?百合の満開?

 深夜、荒れる息に気がついて勢いよく由莉は跳ね起きてえりかを見ると、はぁはぁはぁはぁ……と異常な速度で呼吸がされている─────過呼吸だ。


「えりかちゃん、しっかりして! ねぇ!!」


「がぁああああ……う゛う゛う゛ぅぅぅーーー!!!」


 呻くようにして漏らされるその言葉は……苦しさと辛さ、そこに…………恨みが加わったようで、聞いてる由莉まで心が引き裂かれそうになった。


「なんで…………夜まで元気にしてたのに……っ!」


 苦しみを堪えるように丸くなっているえりかの側に寄り添うと膝枕をして、布団を首元までかけて出来るだけ暖かくしてあげた。

 雪が降っていて……さらには深夜だ。当然───寒い。由莉は多少の耐性があるにせよ、それでも体が凍りそうだ。

 だが…………、


(こんなえりかちゃんを見てると……心が凍っちゃいそう…………っ)


 そんな寒さを我慢して……由莉はえりかの身を案じた。今まで聞いたことのない……低い声が由莉の心を余計に不安がらせる。

 由莉は優しく背中を叩いたりさすったりするも、止む気配が一向にない。


(どうして…………っ!)


「えりかちゃんっ…………! 起きてよ、ねぇ!! 起きてってば!」


「ううぅうーーー!!! ぐぁああ………!」


 声が───届かない。……自分なら何とか出来ると思っていた。なのに……届かない。


(無力なんていやだ……っ。何をすれば……今のえりかちゃんのためになるの? こんな時に動けないなんて……もう嫌だ!!)


 1人でどうにか出来ないなら……どうすればいいのか。由莉がここに来てから学んだことだ。大きく息を吸って………声帯を震わせて、全身から搾り取るように………






「えりかちゃんを……っ!たすけて!!!!!!」




 悲痛な叫びから…………僅か数秒、部屋のドアを蹴破って音湖が飛び込んできた。あの由莉の叫び声を隣の部屋で聞いたのだから当然だ。


「由莉ちゃん、どうしたにゃ!? ……えりかちゃん、えりかちゃん? どうしたにゃ……何があったにゃ!」


「分かりません……っ。急に苦しみながら唸り出して…………でも、意識もなくて……っ」


「……様子が変にゃ。あっくん呼んでくるにゃ、ちょっと嫌な予感がするにゃ」


 音湖が急いで行こうとした時、本当にドンピシャのタイミングで阿久津が飛んできた。微かな音───それが由莉の悲鳴だと起きた瞬間に察知したのだ。

 すぐに、由莉はえりかを阿久津に託すと瞳孔の確認と脈拍の確認を行った。


「由莉さん、えりかさんに何がありましたか?」


「分からないんです……っ。起きたら……えりかちゃんがこんな事に……阿久津さん、どうしよう……えりかちゃんが……っ」


「うろたえないでください。えりかさんの1番大切な人がそんな調子でどうするんですか!」


 雪がしんしんと降る深夜。

 緊迫した雰囲気が部屋の中に漂う。

 阿久津でさえ、えりかがこんな調子になっているのか理由が分からなかった。さすがに阿久津も焦りの表情を見せ始めていた。


「くっ……何がこうさせている………!」


「……まるで何かを拒もうとしてる……いや、何かがえりかちゃんを飲み込もうとしてるみたいだ……」


 音湖も爪を噛みながら苦しむえりかを見ていることしか出来なかった。気づけば自分の語尾さえも抜けてしまっていた。


「えりかちゃん…………っ」


 ──────────────────


(いやだ……なにこれ……なんなのこれ………)


 頭の中に無数の記憶が鉄パイプを無理やり飲み込ませられているように入ってくる。


 ───パパとママ……どこ? 死んじゃったってなに? どういうこと? …………もうあえないの?


 ───いたいよぉ……いやっ、やめてっ! けほっ、けほっ……なんで……? こんな…………


 ───おなかすいたよ……パパ……ママ……どこいったの? また……あったかいごはん食べたいよ……


 ───これ……なに? これで……ひとをころ…す? いや……こんなの……


 ───えっと……ころす……ね?


 ───あははっ、あははははははははははははは!!!


(いやぁ……っ!こんなの……こんなの!ゆりちゃん……たすけて……もうこれ以上は……あたまが……イカれ……テ…………っ)


 ───えりかちゃん…………っ!


(ユ……リ…………ちゃん? いやだ……まだ……っ、もう少しだけ……もう少しだけ!! 手をのばして…………おねがい…………っ!)


