第3話 電波たちの仕事
『よう
ヴン、と短いノイズ音が聞こえた直後、少し離れたところに人影が浮かぶ。
「あ、レイくん。お疲れ様です。
『知ってる』
低く、けれど通る声を持つ彼、レイくんは日本支部、支部長かつ、一課の課長でもある
ぽん、と僕の肩を軽く叩かれ、「ですよね」と返せば、レイくんからは『ああ』と短い言葉が返される。
キャスや
「本当にいつも思いますが、レイくんの仕事は正確かつ早いですよね。僕も見習わなくては」
レーダー電波の能力を持つレイくんの仕事は電波たちの姿を読み込み、一般的には目視できない彼らの容姿データを、僕たちの課のデータベースに送信すること。
そのあとは、事前に作成されているプログラムによって映像処理されたデータがモニターなどに映し出される。
『…コレがオレの仕事だし』
照れ屋で無口の彼は、いつも短くそう答えるだけだが、本当にお世辞抜きに彼の仕事は早く的確なのだ。
やっぱり凄い能力だ、と改めて思いながら、測定された仮のデータを眺めていれば、コツコツコツ、と聞き慣れた足音と、今はもう聞き慣れた声が二つ、コチラへと近づいてくる。
「このコで何件目?」
「9件目ですね」
「そう……あと少しね」
ため息を交えた女性の声に、「ええ」と答えたのは、二井さんの声だ。
「それにしても…ちょっと多すぎですね」
カチャ、と眼鏡のズレを直した二井さんがそう答える。
「
データをちらりと見た
「ええと、とりあえず、今回の誘拐犯2人は今、三課の方々が事情を聞くと張り切って取調室へと連れていきました」
「そう。三課が取調べるならそうしてもらいましょう。で、そのコは、何て?」
さら、と髪を耳にかけた野矢課長のイヤリングが、きらりと光る。
「このコも先週にあった大陸の電波オークションで仕入れた端末についているコで間違いないです」
ちら、と保護したコを見やれば、未だ部屋の中でおとなしく眠っているらしい。
「この電波帯のコは日本では電波の使用承認もおりていないですし、電波塔の環境も整っていません。無茶をすれば消える。けれど、僅かに残っていた気力で、姿を保っていてくれたようです。圏外になったら、流石に僕たちがこのコ達の姿が視えて、声が聞こえると言っても、探せなくなりますし…」
保護してきたこのコが眠るこの部屋には、このコの元である周波数の電波を流している。消えかけていた体力、電波が補充され、透けて透明に近かった身体も、はっきりと認識できるようになってきた。
消えてしまう前に見つけられて良かった、と改めて胸をなでおろせば、『ねぇ、
『あのおっさん達は、人間でいう不正輸入ってやつで無理やり連れてきたんでしょ?このコたち、まだ日本では数が少ない上に、一緒にいたコたちと引き離されて、このコかなり不安だったみたいよ?ねぇ、このコたちの保護を始めてからもう9人目よ?あと何人、泣いてるコがいるの?』
そう言って、野矢課長に近づいたキャスの表情は、いつもの明るい笑顔ではなく、寂しそうな、泣きそうな表情を浮かべている。
「保護対象は、あと1人よ。レイが作ったデータで、おおよその捜索範囲も絞られたわ。ニ課にも九重ほど万能なタイプではなくても、同様に貴方たちが視えるスタッフも居る。それに、鬼の三課が取調べをしているから、すぐに見つかるわ」
ぽんぽん、とキャスの頭を優しく撫でる仕草をする野矢課長の表情は、僕達に向けるものよりも数倍、優しい。
「オレ達にも優しくしてほしいよな」
こそ、と僕の耳元で呟いた
ふと誰かの視線が気になり、くるり、と振り返れば、レイくんが、じっ、と目を細めて僕を見ている。
その様子に気がついたキャスが、レイくんに口パクで何かを伝えている。
何だろう、と首を傾げた時、『
「君、休んでいないの?」
「ええと…」
何故、野矢課長が知っているんだ、と考えたのも束の間、レーダー電波のレイくんと、僕の相棒のキャスがコソコソと口パクで何かを話していた時点で、キャスからレイくんに伝えられているし、レイくんから、野矢課長へ情報が伝わるのも考えればすぐに分かることだ。
長時間の任務後に休息を取らずにいると、僕たちは課長にだいぶ怒られる。
電波の姿形を視える人間が少なく、代替はいない。ましてや、一課の視える者は、電波たちの姿が視え、声が聞こえ、彼らに触れることが出来る者たちで、自分でいうのも恥ずかしいが、貴重な人材、らしい。そのため、自分の体を、体力配分を大切にしろ、と野矢課長は頻繁に僕たちに言っている。
そして、何故か、ここ最近の僕はキャスやレイくん達に、大体ネタバレされ、課長に怒られるというのがお決まりとなっている。
「九重」
「…ハイ」
たらり、と一滴の汗が頬を伝う。
「今スグ休んできなさい。報告書なんて、記憶力の良い貴方ならいつでも書けるでしょう。まずは休むことを優先させなさい」
「あいたっ」
ペチッ、と短い音と地味に痛い衝撃がおでこに走る。
思わずおでこを押さえ、「地味に痛いですよ…!課長…!」と抗議するも、「自業自得よ」と軽く笑った課長にふらりと躱される。
「休まないようなら、
にっこり、と綺麗に微笑み、部屋を出ていった課長の言葉に「SQはちょっと…」と苦笑いとも小さく呟く。
SQというのは八嶋さんの相棒で、彼はノイズ調整が得意なコだ。愉快なことが大好きな八嶋さんが聞いたら、嬉々としてSQを送り込んでくるに違いない。
『
ぴと、と僕にくっつきながら言うキャスに、「本当だよ…」と肩を落としながら答えれば、皐月くんが「課長、休息に関しては五月蝿いからなぁ」と身体を震わせながら言った。
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