異世界転生について真剣に話し合ってみる
佐倉 杏
一時間目 国語
*内容に、異世界転生について否定的な意見が出ることがありますが、これは作中の演出です。決して異世界転生モノを否定する意図はありません。ご容赦くださいますよう御願い致します。
午前八時十五分。時刻を知らせるチャイムが鳴った。
「おはよー」
いつも通り、教室全体になんとなく挨拶する。誰か特定の人間に言ったわけではない。教室からは、反射的に口を開いた数名の生徒からの「おはよう」が返ってくる。
黒板の前を通り過ぎ、窓際から一つ手前の列、後ろから三番目の席に移動した。石原真雄は背負ったリュックサックを、自分の机の上に、どさっと下ろした。
「おはよ」
今度は、石原の隣の席、そこに座った柳瀬勇一に向けて言った。
「珍しいね。お前がこの時間にいるなんて。今日は雪降るんだっけ?」
「なあ、石原」
柳瀬は石原の方を見向きもせず、口の前で手を組み、前方を睨みつけていた。その口調がいつになく固い。石原は眉を顰めて、柳瀬の真剣な眼差しを見た。
「いったい何? 一時間目の、漢字テストの範囲でも忘れたの?」
「えっ。嘘。テストだっけ?」
「……そこからかよ」
漢字ドリルの二十六ページ、と教えてやると、柳瀬は机の中に置きっ放しにしている漢字ドリルを取り出した。それからページをめくろうと手を伸ばし、はたと手を止めた。
「どしたん」
「漢字ドリルも……もう、必要ないんだよ」
「はあ?」
ふざけているのかと思ったが、柳瀬はいたって真面目な顔である。彼は意を決したようにドリルを閉じると、きりっとした澄まし顔を石原に向けた。
「俺、異世界転生するわ」
「ふーん」
柳瀬の戯言を適当に聞き流して、リュックの中から筆記用具諸々を取り出す。小テスト前にシャー芯の残りを確認しておこうと、筆入れに手を伸ばした途端、視界が不愉快な涙顏で埋め尽くされた。
「うわっ。きもっ」
「ひどい! きもいはないだろ、きもいは!
ていうか、もっと反応しろよ興味持てよ!」
「どうでもいいよ、お前の妄想とか。それよか漢字テストの勉強の方が大事」
「かーっ。友達甲斐のない奴! どうせお前、学年一位なんだから、勉強しなくてもどうとでもなるんだろ!」
「勉強できるから学年一位なんじゃなくて、頑張って勉強したから、学年一位が取れたんだよ。そこ履き違えないでくれる? むかつくから」
「あ、ごめん」
少し睨んでやると、柳瀬は素直に謝った。
石原は小さく嘆息して、頬杖をついた。
「で? なんで異世界転生?」
話を聞いてもらえると思ったからか、柳瀬は目を輝かせて身を乗り出してきた。
「そう、そうだよ!
いやー、俺バカだったわ。ほら、俺の名前、知ってるだろ?」
「? 柳瀬だろ」
「下の名前だよ」
しばしの沈黙ののち、石原は首を傾げた。
「何だっけ?」
「嘘だろ!?」
「冗談だよ。怒るなって。勇一だろ」
「そう、勇一なんだよ!」
柳瀬はその場で立ち上がり、大きく手を左右に伸ばした。そして天にも届かせるかのように、大声で叫んだ。
「なんとなく、勇者っぽくね!?」
その声に反応して、教室のあちこちから生徒がこちらを振り返る。恥ずかしいからやめてほしい。石原は半眼を向けたまま呟く。
「とりあえず、お前が本当にバカなのだけは納得したわ」
しかし柳瀬はバカ扱いされたことなど、気にもならないらしい。
「なんだよ、自分が魔王っぽいからって僻むなよ」
「誰が魔王だ。ま、お、な。真雄!」
女っぽいと言われることはままあるが、魔王っぽいと言われたのは初めてだ。
「まあ、真雄魔王は置いといて。
俺は多分、近いうちに異世界転生すると思うんだよ。だって昨日の部活の時に、軟テの千尋ちゃんに言われたもん。異世界転生しそうだって」
「それただ単に、死ねって言われてるんじゃなくて?」
「千尋ちゃんはお前みたいな魔王じゃないから!」
「うーん」
石原は腕を組み、時計をちらと見た。まだホームルームには、少しある。
「じゃあお前、異世界転生した勇者やってみてよ。俺、第一村人やるから」
「えっ! なにそれ楽しそう! やるやる!」
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