新メニューの行方

「マスター、ちょっと見て頂きたいものがあるんですけど」


 午後の休憩時間を見計らって、花咲きさんから借りてきたイラストを見てもらう。


「おお、なかなかすげえじゃけえか。特にこれ、本物みてえだな」

 

 写実的な絵を見て感嘆の声を上げる。マスターはリアルなのが好みのようだ。


「私はこれが好きです。詩的なメニュー名とも合ってるし、かわいい絵本みたいになりそうだと思います。お子様や女性は喜ぶんじゃないかと」


 ちゃっかり自分が好きな水彩風の絵を勧めてみる。

 するとマスターは腕組みして何かを考え込む。


「正直俺は女子供の喜ぶ物ってのがよくわかんねえんだよな……」

「うーん……それはやっぱり、お花とかお菓子ですかね。あと、子供なら玩具、女性なら宝石とか」

「……やっぱわかんねえな」


 マスターは眉根を寄せる。

 うーん……マスターがこの有様ではイライザさんの気持ちにも気づいているとは思えない。


「なあユキ。すまねえが、この件はお前に任せちまっても良いか?」

「え? 私ですか!?」

「お前は若い女だし、女子供が喜ぶメニュー表ってのを作れるんじゃねえかな。この絵を描いた画家を探してきたのもお前だし。料理を提供するだけでこんな絵を描いてくれるなんてすげえよ。よくこんな掘り出し物を見つけてきたな」


 この間の件以降、マスターには花咲きさんが絵を描くに当たって、無料で料理を提供する許可をもらっておいた。もちろん、報酬はそれだけではないのだが。それは秘密にしておく。


 それはそれとして、メニュー表のプロデュースを任されてしまうとは……。

 私なんかに務まるかな……? いざとなったら花咲きさんに丸投げしよう……。


「わ、わかりました。仮のメニュー表が完成したらまたお見せしますね」

「おう、よろしくな」


 マスターは話を切り上げて、ディナータイム用の料理の下ごしらえへと戻っていった。


「ねえユキちゃん」


 突然の背後からの静かな声にびっくりして、尻尾の毛が逆立つのがわかった。


「イ、イライザさん……? どうかしたんですか?」

「今、マスターと何を話してたの……?」


 その目は少しうつろな感じがしてちょっと怖い……。


「な、なんでもありませんよ。お仕事の話です。ほら、新しいメニュー表の」


 慌ててイラストを見せながら説明すると、イライザさんの瞳にいつもの輝きが戻った気がした。


「あら、そうだったの」


 もしかしてマスターと私が仲良くしてるように見えたのかな……つまり嫉妬……! 恋の力とは恐ろしい……。


「あ、この絵可愛らしいわね」


 イライザさんが手に取ったのは、私がさっきマスターに勧めた水彩調のイラストだった。


「やっぱりそう思います!? 私もこれが良いと思ってるんですよ」


 こうして賛同してくれる人がいるという事は、私の選択は間違っていなかったようだ。今度花咲きさんに伝えよう。


「ところでユキちゃん」


 イライザさんの声が急に暗くなった。


「例の『乙女の秘めたる想い』なんだけれど、売り上げが芳しくないの……どうしましょう。このままじゃせっかくの新メニューが無駄になっちゃうし、マスターからも役立たずだって思われちゃうかも……」


 そうなのだ。「乙女の秘めたる想い」を頼むお客さんが全くと言っていいほど存在しないのだ。おかげで決して少なくない量のあのお菓子が毎日無駄になってしまう。やっぱり花咲きさんが言ってたように名前に問題があるのかな……。


「イライザさん、ここはマスターに頼んで、今日のディナータイムのお客様には『乙女の秘めたる想い』を半分にカットしたものをサービスとして無料で提供するというのはどうでしょう? あのおいしさにお客様が気づいてくれれば絶対に売れると思うんですよ」

