嫁と巡る異世界旅行記

東風 吹葉

第1話 北の国

「た、助けて~!」

 俺の乗るキチンの前に、女性が走って来て倒れ込んだ。

「どうしました?」

「さ、山賊に、追われているんです。た、助けて下さい」

 顔を上げると、前の方から、いかにも悪人といった男たちが5人、こっちに駆けて来ている。

「おうおう、その女を渡して貰おうか。ついでに兄ちゃん、金も置いて行きな。そうすれば、命までは取らねえよ」

 うん、このセリフ、ならず者以外の何者でもない。

「アニキ、ここは俺が一発やってやります」

「まあ、待て、俺は平和主義者なんだ。あの兄ちゃんもそうだろうから、話して分かって貰えるならそれに越した事はねえ。

 おい、さっさと金と女は置いて行きな」


「旦那さま、ここは私に任せて下さい」

「エミリー、頼めるか?」

「はい、5人程度なら簡単です」

 エミリーは被っていた、フードを取ると、その下から、きれいなブロンドの長い髪が風に靡いた。

 男たちはエミリーを見て、一瞬驚いていたが、

「ほう、そっちの姉ちゃんもいい女じゃないか?その姉ちゃんは頭目の女だな」


 エミリーは何も語らずに、乗っていたキチンから飛び降りると、愛用のレイピアを抜き、アニキと言われた男と対峙した。

「ほう、やろうっていうのか?姉ちゃん、いい度胸だな」

 鼻が丸いから恐らく豚族と思われるリーダーが剣を抜いた。

「アニキ、あんまりやり過ぎると商品価値が落ちますぜ」

「ああ、分かっている。適当にやるが、興が乗ってきたらどうなるか、分からんぞ」

「アニキは直ぐ調子に乗ってしまいますからね、そうなったアニキは直ぐ殺してしまいますから、あまり調子に乗らないで下さいよ」

「おおっ、分かっている」

 豚族の男が、エミリーに斬りかかる。

「キーン、チーン」

 斬り込んで来た豚族の男の剣をエミリーが捌くが、それは2,3度、剣を合わせただけだった。

「ギャー」

 アニキと言われた男は、心臓を一突きされるとその場に倒れる。

 それを見ていた子分たちは腰の剣を抜き、片手に構えるが、エミリーはその男たちの間を華麗に舞い、男たちを切り倒して行く。

 ほんの数秒、相手に反撃させる事もなく、5人の男共を切り伏せた。

 そして、エミリーの長い髪が風に揺れて止まった。

「さて、お嬢さん、これでいいかな」

 俺たちに助けを乞うてきた女性は、あっという間に男たちを倒したエミリーを目を丸くして見ていたが、俺が話しかけたのに気付いたのだろう、目に光が戻って来た。

「あ、あのう、村が山賊に襲われています。村も助けて下さい」


「では、こちらに乗って」 

 エミリーがその女性を助け、一緒にキチンに乗る。

「道案内、お願いしますよ」

「はい」


 俺たちは女性の言う通りにキチンを走らせると、そんなに時間も掛からずに村の正門の前に来た。

 その門から中に入る。

 門を抜けて真っすぐに進むが、道の途中には村人と思われる住民の死体が、いくつかある。

 さらに先に行くと、いかにも山賊といった格好の男たちが、武器を構えた村人と向き合っている。

 山賊どもは全部で50人ちょっとぐらいだろうか、そのうち半分ほどが馬に乗っている。

 一番、大きな馬に乗っている、いかつい身体つきの男が頭目だろう。

「ふん、大人しく食い物を出せばいいものを、お前らはあの世行きだな。おっと、女は場合によっては、生きる事が出来るかもしれないがな、ははは」

「「「はははは」」」

 山賊どもが高らかに笑う。

 その山賊どもの後ろにキチンに乗った俺たちが現れたが、先に声を出したのは村人たちの方だった。

「ひぃー」

 まあ、キチンなんて見た事もないから無理もないかもしれないが、折角助けに来たのに、そんな声を出さなくてもいいんじゃないか。

 ちなみに、キチンは二足歩行の鳥の魔物で、現世のダチョウに似ている。馬に比べて体力があり、走る速度も速いので、飼いならして馬の代わりとして利用している。

 村人の目線の先に居る俺たちに、山賊どもも気付いたようで、後ろを振り返る。

「何者だ、お前たちは?」

「あっ、いや、名乗る程の者ではありません」

「てめえ、ふざけているのか」

 山賊どもの半分がこちらを向く。

「一応、何も言わないと卑怯だと言われ兼ねないので、言いますが、今のうちに撤退してくれると無事で済みますので、撤退して貰えませんか?」

「面白い事を言うじゃねぇか、俺たちに撤退しろだと。てめぇ、自分の立場が分かっていねえようだな。

 そっちは6人、こっちは53人だ」

 やっぱりと言うか、当然だと言うか、向こうは引く気がないようだ。

「仕方ないですね、それではささっとやっちゃいますか。

 マリン、海水をかけてやれ」

「シーレイン」

 言われたマリンが魔法で、山賊どもの頭の上に海水を出すと、それが雨のように降り注いだ。

「うっ、塩っぱい、これは海水じゃねえか。てめえら何をしやがる」

 山賊どもが全員スブ濡れになる。

「次、ミュな、サンダーボルト」

「サンダーボルト!」

 今度はミュと呼ばれた女性が、山賊どもの頭の上に雷を落とす。

「「「「ギャー」」」」

 雷は海水を伝わって、山賊どもを感電させた。

 山賊どもは奇声を発すると、その場に倒れ、一人として立ち上がる者はいない。

「プス、プス」

 山賊どもが焦げる臭いだけが、その場に満ちる。


 それを見た村人も全員が目を丸くして、微動だにしない。

「お母さん」

 エミリーのキチンに乗っていた女性がキチンから降りて、一人の女性の元に駆け寄って行く。

「シルゲニワ」

 お母さんと呼ばれた女性も、駆け寄って来た女性を抱きしめた。


「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」

 村人が膝をついて、感謝の言葉を述べている。

「いえ、そんなに感謝される事でもありません。どうぞ、立ち上がって下さい」

 そう言うが、村人は誰一人として立ち上がろうとはしない。

「旅の方とお見受けしますが、よろしければ今夜はお泊り下さい。

 もう日も暮れますし、ここから先は先ほどのような山賊どもや役人が出ますから」

「役人?役人も山賊と同じなのですか?」

「はい、山賊も役人も大して変わりません。組織的に乱暴を働くのが役人で、自ら乱暴を働くのが山賊になります」

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