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「そのままゆっくり両手を上げろ」低い声が背後から聞こえた。
複数の足音が近づき、鮫川の背中に筒状のものが突きつけられた。
鮫川は無言でゆっくり両手を上げた。
誰かが足早に近づき、鮫川をボディーチェックした。靴の中まで入念にチェックされた
ボディーチェックしていた奴の手が離れると銃を突きつけている男が話しかけた。「服装から見て、最近覚醒したみたいだな」
鮫川は自分が着ている入院用のチュニックをあらためて眺め下ろした。
「覚醒?」
「真実が見れるようになっただろう?」
「真実?これが真実?これは夢だ」
「そう信じたい気持ちは判るが、これが現実なんだ。俺達は脳をいじられて幻を見せられている。それが現実なんだ」
「そんなバカな…」そう言いつつ、鮫川は「薄木こころの治療院」で施術された事を思い出した。
「日本全員がか?」
「世界中全員だよ」オイル臭い中年男が言った。
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「これが『覚醒』というのか?」
「我々は自らを覚醒者と名乗ってている」リーダー格の男が言った。「皆、ブレインアジャスターが故障したものか、取り外した者たちだ」
「この世界は何なんだ!?」
「まだ、思い出せないのか?」リーダ格の男が言った。「侵略されたんだよ。スィキーダ人に…」
重厚金属が背中から離れ、後ろから懐中電灯の明かりが照らされた。
「どこから来た?」
「東京だ」
「あのバイクで来たんだな」
「そうだ」
「本物の人間か?」リーダー格が尋ねた。
「そうだ」
リーダー格の男は腕を組んで小首をかしげてから、周りの仲間達を見渡した。
「よし、信用しよう。まずは自己紹介だ。俺は大貫」
「僕は鮫川だ」と苗字だけ名乗った。
「判った。ついて来な」大貫と男達はそう言うと地下街の中へ歩き出した。
男たちは大貫の他に三人いた。男達は無言で歩き出し、鮫川も黙ってその後を歩いた。
カビと蜘蛛の巣に覆われた壁に沿って水滴が落ちる天井の下を何分も歩かされた。地下道は薄暗く、所々にある小さな非常灯と日暮れてもう殆ど光っていない光ファイバー照明だけが唯一の光源だった。足元に注意しながら、幾つもの曲がり角を曲がると、漸く彼らのアジトにたどり着いた。そこは地下街と直結したホテルの地階のようだった。
大貫がドアを開けると、その先は大宴会場のような所で、大きなテーブルが幾つかおかれ、その脇に一ダースほどの人間が集まっていた。
「病院から抜け出してきたの?」その中の一人の女が鮫川が着ていた手術用のチュニックを見つめていった。
「ああ、六時間ほど前にね」鮫川は落ち着いた声で話した。「奴らの隙を突いて逃げてきた」
男女は黙って周りの仲間と顔を見合わせた。
「ちょっとここに座ってくれ」奥の方にいたフサフサ髭の生えた四十年配の気の良さそうな男が進み出て、テーブルの前にあった椅子の一つを鮫川に勧めた。
鮫川が恐る恐る椅子に座ると、「ちょっと、悪いね」と髭の男が言って、鮫川の顎を上げた。
「ごめんよ。私は元技術者でね、医者じゃないんでこういうのは苦手なんだが…。ああ、私は加山という。よろしく」そう言って鮫川の鼻の中に鉗子を入れ、「ちょっと押さえててくれ」と隣の男に頼んだ。更に鼻の中に極小の内視鏡と金属棒を突っ込んだ。
「おや、ブレインアジャスターが綺麗に抜かれてるよ」加山が誰にともなく呟いた。
「フラッシュバック制御装置の方はどうですか?」鉗子を持っている猿顔の男が尋ねた。
「そっちはまだ付いてるが、壊れてる。コイツはまだつけといたほうがいいだろう。パニック症候群になるからな」
後頭部に冷たいアイロンのようなものを当てられた。
「グリット端子も分断してるわね。これなら安全ね」さっきとは違う女の声が言った。
「手術の必要はもう無いようだ」加山が吐き出すように言った。
「何なんだ!」彼らから開放されると、パニック気味に鮫川は叫んだ。
「悪い悪い。ちょっと調べさせて貰ったんだよ。念の為にね」加山が作り笑いで焦ったように弁解した。
「あの廃墟は何なんだ!?平和な世界は何処へ行っちまったんだ?俺はどうなっちまったんだ?」
「あら、覚えてないの?まだ思い出さない?」はじめに話しかけたポニーテールにピッチリしたショートパンツ姿の女が言った。長い爪でコリコリと頬を掻いていた。
「え?」
「戦争だよ。侵略戦争」大貫が呆れたように言った。
心の治療院で頭の中に浮かんだ光景を思い出した。
空高くから落ちてくる無数の軌道爆弾。レーザーランス。地平線の彼方で幾つも光る核爆発の光、炎の嵐、四方から聞こえる断末魔の声…。
そうだ。異星人との戦争があったんだ…。
to be continued
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