4.
まず、私のことから話を始めようと思います。
急にやってきてあなたには
あなたは私のことなど知りたくもないかもしれませんが、私自身のことを私の言葉で話さなくては分かって貰えないと思うのでお話させて頂きます。
私は、街の外れにある旧家、古い家に暮らしています。制服を見れば分かると思いますが、お察しの通り私は高校生で、同じ高校に通う妹、父と母、お祖父様、お祖父様の介護のために里帰りしている叔母の六人家族です。……お祖父様は病気でもう二年近くも寝たきりです。病院には行かず、家で母と叔母が介護して過ごしています。正直、もう長くはないのです。一年の命、と去年の暮れにお医者様が言っていましたから。
先ほど旧家と言いましたが渡辺家は十代以上続く地元の名家です。最も渡辺家は女流家系で現在跡取りは私と妹の女二人しかおらず、それがある意味悩みの種だといつかお祖父様が仰っておられました。ですが今は女が家を継いでも何の不都合もない時代です。少なくとも、家のものはそう考えています。
……お祖母様は、私が小学生の時に亡くなりました。その時からお祖父様はずっと一人です。気難しい人で、私と妹はお祖父様のことがあまり好きではありませんでした。
褒められたことじゃない、いけないことだとは分かっていますが正直私はどこかで嬉しがっていたんですよ。これでお小言をもう聞かないですむ、ってね。
おかしな訪問客が来たのはちょうどその頃でした。その客は若い男で、何故かお祖父様の若い頃に似た面影がある男でした。写真で見たことがあったので分かったんです。そっくりね、と妹と噂しました。男は
最初は良かったんです。西島は穏やかな物腰で、昼間私たちが学校に行っている間は家で絵を描いたり家の修繕などの手伝いをしたりして過ごし、夜になると写生か何かでよく外に出ているようでしたから顔も見合わせませんでしたし。でも、それはほんの始まりに過ぎず、徐々に私たちは西島のおかしなところを知っていきました。
始まりは私と妹が西島の部屋を覗いたことでした。私は止めようと言ったのですが妹が聞かずに西島が過ごしている一階の和室に入っていったんです。五人くらいの人が寝泊まりできそうな大きな客間でしたが、中は概ね西島の描いた絵で埋まっていました。多くは綺麗な普通の絵でした。
ここには、何かある。
そのように直感して全てを元通りにすると私は妹と和室を出ました。
あんな絵を隠しているなんてあの男には何かある。そんなふうに思ったのはこの時だったと思います。
それから数日間は何も起こりませんでしたが、また奇妙なことが起きました。近所で犬や猫が死ぬようになったのです。それだけなら動物の間で
だって、こんな世の中に鬼なんて存在がいるなんて。
西島が鬼だなんて、誰が思います?
鬼は人を喰う生き物で、喰べないととてもお腹が空くと聞きました。飢えを凌ぐため、人を喰べる代わりに動物を殺して喰べることがあるということも。でもあの男が動物を殺していたのはそんな可愛らしい理由じゃありません。怯える私たちを見て面白がっていたんです。
次に決定的な出来事が起こりました。
父が、殺されたんです。
妹や私が西島の異様さを訴え、家を夜に抜け出すのにも犬や猫が死んでいるのと何か関わりがあると訴えたからでしょう。父は西島を追い出しにかかったのです。その矢先のことでした。
その日の夜、父が西島に話をつけに行くのを
ものすごい悲鳴が上がってそれが終わった後和室に行くと父が倒れていました。
駆けつけた母は父に縋り、私と妹は部屋の前に立ちすくんで互いに抱き合いながらただ震えていました。果敢にも叔母が西島に掴みかかりましたがすぐに殴りつけられ倒れました。もうお終いだと思いました。皆も私もここでこの男に殺されるのだと思いました。ですが、何故か西島は私たちを殺す気はないようで落ち着き払っていました。そして、ある提案を私たちに始めました。
そう。提案です。
それはこの家をもらい受けるためにこの家の中にいる女の誰かと婚礼を結びたいというものでした。
ええ。馬鹿げていますよね。
狂っていますよね。
でも、西島にとってそれはいい考えであるようでした。
西島はこの家を自らの住処にしようと考えていました。人間を狩る際には人間の近くに紛れていた方が都合が良いし、西島も元は人間であったようで人間の生活を熟知しており、家族の真似事、ごっこをしたがっていました。そう、ごっこです。 いつかは
自分はこの家が気に入っているが、家や遺産やらをを相続するには手続きが色々面倒であることを知っている。そのため、出来るだけ自然に見える形でこの中の誰かと結婚したい。何、悪いようにはしない。結婚しなかった残り物も秘密を共有すると約束する限り、勿論家から離れることは許さないが殺さないでおいてやる。死ぬまで家の手伝いでもして暮らしておいで、とあくまでいつもと変わらぬ穏やかな調子で言うと西島は突如おもむろに屈み込み、父を、父であったものを喰べ始めました。
血を啜り、肉を頬張り次々と飲み込みます。自分の大きさと同じくらいの肉を食べている様子は蛇の丸呑みを見ているようでした。あっという間にごくごくと、がつがつと平らげると骨まで残さず噛みきって呑んでしまいました。ごりごりと嫌な音がしました。もう私は何が何やら。無茶苦茶で悲鳴を上げることもできず息を殺してその光景を見ていました。
そして、食事を終えた西島は手の甲で口の周りにべっとり付いた血潮を拭い取ると、まるで親しい者を、家族を見るように。
私たちの方を見てニッコリと笑ったのです。
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