episode7-1
「はあ、何でこんな時に限ってお使いなの。お父さんは一体何を考えているのか全くわからないわ。……まあ、この怪我ではまともに戦闘を行うことすらできないし、仕方のないことだとは思うけど、歯に何かが挟まった時のような何とも言えない引っ掛かりを覚えずにはいられないわね」
夏の陽射しと蝉の鳴き声が精神に多大な負荷を掛けてくるなか、滝上椿姫は日傘を差しながら愚痴を垂れ流し、街の外れにある滝流寺へと向かって歩いていた。その体の至る所に包帯が巻かれており、見るだけで痛みが伝わってくるようだ。目的は、トートバッグと一緒に提げられたスイカを届けるためである。
滝流寺は滝上家の遠縁に当たる血筋の者たちが起こした由緒ある寺院である。過去に起きた大火災によってその資料の殆どが焼け落ちてしまい、正確ではないが少なくとも江戸時代以前から続いてきたことだけは確からしい。そんな古くからある寺院だが、こうしてわざわざ親戚から送られてきたスイカを手渡しで持っていく程度には深い関係である。
「お母さんが行ってくれればいいのに、今日に限って生け花教室だし。お父さんは兄さんの付き添い。その上マチさんまでお休みだなんて、私って運がないのかしら。あーあ、あそこの和尚さん悪い人ではないんだけど、何だか苦手なのよねえ。はあ、いずれ継承する時にはあそこへ行くことになるのは分かってるけど……何だかなあ」
椿姫の脳裏に、狸のような顔をした老齢の掴みどころのない坊主が思い浮かべられる。
自身に関わっているであろう、秘密を調べようとしていたというのに、それを父からのお願いによって、潰されるというのは若干納得のいかないことであり、口から文句が次から次へと漏れ出てくるのは仕方のないことなのだ。
そうこうしているうちに、滝流寺へと続く長い石段が目の前まで迫っていた。椿姫の顔を更にげんなりしたものにさせるが、彼女は一歩足を踏み出す。無心で歩を進めていくと、頂上にはすぐに辿り着いた。椿姫の視界を築百年程度の、やや年季の入った大きな日本式の建築物や手の込んだ石庭が覆いつくす。
「すいませーん! 滝上でーす! スイカをお届けに参りましたー!」
椿姫は開かれた建物の中へ入ると、奥に向けて声を掛ける。何度か呼びかけているうちに、奥から床を少し擦りながら歩いてくる音が聞こえてきた。やがて、袈裟を身に着けた老齢の男が見えてくる。
「おお! 椿姫ちゃんじゃないか。久しぶりだなあ」
「……どうも、お久しぶりです」
「それにしてもその傷、大丈夫かあ? 色々とやってるのは知っとるが」
「もう殆ど治りかけているので、お気になさらないでください」
「そうかあ? ならこれ以上は何も言わんよ」
滝流寺の住職である、本名、滝見常久が出てくる。見た目はどこにでもいる眼鏡をかけたやや体格に恵まれた老人だ。しわがれていながらも、どことなく力強さの籠った声は、思わず聞き入ってしまうような不思議な魅力がある。
椿姫は表情こそ変わないが、どことなく素っ気ないとも感じる返事をする。
「ああ、高山さんの所のスイカを届けに来てくれたのかい、ありがたいな。おおっと、ごめんなあ、お茶を出そう。良いのが手に入ったんだ。さあ上がりなさい。佳代子ー! お客さんだあ、茶ーを頼むー!」
坊主は椿姫に中へ入るように促すと、奥の方にいるであろう妻に声を掛けた。
元々、中に入る気など毛頭なかった椿姫だが、こうも話を進められては断るという選択肢を選ぶことは出来ない。少女は坊主のこういった部分が昔から苦手だった。とはいえ、もう話は上がるか、上がらないかという部分を過ぎてしまったため、渋々靴を脱いで上がる。育ちがお嬢様であるためか、靴はきっちりと揃えられていた。
