芝居を選びに行った。

いろいろと考えたが、去年も読んだことがある『カタツムリのタムタム』にすることにした。

紙芝居の後、話の中のタムタムの様子を手遊びでやってみる。そこで『雨』の歌を歌って、そこから『わたしのワンピース』への導入ができるのではないだろうか? 

『がらがらどん』は最後だね。咲子の読む『がらがらどん』は怖いので、たまに怯えて泣く子がいるのだ。



読み聞かせの時間は盛況だった。

よく来るメンバーに加えて、新しい子が五人ほどいた。その子達がノリのいい子だったので、咲子が絵本を読んでいく声に引き付けられて、全員がグッと物語の世界に入り込んでいる。


子ども達の食い入るような真剣な目を見ていると、咲子はいつもゾクゾクして嬉しくなる。


自分では持てない子どもだけど、この子達が本の世界に入る最初のきっかけの一人になれたという充実感が、今も咲子の中を満たしていた。



「ねぇ、おばちゃん。がらがらどんはどこにいるの?」


三歳ぐらいの男の子が帰りがけに咲子に話しかけてきた。おばちゃんはいただけないが、この子のお母さんは咲子よりも若いのだろう。

咲子は身を屈めて、男の子の質問に答えてやる。


「ヤギが草を食べているお山かな?」


「あのおおきいやつ、かっこよかった!」


テレビの戦隊ものの影響か、彼はこぶしを握ってポーズをキメている。


「そうねー。強かったね。」


「ぼくもアーちゃんをまもる!」


「おー、さすがお兄ちゃんだね。頑張れー。」


今回は泣く子がいなくて、こんな勇ましい感想を聞くことが出来た。

よしよし、いい感じだ。



今日は買う物が多いので、職場からの帰り道に大型スーパーに寄ることにした。


ここの店は品揃えがいいのよね。


特に肉類が安くてバラエティー豊かなので、冷蔵庫が空っぽになると咲子はここによく買い物に来る。


今夜は鶏もも肉の唐揚げをメインにすることにした。


もも肉が残るから、野菜の煮物を作ろうかな。

カボチャは天ぷらにも使えるわね。


それと常備野菜のジャガイモとニンジン、葉物野菜のほうれん草とネギ、キャベツは袋に入った千切りのものを買うことにする。


ん? このネギって根っこが付いてる。野菜畑に植えといたら大きくなるかしら?

やってみよう!


サラダやスープ用に使うブロッコリーと大豆の水煮もカゴに入れた。


カットトマトとサバ味噌煮の缶詰め、他に冷凍用の豚小間肉、牛肉を選び、ベーコン、ヨーグルト、牛乳、とろけるチーズとカゴに入れた所で、パンを買おうか買うまいか悩んでしまった。


どうして三枚切りの袋ものより、数が倍の六枚切りの食パンの方が安いのかしら?

製造年月日も六枚切りの方が新しいのよね。


摩訶不思議である。

イーストが残ってたから、パンは焼いた方がいいかな?


咲子は無塩バターだけを買い足しておくことにした。



たくさんの食材を買い入れたが、レジで言われた金額がいつもよりも安かった。

後でレシートを見てみたら、五パーセント割引の日だったらしい。


ふふふ、いい日に来たみたい。


土手道をルンルンとハンドルを握る咲子の横を、県の一級河川が水面をきらめかせながら滔々とうとうと流れていった。


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