終わりの始まり

7節最終話


「……ねこ」


「なんにゃ?」


「……よくここまで由莉さんの力を伸ばしましたね」


 2分もかからない戦闘を見ていた阿久津は驚きを隠せないと言わんばかりの表情でいた。そして、そんな表情を見せさせる事に成功したと音湖は満足げにしている。


「由莉ちゃんの持っていたものを伸ばしただけにゃ。由莉ちゃんの経歴を聞いて……それと一つだけ実験して確信したにゃ。由莉ちゃんには……ずば抜けて駆け引きの能力があるってにゃ」


 ───────────────────


『……まじかにゃ』


『はい……変ですか?』


 由莉からその事実を聞かされた音湖は白目を剥いた。阿久津だって知っているはずの事実なのに……どうしてそれを引き出さなかったのか……いや、引き出せなかったのかもしれない。そんな事を思いつつも、音湖は由莉のその力を引き出さずにはいられなかった。

 由莉は間違いなく強くなった。それならば…………もういいだろう。

 そう思った音湖は由莉にある事を勧めたのだ。


『由莉ちゃん、頭を使って戦闘してみるにゃ。相手の嫌がること、相手を油断させることをしまくって相手に勝つ。戦闘を心理戦にするんだにゃ』


 ────────────────────


 阿久津は納得したように頷いた。音湖もそこに気づいたのかと言わんばかりに。


「私が敢えてしなかった事ですね。……確かに今のタイミングでなら問題ないでしょうね」


「本当にすごい才能だにゃ。遠距離射撃と近接戦闘の両方をできる子なんてうちらにもいなかったはずにゃ」


「そうですね……えりかさんも、初めは遠距離射撃の方は難しいかと思ってましたが由莉さんに感化されてゆっくり伸びつつあるみたいですし……本当に2人はすごいですよ」


 阿久津も音湖も自分の弟子達の成長に驚きと喜びを持っていた。いずれ……間違いなく自分たちも越えられる、そんな期待と焦りを心に秘めて───


 そして、視点を由莉とえりかに戻す。当てられたナイフの冷たさを感じているえりかの頬には一筋の涙が伝っていた。


「ゆりちゃん……つよくなったね……」


「……えりかちゃんを助けるためだもん。その為なら、どんなに苦しくても頑張るよ。……だって、私はえりかちゃんとずっとずっといたいもん」


 ……止まらない。えりかは涙を止めようと思っても止められなかった。これなら……もう…………大丈夫だと。だが、最後に一つ確かめて見なければならなかった。どうしても───これだけは。


「……ゆりちゃん、1回……1回だけわたしにせめさせて?」


「うんっ」


 今の由莉なら破ってくれる。そんな確信を持ちつつ、由莉とえりかはもう一度離れる。


(これをやぶってくれたら……きっともうだいしょうぶだから!)


 えりかは覚悟を決めると一気に加速し由莉に迫る。そして、間合いに入る寸前で攻撃をする───と見せかけ、運動エネルギーを一気に後ろ向きに変換させる。

 今までの由莉だったら……これには勝てなかった。だから、これだけはどうしても破って欲しかったのだ。

 自分が『えりか』でいられるまでに───。




 由莉はそれに答えて見せた。

 えりかが止まったタイミングで由莉は敢えてえりかに突っ込み、ナイフをお腹に当てた。元々、この一撃で決めようとしていたえりかは避ける気もなくそのナイフを受け入れた。


「……この技を受けるために音湖さんに聞いたよ。練習もした。この技を破らない限りは……えりかちゃんには勝てないって」


「どうやって……受けたの?」


 えりかはどうしても聞きたかった。自分でも同じ事をされたら間違いなく防げないとおもっていたから。

 すると、由莉はその技を破った方法を口にした。


「えりかちゃんを信じたんだよ。絶対にこれを選ぶって。だから、私は目を閉じてえりかちゃんの動きを見ないようにしていたから破れたんだよ」


「…………ふふっ、ゆりちゃんらしいなぁ……」


 こんなこと、ゆりちゃんじゃなきゃできないよ……とえりかは口にしたくもなった。だが……これで準備は全て整った。


「これで……『えりか』としてのやくめは終わりかなぁ…………」


「えりかちゃん……」


「これで、わたしも……安心して『本当のわたし』にゆりちゃんを託せるよ」


 空を仰いで涙を零さまいとするえりかを由莉はぎゅっと抱きしめた。その言葉が由莉には変に聞こえたのだ。


「……お別れみたいに言わないでよ。えりかちゃんは消えたりしない。えりかちゃんが記憶を取り戻したら、えりかちゃんの本当の名前のえりかちゃんとずっと一緒にいれるから……だから、」


「な〜んてねっ。これでもし、わたしがあばれてもゆりちゃんがきっと抑えてくれるから安心だよ。記憶がそのままならこれからもゆりちゃんとずっと一緒だし……もし、記憶を無くしちゃったらその時はそのわたしと仲良くしてあげて欲しいなっ」


 涙を零そうとしていたのが嘘みたいに笑っているえりかは由莉を抱きしめ返した。どこまでも優しくて愛しいえりかの気持ちが由莉にそのまま流れてくるようだった。由莉は満開の笑顔でえりかのお願いを優しく受け止めてあげた。


「もちろんだよっ」


 ───────────────


 ご飯を作るためにえりかは1度地下から出て部屋に戻っていた。由莉はもうちょっと練習がしたいと言っていたので、いるのはえりか1人だけだ。


「ゆりちゃん……ほんとうにつよかった。ふふっ、うれしいなぁ〜」


 上機嫌になってえりかは服を着替えようとクローゼットに手をかけた。いつも通り、今日もおいしいごはんを作ってあげよう───由莉をお腹いっぱいにさせてあげよう……そう思っていた。






「ッ!? あ゛ぁあっ!! ぐうぅぅ……」




 突然、胸を握りつぶされた。

 そう感じさせるほどに、痛い……痛い!

 床に爪を立てて唸るその姿は───『獣』だ

 苦しくて辛くて……手を離せば『二度と』戻れなくなる




 目が血走る、

 頭が割れそう、

 血が熱い、

 手が痙攣する、

 足が悲鳴をあげる、

 呼吸が出来ない、

 血管が弾け飛ぶ、

 骨が軋む、

 肉が断ち切れる、

 肺が潰れる、

 腸がイカれる、





 精神が……乗っ取られる




「まだ……まだぁ! こんなところでおわらせてたまるかぁ! たえて……っ、わたしならまだやれるっ! おねがいだから…………」




 闇に飲まれながら必死にそれを破り捨てる

 この心は……渡たしてたまるか




(わたしの……想いに手をふれるなぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!!!!)




 えりかは…………耐えきった。地獄の苦しみをなんとか抜けきった。


「はぁ、はぁ、はぁはぁ…………っ。もう……そろそろなのかな……」


 だが、えりかの精神は今ので限界まで消耗しきってしまった。……それに直感してしまったのだ。








 ─────もう、わたしは長くない




───────────────────────


次回

第5章後編 終節 『??????』


ここを越えずして───何も守れないし、何も果たせない


……何も出来ない。……なにも……できなかった……………まもれなかった……やくそくも……はたせなかった。


『…………嘘つき……っ』



全ての想いが交差する、その先に待つ少女たちの運命は─────

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