「椿姫ちゃんが来るのは今年のお正月以来だったな。あの頃は確か受験シーズンだったか。どう? 高校生活は、楽しいか?」
「ええ、まあ。人並みに楽しい生活を送れていると思います」
客間に向かって伸びる長い廊下を歩いている途中、坊主が話し掛けてくる。
椿姫の返事は相変わらず素っ気ないものであった。本当のことを言えば、現状の学校生活に思うところはある。友人と遊ぶ機会が少ないことや話題についていけない場面があることなど思い返せば色々ある。幸い、彼女は友人及びそのグループには恵まれているようで、蝶よ花よと育てられたお嬢様や、分け隔てなく接してくる所謂陽キャなどであるため、いじめられるようなことはない。むしろ、椿姫が日頃から忙しくしていることを心配するようなお人好しばかりである。だが、それが椿姫の心に申し訳なさを植え付けるのだ。
「随分と含みのある言い方だな! はっはっは! こんな若くから戦いに身を投じさせられたら無理もないなあ! こんな細身の女子に戦わせるなんてなあ。……まあ、滝上家に連綿と続いている血の宿命がそうさせるのだ。隆源のことは恨まんでやってくれ」
「恨んではいません。けど、その……」
血の宿命という言葉に、やけに引っ掛かる椿姫。思えば、自身の傷の治りの早さは常人よりも早い。無論、首の骨が折れようとも十数分の内に回復してしまう隆一ほどではない。それだけではない、今までの生活や戦いの中で、自分が普通の人間よりも優れた身体能力を感じさせる場面は幾度となくあった。そうした、他者との違いが少女に強い疑問を覚えさせるのだ。
「悪いが話すことは出来ない」
「その言い方、何か知っているんですか? 出来れば教えてください、出来れば」
「いずれは分かることだし、それに心の準備が必要なことだ。ワシが言うことでは……」
「私は、今、それを知る必要があると思っています。恐らく、私が調べてようとしていたことと、和尚様が口を噤んでいることは、関係しているんじゃあないですか?」
そう言って、椿姫は“滝之上幻獣奇譚”と書かれた古い児童書を坊主に見せた。
先程まで意地の悪い笑みを浮かべていた坊主も、流石に驚いたようで目を丸くする。そして、観念したように口を開く。
「これも御仏のお導きであろう。椿姫ちゃんは先に客間に行っておいてくれ。ワシは居間から蔵の方に行ってくる」
「……分かりました」
その頃、滝上中央病院にて。
蝉がけたたましく鳴く、蒸し暑い夏。空調の効いた病室の中で、隆一と街田、そして敵組織の幹部【幻祖六柱】であるはずの【水龍】が、何とも言えない微妙な空気を醸し出しながら話していた。実際のところは【水龍】の独壇場である。
「おい、そこの見知らぬ小僧」
「え、俺ですか? ですよねっ」
底知れない威圧感を放つ【水龍】に扇子で指され、街田は座っていた椅子から飛び上がり、ピンと背筋を伸ばし気を付けの姿勢を取る。椅子は音を立てて無人になる。
【水龍】の目がきらりと輝く。一瞬のうちに空いた椅子を陣取り、したり顔を浮かべた。
「ええ……?」
「ガキかよ」
二人の男は困惑の声を上げる。
しかし、当の【水龍】は全く気にする様子はない。こうすることが正しいとでも言うように、悠々と、極めて自然な動作で机に置かれていたコンビニ袋の中から缶コーヒーを取り出すと、それを隆一に差し出した。
隆一は手慣れた動作で缶を開け、【水龍】に返す。
「うむ、苦しゅうないぞ」
【水龍】は黒いラベルの缶コーヒーに口を付け、すぐに渋い顔を浮かべる。
