第四話 勇猛果敢に母カンカン


「だめーっ!」

「はいはい」

「むぅっかくほーっ!」


木の上の果物を見つめているだけで

必ず抱き着いてくる―本人曰く捕獲しているつもりらしい―の頭を優しく撫でながら、

はるか遠くに見える王国の姿を眺める

私が木から滑り落ちた日に帰ってきてくれたお父さんは、

それから三日もしないうちにまた王国へと戻って行ってしまった


早くて一ヶ月、遅ければ半年以上

そんな間隔で帰ってくることがないという王国の兵士達の家族との団欒は三日も許されないらしい

もっとも、休みがもらえるというだけありがたい話なのかもしれないけれど。


「お姉ちゃんは、わたしとずーっと一緒にいるの」

「そうだねぇ」

「お姉ちゃん、兵士、なるのだめ」

「そうだけどねぇ」


私だって―この場合ミスティだけど―別に兵士になりたいからなるわけじゃない

元々はこの村で普通に生きて普通に結婚して普通に子供育てて

普通に死ねればいいかなぁなんて母親の背中を見ながら思っていた

でもそれではいけないと、姉のように慕っていた隣人から知らされた

この家に帰ってくることさえ出来なくなると知った

だから私は、三日間だけでも帰ることができる方を選ぶことにした


妹が一緒にいたいという気持ちは残念ながら一人っ子だった私にはわからないけど。

でも、幼いころから父親が遠く離れていて

めったに帰ってこないという経験をしているこの子にとっては、

兵士や王国というものにも全く良い感情は湧かず、

離れていくことなんて絶対に嫌な事なのはわかる


「王国が滅びれば、一緒にいられるかもね」

「お姉ちゃん魔王様になるの?」

「いやいや、私はそんな実力なんてないから」


(しかも魔王って……才能なくていいの?)


大魔法はおろか、最強の剣術なんてものも習得できる気がしない

日本神話で言う草薙の剣や、大人気、アーサー王の物語に登場するエクスカリバーなど

伝説の装備なんて言うものがあるのがあるとしても、

その適正検査で弾き飛ばされて反作用による精神崩壊する未来が見える


「お姉ちゃんが魔王なら、私はそくしつになってあげる~」

「うーん……側室はちょっと遠慮したいかなぁ」


側近という言葉を使いたかったのだろうけど、思い浮かばなくて適当に言った結果だと信じたい

まだ小学校低学年レベルの幼女―しかも妹―が意味を理解して側室という言葉を使ったのなら

私はこの世界に大きく失望することになってしまう


(小学生低学年でこれなら、本来のミスティティは何なのかな、あれ? ビッチってやつ?)


「幹部にくらいならしてあげるけど」

「かんぶってなぁに?」

「魔王様の部下でとっても強い人だよ」

「そくしつよりも~?」

「そうだね」

「じゃぁかんぶになる~」


嬉しそうな妹の笑顔に、思わず私も笑顔になってしまう

この世界には魔王なんていう存在はないけれど、

言ってることは王国に対する反乱に近いものでかなり物騒

それを無邪気に楽しめるのが、まだまだ子供だということなんだと思う

まぁ、そんな話をしちゃう辺り、私もまだまだ子供ではあるんだけど。


現実の自分は年齢以上に人生達観していたりと変に大人びていた部分があって、ひねくれていて

こんな子供みたいなことはすること出来ないと思っていたけれど、そうでもないらしい

教えてくれた可愛い妹には感謝するべきだなぁ。と、ホンワカした気持ちで頭を撫でる


「~~♪」


可愛い、犬みたい

そんなことを思いながらふと息を吐くと、

身体に抱き着く妹の体が強く震えてしがみ付く力が急に強くなった


「ふぐっ!?」


首だったら完全に絞め落とされているんじゃないかと思うような圧迫感に空気が押し出されて

話す余裕がなく妹の頭を軽く叩くと、

リンは怯え切った表情で「お姉ちゃん」と声を絞り出し、指をさす

その先は、村のはずれ

魔物が来ることがなくて

役に立ったことのない申し訳程度に作られた魔物除けのバリケードがあるだけの場所

なのに、そこには人影が見えた


「あれは……」


大人ではないが子供ではない微妙な身長に丸まった背中

身に着けた衣服はボロボロの腰蓑のみで、手には先端に向かって膨らんだ棒状の道具

私達が風下にいるせいか、ほんのりと鼻を貫く異臭が漂う


(魔物!)


