『法具店アマミ』の休暇の日 そばに寄るモノに語る者

 その会話は店主のただの暇つぶしか、それともナイアが店主がこの世界に来る前の話を聞きたがっただけなのか。

 店主は蝙蝠の翼をもつ少女ナイアの聞きたいことに、何も考えずそれに答えるのみ。


 ほかの子供達と同様、特に親しいわけでもない。

 しかしなぜか身の上話が口から出ている。

 ミラージャーナでかつての客達と再会したことで気が緩んだか、あるいはセレナに泣きつかれて昔話をしたことで心のタガが緩んだか。


「まぁいいじゃない。そばに誰もいないんだし。あたし達だっていつまでもテンシュのそばにいるわけじゃないんだし」


 ほかの子供達同様、所持していた水筒に口をつけ、飲み物を一口飲む。

 ナイアの「そばにいる」の一言がまた昔のことを思い出すきっかけになる。


「テンシュの昔のこと、あのおねえちゃんから私達みんな聞いてるよ? 別の世界があるなんて考えもしなかったよ。でもテンシュは、自分の世界と連絡とってたりしてないんだよね。ってことは、その人もテンシュと連絡とれないんだよね。私達はどうしてもお互い気持ちが分かるからね。つい声をかけたくなっちゃうんだよ。テンシュの知り合いの人とは関係ないけどさ、でも、何かしてあげたいなって思うよ。一人の時のつらさは分かるからさ」


 店主の勉強会に集まってくる子供達は、家族や一族から見離され、見捨てられた者達ばかり。無償の愛情を注いでくれる存在から縁を切られた者という共通点がある。だからこそ、どんなものへの救いの手を差し伸べられるという自負心のようなものがあるのだろう。


「テンシュの思う人のことならあたしたちに任せてっ! って言いたいとこだけど、そんな別の世界の人たちのことまでは流石にね。でもそこまで気にすることないと思うんだけどなぁ。おねえさんもチラッと言ってたけど、自分からも声を上げないとダメって。助けてほしいなら助けてって、欲しいものがあったら欲しいって。好きな人には好きって言わなきゃダメだって」


「ガキ共に何を教えてんだあいつは……」


 店主は本筋から反れた話の主に呆れる。

 真剣に考えてる自分への冷やかしにしか受け取れない。


「でもさ、おねえさんの言うことも正しいところあるよ。人にも相談できず、ずーっと悩んでたんでしょ? それ自体罰を受けてるも同然じゃない。それにそう感じてるのはテンシュだけで、ほかの周りの人たちはそうは思わなかったんでしょ? 言っちゃ悪いけど、テンシュの思い込みが強すぎるだけなんじゃないの?」


「……罰を受けて自分の罪を軽くする気なんざねぇよ。追い出したって言い方が正しいかどうかは知らねぇ。そしてそれが罪であるかどうかも、第三者から見りゃ分かんねぇと思う。犯罪行為じゃねぇからな」


 店主の頭の中から洞窟にいる団体が消えたように、目を閉じて回想にふける。

 事情を何も知らない者には、まるで無理やり自分の罪を探し出そうとしているかのよう。

 しかし店主はその思いは変えるつもりもないように、閉じた瞼に力を入れる。


「……法律違反の犯罪行為から生まれる罰を受けて罪を償うのって意外と楽なもんだぜ? 周りがそれを知らせてくれる。お前は犯罪者だってな。だが俺は、誰からも咎められない罪を作っちまった。誰からも罰を課してくれない。けどな、だからこそだ。だからこそ重いんだ。誰からも理解されることのない罪悪感を背負い続ける。一生背負う罪だ。一生受ける罰だ。普通ならトータルの寿命が百年とちょっとで終わる罪と罰。それが千年続くんだ。俺は人であり続けたい。だがあの人のことを忘れちまったら俺は人でなしになっちまう。大切な人のことを忘れて、自分だけ功績を上げてちやほやされる。そんな奴のどこが信頼できる? ……俺はあの人のことをいつまでも思い続ける。俺が積んだあらゆる功績はあの人のものとし続ける。この功績は、あなたが蒔いた種が実を結んだものですってな。それしか俺の贖罪の仕方は考えれられない。」


「確かに自分の都合のいいことばかりしか考えない人は、あたしの近くにはいてほしくないかな。信頼を必ず裏切る人ってことよね。そんな人こそ一人ぼっちなるべきよ。……でも一人ぼっちになって苦しむようになったら、罪を犯した報いってことにならない?」


「報いにはなるさ。だが被害者への救済措置にはならねぇな。俺はあの人を何とかしてあげてぇんだ。あの人は卑しい気持ちは持ってねぇと思う。だから俺に苦しい思いをさせてでも救われたいとは思わねぇだろうよ。だが俺はあの人に、心の底から笑ってほしい。俺の贖罪がそれに繋がるのなら何も言うことはねぇな。それは無関係で、あの人が笑いながら毎日を過ごしているなら、それはそれでいい。ただ、俺はそれを一目でいいから確認したい」


「でもその人も問題あると思うよ? だってほんとに自分が困ってるんだったらその相手の立場が上でも下でも、なりふり構わず相談するはずでしょ? 逆に、その人もテンシュのことが大事なら、メモの書置きだけ残していなくなるなんてことないもの。逆に今のテンシュのように、その相手を苦しめるだけだよ、そんなの。テンシュの方が可哀そうだよ。おねえちゃんにもその昔話聞かせたんでしょ? おねえちゃんもそのこと気付かなかったの? 誰も人がそばにいない一人ぼっちより、そばにたくさん人がいるのにそれでも一人ぼっちの方がもっと可哀そうだよ」


 テンシュの横に座っていたナイアは、ぼんやりと遠くの洞窟を見ている店主の正面に座り直した。

 そして店主を輝く目で見つめながら、ささやくように語り掛ける。

 しかしその輝きは、魔力を持つ者から見ると妖しげな力を持つ色を伴っている。


「……あたしがテンシュを助けてあげる」


「助ける? 何をだ。何から助けるってんだ? 助ける必要があるのは俺じゃねぇよ」


 洞窟の方から視線を外し、間近にいるナイアを見る。

 ナイアは最初に話しかけてきた時と違って魔物に近い禍々しい雰囲気を漂わせているが、店主はそれに気づいていない。


「テンシュ、あなたは受けなくていい罰を受けてるの。かぶらなくていい罪をかぶってる。だってそうでしょう?その人がテンシュの贖罪と関係なく笑って生活してるのなら、そういうことじゃない。それに誰も気づかないし、気付いてあげられない。いつもそばにいるあのおねえちゃんだってそうでしょう? そんなあなたこそ助けを求める声を上げるべきだと思うの。あたしだってテンシュからみたら子供かもしれないけど、それは大人達からそう思われてるだけ。集まってくる子供達みんな、年齢だけならテンシュよりも上の子が多いんだから。あたしなら、今のテンシュに必要な安らぎを与えてあげられるの。何の心配もしなくていいわ」


 いきなり目を開いた店主の顔には、ありありと怒りが込められているのが分かる。

 その迫力は、さらに近寄ろうとするナイアを後ずさらせた。

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