第8話 JKの恋愛観と社畜の性癖

「ふーん……まあ、悪い気はしない……かも」


 満更でもなさそうにこっちを見ながら、くすりと微笑んできた弥生。

 思わせぶりな言動……と取れなくもない。


「おお……おお! これは、恋の予感が……!」


 そんな中、俺と弥生を見比べながら、一人で盛り上がるセリス。


「ボ、ボク、空気を読んでちょっと席を外しますね! あとでどうなったか聞かせてください!」


 やけに興奮した様子でそう宣言すると、席を立って足早に店外に出ていった。

 俺たちがいい雰囲気だとでも思ったらしい。

 ……いったい何を期待しているんだか。

 ボクっ娘で男勝りってレベルじゃない怪力の持ち主ではあるが、ちゃんと女の子らしい一面も持ち合わせているようだ。


「え、ええ!? セリスちゃん……?」


 その後ろ姿を見て、困惑した様子を見せる弥生。

 その場に取り残される、二人。

 弥生はちらちらとこっちを見て、俺の反応を窺っている。

 俺はそんな弥生に向き直ると、至って冷静に言った。


「それって、彼氏いない歴=年齢を拗らせてるだけじゃないのか」

「は、なにそれ」


 一転して、白けた声を発する弥生。

 俺の反応が気に食わなかったらしい。

 こっちにジト目を向けてくる。


「ちょっとくらいは、どきっとしたりとかしないわけ」

「したらしたでキモいとか言い出すだろお前」

「まあそうだけど……無反応って、それはそれでムカつくし」


 拗ねた子供のように、弥生は理不尽極まりないことを言う。

 対する俺は、肩を竦めた。


「悪い気がしないって感情が……相手が俺だからとか、そういうのが理由じゃないって想像がつくからな」

「いや、意味わかんないんだけど」


 俺の言葉に対し、弥生は眉間にしわを寄せる。


 そう、こいつが恋をしているのはきっと。

 特定の個人ではなく、頭の中にある理想像に過ぎないのだ。

 初対面の時に口にしていた『年上のカッコいいおにーさん』というのがまさにそれだろう。恋に恋するお年頃、ってやつか。


 まあ、それを拗らせてしまった結果、俺みたいに特にかっこよくもないくたびれた社畜に対し、変に懐いているようだが。

 一応は大人である俺が女子高生の気の迷いに乗っかってしまうのは、何と言うか……違う気がする。


 その辺りのことを一から十まで説明するのは流石に野暮だし色々言い返されそうだから、何も言わないけど。

 俺は代わりに、


「あれだ。『年上のカッコいいおにーさん』と付き合いたいなら、その生意気な口を改善したらいいんじゃないか?」

「なんかうざっ……てか、微妙に話逸らしてない?」


 しかめっ面をしてから、首を傾げる弥生。


「ほら、そういうのをどうにかしろよ。お前はもう少しお淑やかになれ」


 俺はそのまま、はぐらかす。

 対する弥生は、難しそうな顔をして、


「お淑やかって……、そっちの方が男受けはいいんだろうけどさー……」

「……? けど、なんだよ」

「そうやって自分を作ったって、疲れるだけじゃない? そういうわたしを好きになってもらったとしてもさ、それは素の自分じゃないわけだし」

「あー、つまり?」

「つまりさ。その場合、相手がわたしに求めるのは、その作られた方のわたしなわけで。ふとした時に素のわたしを見せたら『こんな人だとは思わなかった』とか幻滅されかねないわけでしょ? それって……しんどくない?」


 彼氏いない歴=年齢のくせに実感めいたものが込められているのは、友達の体験談を嫌と言うほど聞かされたから、とかだろう。


「……まあ、分からなくもないが」 

「でしょ? だからわたしは、ありのままの自分を曝け出して……その上で自分を好きになってくれる人が良いわけ」   


 なるほど、言いたいことは分かったが。


「それって、理想が高すぎないか? お前、性格に難ありと言うか、口が悪いし」


 ずばりそう言うと。


「なっ……」


 弥生は絶句した。

 衝撃を受けた様子で口をぽかんと開けて、硬直している。

 が、すぐに気を取り直したのか、こほんと咳払いをすると、


「ち、ちなみにおにーさんはさ。女子高生に罵倒されるのとか、好きだったりしない?」


 目を逸らし、頬を仄かに染めながら発せられたその問いの意味を考えるのは、とりあえず後回しにして。


「生憎俺は、そんな変態的な性癖の持ち主じゃねえよ」


 そう答えながら、呆れつつも。

 俺は小さく笑うのだった。

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