「あ、あのー? お名前を教えていただけませんか? 俺、街田啓って言います」
街田が恐る恐るといった様子で【水龍】に名前を訊ねる。だが、
「悪いの。妾が育った所の風習で、自身の名は真に尊敬する相手にしか教えないのじゃ」
「は、はあ。そうですか」
「まあ、【水龍】とでも呼んでおくれ」
「す、【水龍】さん。ですか……」
面妖な雰囲気に古風な喋り方、おまけに窓から入ってくるような非常識さ。街田の本能が目の前の女と深く関わるなという警鐘を鳴らし始める。旧学生寮での一件以来、過敏になっているような節もあったが、【水龍】に対しては用心するに越したことはないだろう。
判断を下した街田の行動は実に迅速だった。
「あっじゃあ、俺帰るわ」
「おう、じゃあな。お土産ありがとう」
「気にすんな。ってか検査入院なのにコーヒーがお土産って良かったのか?」
「まあ、いいんじゃね?」
「そっか、またな」
そう言って、街田はドアを閉めて帰った、かに思われた。
十秒もしない内に扉が僅かに開かれ、その隙間から街田が顔を出す。
「あっ隆一、そういえば、竜ヶ森の誕生日がそろそろだけど、プレゼント買った?」
「えっ! あっマジじゃん!」
携帯の画面に表示された日付を見て、急に青ざめ、慌てる隆一。
街田は額に手を当てて、やれやれとでも言うように首を横に振る。
「お前さあ……ちゃんと連絡取ってる? 今頃新しい男とくっついてるんじゃねえか?」
「ええ! いやいや! 竜ヶ森って今実家に帰省中じゃん? しかも、辺鄙な所だから携帯も繋がらないって行ってたし? それで全然連絡を取ってないだけだから!」
「いい加減さあ、告っちまえよ。いつまでもフリーってわけじゃあないんだからさ。お前のお陰で俺は峰山と付き合えたと思うし、お前にも幸せになって欲しいんだよ」
「啓……」
「あっ、ちなみに、ふとやんにも彼女出来たってさ」
「はあああああああああああああああああああ!?」
ふとやんとは、隆一と街田、そしてこの場にいない木島の友人である。見た目は力士ほどではないがずんぐりとしている、どこか陽気な雰囲気を纏った癒し系だ。全く持って失礼なことではあるが、隆一は彼に対して、自分よりも先に彼女が出来るわけはないだろうという認識を持っており、それだけにショックが大きかった。
近くで静かにコーヒーを飲んでいた【水龍】がぎょっとした顔で隆一を見る。
「ええ!! ふとやんに先を越されるとか! ていうか! ふとやん彼女とかよく分からないって言ってたじゃん! ええ!! なんでええええええええええ!!!!」
「うるせえ。まあ、元気が出たようで何より。今度こそじゃあな。プレゼント選びをしっかりしとけよ。そういうのマジで大事だからな、マジで」
「彼女持ちの余裕かよ。じゃあな」
「おう」
扉が音を立てて閉まる。今度こそ帰ったようだった。
「もう少し落ち着きを持て、青い雷が泣くぞ?」
「どうでもいい。ってか何で来たわけ? 百歩譲って何で窓から? ここ四階だぜ?」
「さっきも言ったように、【幻相】が来るまでにやっておきたいことがあるんじゃ。……一応釘を刺しておいたが、この前のこと【聖賢】は勿論、誰にも言っておらぬよな?」
「ああ、誰にも言っていない。多分気取られてもいないはずだ」
「そうか、なら良い。じゃが、一応お主と妾の契約内容について確認しておくぞ」
契約、それは光金製薬での一件があった日の翌日にまで遡る。
「貴様の力が我が番、【雷龍・ヴァルジール】と同じものだからじゃ」
「え?」