「なるほど。試食してもらうのね。良い考えかもしれないわ。どうせ今のままじゃ売れ残って廃棄されちゃう可能性が高いもの。それならお客様に食べて貰いたいわ」


 早速マスターに相談する。


「ほう。いい考えかもしれねえな。それならイライザにユキ、早速準備してくれ」


 言われて、二人で「乙女の秘めたる想い」を半分にカットしてゆく。

 その間にもイライザさんが


「ああ、私の生み出したハートが真っ二つに割れてゆくわ……不吉だわ……」


 などと悲しそうに呟いていた。



 そして訪れたディナータイム。

 他のウェイトレス達にも伝達して、「乙女の秘めたる想い」を乗せた小皿を料理と一緒にお客様にお出しする。


「こちら『乙女の秘めたる想い』っていう新しいメニューなんです。サービスですのでよろしければ召し上がってください」


 などと言いながら。

 私とイライザさんは息をひそめて、お客様が「乙女の秘めたる想い」に手を付けるのを見守る。

 やがて


「お。この新メニュー美味いじゃないか」


 などという声が聞こえてきた。私達は顔を見合わせる。イライザさんにも笑みが浮かんでいる。

 自分の作ったものが「おいしい」と言われたら、それはもう嬉しいだろうなあ。

 その時、一人のお客様に呼ばれた。


「なあ、ねえちゃん。この新メニューの乙女のなんちゃら? 6個ほど包んでくれねえかなあ」

「え?」


 それってもしかしてお持ち帰り用って事……?

 当然ながらそんな準備はしていないし、今日の分は全て試食用としてカットしてしまっている。


「申し訳ありません。本日の『乙女の秘めたる想い』は全て試食分のものしかご用意できていなくて……」

「なんだ。そうなのか……」

「あ、あの、そんなにお気に召して頂けましたか?」

「ああ、うめえよ。だから職場のやつらにも食わせてやろうと思ったんだけどな」

「それなら、明日からは通常通り販売いたしますので、ご注文していただければご用意しますよ」

「へえ。そりゃいいな。覚えとくよ」


 他にも「乙女の秘めたる想い」を注文したいというお客様がちらほらと現れたが、同じようにお断りするはめになってしまった。

 なんだ。思ってたよりずっと人気があるじゃないか。

 先ほどのお客さんの「乙女のなんちゃら」という言葉から考えて、やはりネーミングに問題があったとしか思えない……。

 やっぱり花咲きさんにイラストを加えて貰おう……。




 そして閉店後。

 他のウェイトレスにも聞き込んだ結果、私のように改めて注文しようとしたり、お持ち帰りの有無について尋ねられた人がいたと分かった。


「マスター、ここは『乙女の秘めたる想い』をお持ち帰りできるようにするべきではないかと思います! あと、手を汚さずに食べられるように、小さな紙袋みたいなもので個装するとか。そうしたら食べ歩きも可能だと思うんです!」


 私が手を挙げて発言すると、他のウェイトレス仲間も同意するように頷く。

 

「とは言ってもなあ。うちは菓子屋じゃねえんだぞ。持ち帰りって言ったら箱やら袋やらが必要になるだろ? そんなに急に大量に用意できるか?」

「そういう包装紙とか袋を扱うお店って、この国には無いんですか?」

「そりゃあるだろうけど、うちはそういうのとは無縁だったからなあ。少なくとも俺は心当たりねえなあ」


 マスターは困ったように頭をかく。心なしかうさぎ耳も元気がない。


「うーん……困りましたね。私もまだこの国の事には詳しくないんですよね」


 最悪手作りとか……?

