第六話 穢れた花の輝き

  

「お姉ちゃんかっこいい!」

「そうかな、似合う?」

「似合う似合う~」


ぴょんぴょんと跳ねて私の分も喜んでくれる妹のせいか

刺激される羞恥心に顔が熱くなっていく

将来、兵士になるというのなら慣れておくべきだと自分に言い聞かせはしたもの

いざそれっぽい恰好をしてみるとどうしてもコスプレ感がぬぐえない


(いや、そういう真面目な世界だって言うのは解っているけども)


朝の日課である農作業をまず終えようと奮闘していた私は、

途中でお母さんに呼ばれたかと思えば、こんな装備一式を押し付けられたのだ

いたるところに傷のついた胸当て、腰から膝までを薄い鉄のプレートで覆うスカート状の胴鎧

ひざ下から足首までを守る足鎧、軽量化を追い求めたかのような薄い銅の盾に、片手剣(銅製)

普段鍛えているからこそ耐えられる重さは、一日中つけているのかと思うと少し焦りもするわけで。

鍛錬で使うのが重さを増した木刀とはいえ、銅の剣は少々重くて笑えない

というか機敏に振るえる気がしない


(何が利点は俊敏性よ……死ぬじゃないこんなの)


草原地帯は王国の人や旅人によって多くが駆逐されており、

子供が一人で出かけても人に誘拐されるくらいで魔物による危険はない

こと、王国付近に関しては身を隠すような場所がないため、人攫いも全く発生しないらしいので

私がフル装備をする程度で最終的なお出かけを許可されたのだ

人攫いの可能性があったらまず、お母さんによる猛反発を喰らっていただろう


(村のみんなから集めてくれたものだろうし……大事にしないとね)


村唯一の子供たちである私達のことをみんな大事に思ってくれている

だから、お母さんが私達の旅立ち―そんな大げさなものじゃないけど―を話した時には

みんながみんなあれを、これを、それをと用意してくれたんだと思う

銅製の片手剣だけは、お父さんが昔から持っている奴で

古くなるたびに溶かしては新しいのと混ぜ込んで新品へと作り替えたという愛あるものらしい


(つまりこれの重さは愛の重さと)


「隠れる場所はないけど、あんまり私から離れないでね?」

「うんっ」

「絶対だよ? 絶対に。フリじゃないからね?」

「ふり……?」

「分からなければいいよ、うん」


そういうノリがあるところでは非常に面倒くさい

というより、現実世界の私はそういう遊びにも付き合わされていたから、

この世界でそう言うものがないのなら記憶から消し去りたいとさえ思う

少なくとも、リンはまっとうに成長できるようにしよう


――――


村を出てから歩くこと……多分数時間。少しずつ陽が傾きつつあった

農作業を終えてからの準備、そして旅立ちだったせいもあるとは思うけれど

リンが聞いた情報のボコってなっているところ。というのがまるで分からず歩いているせいで

大半を無駄に歩いているからだと思う


(森林地帯の方角じゃない……というのは間違いないんだよね?)


草原地帯という平面でもはるか遠くの景色の一つとなってしまった村

さらにその奥の方にあるのが、森林地帯

その森林地帯は深く広く、素人が入ったら出てくることは出来ないとも言われているような場所

そこに生息しているゴブリンや雑草狼などもその広大さゆえか森林地帯から出てくることはないとされており、

以前の出現も十数年ぶりという非常に稀なものだったと後から聞いた


(とはいっても、そういう経験が活きてるんだもん。凄いよね)


あの統率の取れた動きとその行動の素早さ、あれには驚いたし惚れ惚れした

平和ボケしている村だと思っていたけれど、全くそんなことはなかったんだなぁって


「って、おっと……ちょっとリン。止まって」

「え?」

「私達少しずつ山に登ってるよ。気づかないくらいにゆっくりだけど」


後ろを見てごらん。と声をかけて振り向いたリンが、「本当だ」と呟く

本当に微妙な感覚で山のような形になっている草原地帯

代り映えしない景色のせいかずっと平坦だと勘違いしていたけれど後ろを振り向けば一目瞭然、

少しずつ斜めにせり上がって言っているのが分かる


(うーん……どうしよう)


空を見ると、視界の端に太陽が移る程度の傾き加減にまで時間は進み、

今から真っ直ぐ帰って真っ暗になる前に帰れるかどうか。という感じだった。

リンは嫌がるかもしれないけど、今回のびっくり作戦はなかったことにするしかない


(私にはリンを絶対に守れるほどのチートな能力はないし)


