2.
「起きて下さい。ええと……。始末屋さんと呼んだ方がいいですか、赤江さんと呼んだ方が良いですか」
そんな少女の呼び声で俺の記憶は始まった。このような言い方をするのは何も俺の記憶力が悪いというわけでも(頭が悪いとはよく言われる)、ましてや記憶喪失になっていたというわけでもない。
早い話俺は話しかけられるまで眠っていたのだ。鬼のくせに無防備なと言われれば返す言葉もないが警戒もせず、少女の前に、縄で縛られるといった形で。目が覚めたことで文字通り意識が覚醒した。
一瞬で俺の思考は仕事をするときのものに切り替わり誰にやられたのか考える。俺に恨みを持っている個人、組織。早い話、俺を倒すことで得をする奴らだ。
心当たりがありすぎて分からない。
この件について考えるのは後回しにしようと次に俺は縦横無尽に部屋を見る。どこかの工場のようだ。機械油と
続いて目の前の少女を見る。仮に敵だとしても、刺客には見えない可憐な少女だ。まあ人は見かけにはよらずというがそんじょそこらを歩いている普通の女子高校生にしか見えない。肩まである黒で真っ直ぐの髪に、白ブラウスと青襟のセーラー服姿。
工場の中は電気が通っていないようで全体的に薄暗いが少女と俺の間にはランプが置いてあり姿はよく見えた。野宿でもしているのか?
俺の思考はここまでコンマ数秒。
当然縛られて、柱?のような所に巻き付けられたままだ。
大きな問題はないとみて俺は目の前の少女と交渉に出ることにした。
まずは何事においても状況把握が先決。俺のようなサバイバルな世渡りをしていれば尚更だ。
「お嬢さん。なんて呼べばいいか分からないからとりあえずそう呼ぶぜ」
「
少女が言った。
「私の名前は
参ったな。
こちらが名乗る前に名乗られちゃったぜ。
「じゃあ、胡桃。俺の名前はもう知っているようだから赤江と呼んでくれ。何て言えば分からないんだがな、単刀直入に聞こう」
俺は少女に目を合わせて問いただす。
「何故俺はここに縛られている。そして、お前は誰だ」
しばらくの沈黙。
たっぷり数分くらいの時間が流れた。待つのは長いっていうし実際には一分くらいしか経っていないのかもしれないが体内時計には自身がある。
胡桃はしばらく自分の中で話すべき言葉を整理していたようだ。実際にはただ空中を見つめてぼんやりしていたふうにしか見えなかったんだが。
「私はあなたに、お願いがあって来ました」
ほう、依頼か。最近は仕事をしていなかったから予想していない答えだった。というのも仕事をしなくてもしばらくは仕事をしていけるだけの蓄えが既にあったからだ。
別に道楽で『始末屋』なんてものを名乗って鬼という特質を活かした怪物狩りや訳ありの死体処理をしているわけではないが別に俺はワーカーホリックではない。
何事もほどほどが一番良いのさ。
「よし、聞こう。何だ」
俺は精一杯胸を反らしていった。縛られて膝立ちのような状態になったままで胸を反らすも背筋を伸ばすも何もあったものじゃないのだが話を聞こうとする姿勢は大事だろう。
あとプライドの問題とかもあったが俺の仕事のスタンスは来るもの拒まずであるし、第一選んでいたら仕事は来ない。あと、安いプライドなんてものも生憎と持ち合わせがなかった。
何てことをまあ言っていたが次の瞬間少女の口から飛び出してきたのは俺をしても驚くべき言葉だった。
いや、長い人生、じゃなくて鬼としての生を生きていれば何度かは強欲な人間に頼まれてきた内容だったが正直この場面で飛び出すとは思っていない言葉だったのだ。
姿勢を伸ばし、身長差の関係で依頼人を見上げると言うよりはむしろ見下すように質問した俺に向かって少し躊躇した後、少女はこう言った。
「私を、鬼にして下さい」
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