由莉ともう一人の由莉-カクゴ-

〈……へぇ?動物一匹さえ殺すのに躊躇うあなたが……私を殺す?出来るの?〉



「うるさい!お前だけは……絶対に殺す……っ!」



 ―――あれ……?私、口調こんなんだっけ……まぁ、いっか。こいつを殺してからなんとかすればいいし。



〈何で許せないの? 何でそんな怒ってるの?〉



「っ! 知ってるくせにそんなこと聞くの!? 分かるんでしょ、私なんでしょ!? お前は!」



 どす黒い感情がうずめき、理性なんてあったもんじゃない。由莉は目の前の自分が憎くてしょうがなかった。今すぐに殺してやりたい……殺してやる……!

 由莉は両腕にさらに力を強めて、生死の均衡を崩そうとするがもう一人の自分も同じく力を込め、なかなか崩れない。



〈ふぅん……うん、本当の殺意を知ったみたいだね。普通の人にはこんなにもすごい殺意は出せないよ。でもね、〉



「っ!」



 もう一人の由莉は掴んでる腕を思いっきり引き払い由莉の重心を一気に前に崩す。全力で力を込めようとしていた由莉は抗えずに前へ倒れ込むとその力を利用して、もう一人の由莉は由莉に抱きつきながら錐揉みになって転がる。

 1回転、2回転、3回転……そうして止まった時には由莉はもう一人の由莉に完全に押さえつけられていた。形勢が完全に覆された。



〈………………まだ、足りない〉



「このぉ……っ!離して……っ!」



 脱出しようとじたばた手足を動かしてみるものの、完全に肩を掴まれビクともしない。



〈あなたの殺意は本物だよ、間違いなくね。あなただからこそ出せる殺意。けど……それだけじゃ、何も出来ない時もあるんだよ。……それは忘れないで。〉



「くうぅぅ――――っ!」



 もう少し、ほんの少しだけ手を伸ばせばすぐに殺せるのにその少しが全く届きそうにない。悔しくて涙目になり歯を食いしばった。



 その状態で暫くいると由莉の暴走もようやく落ち着きを見せ始め、呼吸も少し安定してきたものの、目にはもう一人の由莉への明確な殺意を宿したままだ。



〈さて、そろそろ落ち着いてきたかな?もう1回聞くよ。なんで許せないの?何でそんなにも怒ってるの?〉



 しらばっくれている、もう一人の由莉の様子に由莉も我慢の限界だった。


―――分かってるくせに……知らないような口ぶりして……!だったら……もう言ってやる!



「私は……マスターが、阿久津さんが……大好きだから―――――っ!」



 目からは信じられないくらい涙がこぼれた。二人への思いがダムが決壊したように溢れ出てきてもう言葉を止めることが出来なかった。何も知らないようにしている自分へと由莉は思いの全てをぶちまけた。



「マスターの事も、阿久津さんの事も大好きだよ!特にマスターは一番好き。だってマスターは……私を……大羽由莉を、初めて見てくれた人だから……っ! 好きで好きでたまらないよ! あの二人さえいてくれれば後はもうどうだっていい! 私にはもうあの二人しかいない……! なのに……なのに!」



 由莉は涙でしわくちゃになりながらももう一人の自分をキッと睨みつけた。



「私の心だって言ってるお前が! そんな事言わないでよ!? マスターを……阿久津さんを……傷つけようとする人は皆殺しにしてやる! たとえそれが自分であろうと……! 絶対に!」



〈……へぇ〉



 それを聞いたもう一人の由莉は神妙深い顔をするとさらに鋭く由莉の思いの深くに斬りこんだ。



〈それってさ、自分の人殺しをマスターのためだからって無理やり正当化してるだけじゃないの?また……逃げるの?〉



「ぐっ……」



 冷たい感触がそっと由莉の心臓を撫で回す。今にもそのまま抉り取られそうな殺気が空間全体を支配する。目の前にいるもう一人の由莉の全開の殺意に由莉は呼吸さえ支配されているような気がした。同時に、あれほどまでに荒ぶっていた由莉の感情が急激に静まっていった。

 殺意が殺意を打ち消し、由莉の心はすごく冷静になった。それによって、今まで逃げてきたことから向き合えることが出来た。



「……そうかもね」



〈……へぇ、意外。認めちゃうんだ〉



 もう一人の由莉は目を丸くしたが、その内心どこか嬉しそうにも見えた。



「自分の過去から逃げて、助けを求めて逃げて、自分の無力さから逃げて、そして自分の心からも逃げようとした。逃げてばっかりだよね、ほんとに。あなたも呆れちゃうよね」



〈だったら私からも逃げれば良かった。なんなら今から逃げても――――〉









「ううん、逃げないよ。少なくとも……今だけは」



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