 そこでレオンさんが手を挙げる。


「それなら、その辺の店で聞いたらいいんじゃないですか? それこそマスターが言ってた菓子屋とかで、どこから菓子箱を調達してるのかとか」

「お、そりゃいい考えだな。レオン、それにユキ。お前ら明日の朝イチで、そのあたりの菓子屋とかで聞いてきてくれよ」

「え……俺はともかく、なんでネコ子まで……」

「どうせお前らは一緒に雪かきするだろ? 春が近づいてきたせいか、最近は徐々に積雪量も減ってきたし、それが終わったら手持ちぶさたになるだろ。だったらちょうど良いじゃねえか」

「それでも朝7時に開いてる店なんてありますかね?」

「あ、それならパン屋さんとかどうでしょう? あの角のところの。朝食時には既に開店してるはず」

 

 私が口を挟むとレオンさんがちらっとこっちを睨んだような気がした。な、なんだろう。


「ともかく、容器の件はお前らに任せたからな」


 マスターはそう言うと、話は終わったとばかりにその場を離れる。それを合図に、皆もそれぞれの持ち場へと戻っていった。




 翌日、雪かきを終わらせた私とレオンさんは、マスターに言われた通り、角にあるパン屋へと赴く。

 予想通りお店はすでに営業しているようだった。焼き立てのパンのいい匂いが辺りに漂っている。

 早速中へ……と思ったところで


「ネコ子、お前はここで待ってろ。俺一人で行ってくるから」

「え? じゃあくるみパンお願いします」

「ちゃっかり頼んでんじゃねえよ」

「えー、だってくるみパン食べたいし、包装用品の事についてだけ聞いて何も買わないっていうのも、印象が悪くなってしまうんじゃ……」

「わかったわかった。買ってくるから。だからここで待ってろ。わかったな?」


 返事も待たずにレオンさんはさっさと店内に入って行ってしまった。

 なんとなくお店の中を眺めていると、レオンさんは後姿しか見えないが、相手をしている女性店員さんは楽しそうに話している。知り合いなのかな?


 暫くするとレオンさんが外に出てきた。と思ったら、先ほどまで話していた女性店員もついてきた。


「ありがとうございましたレオン様! またお店に行きますね!」


 などと頬を紅潮させながら手を振る。

 レオン様? 

 ってレオンさんの事だよね? どうやらこの女性店員さんは銀のうさぎ亭を利用しているらしい。もしかして、レオンさんっていつのまにか女性のお客さん達の間ではアイドル的存在になってたのかな。

 レオンさんはというと


「ああ、ええ、まあ、はい……」


 などとテンション低く答えている。

 なるほど。これを私に見られたくなかったんだな。外で堂々と「様」呼びされて、あんなにはしゃがれては恥ずかしさを覚えても仕方がない。

 まあ、結局見てしまったが。


「大人気ですね。レオン様」


 などと声を掛けてみると、レオンさんは無言でパン屋さんの紙袋からくるみパンを取り出し、私に差し出す。あ、ほんとに買ってきてくれたんだ。さすがみんなのアイドルレオン様。やさしい。

 と、それを受け取る寸前で、レオンさんはパンを持っていた手ごと引っ込めて、あっという間にむしゃむしゃと平らげてしまったのだ。


「あっ、ひどい! 私のくるみパンが! レオンさんのバカバカーー!!」


 抗議するとレオンさんは紙袋を私に押し付けてきた。あれ? 少し重い? まだ何か入ってる……?

 中を覗くとくるみパンがもう一つ入っていた。


「さっきの店員が一つおまけしてくれたんだ。感謝しろよ。俺という存在に」

「わあ、すごい。さすがレオン様。男前すぎる料理人だけありますね」

「『様』付けはやめろ」

「はーい、レオン様ー」


 今度はパンを取り上げられないように、レオンさんから顔を背けながら食べた。


「それで、お店で使えそうな袋の件はわかりましたか?」

「ああ、なんか、西裏通りにそういうものを扱う店があって、店名入りのものはそこで発注してるんだとさ。ちなみに10時開店だそうだ」

「それなら店名の入っていないものは普通に売ってるかもしれませんね。開店の時間に行ってきます」

「……なあ、ネコ子さあ。お前なんでいつもそんなに張り切ってんだ?」


 唐突にレオンさんがそんな事を言い出した。

 そんなに張り切ってるかな? でも、張り切っているとしたら理由は一つしかない。


「それは勿論、マスターや皆さんに恩返しがしたいからですよ。なにしろ行き倒れになってたところを助けて貰ったんですからね。命の恩人です。そんな人たちの役に立ちたいって思うのは当然でしょう?」