「あのね、リ――」

「お姉ちゃん! こっちこっち!」


ほんの少し目を離しただけで私の手元から離れていたリンは、

緩やかな上り坂の天辺から向こうとこっちを交互に見ながら手招きしていた

なにかいいものあったのかなーと思いつつ


「……こらっ! 離れちゃ駄目って言ったでしょ!」


当然怒った。


「ごめんなさい」

「ちょっとだけだったから良いものの……」


この先を見たらまっすぐ帰るからねととリンの導きに従って上り詰めた私は、思わず口をふさいだ


(なにこれ)


緩やかな登りとは真逆に反対側は急な下り坂へと切り替わっており、

頑張って見通せば奥が見える程度のクレーターみたいな広い円形の窪みが出来ていて、

話通りの白と黒のツートーンカラーの花が無数にあり、風によって揺れていた

そのたびに少しだけ、甘い匂いが漂う


「これ……だよね?」

「うん、多分……」

「…………」


落ちないように慎重に身を乗り出して、一番下にある花を見る

陽が落ちたせいか影に覆われてしまっているその花は仄かな白い光を身に纏って存在を主張していた

他のも全部そうだ


影に覆われてしまった花だけが同じように白い光を発生させて、

まだ日の光を浴びている花は蕾のまま風に揺られ続ける

それも陽が傾いていくにつれてゆっくりと開き始めて……白く輝く

蕾の時はなりを潜めていたけれど、花開けばもうおかしい

白い花びらと黒い花びらが交互に6枚、茎は白と黒の渦巻き状で葉っぱがない

はっきり言って、不気味以外の何物でもなかった


「リン、お姉ちゃんが言いたいこと分かるよね?」

「でも」

「分かるよね? リン」


せっかくここまで来たんだから、一輪くらい摘んで帰りたいというリンの気持ちは分かってる

けれど、ここは譲れないと最悪強引な連れ戻しも候補に入れながらリンへと目を向ける

泣きそうだった。

不満を言いたそうな顔だった。

けれど、リンは泣くことなく頷いてくれた


「ごめんね」

「ううん、お姉ちゃんがだめって言うなら、だめなことだもん」

「私も摘んで帰りたい気持ちはあるんだけどね」


何処かに上ってくる方法はあるのかもしれないけれど絶対にあるという保証がない以上は手を出したくない

それに、百合みたいな感じだと思ったのに見てみれば禍々しい花で毒がありますよと宣言しているようなもの

これはもう真っ直ぐ帰るしかない

収穫がないというのはリンにはかわいそうだし、みんなをがっかりさせるかもしれないけど


(命を大事に……これ大事)


「さ、帰――」


自分の心で確認して頷いた瞬間――ガス爆発に近い音が轟く

そして、地面が大きく揺らいだ


(地震!?)


即座に妹の体を抱き寄せて、地面に銅剣を突き刺して体を固定する

平地ならともかく、こんな崖っぷちのようなところでバランスを崩そうものなら最悪死ぬ。

フル装備の私は重さで落下ダメージも酷くなるかもしれないけれど逆に抑え込むことができる可能性がある

その点、リンは無防備な状態で絶対に落っことすわけにはいかなかった


「お姉ちゃんっ」

「大丈夫、大丈夫だからね」


地震が収まったのを確認してから余震を警戒しつつ剣を抜き取り、

緩い坂道を下ってからもう一度平地で伏せる

数分間遅れてからまた大きな地震という可能性もあったけれど、どうやらそれはないらしい

ひとまず、安心した息を吐く


(村の方が心配だけど……)



お母さん達が心配なのと、逆に心配させることになってしまっただろうと焦る一方、

慣れている私はともかく、リンには衝撃だったせいかすぐには動けそうもないリンの体を抱き寄せる

私だって初めての地震は怖かった。

それが後から日本では全然大したことない軽いものだったと知った時は、

怖がっていた自分が少し情けなく思ったものだけど……


「大丈夫?」

「うん……」

「もう少し休もうか」

「うん……」


同じ言葉を繰り返して、ぎゅっとしがみついてくる妹の体をもう少し抱き寄せる

これで私が男の子だったらフラグでも立ったのかなぁと呑気なことを考えて空を見上げると

もはや太陽の姿は影も形もなく、村の方向に赤っぽい光が集中しているだけになった


これは完全に夜帰りコース

お母さんに本気で怒られ最悪外出禁止になるレベルの大問題

とはいえフル装備でさらにリンを装備する力は……私にはない


(これはお父さんに可愛い子は旅をさせろって説得して貰うしかないなぁ)


無理に帰るのは素直に諦めて、リンと一緒にその場で座り込んで休憩することにした

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