世直しの後で

 やっぱりこんなところに来るんじゃなかった。

 どこかで強引にでも逃げるべきだった。


 そんな後悔の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 けれどそんな想いも虚しく、私はあっさりと兵士に捕らえられてしまったのだった。


「閣下! 不審者の仲間らしき者を一名捕らえました!」

「おお、よくやったぞ!」


 私はユージーンさん達と悪徳公爵の間に引きずり出される。

 乱暴に腕を引っ張られたかと思うと、胴体をがっちり抱え込まれ、目の前には鋭い光を放つナイフが。


「殿下を名乗る不届きものよ。この女の命が惜しければ大人しく捕らえられるが良い」


 公爵の脅しに言葉を詰まらせるユージーンさん達。しばらくにらみ合いが続く。

 しかし、その緊張感を最初に破ったのはノノンちゃんだった。


「別にいいよ。その女は元々邪魔だったし。好きにしちゃって。足手まといが減れば、こっちも動きやすくなるし」


 な……

 私だって、こんなところ本当は来たくなかったよう!

 巻き込まれた挙句に見放されるとか、ちょっと薄情すぎない? ノノンちゃんの馬鹿ーーー!!

 こんな理不尽耐えられない! もう帰る! 絶対帰る! もう私の邪魔しないで!


 次の瞬間、私はナイフを突きつけている兵士の腕を取ると、柔道の一本背負いのように地面に叩きつけた。兵士は逞しい体つきをしていたが、それでも何故か重さは感じなかった。


 その直後、フリージアさんの蹴りが、倒れている兵士の頭部に炸裂する。


「おまん、何してくれてんの!? 人質取るなんて汚い真似しやがって! このど畜生が! 足に岩でもくくりつけて湖に捨ててやろうか!? あ?」


 な、何これこわい。フリージアさんてプロの人?


 そんなことを考えている間にも、ノノンちゃんとユージーンさんが、どんどん残りの兵士を倒してゆく。


 やがて残るは悪徳公爵と悪徳商人のみ。商人に至ってはテーブルの下で震えている。


「お前達には追って沙汰を下す。それまで謹慎を命ずる。それと、その薬は証拠品として押収させてもらおう」


 ユージーンさんの言葉に、公爵はがくりとこうべを垂れた。





「一部危ないところもあったが、何とか上手くいったな」

「僕の手にかかればこんなものですよ」


 ノノンちゃんが涼しい顔で応えるが、私を見殺しにしようとした事、忘れないからね……!


「それにしてもユキちゃん、おまん、力持ちだっだんねえ。あの兵士を軽々と投げ飛ばすなんて」

「確かに、あれがなければ今宵の計画は失敗していたかもしれない。猫娘、お前にはあんな力があったのか?」


 それで思い出した。ドワーフの親方さんに言われたこと。私には魔法の力があるって。感情が昂ぶるとその力が発揮されるとか。

 兵士に捕らわれて極限状態だった私は、無意識にその力を発動していたのかもしれない。


「あ、あれは火事場の馬鹿力みたいなものですよ。多分もう無理です」


 私は嘘をついた。だって、自分でも制御できない力なのに、堂々と「魔法の力です」なんて断言できない。慌てて話題を変える。


「そ、そういえば、あの公爵が言ってた『聖印せいいん』ってなんですか?」


 私の問いに、全員の顔が驚いたようにこちらに向く。

 え……なんか変な事言ったかな……。

 最初に口を開いたのはノノンちゃんだった。


「嘘でしょ? 聖印を知らないなんて。この非国民」


 そ、そこまで……?


「まあまあ、ユキちゃんは外の国から来たんだし、知らないのも無理ないでや。ユキちゃん、聖印っていうのは、この国の王族である事を証明するものなんよ」


 するとユージーンさんが右手袋を脱ぐ。

 その手の甲には花のように見える複雑な円形の模様が浮かび上がっていた。


「これが聖印だ。正統なる王家の血を引いている者には、必ずこの聖印が身体のどこかに現れる。どうだ。すごいであろう」


 そんなものがあったのか。それならさっきの公爵がユージーンさんの手を見て慌てふためいていたのも納得できる。

 

「でも、ユキちゃんが捕まるなんて予想外だったでや。今度からはもっと目立たない場所に隠れてて貰う?」

「そうだな……」


 なんかいつのまにか次回の話をしている。しかも私も当然のように参加することになってる……!


「い、いえ、私はもう結構です……! 今日の出来事で十分勉強になりましたから!」

「そうか? 遠慮などしなくて良いのだぞ」

「いえいえ、本当に結構です! それじゃあ、私はこれで失礼しますね!」


 挨拶もそこそこに走り出す。願わくば、もう二度とこんな怖いことに巻き込まれませんように。





 集合住宅に帰り着き、自宅のドアを開けると、花咲きさんが鬼の形相で待ち構えていた。


「遅いぞ猫娘! あまりに遅いから何かあったのではないかと思っていたところだ」


 それって、心配してくれてたってこと? 不謹慎だけどちょっと嬉しい。


「すみません。ちょっとしつこいお客様に強引にお茶に誘われて、断りきれずに……」


 本物の『暴れん坊プリンス』の世直しに付き合ってきたなんてあまりにも荒唐無稽だ。

 私は無難な言い訳を選択した。


「何もなかったんだろうな? そのしつこい客とは」

「何もないですよ! おかしな推測はやめてください」


 ちょっと命の危機には晒されたけど……。


「それより花咲きさん、ただいまのはぐはぐ」


 両手を伸ばすと花咲きさんに抱きつく。

 一時はどうなる事かと思ったけど、無事に帰ってくる事ができてよかった……。

 しばらく堪能した後で気づく。


「あ、そういえば、カツサンド! 花咲きさん、お腹空いてますよね? すぐに作りますから」


 名残惜しくも離れようとしたが、花咲きさんが私の背にまわした腕を緩めてくれない。

 な、なんだろう……?

 戸惑っていると、耳元で花咲きさんが囁く。


「夕食は適当に済ませたから気にするな。これは『おかえりのはぐはぐ』だ」


 おお? 花咲きさんもはぐはぐの良さに気づいた?


 ともあれ、私に異論などあるはずもなく。しばらく花咲きさんの胸に顔を埋めていたのだった。

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