 力説した後で小さく付け加える。


「それに、私には何の特技もないし、他に行くところもないし……だから余計に役に立たなきゃって思うのかも」

「それが本音か。まあわからないでもないけど。でも、あんまり張り切りすぎるとそのうち息切れするぞ」

「大丈夫ですよ。お店の状況が安定するまでの間のつもりですから。でも、前よりお客さんが増えたとは言え、なかなかマスターの思い描くような、行列ができるようなお店にするのは難しいですねえ。お料理は文句なしにおいしいのに」


 やっぱり原因はあの詩的なメニュー名のせいじゃないかなあ。


「レオンさんこそ、徹夜でスープストックの番をしてたりして、私なんかより疲れてるんじゃないですか? レオンさんなら、働かなくても、どこかのお金持ちのマダムとかの元で楽に暮らせそうなのに」

「お前はアホな事考えるな。そんなヒモみたいな生活まっぴらだし。俺だってマスターの料理が好きなんだよ。お前みたいに店を繁盛させたいと思ってる。そのためなら夜通しの作業だって辛くねえ」


 レオンさんも結構根性あるなあ。

 それなのにあのメニュー名に意見しなかったとは……よっぽどマスターに心酔しているのかな。

 




 そして包装用品やなんかを扱うお店が開店する時間に、私はひとり訪れる。レオンさんはマスターと共に料理の準備をしているから、自然とそうなってしまった。

 聞いていた通りに店内には様々な大きさの袋や箱が並ぶ。

 私はその中から「乙女の秘めたる想い」を個装できる小さな袋と、何個かまとめて入れられる大きさの袋を購入しようと、商品を持ってカウンターへと向かう。


 それにしてもいろんな包装用品があるんだなあ。お店の天井付近まで包装用品でびっしりだ。きょろきょろしていると、店主らしき初老の男性に声を掛けられる。


「お客さん、何かお探しかね?」

「あ、いえ、こういうお店に来るのが初めてなので、珍しくてつい……」

「まあ、うちの店はこのへんの店のほとんどの包装用品を扱ってるからね」


 男性は心なしか誇らしげだ。


「へえ。確かにこの量ですもんね。あ、それなら紙コップなんかもありますか?」


 スープ系の試飲用に使えるかも、と軽い気持ちで口にしたものの、男性は目を瞬かせる。


「紙……コップ?」

「ええ。手軽に持ち帰ったり、飲み終わったら捨てれば荷物にもなりませんしね」


 この世界では屋台のスープなんかはお店の用意した金属製のカップに入っており、その場で飲食して、その後は屋台に返却するか、水筒などの容器を自分で持参して持ち帰ったりしているようだ。

 だから紙コップがあれば便利なのになあと思って軽く口にしたのだが。


「お客さん、紙でコップを作るというのかね」

「え、ええ……やっぱり無理でしょうか? 厚手の紙とかを使って……」

「いや、その案おもしろいね! 是非この店で、その紙コップとやらの開発を任せて貰えないかい!?」


 男性は勢い込んで訪ねてくる。

 あれ、なんかこの流れに記憶がある。たしかスノーダンプの時も似たような事があったような気が……。 

 でも、まあ、私にはそんなものを開発する技術もないし、ここはプロに任せよう。


「もちろん構いませんよ。その代わり……アイディアを提供したということで、これから買う商品を少し割り引いて貰えたり……しませんか?」 


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