日常の中のセレナ

「テンシュー、ビリアン高原ってとこに仕事で行くことが決まったんだけどさ、そこに出てくる魔物がちょっと特殊でな。その対策に、仲間の武器に魔法の効果つけてほしいんだ。もうずっとここに住んでるんだ。どんな所か分かるだろ?」


 首都ミラージャーナに引っ越してから常連になった客もいる。

 その中の冒険者チーム一組が客として相談にやってきた。


「知らねぇ。俺は冒険者じゃないんでな。どんな所かどころか、どこにあるのかも知らねぇな。セレナは冒険者業長ぇんだろ? 知ってて当然だよなぁ?」


「セレナさん近くにいるの? どこ?」


「……魔物じゃなくて、小型の邪竜が要注意なんだとさ。連携取ってるわけじゃないけど魔物はその邪竜の影響を受けて、その能力を扱えるんだと。……うわ、面倒くせぇな……。あーっと、またセレナが口出ししたんだけど、武器の強化の依頼だよな? となると、魔物対策じゃなくて邪竜対策を主とした強化が必要なんだそうだが……やるか?」


「……テンシュ、俺らの依頼、面倒くせぇの?」


「面倒くせぇのは今の説明だよ。何にも言わずに強化したら、『魔物相手にここまで強化するのって大げさじゃねぇの?』って聞いてくるだろ? そこら辺の本命は魔物じゃなくて竜って状況を知ってるのはセレナのほかにはごく一部しかいねぇしよ。場所も知らねぇ俺が丁寧に説明したって、それ信じてくれるかどうか分からねぇしな。仕事以外のことをする必要があるのが面倒くせぇんだよ」


 餅は餅屋。法具を中心として、いろんな道具の加工も仕事の一つとなった店主。

 しかしだからといって、冒険者業のこともよく知ってるとは言い難い。

 そんな時にはこのようにセレナからの助言は有難いのだが、目に見えない存在から助言をもらっていることに、依頼人が半信半疑になることもある。そして店主は、自分がそう思われることもあることを知っている。

 仕事に入る前のその説明がテンシュにとって煩わしい。


 だがこんな毎日がずっと続いていく中で、セレナが姿を変えて存在していることを信頼してくれるものも増えていく。


「セレナさんからの助言があるなら、それ参考にしてくれりゃいいさ。ってこたぁ俺らの希望よりちょっと手間とらせちまうな。割高になっても構わないからテンシュ、武器強化頼むわ。仕様は二人に任せるからさ」


「じゃあ三日後取りに来てくれ。金は、セレナの事信じてくれた分割安でいいや」


「え? いやいや、セレナさんいるんでしょ? そりゃ俺らには見えないけどさ」


「……じゃあ申し訳ないって思うんなら、その分この店で使う素材になりそうな宝石、どっかから拾ってきてくれりゃいいよ。今まではセレナがそれをやってくれてたんだが、そういったことは今はできなくなっちゃってな。困ったことになったのはそこんとこだけだもんだから。あ、宝石は見つからなくても問題ねぇから」


 依頼人は、それくらいならお安い御用と快諾する。

 依頼人を見送った後、セレナは店主に話しかけた。


(……私の事説明してくれてありがとね)


 店主は踵を返し、依頼の仕事に取り掛かる。


「……ウルヴェスも言ってたが」


(うん?)


「お前にも改めて言っておく。『かけた恩は水に流せ。受けた恩は石に刻め』。それが当たり前と思うようになったら周りは何も変わらねぇ。当り前じゃなく、ありがたいと思い続けてりゃ、何事も大事に思えてくるもんだ」


(うん。肉体を失ってから、それがよく分かる。実感してる)


「伝えなきゃならない感謝の言葉は伝えるべきだ。だが時として伝える必要のない感謝の気持ちってのもある。その気持ちにこそ、この言葉が当てはまる」


(……死ぬ前までの、ここで一緒に普通に生活してきた私への、テンシュからの思い、知りたいなー)


「……こういう時にふさわしい言葉を一つ教える。覚えとけ」


(何? 初めて聞く言葉かしら?)


「あぁ……。『言わせんな、恥ずかしい』だ。世の中には教えなくても知らなきゃならんこともある。覚えとけ」


(しょーがないなぁ、テンシュは)


 作業を始めた店主の後ろから、セレナはそう言いながら絡む。

 体があった頃の彼女がそのようなことをしたら、いくらセレナよりもひ弱でも店主に殴られていたかもしれない。

 絡みつかれた店主は、視界が遮られることもなく、体の重心もぶれることもない。

 そんなセレナの姿はシエラからも見えないし、客からも見えない。


「仕事の邪魔になんなきゃ好きにしていいけどよ。ほどほどにしとけよ」


(うん)


 店主を相手に、やりたくても出来なかったことが多くあったセレナ。ようやくその願いを一つ叶えた。

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