それは隆一にとってあまりに唐突で、衝撃的な発言であった。質の悪い冗談とも思ったが、【水龍】の真剣な表情から、その言葉が騙そうとするために放たれたものではないと判る。だが、それが自身の存在の根底を揺るがすもののような気がしてならなかった。素直に受け入れようとは思えなかった。
「いやいや、何かの間違いだろ。だって、俺は他にも水をある程度は自由に操作できるんだぜ? それに、色々そっちの事情を聞いといて何だけど、俺にとってアンタはまだ敵だ。妹を傷つけられたんだからな。アレ、治るのに結構時間が掛かるぜ? 傷跡にでもなったら最悪だ。だから、さっきも言ったように許す気はない」
「妾も言ったはずだ、許される気はないとな」
「ならっ!」
「まあ待て」
詰め寄る隆一の鼻先に、【水龍】が扇子を向けてそれを制した。
「ここからする話は、貴様にとっても悪いモノではないはずじゃ。それに、妾は貴様の力がヴァルのものと同じとは言ったが、何も妾の大事な番そのものと言った覚えはない。いちいち突っかかられては、進む話も進まん。まずは落ち着いて話を聞いておくれ」
おばあちゃんのようだった。
「ぶっ殺すぞ」
「ひぃっ!」
「こほん。では、言うぞ。ちゃんと聞け」
咳払いをした後、【水龍】は隆一に話を聞く体勢を取らせる。
そして、幾ばくかの時が経った。いい加減に話せと隆一が思った時に、彼女の口が開く。
「妾と手を組まぬか?」
「は? 今何て?」
話している場所が公園のため、少年少女の元気な笑い声が周囲から聞こえてくる。そのせいで聞き間違いをしたのだろうか、と考えた隆一は思わず【水龍】に聞き返す。
「だから……妾と手を組まぬか、と言ったんじゃが」
「あっ、聞き間違いじゃなかったわ……。でも何で? 柳沼さ、【聖賢】も言ってたけど人間はお前らが戦い始めた理由でもある、【雷龍】を殺した、かもしれないんだろう? そんな相手と、しかも、俺はその親玉の息子だぜ?」
「【聖賢】も半信半疑であったか。どうやら、妾の勘も鈍っておらんようじゃ」
「なあ、お前らの詳しい事情を聞かせてくれよ。それを信用するに足る証拠にしたい」
「……良いじゃろう。貴様にも詳しい情報の共有は必要になるじゃろうからな」
頭上に疑問符を浮かべながら、そう言う隆一。
それに対して、【水龍】は然もありなんという様子で話を進める。
「実は、【雷龍】が人間に殺されたと言ったのは【幻相】であったのじゃ。もう、五年ほど前になるのか。あの日、【雷龍】はこちらで言う第一夫人の妾や忌々しい第二夫人とその娘を置いて、【幻相】と【堅剛】という【幻祖六柱】の二柱とともにこの世界に渡った。理由は人間と友好を結ぶためであった」
遠くから、相も変らぬ子どもたちの楽し気な声が聞こえてくる。その様子を、どこか遠い目をしながら見守る【水龍】は、すっかり温くなった缶コーヒーを啜る。
「遥か昔から、ミラジオの世から渡った不届きモノが、こちらの世界で悪さをするのはよくあったからの。人を殺してしまうなんてのはしょっちゅうだったようじゃ。まあ、これは貴様の家の者に聞いた方が早いじゃろ。なんせ“魔狩師”の本家じゃからな。……何にせよじゃ。これからは仲良くやろう。そのために色々と決まり事をお互いに作っておきましょう、という話をするために向かったわけじゃな」
柳沼も似たような話をしていたような気がする、と隆一は思った。
隆一が納得するような顔をしたため、【水龍】は安心して話を進める。
「じゃが、そう上手くは行かなかった。行った先で【雷龍】とその一行は、卑劣な人間の襲撃に遭い、【幻相】ただ一柱を残して死亡したのじゃ」
「そんなっ! 少なくとも、父さんがそんなことをするはずが」
「ここから、妾が半信半疑と言った理由じゃ」
