メイドデーのその後
「いやー、それにしても今日は面白かったな。接客っていうより、もう何かのプレイの域だな」
閉店後。疲れ切ってテーブルに突っ伏す私の頭上からレオンさんの声が降ってくる。
うう……ひどい。私だって恥を忍んで語尾に「にゃん」を付けたのに。変態的な解釈をするのはやめてほしい。
「私は似合っていると思いましたけどね。メイド服を含め。お客様の反応も意外と上々でしたし」
気遣い紳士クロードさんがそんなことを言ってくれるが「意外と」は余計だと思う。それが本音なのか。
「もう疲れましたにゃん」
まずい。今日一日でにゃんにゃん言い続けたせいか、こんな時まで語尾「にゃん」が発動してしまった!
案の定レオンさんが反応する。
「まさかお前、まだその妙な語尾が抜けてねえのか? うける」
手を叩いて爆笑している。なんという屈辱……!
しばらくしてレオンさんの爆笑が収まったのを見計らったように、クロードさんが
「少しよろしいでしょうか」
と手をあげる。
「うん? なんだ?」
「執事デーとメイドデーを経験して思ったのですが、執事デーに来店されるお客様は執事を求めていらっしゃるだろうし、メイドデーに来店されるお客様はメイドを求めてらっしゃる。そうなると実質執事かメイドのどちらか一人で接客する事になります」
その通りだ。実際今日もほとんど私一人で対応したようなものだったし。
忙しすぎるから、この際メイドデーと執事デーは廃止しましょう。と言おうかと思ったところでクロードさんは口を開いた。
「この際執事デーとメイドデーを統合して『執事&メイドデー』にするのはどうでしょうか? 女性のお客様は私が対応しますから、ユキさんには男性のお客様をお願いしたいのです」
な……もっと発展させる方向に持ってきた。
しかし最初に執事デーを提案したのは私であるし、今日の殺人的忙しさを体験した後では反論できない……
「それを週初めと週末に実施しようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「え? そこは普通週1日に減らすところじゃないんですか!?」
思わず声を上げると、クロードさんは眼鏡をくいっと持ち上げる。
「常連のお客様には、週初めが執事デーで、週末がメイドデーだと思われているでしょう。それが1日に減っていれば多少なりとも失望するに違いありません。ここは今まで通り、週に2日の実施を続けるべきです」
そ、そういうものなの?
でも、なんだかクロードさんが言うと説得力がある。眼鏡のせいかな。
話を聞き終えたレオンさんは少し考える素振りを見せたが
「うん。それで良いんじゃねえの? クロードの案で決まりって事で」
あっさり了承してしまった。やはり厨房に引っ込んでいる人にはこの苦労がわからないというのか。
うーん……これから「にゃん」地獄が週に2日も続くのか……憂鬱。
「それならついでによろしいでしょうか」
え、まだ何か?
恐れおののく私に、クロードさんは目を向ける。
「メイドにバリエーションがあっても良いのではないかと思うのですが。例えば髪は三つ編みで、それに加えて眼鏡を着用するだとか」
「……え?」
「あ、もちろん例えばの話ですよ。例えばの」
なんだか少し焦って見えるのは気のせいだろうか。
もしかして、クロードさんてそういうメイドが好みなのかな……
まあ、私も黒髪でかっこよくて、問題ごとが起こったら「想定の範囲内です」とかいう頭の良さそうな男性が好みであるから人の事は言えないのだが。
「……考えておきます」
とりあえずその場はお茶を濁した。
そして迎えた週初めの「執事&メイドデー」
先週は執事オンリーだったから、客層もほとんど女性だ。
クロードさんはうまくそれを捌いてゆく。
私はといえば、数少ない男性客の対応をする。
それでも語尾が「にゃん」なんだから多少のストレスを感じても仕方がないといえよう。
やっとの事で迎えた休憩で、相変わらず私はぐったりとテーブルに突っ伏していた。
と、そこで、軽く頭を小突かれる。
何事かと顔を上げると、レオンさんが茶色っぽいものを差し出してきた。
ハート形のパンケーキのようなものの間にカスタードクリームが挟まった……
「こ、これって、『乙女の秘めたる想い』」
「懐かしいだろ。それでも食って元気出せ。ほら、クロードも。これ、昔うちの店で扱ってたんだぜ。それを再現したんだ」
「それはどうも。お気遣いありがとうございます」
一口齧ると、懐かしい甘さが広がった。
イライザさん、元気にしてるかな。今度様子を見に行ってみようかな。
そんな事を考えていたら、なんだか落ち込んでいた気分が浮上した。
夜の接客も頑張ろう。
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