 ───────────────────


 …………結果的にはえりかは目を覚ました。最初こそ恐怖で震えていたが、由莉から冷たい水を貰ったり、みんなの顔を見たおかげでえりかは浮かない顔ながらも落ち着きを取り戻し、阿久津も音湖もホッとしたように元の部屋へと戻っていった。


 そして……翌朝。

 えりかは……今までで1番の絶不調だった。


「ひゃ!? いったぁ……っ」


「えりかちゃん、大丈夫?」


「うん……ありがと、ゆりちゃん」


 ランニングでは15km走る中で4回も何も無いところで転んでしまう。


 そして狙撃では…………


「……当たらない……」


 突然、自分のライフルが言うことを聞いてくれなくなった。4回撃って4回とも外してしまった。400mなら、ここ直近で外したことなかったはずなのに、だ。


(どうしたの、AWS? わたし……おかしくなっちゃったのかな……)


(えりかちゃん……変に考えすぎてる……やっぱり今日のことで……)


 由莉はえりかが撃ってる時、僅かに指にぶれがあることに気がついていた。集中しきれていない証拠だった。


「えりかちゃん、一旦やめよっか。焦りはじめたら当たらないから……ね?」


「……うん」


 えりかは使った薬莢を回収すると銃に応えられなかった自分を悔やんだ。


(まっすぐな子なのに……ごめんね…………っ)


 えりかはメンテナンスを終わらせると武器庫の中に1人で入るとAWSが入っている場所に丁寧に入れるとそのまま外に出た。


 その後は由莉の狙撃を、ずっと双眼鏡で見ていたが今日も由莉は2,300m先の人型的に命中させていた。えりかは本当に由莉はすごいと思わざるをえなかった。


 ……なのに、弟子の自分は……と、えりかはかえって自分が情けなくなった。もちろん、由莉もその様子には既に気がついていた。

 ……えりかにだってそういう時もあるんだと由莉は自分の練習が終わってからえりかに優しく言ったが、俯いたままでいた。


「えりかちゃん、そんなに落ちこんじゃダメだよ? そんな時なんて誰にでもあるから……ね?」


「……………………」


 えりかは壁際にもたれかかり蹲ったまま、顔をあげようとしなかった。……由莉に顔向けができなくて……辛かった。

 由莉は1人悩むえりかの様子があの日の……自分を遠くから見ているような気がしてならなかったのだ。

 もし、あの時の自分の側にいたなら……何をしただろう、そんな事を考えながら由莉はえりかの体をひょいっと持ち上げた。今の由莉ならえりかを持ち上げるくらいなら造作もない。

 これなら………と思ったが、えりかは俯いたまま由莉を見ようとはしなかった。


(あーもうっ、うじうじしてるともどかしいよっ!)


 由莉は痺れをきらしてえりかを自分のあぐらをかいた部分に座らせると、思いっきりキスをした。

 すると、今の今まで閉ざしていた由莉への反応がピクっと動き顔がほんのり赤くなった。


「ぁぅ……」


「やーっと気づいてくれたねっ。こうしないとえりかちゃんが閉じこもっちゃいそうなんだもん。……んっ」


 喋り終わると由莉はもう一度、えりかの柔らかいピンクの唇に自分の唇を合わせた。さすがに、どんなに辛くても由莉にそんな事をされてしまっては抗いようがなかった。


「ひゃ、ひゃめてぇ……」


 顔をさらに赤らめるえりかはやめてと言おうとしたが、ここまでしてくれるのなら……甘えたい。大好きな由莉にとことん甘えたいと、えりかは自分からも唇をくっつけにいった。

 ほんの少し由莉はびっくりするも、ようやく立ち直ってくれたのが嬉しくてそのまま2人はお互いの気持ちを伝え合うかのようにキスをしていたのだった。


 ─────────────────


「はぁ……えりかちゃんの唇柔らかくて……気持ちよかったよ〜」


「ゆりちゃんのくちびる……甘くて……やさしい味がしたよ……」


 口付けが終わったあとのえりかは……安らかな顔をしていた。まるで、全てを満たされたような表情だった。


「ね、えりかちゃん、自分の銃が応えてくれなくて自分が情けなくなったんだよね?」


「っ! ……うん。ゆりちゃんに色々と教えてもらってるのに……あの子にも、もうしわけなくて…………っ」


 悔しそうに服を握るえりかの手を由莉は優しく包んであげた。何となく……自分に似ている、そんな気がしたのだ。


「私もね……あったんだよ。あの子の引き金が引けなくなった時が」


「えっ………?」


 目を丸くしたえりかに語るようにして話す由莉の過去は今の由莉からはとても信じられない内容だった。


「そんなことが……ゆりちゃんにも……」


「……でもね、大事なのはどんな事があっても、自分の銃を信じること、それに自分もその子を信じてあげること。一心同体、だよっ!」


「いっしん……どうたい……」


「2つの心を1つにして、まるで1人の人みたいに固く結びつくことだよ。私とバレットのように、ねっ」


 一心同体───その言葉を何度か呟き、その意味を心の中で噛み砕きながら理解していった。


(わたしと……AWSの心を1つに……そうだった。ゆりちゃんも言ってた……『自分の銃の事を何よりも愛して、信じてあげる』事がたいせつだって……!)


「ゆりちゃん……ありがと。やっぱり、わたし……ゆりちゃんがいないとだめみたい……あの子とも一心同体だけど、ゆりちゃんとはもっと一心同体だよっ」


「くすっ、そうだねっ。私だって、もうえりかちゃんがいない生活なんて考えられないよっ」


 えりかは1度顔を覆って深呼吸をすると、手から垣間見える表情が笑っていて、由莉もすごく安心した。これで……いつも通りだと。




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