再び食って掛かろうとする隆一を宥める【水龍】。ジェスチャーでコーヒーを飲んで一旦落ち着くように促す。渋々、隆一も納得したようにコーヒーに口を付ける。すると、彼の目元がやや緩んだのを【水龍】は見逃さなかった。
「では続けようか。先の全滅を報告したのが【幻相】であったということに、妾や残りの【六柱】たちは疑いの目を向けたのじゃ。奴は仲間になってからも何らかの目論見を立てておったからな。黒い噂が絶えんかった」
少しの間を空けて、再び話始める。
「これはあくまで、妾の見解じゃが、今【幻相】が目指している“王”の復活とやらは、自分の思い通りになる支配者を創り上げることで、【雷龍】や【堅剛】はそのために始末されたのではないか、と考えておるのじゃ」
「アイツ仲間からの人望……。人望? 人望薄すぎない?」
「ぶっちゃけ、戦いで背中を預けたいタイプじゃないじゃろ」
「まあ、確かに? 確かに!」
お互い、【幻相】への認識は変わらないらしい。
「見解には一応、そう思うだけの理由がある。証拠はないがな」
妾の勘は当たるから信用しても良いぞ。と彼女は付け加える。
隆一も彼女の自信満々の表情に何故だか説得力を感じてしまったため、聞き入る。
「【雷龍】は戦いにおいて、裏をかかれればそれに引っ掛かるが、真向から挑まれれば圧倒した。裏をかかれたとしても最後には必ず勝ってみせた。まあ、ごり押しじゃがな。故に最強と呼ばれた。他の民からは恐れられもしたが、それ以上に憧れられていた。贔屓目に見てもな。そんな奴が術も使えぬ人間に負けるだろうか、しかも、【六柱】が二柱もおるのに、とな。まずはここが疑問一じゃ」
乾いた地面に手から放った水で「ヴァル最強!」と文字を書く【水龍】。
水の飛沫がズボンの裾に掛かり、若干不快感を覚えた隆一だが、我慢する。
「【幻相】の報を聞いてから、数日後には会議が開かれ、妾たちは戦を仕掛けるムードになっていた。無論、勝算は十分にあった。何せ【六柱】クラスともなれば、天候や自然現象を操るほどじゃからの。人間が如何に進歩しようと自然には勝てぬ」
そう言って悠々とコーヒーを飲み干した【水龍】は、空き缶をゴミ箱に投げ入れる。
それは奇麗な放物線を描いて、ゴミ箱に入る……ことはなく、箱の端に当たって弾かれた。しかし、水が空き缶をぐるりと一周して掴み、空き缶ごと浮いてゴミ箱に飛び込んだ。
「まあ、こんなことも簡単にやってのける。そんな集団が、一瞬のうちに街の中に現れて暴れまわる。その厄介さをお主ならよくわかるじゃろう?」
その言葉の意味を、嫌というほどに隆一は理解した。同時に、彼の脳裏では今まで戦ってきた相手の姿がくっきりと浮かんだ。
「だが、それを強引に止めたのが【幻相】であった。それも、長らく絶えていた“王”を復活させると言ってな。勿論、反対はあったが“王”の任を代わりに務めていた【雷龍】が消えた以上、代わりを務めるモノが必要じゃったからな」
「よく分からないけど、第一夫人のアンタか、第二夫人がやればいいんじゃねえのか?」
「無論、その案も出たが、妾はヴァルとともにある身。ミラジオを統べることには全く興味はなかったから蹴った」
あっけらかんとして言い放つ【水龍】に、隆一は思わず目頭を押さえる。
「……第二夫人は?」
「あやつは……心が壊れてしもうた」
一転して、【水龍】の声色が目に見えて沈む。第二夫人を毛嫌いしてはいるが、それでも気分が良いものとは思っていないようであった。
隆一は彼女の意外な一面を垣間見て、何やら感動する。