「ゴブリンだ!」


村の中にいた老人が声を荒げる。

その瞬間、村の中でも力のある女性陣が鎌やクワなどの農作業の道具を片手に集まり始め、

おばあちゃんや非力な女性たちや老人をまとめて出来る限り遠くの家の中に避難させる


(早い……)


「立てる?」

「お、おねえちゃ……」

「……大丈夫、お姉ちゃんが絶対に守ってあげるからね」


私を絞め殺そうとした凶悪な力もどこへやら、

腰が抜けて立てないという妹を引き起こして抱きかかえる

こういう時、鍛えている私は本来どうするべきなのか

真っ先にゴブリンを倒しに行くか、妹を避難させるべきか


ゴブリンから多少距離のある妹は置いて行っても安全ではあるはず、

一方、退治しに向かった女性たちは生身での戦いの為に非常に危険

もっとも、すでに妹を抱きかかえた私の選択なんて、決まっている


「ケ――」


「妹をお願い!」


避難先の民家にたどり着いた瞬間に妹を下ろして、

娘たちがいないと不安そうにしていたお母さんに任せる

瞬間、リンの手が、私の服の裾を掴む


(リン……)


弱く、でも強い拘束感はあっさりとすり抜けて、私の体は前へと進み出ていく

行かないで欲しいという妹の願いが言葉なしに伝わってくる。でも、ごめんねと振り返る


「大丈夫、お姉ちゃんは強いから」


「お姉ちゃん、お願い……」


願う声に、私は笑みを見せて駆けだす

私の力を過信しているわけじゃない

長年農作業を行ってきた女性たちの方がもしかしたら屈強かもしれないとも思う

だけど、その体は戦いの為の体じゃない

だから、私も加勢するべきだと勇んで向かう


だけど――


「どぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁッ!」


村の中で一番ガタイのいいおばさんは男顔負けの唸り声を上げながら、

木の杭を振り回してゴブリンの顔面を殴打して殴り飛ばすと

倒れ込んだゴブリンの足を躊躇なく鷲掴みにして放り投げる


「えぇ……?」


小型のゴブリンは人間でいえばちょうど、約40あるかどうかの私と同程度の重さがある

それを、両手でとはいえ放り投げたおばさんは満足そうにため息をついて手を払う


「風呂入ってから出直してきなッ!」

「え? 完全に殺さなくて良いんですか?」

「いいんだよ。ああいう小型ゴブリンはね

 勝ち目がないと分かると本能的に近寄らなくなるのさ。ぶっ飛ばされるからねぇ」


殺しても臭いがきついし素材にもならないし何の得もないから、

追い払えるのならその方が良いとおばさんは笑う


(元兵士かなにかなのかな)


確かに、よろよろと立ち上がったゴブリンは怯えたように逃げ去っていく

あんな姿をさらにして後日戻ってこようという考えはまず持たない

というより軽々しく杭を振り回し、

自分をぶん投げるような人間がいる場所になど近づきたくはないだろう


――――


「お姉ちゃーん」

「リーンーっ!」


一件落着して妹たちのいる民家へと戻っていくと、私の姿を見るや否や駆け寄ってくる小動物一人

猛烈なタックルを受け止めて、頭を撫でてあげると、嬉しそうな声が聞こえる

威勢よく勇敢に飛び出していったはいいが、私は何にもしてないのに。


「お姉ちゃん、やっつけてくれた?」

「う、うん。やっつけてたよー」

「じゃぁ、もう来ないよね」

「うん、こないこない」


ひざを折って目線を合わせて優しく頭を撫でてあげる

小さいゴブリンとはいえ、幼女目線ではかなり凶悪な化け物だから相当怖かったんだろう

安心できるように頭を撫でて、ちょっとだけ抱き寄せて背中を叩く

私は何にもしてないけど、安心させてはあげられるかなと


「ミスティッ!」

「あっ」

「お母さんが言いたいこと……解るわよね?」

「う、うん……あ、でも、ほら……リンもいますので……」


ゴブリンと戦いに行くなんて言う勇敢な行いは、何の結果を残すこともできなかったどころか

こっぴどく、お母さんに怒られることになってしまうのでした

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