ささやかな贈り物

「よーし、できた……!」


 私は薄手の毛布を使って作ったガウン状のものを広げて、目の前に掲げる。

 市販されている型紙を参考に作ったとはいえ、手縫いでのお裁縫だなんて慣れていない。ちょっと不恰好になってしまった……。




「花咲きさん、ちょっといいですか?」


 お休みの日、夕食後に、先程作ったものを畳んで差し出す。


「これ、よかったら使ってみませんか?」

「なんだこれは」

「『着られる毛布』です。これを着ていれば、制作中に突然睡魔に襲われても、この服が毛布がわりになって、床でも快適に眠れるという素晴らしい代物です」


 花咲きさんは制作に疲れると、毛布なしで床で寝ていることが多い。そんなことでは、いつか体調を崩してしまうかも。

 それならいっそのこと最初から毛布を着ていれば心配ないじゃないか。というわけで、なんとか作り上げた代物が、この『着られる毛布』なのだ。


「ほう。なかなか良いな。これならいつでもどこでも眠ることができる」


 早速着られる毛布を羽織った花咲きさんは、なんだか感心したような声を上げる。

 もしかして、喜んでもらえたかな?

 ほんとはベッドで寝るのが一番なんだろうけど。この人、制作中は他の事が目に入らないみたいだしなあ。


「あとで使用感を聞かせてくださいね。快適だったら、どこかの服飾店に売り込みに行きましょう」

「またそれか。お前は商魂たくましいな」

「花咲きさんが無頓着なだけですよ。利用できそうなものは何でも利用しないと」


 日本と違って何があるかわからないし、少しでも多くの生活の糧を得るのだ。




 そして次の日、目覚めた私の目に飛び込んできたのは、見覚えのある若草色。

 花咲きさん、また同じベッドで寝てる……。『着られる毛布』を着たままで。『着られる毛布』の意味なし。


 さすがに相手が後ろを向いていれば、私だって以前のようにパニックになるようなこともない。

 背後からそっと髪に触れると、若草色がさらりと肩から流れる。

 と、うなじのあたりに何か赤いものが見えた。

 なんだろう? 

 よく見ようと顔を近づけたところで、花咲きさんが寝返りを打つようにこちらを向いた。その目はしっかりと開かれている。


「わああ! お、起きてたんですか!?」

 

 私は慌てて身体を起こす。


「お前は寝ている男の身体を触る趣味があるのか?」

「ご、誤解ですよ! 花咲きさんのうなじのあたりに赤いものが見えたから、何かなーと……怪我だったら大変だし」


 その前にちゃっかり髪には触っていたのだが、それは伏せておく。


「……ああ、昨晩絵の具のついた手で触れてしまったのだ。気にするな」


 やっぱり絵の具だったのか。怪我じゃなくてよかった。


「そ、それじゃあ私はカツサンド作りますね……!」


 宣言して慌ててベッドから降りる。

 近くで顔を合わせると、やっぱり恥ずかしい。顔赤くなってないよね……。


 カツサンドを作り終えた後、朝食分と昼食分を花咲きさんの仕事机に置く。

 出かける準備を終えると、やっと花咲きさんが寝室から出てきた。


「花咲きさん、はぐはぐ」

「ああ、『行ってきますのはぐはぐ』とかいうものだったか?」

「そうですよ。あとは『ただいまのはぐはぐ』に『おやすみなさいのはぐはぐ』もありますよ」


 言いながら、花咲きさんに身体を預けて、その背中に手を回す。

 もちろんそんな決まりなんて無いのだが、「故郷の習慣」で押し通して、花咲きさんに付き合ってもらっている。私の精神衛生上大変よろしい。


「それじゃあ行ってきますね」


 ドアを開けて階段を降りる途中で何気なく顔を上げる。すると、遠くになにかキラリと光るものが見えた。

 鏡……? じゃないよね?

 暫く考えて思いついたものは――


 まさか、双眼鏡?

 誰かが私を見てる?

 でも、それなら心当たりはあった。


「……フリージアさん?」


 ユージーンさんに仕えているという犬耳の女性。あの人しか思いつかなかった。ノノンちゃんがお店での監視役だとすれば、外での監視役はあの人しかいない。

 ということは、私へのスパイ嫌疑はまだ晴れていないんだろうか? それとも単にユージーンさんを守るための行動?


 そんなことを考えながら歩いていると、前方の建物の陰から、今まさに考えていた人物、フリージアさんが現れた。


「ユキちゃん。おまん、なかなかやるねえ。ウチの尾行に気づくなんてさ」

「え? どうして私が尾行に気づいた事がわかったんですか?」

「唇を読んだんさ。おまん、ウチの名前を呼んだでしょ?」


 そんな事までできるのか……これはうっかり王子様の悪口をだとかを言えない。


「でもさ、どうしてウチの尾行に気づいたん? なんかヘマでもしたかや?」

「双眼鏡の反射光ですよ。あんなに光ってたらばればれです。編み目織りの布でレンズを覆ったほうがいいですよ」

「へえ、そうすると光らなくなるん? そりゃいい事聞いたでや。今度試してみるしけ楽しみにしててな」


 まずい。私としたことが、敵に塩を送るような真似を……!


「まあ、立ち話もなんだし、とりあえずおまんの働く店まであいべ」


 フリージアさんは歩き出す。


「あ、あの、なんで私を監視してるんですか? もう『暴れん坊プリンス』の誤解は解けたはずなのに」

「別におまんだけじゃないよ。ウチもノノンも殿下に危害を加えそうなヤツがいないか、いつも監視してるよ。今日はたまたまおまんを見てたら、ウチの名前を呟いたから、どういうからくりかと思ってさ」

「はあ、なるほど」


 それを知るためだけに目の前に現れるとは、なかなかの行動派だ。


 そんな事を話してるうちに、銀のうさぎ亭2号店へと到着した。


「それじゃ、ウチはここでばいばーい。今度一緒に世直しにでも行こうねー」


 なにそのお誘い。冗談だよね?

 問う暇もなく、フリージアさんは人ごみの中に溶け込むようにどこかへ行ってしまった。

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