「元々、夢見る少女のような女ではあったからな。生まれからして箱入り娘ではあったし。だが、父親に似て芯の強い女であった。……そう思っていたのだがな。所詮はヒトというわけじゃ。心の作りからして妾たちのようにはいかんのかのう」
「人? お前らの世界にも人間がいるのか?」
「厳密に言えば違う。特殊な力を持った、どちらかと言えば妾や“王”に近い種族じゃ。寿命すらないのではないかの。第二夫人の故郷の森には、創世より生きる者すらいる、らしいな。外界との関係が極めて薄いところじゃから、詳しくは知らんが。……話は逸れたが、そんなこともあって第二夫人もとても“王”を務められるような状態ではなかった」
王というより、それは最早神と呼ばれる存在ではないか。
唐突に湧いた壮大なファンタジー要素に、隆一は驚きと困惑を隠せない。
「第二の娘である【雷姫】も、“王”として働ける歳ではなかったし、あの小娘を担ぎ出して代わりに統治しようとするモノもおらんかった。それに、母親の傍を離れんと言って聞かんかったしな。そんなこんなで、他の良い案も出なかったし、【幻相】の“王”復活案は着々と進んでいった。色々と手回しをしておったのは見え見えじゃったがな」
【水龍】は地面を無意味に濡らす。
「そこからは【幻相】が主導となって動き、他の【六柱】は支援に入る流れが出来て、今に至る。そこら辺は、お主たちも知っておろう? まあ、【幻相】が今この街で起こっている一連の事件の黒幕、と言っても過言ではないじゃろうなあ」
遠い目をして眩い青空を見上げる【水龍】は、ベンチに背を預け、物憂げにそう言った。
隣に座る隆一もそれに倣って空を見上げる。
「なあ、そろそろ何で契約を持ちかけたのか、言ってもいいんじゃあないか?」
「そうじゃな。……よし、こほん。まあ一連の流れで積もりに積もった疑問が、お主の持つ青い雷によって噴出した結果、妾はよく分からなくなった、と言ったよな。そこで、妾は考えたのじゃ」
「何を」
自身を見つめる隆一を、【水龍】は見つめ返し、彼の手を握った。玉のようにきめ細やかな白い肌に、死人のように冷たい手であった。だが、鼓動を感じる。それは彼女の緊張を表すかのように速く脈打ち、何モノよりも真摯な真剣さを伝えてくるようだ。
「【雷龍】は、いや、妾が愛したヴァルが求めたものは何であったのか、な。あやつは平和を求めていた。誰もが安らかに眠れることを望んでいた。“王”に反旗を翻した時だったか。その時以来、奴はその事をよく口にしておった。……妾は、奴のそんな遺志を継ぐべきだと思った。これは、あくまで妾の勘だが、青い雷を持つお主に出会ったことは運命だったのじゃろう。お主に力を貸すことがヴァルの遺志を継ぐことになる、とな」
「俺に力を? お前、組織を【六柱】を裏切るってことでいいのか?」
「それは違うな。妾が目指しておるのは、あくまで【幻相】の排除じゃ。先程も言った通り、この一連の流れを作っているのは【幻相】。あやつ一柱を止めるだけでいいのじゃ。【六柱】を全て排除せずとも、最小限の労力で終わらせることが出来る。まあ、骨が折れるし、油断は決して出来ない相手じゃ……。で? どうする妾とともに、【幻相】を討ち取るという契約、受けるか?」
【水龍】の端正な顔が、隆一に近づく。
隆一は顔を伏せて、深く唸る。
「受けないというのなら、この話は聞かなかったことにせい。まあ、魔狩師を継げなかったとは言え、末裔であることには違いない。色々と複雑な気持ちだろう。だが、時間はない。今ここで、決断をしておくれ」
「俺は……」
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