特別な休日

 あたりは大勢の人々が行き交い、ときおり威勢のいい客引きの声が響く。

 いつか行った公園の一角。そこでは今、蚤の市が開かれていた。

 ちょうどお店もお休みだった事もあってか、私はヴィンセントさんと一緒にそこを訪れている。

 この間の建国祭では最後の花火だけしか楽しめなかったので、その分をここで取り返そうというのだ。

 

「ほら、はぐれるな」


 ヴィンセントさんが手を差し伸べてくれるので、その手をしっかりと握る。

 蚤の市は随分大きな規模のものだった。見た事の無い小物や、木彫りの像など、実に様々なものを扱うお店がずらりと並ぶ。


「ヴィンセントさん、あれ、あれなんですか?」

「あれは練り香を入れる容器だな」

「ほほう。なるほど」


 珍しいものが多くて、ついついきょろきょろしてしまう。

 と、そこできらりと光るものが目に入った。近づいてよく見ると、そこは宝飾品を扱うお店。


「ヴィンセントさん、このお店見てもいいですか?」


 手を引っ張ってヴィンセントさんを引き留める。

 指輪にブレスレット、髪留めなど、アンティーク調のアクセサリーが沢山。

 私だって乙女なのだ。こんな素敵なものを目のまえにずらりと並べられて、足を止めるなというほうが無理であろう。思わずしゃがみ込んで物色してしまう。


「わあ、この指輪素敵……」


 青くて透明度の高い石のはまったアンティーク調の指輪。


「買っちゃおうかなあ」


 自分の指に嵌めようとしたその時、ヴィンセントさんが私の手から指輪を取り上げる。


「指輪はいつか我輩が買ってやると約束しただろう? その時は新品を贈ってやる。だから今は駄目だ」


 おう、そういえばそんな事言われたっけ。それなら仕方ない。諦めよう。

 それでもわずかに後ろ髪引かれていると


「その代わり……これなんてどうだ? これなら買ってやろう」


 ヴィンセントさんが手にしたのは、緑色の石をつなげて作った輪っかのようなもの。ブレスレットかな?


「あ、きれい! 良いんですか!? やったあ」

「お、お客さん、目が高いね。それは翡翠でできてるんだよ。お買い得だよ」


 お店の人もそんな事を言って購買意欲を煽る。

 宝飾品を買ってもらうと、なんだか特別な気がするのは何故だろう。それが好きな人からなら尚更。

 買ったものを包んでもらうと、少々浮かれながらその場を後にした。



 さて、蚤の市といえば、食品を扱う屋台も多い。

 私は食べ歩きしやすそうな串焼きを買うと、一本をヴィンセントさんに差し出す。

 が、何故か彼は受け取ろうとしない。代わりに


「食べさせてくれ」


 と口を開けてこちらに顔を向ける。

 何を言い出すんだ。自宅ならともかく、こんな公共の場で。バカップル感丸出しではないか。

 でもまあ良いか。この人とならばバカップルと揶揄されようとかまわない。

 私は串焼きの先が刺さらないようにと、慎重にヴィンセントさんの口に押し込んだ。



 ◇◇◇◇◇



 そうして蚤の市を楽しんだ後、自宅へ帰って戦利品を確認する。

 ちょっとした古着や小物なんかも買ってきたのだ。

 寝室の鏡の前で一人ファッションショーを行っていると、ヴィンセントさんが入ってきた。

 

「機嫌がよさそうだな。なかなか似合ってるぞ」

 

 また一人ファッションショーを開催しているところを見られてしまった。恥ずかしい……。

 話を変えようと、ベッドに腰掛ける。


「ヴィンセントさん、今日買ってくれたブレスレット見せてくださいよ。早速身に着けたいし」

「ああ、これか」


 ヴィンセントさんは手の中に握り込んでいたそれを、目の前でぶらぶらとさせる。


「これはブレスレットではない。アンクレットだ」


 ヴィンセントさんは私の前にかがみ込むと、左足首にアンクレットを付けてくれた。


「これでお前は我輩のものだ」

「え? どういう事ですか?」

「知らないのか? 左足に着けたアンクレットは『誰かの所有物である』という意味があるのだ。これで変な輩に目を付けられることも無いだろう」


 そうなのか……! 変な輩に目をつけられた事なんて無……いや、王子様とかあるけど、今でもヴィンセントさんは心配してるのかな?

 それにしても、所有物だなんてはっきり言われると照れるけど嬉しい。

 左足首の感触を確かめながらにやにやしていると、ヴィンセントさんがもう一つ同じアンクレットを取り出した。私の隣に座ると、自分の左足に装着しようとしている。


「あれ? ヴィンセントさんもつけるんですか? 言ってくれたら私が買って贈ったのに。私の所有物の証として」

「これは所有物の証としてだけではない」

「と、いうと?」

「同じアンクレットを身に着けると、来世でも結ばれると言われているのだ」

「え、それって……」


 思わず言葉に詰まると、ヴィンセントさんは微笑む。


「単なる迷信かも知れないが、我輩はいつまでもお前と共にありたいと思っている」


 うわあ、どうしよう。なんだか急に顔が熱くなってきた。嬉しいけど恥ずかしい……。


「……わ、私もヴィンセントさんとずっとずっと一緒にいたいと思ってますよ。もちろん来世でも」


 恥ずかしさに俯いた私の顎を、ヴィンセントさんの指がすくい上げる。

 奇麗な緑の瞳がこちらを見ている。アンクレットと同じ色。

 それが徐々に近づいてきて、思わず瞳を閉じると、唇に甘やかな感触を残した。


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